第428話 決戦前夜
「お会いできて嬉しゅうございますわ、アルフレッド皇太子殿下」
「・・・こちらこそ、お初にお目にかかります、アメストリス皇女殿下」
思いっきり猫の皮を被って“愛らしいお姫様”キャラで挨拶をするアメストリスもさすがだけど、事前に皇女の人となりを俺たちから詳しく聞き込んでいたのに、そのことをおくびにも出さない完璧な貴公子ぶりのアルも大したもんだよな。
さすが大国の皇族だ。
どこの宮廷?ってやりとりは、殺風景としか言いようのない兵営での一場面だ。
この数百年間、実現したことのなかった大連合軍が、極北のモルデニア奥地に結集したのだ。
後に多くの国の年代記に必ず記されたと言われる、この諸族自由連合の作戦会議は、各国・各勢力を代表する列席者だけでも以下のような顔ぶれだった。
◆レムルス帝国 (参加兵力16万)
アルフレッド・フォン・ノイクリンゲ皇太子 20歳<ロードLV19>
グレゴリ・バイア元帥<魔法戦士LV35>
◆パルテア帝国 (14万)
アメストリス・ペルセウス皇女 23歳<召喚士LV21>
ベハナーム元帥 50歳<魔導師LV32>
◆エルザーク王国 (7万)
ヤレス・カラジアーレ王子 29歳<ロードLV28>
ネジミエ・スカンデル元帥 <魔法戦士LV31>
◆メウローヌ王国 (4万3千)
シャルル王太子 27歳<ロードLV25>
オーギュスト元帥 <魔導師LV30>
◆アンキラ王国 (3万5千)
ラーミン公爵 49歳<商人LV19>
◆アルゴル王国 (2万2千)
フェルディナンド公爵 37歳<文民LV18>
セルバント将軍 <魔法戦士LV27>
◆都市国家連合 (1万4千)
カサンドラ副議長 <魔導師LV27>*アダン
クレオネメス将軍 <狂戦士LV35>*イスパタ
◆カテラ万神殿 (1万3千)
アッピウス僧正 <修道士LV26>
セルギス聖騎士団長 <ロードLV29>
◆モントナ公国 (7千)
タクソス公子 24歳<騎士LV20>
◆メサイ首長国 (7千)
マスウード族長 <騎馬民LV24>
◆ウリエル山脈 (5千)
レノラン <虎人LV26>
マゴルデノア <ハイエルフLV25>
◆大森林地帯 (3千)
エレウラス <ハイエルフLV27>
◆ウェリノール (2千)
ノルディル <ハイエルフLV33>
ルネミオン <ハイエルフLV28>
◆ドワーフ自治領 (2千)
オーリン・バズシード伯爵 <ドワーフLV29>
オレン・バズシード <ドワーフLV22>
◆勇者隊
サーカキス <勇者LV48>
モカ <聖女LV49>
便宜上兵力の多かった国順に表記することが多いが、公式にはこの序列をどうするか?でも各国の学者の間でもその後長きにわたり激しい論争があったとかなかったとか・・・
この時の、単なる陣幕の内側の席次を決める際にも、一悶着あったほどだ。
とは言え、ここに至るまでの戦いで各国とも少なからぬ損害を受け、またいくつかの拠点などに兵力を配置してきたものの、それでもこの決戦の地に集結した総兵力は50万を超えていた。
遠く離れた各国首脳は、当然ながら初対面の者が多い。
顔合わせに続く軍議の冒頭で、総大将には西方連合のアルフレッド皇太子が、副将にはアメストリス皇女が就くことが承認されたが、もちろん名目上のものだ。
実際の作戦は、レムルスのバイア、パルテアのベハナーム両元帥を中心に、各国の将軍・参謀らが立案することになる。
最初に軍議が熱を帯びたのは、各国が決死隊を送り込んで集めた情報の分析だった。
「直接、魔王の本拠地を目視できた者はいないと」
「予想の範囲でしょう、勇者殿・聖女殿のお話でも、魔王城、と仮に呼びますが、そこは強力な結界に覆われている。その領域に踏み入らない限り、その姿は見えぬのでしょう」
「未帰還の偵察隊の中には、そこに踏み入った者がいるかもしれぬと?」
「それはわからぬ。ただ、これまで得られた情報からでも、消去法で範囲は絞り込めたと言えましょう・・・」
