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第423話 使徒アムート戦② 粘液

六の月・下弦14日 まもなく新月の夜を迎えようとしていた。

 最大最古の使徒、アムートとの緒戦で疲弊しきった俺たちは、連合軍本陣近くの天幕で仮眠をとり、夕方になって目を覚ました。


 数日ぶりに補給部隊から食材の配給も受けられるから、それを使ってなにか簡単に食べられるものでも・・・ってことになり、俺とエヴァが調達にでかけた。


「こちらは麦より芋粉が多いみたいですね」

「腹持ちはいいけど、ちょっと独特の臭味があるよな・・・」


 配給されたのはパンと干果と油と芋の粉だった。

 肉気が無いのは残念だったが、そこはまだ俺たちのアイテムボックスに干し肉がかなりある。


 携行できるパンは夜戦食か明日の朝にとっておくとして、芋の粉で何を作る?って話になり、近くの兵らの様子を見ると、団子みたいにしてゆでたり油で揚げたりしているようだった。


 多くの仲間が死んだり喰われたりしたのに、それでもみんなたくましい。

 生きていれば腹は減るし、腹が減ったら戦はできぬ、なんだよな。



 大軍と一緒だとサヤカやカーミラも索敵に回る必要が無いし、そもそも巨大過ぎる敵もお昼寝中だから、みんなで手分けして料理することになった。


 そうすると魔法が使える者は水出しや煮炊き係になる。


 ところが、団子をこねる係になってたカーミラが、水で粉を溶くはずが間違って油に芋粉をぶちこんじゃったらしい・・・


「あっ・・・」

「カーミラ・・・」

 気付くと思いっきりダマになって固まっちゃってた。


「ま、まあこれはこれで、揚げ物っぽくは出来る・・・かも?」

 普段は食べるの専門、っていうか、肉をそのままかじってれば幸せなカーミラには、ちょっと難易度が高い仕事だったようだ。


 とりあえず、前に東方のクエストで手に入れた香辛料で、味付けだけは本格的にしたから、なんとか貴重な食材は無駄にならずに済んだ。


「・・・どうしたのモモカ?誰だってミスはするしさ」

「・・・え?あ、いやいや、カーミラちゃんを責めるつもりとかじゃないよ・・・その、やっぱりあの粘液をどうにかしないといけないのかな?って思ったんだけどね・・・」



 モモカが言い出したのは、アムートの体全体を覆っている、ヌメヌメした油みたいな粘液のことだった。


「あれのせいで、魔法も武器も、威力が通らなくなってる感じかな。“粘液防御”ってスキル、あったよね?」


 サヤカも、ダメージを急速回復される超再生の能力以前に、攻撃自体がなかなか通らないのを感じていた。


 それがアムートの持つスキルのひとつ“粘液防御”によるのでは、ってわけだ。


「カーミラの“スキル阻害攻撃”でなんとか出来るかしら?」


 ルシエンが言い出した。


 そうだ。

 カーミラにはワーロードLV35で習得した“スキル阻害攻撃”というスキルがある。


 そもそも、これでアムートの“超回復”を無効化するってアイデアもあった。


 だが、このスキルは直接攻撃で相手にダメージを与えないと発動しないから、それ自体が難しかったのだ。


「・・・カーミラ、やってみる」


 悪臭を放つアムートの粘液に覆われた体に接触しなきゃいけないから?

 カーミラが悲壮な顔でそう言った。


 そして、第2ラウンドが始まった。



 ***


「行くよっ」


 日没前、沼にはまり込んで眠るアムートの巨体がムズムズと動き出していた。

 そろそろ起き出しそうだ。


 その頭上に、俺たちは再びエヴァのドラゴンに乗って接近していた。


 合図と共に、カーミラが“跳躍”スキルを使ってドラゴンの背から飛び降りる。


 体操競技の最後の降り技みたいにきれいな放物線を描いて、均整の取れたアスリート系美少女が着地を決める・・・


 びしゃっ!!ぬぷっっ!


 予想外の音が聞こえた。

 そして、カーミラの体がなにかに・・・沈み込んだ?


「マズイっ」

 俺とリナが、ヘルプのために有視界転移する。

 カーミラが見えていたあたりに。


「うぼっ!!」


 ドロドロした粘液に突っ込んだ。


(ひゃっ、たすけてっ!!)


《カーミラ!!》


 リナをほっといてカーミラに遠話を飛ばす。


 ちょっと離れたところで、泳ぐことも出来ず粘液の中でもがいてるカーミラの反応があった。


 リナと編成したまま再度そこへ飛ぼうとする・・・!!飛べない!?


 もう一度、思い切り精神を集中し、魔力を練ると・・・なんとか飛べた!



