第421話 追跡!“原初の蛇”アムート
“原初の蛇”と呼ばれる最大にして最古の使徒アムート。
その餌場となっていたウリエル山脈を訪れた俺たちは、既にアムートが多くの亜人たちや鳥獣を喰らって腹を満たし、その地を去ったことを知った。
アムートはそのとてつもない巨体をくねらせて山を削り野を越え、最短距離で魔王の本拠地たるモルデニアの奥地へと向かったらしい。
ウリエル山脈の亜人たちは、総人口の半数近くを喰われたり殺されたりして失ったにも関わらず、魔王軍との決戦に兵を出すと決め、虎人族の老戦士レノランに率いられて、陸路モルデニアへと向かった。
パルテア冒険者ギルドの副ギルド長である、ハイエルフのマゴルデノアらもそれに同行しており、計算では、アメストリス皇女率いる東方連合軍に、決戦の地に至る手前で合流できるはずだ。
だが、俺たち勇者パーティーは、それに先行し、空路でアムートを追っていた。
そう、エヴァの召喚竜に乗って。
巨大な竜を召喚してずっと使役し続けるのは、エヴァのMP消費が大きくかなりの負担になる。
だが、もはや時間との戦いだ。
アムートが魔王軍主力と合流したら、それを打ち破るのはさらに難易度が跳ね上がる。
出来ることなら、その前に各個撃破したい。
それは魔王との決戦前に俺たちがさらに経験値を稼いでレベルアップ出来ることをも意味するから、無理をしても狙う価値がある――――それが俺たちの結論だった。
「後を追うのがこれほど簡単な相手も珍しいわね」
高空を飛翔するファイアドラゴンの上で、エヴァと共に最前列に座るルシエンが口を開いた。
ドラゴンの背には、粘土スキルで簡単な2×3席のシート?を設置し、小規模な結界で覆っているから、強風を受けることなく会話もできる。
ドラゴンを操る竜騎士エヴァは言わば操縦席、視力が一番いいルシエンがナビ席だ。
俺はカーミラと共に最後列だが、シートを作ってから後悔したのは、これじゃ前のヒトにしがみつけない、しがみつく必要が無いってことだった・・・いや、いいんだよ?美少女たちの後ろ姿を遠慮無くガン見できるんだし・・・
(・・・)
リナが腰の革袋の中から、無言でディスってきやがった。
だから、人の心を読むな、と。
いいじゃん、ささやかな楽しみぐらい・・・
けど、ルシエンが言うとおり、跡をつけるのは簡単すぎるお仕事だった。
なにしろ、ウリエル山脈からずっと、真新しい幅百メートル以上の溝が大地をえぐり、まさに蛇が這った跡となって刻まれているんだから。
山を崩し、河を横切り、湖を渡ったところだけは一瞬痕跡が途切れるけれど、ほとんど一直線に進んでいる。
北西へ。
モルデニアへ。
最短距離をつっきるように。
おそらく、伝書鳩が方角を察知するように、魔王の居場所を正確に感知する能力がアムートにはあるんだろう。
その進路には、村や城市だったと思われるところもあったけれど、まったくお構いなしだ。
既にゲオルギアは国が崩壊して、軍組織も消滅していると見られるし、国民の大半が逃げ散ったか魔物に喰われたか、奴隷としてモルデニアに連れて行かれたと見られている。
それにしても、惨状としか言いようが無いありさまだった。
トスタンからゲオルギアに入ってしばらくは、まだしも“人の営み”らしいものが、ところどころに残っていた。
けれど、ゲオルギアでの東部連合と魔軍の会戦を経た後は、もはやそのようなものは全く見られなくなっている。
眼下には時折野生の獣や低レベルの魔物が徘徊しているのが見られるだけで、殺風景な荒野がどこまでも続いている感じだ。
文明の痕跡さえ、もはや見つけることは困難だ。
魔王軍に諸族連合が敗れたら、大陸中がこんなありさまになるんだろうか。
「速いわね・・・」
そして、エヴァが口にしたのは、アムートの進むスピードだった。
エヴァが操るファイアドラゴンには、俺たち6人も乗っているし、MP消費をいくらかでも抑えるため、最高速度ではなく言わば巡航速度で飛んでいる。
それでも、一般道を走る自動車並みのスピードは出ているはずだ。
それなのに、なかなかアムートに追いつけない。
蛇が地を這う速度なんて、大したものとは思えないのに、やっぱりスケールが桁違いにデカいからだろうか。
ヤツがウリエル山脈を出たのは俺たちの2日前らしいが、丸一日飛んでも全く姿が見えない。
ざっくり概算だが、ヤツは1日に200km以上進んでいることになるだろう。
馬を走らせるよりずっと速い、ってことだ。それも道なき道を。
「そろそろ日没が近いね」
サヤカが野営を提案した。
召喚したドラゴンも疲労するし、いったん“帰還”させ、エヴァも休む必要がある。そして、俺たちも疲弊した状態で夜の闇の中でアムートと戦うのは避けたい。
敵地で地上に降りて野営するのは危険だが、先へ行けば行くほどより危険が大きくなるのも確かだ。