各国偵察隊が、踏み込んで帰ってこられた、あるいは遠話で連絡が取れている範囲を旧モルデニア王国の非公式な詳細地図上でプロットしていくと、およそ東西30km、南北50km以上の範囲が空白になった。
“以上”というのは北側は十分な索敵が出来ていないからだが、この空白域に魔王の本拠地があることはほぼ間違いないだろう。
実際、ここ数日、魔物の軍列が向かっていった先は全てこの空白域だ。
サヤカとモモカの記憶によると、200年前とは地形もかなり変わっているので正確ではないものの、この空白域は、前回魔王城があった位置とは2,300kmずれているようだ。
200年前の魔王城があったのは、地下深くに細いながらも龍脈が流れており、魔力が豊富にわき上がるところだったという。
だがそのあたりは、前回の決戦で核の爆心地のように巨大なクレーターができ、今は広大な沼地になっているらしい。
一方でなぜ今回、この新たな位置に本拠地を置いているかの理由はわからない。
で、ここが“新魔王城(仮)”のありかだとして、「そこにこちらから踏み込むのか?」がまず、最初の議題になった。
おそらくは様々な仕掛けを施し、守りを固めて連合軍を待ち構えているところに、ノコノコ飛び込むのは愚策じゃ無いか?ってのは当然、一理ある。
200年前の大戦では、魔王軍側が人類の版図に南下を始め、それを防衛する形で大会戦になった。
その方が、地の利、という意味ではまさっている。
ただ、人類連合は長い補給路を伸ばして極北の地までかつてない大軍勢を送り込んだ。
長期戦になればなるほどこちらの負担は大きくなるし、士気も下がるだろう。
そして、各国の母国領域やその周辺でも魔物の跳梁が沈静化したわけでは無い。
いつまでも国元を空同然にはしておけない、という事情もある。
「そもそも、防衛戦に徹するつもりなら、この出兵は無用のもの。むしろ人類の版図を削られ、生産力を減じられる前に禍根を断つ。それがこたびの構想であろう。迷うまでもない」
そう進軍を主張したのは、メウローヌのシャルル王太子だった。
シャルル王太子は、大国の次期国王として各国首脳の中でもアルに次ぐ身分だ。
前回のチラスポリ会戦も経験しているし、その後のアルゴル出兵やゼルホフの戦いでも軍功を挙げているから、みな一目置いている。
本人も自信を深めているようで、なにかと積極的だった。
「しかし、おそれながら、それこそが罠という恐れもございます」
俺にとっては大学教授だったときから軍人っぽい印象のあったパルテアのベハナーム元帥が、そう進言する。
これも当然の考えだ。
結局、進軍経路をわけ多段階で進みつつ空白域の手前で展開し、威力偵察のような形でまず少数の精鋭による侵入を図る、さらに情報収集を強化し状況次第でいくつかの変更を行う、といった作戦が立てられた。
そして、これは大連合軍の首脳全員が勢揃いした、最初で最後の軍議になった。
***
「お館様、奥様方、ご無事でなによりです」
「センテ、ヨネスク、アンゲロ・・・みんな大丈夫だったか」
俺たちは久しぶりに、キヌークの領軍の陣に帰っていた。
ゼルホフの挟撃戦を死者ゼロで乗り切った領軍は、幸いなことにその後の進軍に伴う散発的な戦いでも亡くなった者はいなかった。
全軍の損害を考えると奇跡的な幸運だろう。
ただ、その結果、諸侯の兵団の中には補給路と拠点の確保に残されたところが多いのに、うちは国軍と共に最激戦地にまで送り込まれることになったのだから、必ずしも喜べない。
この先の戦いは間違いなくずっと厳しい、と言うか、全滅しないかどうか?の戦いになる可能性も高いんだろうから・・・だが、今は幸運を祈るだけだ。
その晩は、領軍の連中に囲まれた天幕で遅くまで話し込んだ。キヌーク村にもなんとか遠話がつながり、ノルテの声も聞けた。
安定期に入って体調もいいらしい。
「気をつけて下さいね、シローさん、英雄になんてならなくていいんですよ。無事に帰ってきてくれたら、それだけで・・・」
ルシエンやカーミラも、ノルテととりとめも無い話をして盛り上がっていた。
翌朝、諸族自由連合の50万の軍は、決戦の地へと進軍を開始した。




