第426話 レベル40超え
目が覚めたら、もう日が高かった。
敵地でこんなに熟睡しちまったのは、久しぶりだ。
それぐらい消耗していた、ってことだな。
俺だけじゃなく、みんな昨日は限界まで力を出し切ったから、アムートを倒した後は、東方連合軍との合流どころか、それ以上ほとんどなにも行動できなかった。
いくら回復呪文をかけても、本当の意味での蓄積した疲労が無くなるわけじゃないのだ。
一応、河口近くの見晴らしのいい丘の木陰で、ルシエンに結界を張ってもらい、アイテムボックスから天幕を出した。
セラミックの仮設小屋を出して維持するMPさえキツく感じるほどだったから。
一番質量が小さく、それだけ魔力消費の少ないキャンとコモリンだけを警戒に置いて、干果をかじったら倒れるように寝た。
6人で天幕ひとつに固まって寝たのに、エロい気持ちさえ全く起きないほどだった・・・
(いや、それ言わなくていいし)
人形サイズで○カちゃんドレス、一番の省電力モードになったリナが、それでも目覚めた途端にツッコんできた。
ああ、生きてるらしい、実感したわ。
「シロー、おきたか?おなかすいた?」
カーミラ以外はもうみんな起き出してるようだ。
「カーミラ、レベル・・・41か!すごい上がったな」
「うんっ、カーミラ強くなったよ。シローも?」
最大にして最古の使徒アムートは、経験値もおそらく過去最多だったようだ。
ワーロードLV37だったカーミラが、一気に4レベルも上昇している。
5レベル刻みのLV40で得た能力は・・・これか、「再生」だ。
“超再生”を持つアムートを倒したから、ってわけじゃなく、たまたまワーロードはこのレベルで得られるってことだろうけど、魔物でなく俺たちの仲間で“再生”スキルを得たのは初めてだよな。
これは部位欠損さえ、時間と共に修復する能力のはずだ。
そして、自分のステータスを見ると、俺の方は<賢者LV44>になっていた。
あまりに熟睡してたから、夢の中のレベルアップ空間さえ記憶に無い。
残念ながら5レベル刻みという意味では、今回は新たなスキルとかは得ていないが、LV40で得た“模倣”はアムート戦の最後の最後で役にたった。
カーミラのお腹が、くーっと可愛く鳴って、あ、俺を待っててくれたんだ、と思いアイテムボックスからビーフジャーキーみたいな干し肉を出す。
人狼少女の目がわかりやすく輝いた。
ぺろっと食べられた挙げ句、俺の指までペロペロされて妙な気分になりかけたところで、天幕の入口からサヤカの顔がのぞいた。
「ごほん!そろそろ出てきなさいよ。みんな支度出来てるわよ、あんたも水浴びぐらいしたら?」
サヤカもLV48になっていた。
ハイレベルの使徒を倒すと“特殊レベルアップ”で1レベルずつ上がる、って法則はちゃんと適用されてるようだ。
天幕を出て、一応女子たちの視線を気にして木陰で水魔法を使い、自己シャワーをしていたら、カーミラが平気でまっぱになって、“カーミラにも”ってシャワーをおねだりしてきた。
新月だからか、(満月の人狼とは反対に)カーミラの方は全然“そう言う気”では無いらしく幼児みたいに自然な態度なんだけど、ナイスバディは変わらないから困るのだ。
う・・・ここんとこ禁欲日が続いていたのでとてもマズイ状態になりそうだが、樹木の向こうから不穏な圧力を感じて、なんとか自制する。
気をそらせ、別のことを考えるのだシロー・・・
3.145926535だっけ、いや忘れた・・・
ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず。よどみに浮かぶ・・・うん。
汗とホコリとアムートの粘液と悪臭と、色んなもんがこびりついていたのが、洗い流してキレイになると初めてわかるな、俺もカーミラも超クサかった。
ほっ、落ち着いたわ。やれば出来るじゃん、俺。
着ていた物もついでにザブザブ洗い、アイテムボックスから一応は清潔な替えの下着やら服を出して身につける。
ゲームだったらこういう手間って無いのにリアル志向だよな、とか、とりとめも無いことを考えながら、木陰から出ると、なぜだか感心してる視線を浴びた。
「あら、手出ししなかったんですね・・・意外だったわ」
「ふっ、賭けは私の勝ちね!言ったでしょ、男子もちょっとは成長するのよ」
「ルシエンが思いっきり圧力かけてたからじゃないの?」
こらこら、俺がカーミラに手を出すかどうかを賭けの対象にするな、と。
あらためてしっかり朝食だか昼食だかわからない食事をしながら、先に起きてたみんなに様子を聞いた。