 息も出来ないネバネバの粘液の中、いや、息ができたら今度は悪臭で倒れそうだが、カーミラの手をつかみ、編成に入れる。


 俺にはもう魔力を練る余裕も無い。


(リナ、頼むっ)

 酸欠に耐えながら念じる。


(っっ・・・転移!!!)


 今度はリナの魔法で、かろうじて何かの強い抵抗を振り切って、転移した・・・




「シローっ、しっかりして!」

「・・・“領域浄化”“領域治療”“全回復”!!」


 サヤカとモモカの声が、聞こえた。


 ドラゴンの背の上で、俺とカーミラはぐったりと横たわっていた。


 リナは既に人形サイズに戻って回復モードだ。


 ・・・ヤバかった。


 アムートの凶悪さは予想以上だった。


 そもそも、カーミラの“スキル阻害攻撃”は、相手にわずかなダメージでも与えない限り発動しない。


 だから、接触して一撃を加えようとしたんだが、まず全身を包んでいる粘液の層が予想以上に厚くて、鱗にすら直接触れなかった。


 しかも、魔法も阻害されていた。


 完全に無効化、ではなかったが、あんな短距離の転移ですら全力で魔力を行使しないと出来なかった。


 おそらく、ヤツの“結界体質”というスキルが邪魔をして、一種の結界で魔法が遮られているような状態なんだろう。


 そう考えると連合軍の魔法攻撃や大砲も、さらにはサヤカの光閃剣さえ、ろくにダメージを与えられなかったのも理解出来る。



 モモカとルシエンが治療魔法を重ねてくれ、さらには魔法で出した水をザブザブかぶって、物理的にも粘液を洗い流してようやくすっきりした。


「まだくさいよ・・・」

 カーミラはしみついた悪臭が落ちないって、今も涙目だ・・・



 そして、途方にくれた俺たちの前に、事態はさらなる悪化を見せた。


 ***


 日没後、地鳴りと共にアムートが目覚めた。


 東方連合軍は既に配置についている。


 アムートが眠っていた沼から、ほとんどの将兵は10クナート、約20km近く退避し、大砲と大弩、魔法攻撃が可能な部隊だけを、射程いっぱいの四方に置いて、アムートに攻撃されそうになったら背後側の部隊だけが攻撃する、って形だ。


 夜行性のアムートの攻撃を一晩しのぐ。

 それで勝機が見えるわけでは無いが、とにかく現状それしかなかった。



 だが、今夜のアムートは、何か極端に気が立っているかのように見えた。


「シャアアアアアアァァァァッ!!」


 耳をつんざくような威嚇音?をさかんに発して、長い尾を振りまわす。

 そのたびに、大地がえぐれ、激しい地震が起こる。

 

やがて、ズズズズッと重い体を引きずる音と共に、沼地から長大な体の大半が這い出てきた。


 だが、暗闇の中で浮かび上がったシルエットは、なにか今朝の姿とは違うように見える。


 太い・・・暗い影は明らかに昨日よりも一回り太いのだ、部分的に。


「あれは・・・まずいよね!?」

「もう新月か・・・そうだったのね」


 モモカが察したのは、アムートが子を産むタイミングには月齢も関係しているんじゃないか?ってことだった。


 だが、そんなことを考えている余裕がないぐらい、この夜のアムートの攻撃は熾烈を極めた。


 巨体の動きは昨夜よりも遅いらしい。

 だから、距離をとることは出来る。


 だが、いったん目をつけられると、重い巨体を引きずって執念深く追い回される。


 そのたびに、周囲には地割れが走り、わずかな樹木は根こそぎなぎ倒され、丘が削られ消滅する。

 まさしく、命がけの鬼ごっこだ。


 俺たちも攻撃するが、目先を変えて兵を逃がす時間を稼ぐだけの役にしか立たなかった。




 疲弊した将兵が“ようやくまだ夜中か?”と感じた、日付が変わったであろう頃――――それが訪れた。


 不意に、これまでもひどく生臭かったアムートの巨体から、それまでと異なる、なにか甘いような、そして強烈に吐き気を催すような異臭が発した。


 そして。


 ビシャッ!!


 なにかが破れた音が甲高く響いた。


 ボホッッ!ゴボボボボボボッ!!


 続いて、堰を切ってあふれ出したような轟音。


 それは、いつ終わるとも無く、ドボドボと、ゴボゴボと続いている。



 蠢く影。

 無数の――――大蛇の群れだ!


「産まれた・・・産まれちゃった・・・」

 モモカが呆然とつぶやいた。


 原初の蛇が、長い歴史の中で幾たびか行ったと言われる、子蛇の産生。


 胎生のアムートの膨らんでいた腹部から、無数の大蛇が尽きることなくあふれ出していた。

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