比較的見通しの良い丘の上に着地すると、結界を張った中に粘土スキルで仮設の小屋を建てる。
土魔法でまわりに空堀も作り、アイテムボックスから出した干し肉や麦粉で、簡単な夕食の用意をする。
こういう設営と調理担当は、ノルテがメンバーを外れてからは、主に俺とモモカの担当だ。
特に敵地では周辺の偵察を念入りにすることが欠かせないから、そっちはサヤカとカーミラはデフォルトで、エヴァとルシエンも加わることが多い。
だから、なんとなく炊事担当は俺たちなのだ。
おかげでいつの間にか、“料理(LV1)”なんてスキルも習得している。もっとも未だに完璧女子のモモカに言われるままに作業をしているだけだが。
「うん、水はそれぐらいでいいから、じゃ、火をお願いね」
錬金術は魔法に比べると威力が弱いけど、その分、火力を微調整しやすいとか、生活には役だったりするのだ。
「なんか、こう、もうすぐ魔王と大決戦するってのに、ある意味すごい日常感あるよね」
「ふふっ、そうだね。でも、こーゆーのも大事な時間だよ」
元の世界にいる時、こうしてモモカと一緒に料理する日が来るなんて想像もできなかった。
命がけで戦う日々が続いている今の方が、むしろ心は穏やかだってのはヘンな感じだけど。
「魔王をさ、倒したらどうなるのかな?その後って・・・」
俺はつい思いついたことを尋ねた。
ゲームだったらクリアしたらめでたしめでたし、で終わりなわけだけど、ここはまあ、俺たちにとっては今やリアル・ワールドなわけで、その後も世界は続くんだろうし。
「うーん、どうなるんだろうね?やっぱり大災害の後の復興みたいなことも必要だろうし、けど、レブナントの日記で“大型アップデート”みたいな話もあったよね・・・」
モモカやサヤカもまだ、魔王を倒した経験は無いわけだし、そこははっきりしないようだ。
「そうだよなぁ。新パッチがサービスされて、新たなクエストとか、また次の魔王とかすぐに出てくるのはやめて欲しいよなー」
ゲーマー同士、色々想像力が働く。
「そういや、モモカのさ“未来視”ってスキル、新たに手に入ったじゃん。あれでこの先の展開ってわかんないのかな?」
それは特に深い考えがあって尋ねたわけじゃなかった。
「そ、そうね・・・うん、あれ今イチ使い方がよくわからなくてね。特定の状況とかにならないと発動しないのかも」
だから、モモカが微妙に目をそらしたのは、まったく想定していない反応だった。
モモカは基本、ポーカーフェイスでなかなか素を見せないから、これは本当に動揺したってことなんだろうか。
でも、それって、魔王との戦いの結末が悲惨なものになるってことか?
そんなことを思いついたから、それ以上尋ねる事も出来ず俺は固まっちまった。
「あ、いや、違うからね?悪い未来図が見えてるとか、そういうことは本当にないから。そこは信じて、しろくん」
そう言われちゃうと、それ以上つっこめない。
サヤカたちが戻ってきて夕飯になり、その後は眠りにつくまで、この間の戦いでのみんなのレベルアップや習得したスキルを今後どう活かすか、なんて話になった。
“ラビンスクの会戦”と呼ばれるようになったゲオルギアでの戦いで、俺たちは新たな使徒になったと見られる高レベルの魔物や、それ以上に厄介だった淫魔ラハブを倒した。
その結果、俺は賢者LV40、リナは魔法戦士LV41や上忍LV22に、ルシエンがハイエルフLV39、カーミラとエヴァはそれぞれワーロードと竜騎士のLV37になっていた。
モモカは聖女LV48、サヤカは勇者LV47と1レベルずつ上がっていたが、それがどういうカウントによるものなのかはよくわからなかった。
“特殊レベルアップ”スキルでも使徒を1体倒せば必ず1レベル上がるわけではないのか?それとも、あいつらは使徒ではなかったのか?はっきりしない。
賢者LV40になって俺が使えるようになったのは、“模倣”という名のスキルだった。
これは色々試したところ、自分が知っている他人のスキルや魔法をコピー出来る、というものらしかった。
もっとも、全ての魔法やスキルが模倣できるわけでもなく、かつ出来るものでもかなりの劣化コピーで同じ魔法やスキルでも威力はかなり落ちる・・・など、制限は色々あるが。
とは言え、相手の防御力無視の“貫通攻撃”とか多少なりとも飛べる“飛翔”とかは、これから使う機会がありそうな感じだ。
“原初の蛇アムートをどう倒すか?”をあれこれ意見を出し合ったけれど、確たる方法は見つからないまま、いつしか眠りについていた。
けれど、その眠りは夜明け前に破られた。
“アムートに襲われている”――――そんな遠話が届いたことで。
俺たちがアムートに追いつくより先に、最大の使徒は、決戦の地に向かっていた東方連合軍と衝突したんだ。