ルシエンがルネミオンさんと“精霊の声”でやりとりしたところ、西方連合軍ももうそれほど遠くないところまで来ているらしい。
アメストリス皇女と遠話で連絡を取ったモモカによると、東西両連合が合流するのはここから400kmぐらい北のモルデニア奥地になる、と言う。
「偵察の決死隊が空陸両方でかなりの数が送り込まれていて、生残率は残念ながらあまり高くはないけれど、魔王の本拠地らしいところも絞り込めてきたみたい」
すごい情報収集力だな。
東はゲオルギア、西はプラトの大半までが今や魔王軍の勢力圏だが、進軍が速かった西方連合はいくつかの拠点を確保することにも成功している。
そして明後日、想定される魔王軍本拠地の南100kmぐらいを集結ポイントとして、東西両軍が合流予定だという。
俺たちはアムートを追って、結果的に東方連合軍本隊よりかなり南西に来ている。
本隊も移動していて魔法転移できるポイントも無いから、これから本隊に合流するより直接集結点めざしてドラゴンで飛ぶ方が効率的だろう。
400kmなら警戒しながら巡航速度でも明日中には着ける距離だ。
他の仲間たちのステータスも確認すると、モモカは予想通り<聖女LV49>になっていた。
そのことで新たに得た能力は無いようだが、ひとつだけ変化があった。
モモカが転生時に得たボーナススキル、“アクセス権”のスキルレベルが9になったと言うのだ。
この謎スキルは、200年以上かけてようやくLV9になった。
そして、モモカによるとそれで得られた能力は“表示データ拡張”という、これまた異質なものだった。
「・・・あ、そういうことなのね」
「なにかわかったの?モモカ」
「ええ」
どうやらこれまで存在はしているはずだが数値としては表れていなかったHPやMP、知力や筋力のようなパラメータが可視化されたのだという。
「え!じゃあさ、あたしのHPは?」
「それがね・・・」
ただ、それは数値として表示されるのではなく、棒グラフみたいなゲージで視覚的にモモカの脳裏に浮かぶだけ、らしい。
能力の高い者ほどゲージが大きくなるみたいで、うちのパーティーだとHPや筋力はサヤカが最大、次がエヴァ、カーミラの順で、MPや知力はモモカが最大って具合だ。
体力を使うとゲージの一部が色が変わり、HPが減少するのがわかるらしい。
「アムート戦の時とか、それがあったら今何割ぐらいHPを削れてるとかわかったわけか」
「そうなるわね」
ゲームによってはこういう機能があるよな。使いようによっては便利だろう。
ルシエンは<ハイエルフLV42>に一気に3レベルアップ。“霧の森”という魔法を新たに得ている。
これは、規模や効果がはっきりしないが、ルシエンがルネミオンさんを通じてウェリノールのハイエルフたちに聞いてみたところ、一定範囲の敵を迷わせたり能力を低下させる一種のデバフらしい。
名前からして精霊王の秘術みたいな感じかもしれない。あるいは精霊王様ってのがハイエルフの究極進化形みたいなものなのかな。
エヴァは<竜騎士LV41>に、カーミラと同じく4レベルも上昇。“竜王の祝福”という魔法を得ていた。
まあこれは祝福系だから、能力向上とか加護をもらえるようなバフだろう。
リナもレベルが跳ね上がって、<魔法戦士LV46>になっていた。
魔法戦士はこのメンバーの中では相対的に必要経験値が少ないジョブだから、すごいレベルアップだ。
新たに得たのは“魔嵐剣”という範囲攻撃スキルだった。
範囲攻撃の魔法の呪文はこれまでにもあったが、これは剣技のスキルだから詠唱もいらず静謐の影響も受けない。
MPはそれなりに消費するようだが、大群に囲まれた時などに役立ちそうだ。
「・・・ついに全員レベル40超えたね」
サヤカが満足げに言う。
200年前のパーティーではLV44のオデロン王が最高レベルで、40超えが他にモモカ、サヤカ、ロマノフ。リンダベルさんと狂戦士レムルスは魔王との決戦前、レベル30台だったそうだから、今回の俺たちはそれをかなり上回っている。
「ところで、魔王ってレベルいくつなの?」
アムートは使徒の中でもダントツのLV55だったけれど、魔王はやっぱりそれ以上なんだろうな。これまでちゃんと聞いたことが無かったけど。
「わからない・・・と言うか、魔王には多分レベルは無いよ」
サヤカの答えは意表をつくものだった。
「そうだね、おそらくレベルって概念が無いんじゃないかと思う」
モモカは前回の戦いの時、判別・鑑定系の最上位スキルとも言うべき“真実の鏡”で魔王を分析したものの、<ギンヌガープ 魔王>としか表示されなかったと言う。
