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第427話 (幕間)それぞれの務め

「ノイアン卿、撤収完了ですわい」

「ご苦労だったな、ビョルケンどの・・・ロット准男爵さま、当家も完了です」

「・・・おうっ、では皆、引き上げるぞぉ!」


 夕暮れの湾内にかけ声が響き渡り、汗まみれ、ほこりまみれの多数の男たちが宿営地へと向かう。


 断続的な魔物の襲撃を迎え撃ちながらの作業は決して楽なものではなく、犠牲者も出ているが、既にこうした戦いの日々にも順応してきた兵士たちの雰囲気は、概して暗くはない。


 ゼルホフの戦いに勝利を得た西方連合軍は、その後は散発的な戦闘を続けながらもモルデニア領内を3路に別れて進軍していた。


 最も海沿いを進んだエルザーク、都市国家などの軍勢に与えられた重要な任務のひとつが、濃紺の海の北岸に、拠点となる港を確保することだった。


 東部戦線が苦戦しているために生じた歩調を合わせるための時間、西方諸国は旧プラトからモルデニア南部にかけて、少しでも魔軍を掃討し、橋頭堡を築くことを目論んでいた。


 その試みは内陸部では必ずしもうまくいっておらず、少なからぬ犠牲も出していたが、ここ沿岸部ではついに、軍船による荷揚げも可能な港の確保に成功していた。


 魔王復活に伴う天変地異で、各国の沿岸部は甚大な被害を受けており、震源地に近いモルデニアは特に深刻だったし、その後の魔物の氾濫によって人類の都市の多くが機能を喪失していた。


 この地にあったクリヴィーという港街も、もはや街の残骸しか残らず、港は土砂に埋もれてしまって短期間での復旧は不可能だった。


 だが、それに隣接するマリトポリという漁港には、幸いにも水深を保った入り江が保たれており、そちらを拡充して、それなりの規模の港と防御施設を仮設することになったのだ。


 これを可能にしたのは、もちろんアダンやイスパタなど多島海に面した都市国家の男たちにとって港湾の整備はお手の物だったこともあるが、多くの労働力を提供したエルザーク北部諸侯に、辺境で自ら開拓工事を行うことに慣れた工兵や魔法使いが多かったこともあった。

 中でも人数こそ少ないものの、ツヅキ子爵領のドワーフたちは、海を見ることさえ初めてだというのに、優れた測量や製図の知識と石や金属を加工する高い技術で、作業をはかどらせるのに大いに貢献していた。


「ここのところ、また地震が相次いで建設中の足場が傾いたり肝を冷やしましたな」

「うむ、なにやらあれも魔王の配下によるものだ、などと噂する者もおるが、ともあれなんとか工事が済んで良かった。いよいよ、明日には我々も北部の集結地に向かうのだ。腕がなるわい」

「ロット様はやはり槍働きの場が一番なのですな」

「そうだとも。いや、もちろん兵站の確保にあたる今回の仕事も重要なのはよくわかっとるが、やはりオレは武辺者だからな。それに引き替えシローの家臣らはいくさだけで無く、こうしたことも器用にこなすものだなぁ・・・」


 総司令部からは、魔王の本拠地に向けて、各隊へ進軍と集結の命令が届いていた。 決戦の日は近かった。


 ***


「アメストリス皇女殿下にはご機嫌麗しく・・・」

「ここは皇宮ではない、持って回った挨拶は不要じゃ」

「は、ではこちらが皇帝陛下よりお預かりした、正式な司令官の辞令にございます・・・」

 久しぶりの軍装が全く違和感の無い初老の男は、恭しく羊皮紙の巻物を差し出した。


「うむ、そして貴官も予備役から復帰し、妾が参謀長と言う名の総指揮官に就任するとあるな。よしなに頼むぞ、ベハナーム元帥」

「身に余る光栄です、殿下。そしてこちらに伴いましたのは、司令官たる殿下の御身を一層の安全確保をということで、護衛隊長に着任しました、アミラ准将にございます」

 ベハナームの後ろに控えていた長身の女性士官が膝を着いて礼をする。

「アーレズ・アミラであります、殿下。以後お見知りおきを」


「ふむ、女ながら帝国屈指の魔法剣の使い手として知られる貴官を我が護衛に、とは父上も気前が良い。妾に死んでこいとは言っておられぬのだな」

「これはお戯れを」

「ふむ・・・して、そちらの娘はもしや?」

 皇女はさらに一番隅で木箱を抱えて跪いていた女を目線で指し、ベハナームに尋ねた。


「ご賢察の通り、ご下命のありました薬を能う限り用意させましたが、現地で試さねばならぬこともあり、調合した薬師を連れて参りました。大学校のデロス教授の下で薬物研究にあたっております、若いが優秀な者です」

