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第420話 (幕間)ゲルフィムの野望

ゲオルギア王国 ラビンスクの戦場跡にて

 下弦の月がわずかな光で照らすだけの荒野。

 見渡す限り人家の灯ひとつも無い。


 それもそのはず、数日前には、ここで幾十万もの人と魔が、血で血を洗う戦いを繰り広げていたのだ。


 だが、そのことを証立てる物は、今となっては点々と野ざらしにされた屍だけだった。


 夥しい数の屍体を全て焼くどころか丁寧に埋めることさえ、魔物は無論、先を急ぐ人類軍の側にも余裕はなかった。


 だからこそ戦場跡から、死してなお死にきらぬゾンビやグール――――アンデッドの類が発生するのだろう。



 だが、その荒野の一隅で、他より一際濃い闇の中で起き上がった“それ”は、常のゾンビなどともまた異なるもののようだった。


 闇の中心には、このような真夜中の荒野にはあまりに場違いな、貴族の正装に身を包んだ男の姿があった。


「・・・我が下僕を浄化どころか焼却もせぬとは、存外に迂闊なことよ。いやこれぞ好機か。まさに我が時が満ちたと言えよう」


 男はそうつぶやくと、土塊の中から立ち上がった屍体に語りかけた。

「ラハブよ、我が声が聞こえるか?知能を失ってはおらぬか」


 その言葉をかけられたことが引き金になったのか、薄汚れた土まみれの骸はみるみる形を変え、わずかな後には美しい女の姿になっていた。


「・・・きこ、える・・・聞こえ、ます・・・ゲルフィム様、我が主よ・・・再び仮初めの命をいただき、感謝します。ずいぶんと力を失いましたが、まだいくらかは働けましょう」


 白い肌、赤く長い髪、いつの間に再生したのか?薄らと透ける白いローブを身にまとい、すれ違う男全てが振り返り、女は羨望の目を向けるであろう妖艶な姿。

 ただ、ローブの下から発する青白い燐光と微かな腐臭が、注意深い者には、これが世の摂理から外れた禁忌の存在であることを気付かせたかもしれない。


「それで良い、此度はよくぞ時間を稼いだ。おかげでついに我は、長年探し求めていた真理にたどり着いたぞ」


「・・・それはようございました、我が主よ。ではいよいよ、あなたさまが至高の座に至る秘術を?」


 不死の幽鬼と化したラハブは、生前と変わらぬ涼やかでやや低い声で、しかし今やなんの抑揚もない口調でそう問うた。


「うむ、魔王を魔王たらしめている力、その根源を我はついに知った。この200年、いやそれ以前から、なぜ多くの力ある魔の中でも抜きん出た叡智を持つ我ではなく、無粋で粗忽な力だけの者どもが至高の座に選ばれるのか、謎であった。だが、よもやあのような矮人種どもが手がかりを残してくれようとはな」


 使徒ゲルフィム、あるいは人の姿をとっている今は、フート侯爵と呼ぶべきであろうか、その男はいつになく昂揚している様子だった。


 ラハブはなにも言わず、主の言葉に耳を傾けていた。


「根源の力がどこにあるか、どうすれば手に入るか、おおよその所はわかった。あとは邪魔が入らぬよう、機をはかることだ。勇者などと名乗る小さき人間共にも、モルデニアの“あれ”にも、気付いた時にはもはや手出しできぬ時を見計らって動かねばならぬ。そのためにラハブよ、おぬしにももう一働きしてもらわねばならぬ・・・」


「はい、我が主の御心のままに。ラハブはあなた様のものです・・・」


 おそらくはゲルフィムが語りかけることにより、甦った下僕に力が注ぎこまれているのだろう。


 ラハブはいつの間にか、生前と変わらぬようになめらかに喋り、その四肢も一度は失われたはずの部位まで完全に再生しているようだった。


「やはり、あの封印の地にこそ全てはあったのだ。メトレテスめは気付かなかったようだが。そして、メトレテスをひそかに操り、我の裏をかいたと思い込んでいたあのヴァシュティの売女めも、所詮は浅知恵に溺れ自ら滅んだのだから笑止というほかは無い・・・」


 男は復活させた女の腰に手を回し、女はその肩にしなだれかかった。

 それは一見宮廷の晩餐会の一場面のように自然で、そして凶々しかった。


「・・・鍵は矮人種共の末裔が持っていることも我は突き止めた。もう間もなくだ。時を満たすには、あの蛇がさらに一仕事してくれよう・・・」


 ゲルフィムは夜空の細い月を見上げた。

 いつしかその月は、ラハブの髪のように、したたる血のように赤く染まっていた。


「はい。御意にございます、我が主よ」


 女の声と共に、生臭い一筋の風が吹いた。


 それが屍の散る荒野を吹き抜けた時には、既にそこには誰の姿もなくなっていた。

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