それが強力なステータス秘匿系スキルによるもの、という可能性もあるが、名前と魔王というジョブ?自体は何の秘匿もなく見えたらしい。
「魔王、ぎんぬがーぷって名前?」
カーミラがサヤカに尋ねた。
「ええ、元々は極北の地の巨人族だとも上級悪魔族だとも言われていてはっきりしないけど、ロマノフの話だと、かつては“氷雷の魔巨人ギンヌガープ”って呼ばれてたらしい」
俺は以前、ダズガーンが封じられていたガラテヤ遺跡で粘土板に写し取った壁画を取り出した。
当時はまだ錬金術の使い方に不慣れで、あまり正確に転写出来たとは言えないが、邪神教徒たちに伝わっていた魔王の姿を象った絵だ。
頭部にはねじくれた巨大な角がはえ、いくつもの眼のような筋があり、多数の腕、鱗に覆われた巨体、足にはとがった爪がある、そんな姿だった。
エヴァもこの絵を見るのは初めてだから興味津々だった。
「えっ、これが魔王?にてねーっ」
サヤカには不評だった。
「ま、まあ、ホンモノをじっくり見たことがある人間なんてほとんどいないわけだし、良く描けてるほうじゃない?ってゆーか、初めて見たわ、魔王の肖像画?」
モモカがなだめる。
戦う前になるべく敵のことを知っておきたいから、あらためて2人にあれこれ詳しく聞き出す。
魔王は大きさも姿形も変えられるから、一概にどんな姿と表現すること自体があまり意味を持たないらしい。
ゲルフィムのように普通の人間の姿をとることもあるし、見た目の年齢も男女すらも変えられると言う。
ただ、最も“素”の状態と考えられたのは、やはり巨人族と悪魔族の両方の特徴を持った姿だ。
本性を現し戦闘態勢になったときの大きさは、2人の記憶では100メートルぐらいあった。
あっさり言うけど、ダズガーンの倍以上。アムートよりは“小柄”だけど、巨獣ヌゴーズに迫る大きさだ。
そして、翼は生えていないが、魔力によって一定時間飛んだり浮遊するぐらいのことはした。
とてつもない怪力で巨体に似合わず動きもかなり俊敏。
雷系と冷却系の魔法を中心に様々な魔法を使いこなす。
転移魔法を使うところは見たことが無いが、出来ないのかどうかは不明。
魔王のバフ、デバフは極めて強力で、魔物を熱狂させ人を絶望させる。人間の精神を操り狂わせる技も持っているが、それだけをとればヴァシュティや淫魔族ほど強力ではない。
そして、こうした攻撃力以上にやっかいなのが、防御力の高さ。
そもそも魔王の固有スキルとも言える絶対防御結界は、普通の人間や魔物には傷ひとつつけられない。
防御力無視の“貫通攻撃”系スキルがあれば最小限の傷は入る感触があるが、おそらく1HPとか最小単位のダメージで、無限に近いと思われるHPを持つ魔王に対しては無意味に近い。
勇者は、“対魔王攻撃”のスキルを行使することでそれ以上のダメージを与えられるようになるが、それは勇者1人に限られる。
この絶対防御を無効化する手段が、聖者ないし聖女が持つ固有スキルの“魔王防御無効化”だ。
これによって、全ての者が魔王にある程度のダメージを与えられるようになる。
だが、数値で見えないものの、魔王は物理防御力、魔法防御力共に極めて高い。
そして状態異常などへの抵抗力も99%以上あるのではないかと言う。
つまり、本当に少しずつダメージを重ねていくしか無いが、おそらく高いHP回復力も持っている。
ステータスが詳しく表示されないし、これまで魔王に部位欠損させるようなダメージを与えた者はいないので再生能力の有無などもわからない。
そう言う意味では、勝利の方程式は未だ導きようが無い、という状況だった。
「・・・あらためて、厳しいわね」
ルシエンが率直な感想をもらした。
「そうだね。ただ、これはわたしたち転生者の勝手な思い込みかも知れないけれど・・・最善のルートを選べば、勇者は魔王を倒せる。これはきっとこの世界の黄金律のはず。根拠としては弱いかも知れないけれどね、わたしは信じてる」
そうきっぱり言い切るサヤカに、モモカも明るく笑顔を見せて同意した。
「この世界では、それ以前にもなんどか勇者と魔王の戦いの伝承があるでしょ。倒された勇者もいるけれど、魔王も何度も代替わりしている。つまり、倒されているわ。それは事実として、この世界で起きている。そして私たちは200年前、勝つには至らなかったけれど、少なくとも負けなかった。そして、今回は前回より条件はずっといい。だから、できるよ、きっと。これでダメだって言うなら、運営が間違ってるわ」
最後はイミフなセリフだったな、こっちの世界のみんなには。
 




