第46話 森のデート
神殿で出会ったベスと食べ歩きをした後、さらに遠出に誘われた。
「ちょっと遠出したいんですけど、付き合ってくれます?」
おごってもらった代わりに、なにかできることはないかと訊ねた俺に、ベスは笑ってそう言った。
え?これって、まさかデートのお誘いか? 人生18年12か月目に突入したところで初めての?
「シローさん、足腰に自信はありますか?」
しかも、な、なんてストレートなんだ、こんな純情そうなコがまさか?
ドキドキしながら、ベスについて街門を出ることになった。軍務じゃないから徒歩だ。奴隷が門外に出るのは保証人が必要らしい。ゲンさんの所に行くときはザグーがその立場だったみたいで、きょうはベスが衛兵の出した書類にサインしていた。
ベスはどんどん山際の森の中へ入っていく。
途中では、ベスは俺の転生した話を色々聞きたがって、正直今更隠すようなことでもないだろうと、ほとんどそのまま話をした。地下鉄ってのはわからないだろうけど、迷宮で俺が粘土で作った乗り物をもっとでかくしたような車両にひかれたことや、妙な女神?に出会ったことなど、これまでみんなに話してたことよりずいぶん詳しくだ。
ベスは結構真剣に聞いていて、「わたし空想物語が大好きですから」と信じてるんだか、できのいい作り話だと思ってるんだか不明だが、なんつーかSFオタク女子、って感じで、あらためて波長の近さを感じた。
ベスには魔法使いのジョブについた時の話とか、神殿でどうジョブチェンジするのかとか、後者はベスもまだ経験が無いから知識としてだが、色々聞いた。
森の中の道らしきものは、もうずいぶん長いこと人が歩いた痕跡がなく、俺の察知スキルでも人の気配が感じられない。
やっぱり、二人っきりになれる場所に向かってるんだろうか。ちょっと用心深すぎる?それとも用心が薄すぎる?気がするけどな。
ベスが立ち止まったのは、街門を出て30分以上歩いてからだった。
小さな小屋、というか廃屋が目に入った。
「ここが・・・」
人目を忍ぶ隠れ家としてもちょっとおんぼろすぎるぞ、ついこの間、アンデッドと戦ったばかりだから、いやな想像力が働いてしまう。
「おばあちゃんが住んでた小屋です」
え?
ベスは廃屋の傍らに立っている小さな石の前で膝をついて、祈りをあげている。
あ・・・俺も成り行きでベスの隣に膝をついて、手を合わせた。
「ありがとうございます。じゃあ、行きましょう」
けろっとした顔でベスが小屋の裏手に回って、小さなかごとくわみたいな道具を取ってきた。
「いったい何を?」
「あっ」
ベスは本気で驚いてるようだ。
「・・・言ってませんでしたっけ?その・・・薬草を採りに行くって」
あは、ははは・・・聞いてませんとも。
「えっと、それじゃあ、シローさんはなにを・・・!?」
気まずい沈黙の中で、急にベスはとっとこ歩き始めた。俺も無言で後をついて行く。
そうだよね。そんなこと、あるわけないじゃん。もちろんさ。orz
ベスはしばらく道の無い、だがかつては誰かが歩いた跡がかすかに残る森の中を注意深く辺りを見回しながら歩くと、茂みの中で、黄色い小さな花を見つけ、根を掘り始めた。
「まず一つ目・・・」
そして、俺には何が他の草や花と違うのか、わからないような植物を次々掘ったり抜いたり摘んだりしていく。
途中から、俺も見よう見まねでベスが採っている植物を隣で掘ったりして、二人がかりで、かごいっぱいの植物を集めた。
そして、廃屋の中に入るのは正直、気味が悪かった。
中は意外にこぎれい、と言うかほとんどもぬけの空だったが、ベスが床板の一部を器用に外すと、隠し床下収納庫みたいなのがあり、そこからいくつもの、ビーカーやらメスシリンダーやらに似たガラス器具、薬液の瓶や乳鉢みたいなものをあれこれ取り出した。
「盗賊に荒らされるのはわかりきってましたから。大事なものはおばあちゃん、以前からここにしまってたんです」
ベスは採って来た薬草類を床の上に広げると、俺を助手に使って
「これを井戸水で洗って、地下茎をすりつぶして、4:1でこっちの種と混ぜて・・・」
などなど、わけがわからない作業を延々続けた。
途中でどこから持ってきたのか小瓶に入れた粉末も混ぜてた。魔石を砕いた粉だそうだ。
そして、そろそろ日が傾いてきた頃、
「できました!」
とニコニコするベスの目の前の器には、茶色っぽい小さな丸薬がいくつか並んでいた。
「これは?」
途中から思考停止して、ただ言われるままに動いていた俺が、凝った腰を伸ばして聞くと、ベスは得意げに
「魔力回復薬ですっ」
と宣言した。
これが、MPを回復させるってことか。
見たところ正露丸みたいな何の変哲も無い丸薬だが。・・・原料だって要は何種類かの野草や山草だ。これでMPが回復するようになるってことなら、純粋な生化学ではなく、やっぱり何らかの魔法的なスキルを使ってるってことだろうか?
でも、喜ぶベスの顔を見ると、こっちも疲れた甲斐があったと思うし、きっと本当に効果があるんだろう。
小さないくつかの丸薬を大切に布に包んで懐に入れ、ベスは道具をまたきれいに元の地下収納庫に片付けた。
また、街に向かって二人で坂道を下り、門が遠く見え始めた頃、ベスが前を向いたまま俺の手を握って、ぽつりと話し始めた。
「ずっと怖くて怖くて・・・なにかしてないと気がへんになりそうで、おばあちゃんが昔、薬を作ってるのをお手伝いして、その記憶があって・・・」
思い詰めたような声だった。
「魔物と戦うなんて今でも脚が震えちゃうし、やっと終わると思ってたのに・・・逃げ出したい、もうやめたいって・・・あたしだけ弱虫で卑怯で」
「そんなことないよ。誰だって死にたくないし、あたり前だよ」
俺だって、とんでもないことに巻き込まれたと、今でも思ってる。
まして17歳の女の子が命がけで毎日魔物と戦わされるなんて。
「シローさんも」
「あぁ、俺なんか知らないうちに奴隷にされて、自分の意思なんて関係なく迷宮に連れてかれて、ただの学生だったのにさ」
こっちを向いたベスの髪の毛を、ついくしゃくしゃ、っとあいてる方の手でなでた。
「だから、ベスの気持ちはわかるし・・・うん」
「・・・ありがとう」
不意に抱きつかれた。
なんて言うか、色っぽい感じじゃなくて、泣いてる妹をなぐさめる、みたいな感じだ。
でも、そんな俺の気持ちをさらに不意打ちするように、突然柔らかい唇が押しつけられて、すぐに離れた。
「ありがと、シローさん。一日付き合ってくれたおかげで元気がでました。・・・ううん、ちょっとだけ勇気が持てました、わたしにも出来ることがあるんじゃないか?って、だから本当にありがとう」
やっぱり泣いてるけど、笑顔だった。
それからは、すごくたわいも無い話ばかりして、派手に笑いながら街に戻り、そして館の前で別れた。