「・・・マ、マグダレアと申します。お初にお目にかかります、皇女殿下」


 下を向いたまま緊張した様子で名乗った娘に、アメストリスは嗜虐的な笑みを浮かべた。

「そう構えずと良い。先日の薬も見事な効果であったぞ。あれほど測ったような時間で効力を発揮させるのは、並大抵のことではない。せっかくじゃ、そなた、我が侍女兼毒味役として仕えるが良い。元帥、構わぬな?」

「・・・御意のままに」


「では、陣中を見て回ったらアンキラ、メサイの連中と顔合わせをするとしよう。そうじゃ、東の山中から参陣した亜人共の長にもな。明日中には西方軍との合流地点に向かわねばならぬ・・・」


 アメストリスは満足げに頷くと、床几から立ち上がった。


 ***


「あれが全部魔物の軍勢なのかよ、一体どれだけいるんだ・・・」

 針葉樹の生い茂る斜面から、峡谷を埋める魔軍の列を秘かに見下ろして、命知らずの忍びが絶句する。


 既に魔王軍の勢力下になったと考えられるモルデニアの辺境の城市から、“魔王城”方面へと向かう古い街道筋。

 峡谷から溢れんばかりにぎっしりと地を埋めるのは、ゴブリンの上位種だ。


 だが、まるで人間の大国の精鋭部隊のように、真新しい鎧兜に身を包み、人から奪った物ではなく種類のそろった剣をさげて行軍している。


「あれは、人間の職人たちが奴隷にされてこしらえたものだろうよ・・・ともかく報告せんとな」

 相方の魔法使いが憎々しげにつぶやく。


 その城市は鉱山街として知られていた。

 そこを支配下に置いた魔王軍が、人間たちを奴隷として武装を整えさせたのだろう、と。

 奴隷にされただけで済んでいればまだマシだが、とも付け加えた。



 同様の隊列は1方面からだけでは無かった。

 モルデニアという国名にもはや意味があるのかさえわからないが、その全土から続々と、オーガやトロル、翼ある悪魔まで、群れをなして移動しつつあった。



「とんでもねえぞ、あれだけで50万、いや百万いるかもしれねえ」

 レムルス帝国の紋章を身軽な革鎧につけたスカウトが、岩陰から彼方の敵の数を概算する。

 オークの上位種の集団は、途切れること無く、そしてただの魔物の群れとは思えない整然とした隊列で進軍する。


「だが、我々だって決して負けてねえはずだ。世界中から友軍が集まってる。それに、あの人たちもドデカい敵を倒して駆けつけてくるらしいからな」

 同僚の戦士が遠話の魔道具を取り出しながらそう強がって見せた。


「そ、そうだな、なんたって俺たちにゃ、勇者様がついてるんだからな・・・」

 

 

 全ての魔物の軍団が向かっていたのは、モルデニアの奥地、地名で言えばかつてはカルーガ地方と呼ばれていたツンドラ地帯だ。


 年間の大半を氷雪に覆われ、短い夏期のこの時期も苔や地衣類しか生えぬ湿地帯。

 天然の洞窟が数多く穿たれ、常に薄ら霧が立ちこめて陽が昇ってもなお薄暗い、黄昏の地とも呼ばれるほとんど人が住んでいない地域だった。


 だが今やそこは、わずか半年前とは全く別世界、いや別次元の様相を呈していた。


 以前のこの地を知る者が見れば目を疑うだろう。


 そこには世界の他の大帝国にも見られないほどの巨大な岩と氷の城がそびえ立っていた。


 禍々しい瘴気に包まれ、鮮血を満たした堀と、最大のトロルでさえ届かぬ高い城壁に囲まれた魔の城。


 どのような呪術的意味を持つのか、奇怪にねじれて天を突き刺すように伸びる、無数の尖塔。

 そして近づいてみる者がいれば、その構造が地上高くだけでなく地中深くにまでも広がっていることに気付いただろう。


 多数の人間が奴隷として連れられ、さらに多くの魔物が使役されたとは言え、物理的な力だけでこのように巨大で異様な城が、半年足らずで創られることはないだろう。


 だが、それは幻ではなく、現にそこにそそり立っていた。

 広大な湿原を見下ろす巌の上に、魔王の城が。

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