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第45話 新月の神殿

迷宮は四階層でも終わりではないことがわかり、パーティーの士気は目に見えて落ちた。その様子にカレーナは、翌日の新月の日を休養日にする、と伝えた。

 遠く響く鐘の音で目が覚めた。

 まだ夜明け前だ。


 聞いたことがあるような音だが、いつ、どこでだったろう?


「神殿の鐘だよ。きょうは二の新月だから、大勢の人が集まる礼拝の日なんだよ」

 枕元に転がっている、人形サイズのリナ知恵袋だ。


「カレーナも言ってたけど、新月だと忌み日だとかなんとか」


「うん、こっちの暦では、一ヶ月は29日の小の月と

 30日の大の月があるの。奇数月は小の月で、

 新月の日と上弦の14日・下弦14日間で29日。

 偶数月は大の月で、これに望月の日が加わるわ。

 新月は闇夜で縁起が悪いって、忌み日の扱いで、

 仕事は休んで神殿に行く人が多いんだよ」


 なるほど、ベスがちらっと言ってたけど月の満ち欠けが基準になる太陰暦なんだな。そうすると、休みは月イチか。昔の人は休み知らずでよく働いてたっていうけど、こっちの世界もそういう感じなのか。


 神殿は、こっちに来て二日目にちょっとのぞいただけだ。

 ジョブチェンジに関係してるってリナに聞いたし、こっちの宗教がどういうものかも興味があるし、行ってみたいな。

 昨日の四階層での戦闘で経験値がたまったようで、冒険者レベルは13に上がっていたが、やはりあらたなスキルとかは増えておらず、残りスキルポイントが3に増えていた。ゲンさんの言ってた通り、次に固有のスキルを得るのはLV15なんだろう。そうしたらジョブチェンジも考えてみたい。


 番兵に、神殿に行きたいからと外出許可を頼むと、「信心が篤いのだな、よいことだ」とか誤解されて、あっさり許しが出た。

 お約束の金輪を首にはめられたが、奴隷なんて珍しくもない社会のようだから、実害がなければもうそんなに気にならない。


 なるべく目立たないよう、兵舎支給の平服ではなくバンの宿で手に入れたこっちの庶民風衣装を着て、水筒に見える腰の革袋にリナだけ入れた手ぶらで出かけることにした。


 神殿は館の丘から徒歩で5分ほどだから、夜明けと共に始まったばかりの大礼拝の人ごみの後ろの方に加わることができた。


 裾の長いローブに豪華な宝冠みたいなのを被った老人が、おそらく神殿の長だろう。その人がまず、俺にはわからない言葉で長い祈りの台詞らしいものを唱える。あの思い出したくもない晩に、セシリーが使っていた言葉に語感が似ているから、真正語とかいうものかもしれない。


 その後に続けて、左右の少し身分が低そうな僧侶が、今度は俺たちにもわかる言葉で、祈りを捧げる。


 とは言え、庶民の話し言葉とは違うかたい言い回しなので、意味はちょっと難しいが、摂理の神や農耕神、豊穣の女神などたくさんの神様の名をあげて、それぞれの祝福を願う、という内容のようだ。

 この間も思ったが、この宗教は多神教だな。キリスト教会ではなくギリシャ・ローマの神殿のイメージだ。


 職人や商人の守護神、泥棒の神なんてのまでいるようだ。


 メインの祈祷が終わったようで、これまで俺の前で地に伏して祈っていた人たちが、半分ぐらいは帰途につき、残りは神殿に向かうので後ろについていくと、思い思いの神様に祈りを捧げたり賽銭を投げたりしている。


 俺は神殿内の立ち入れそうな所を一通り歩き回った。

 商人っぽい格好の男たちが詣でている、袋を担いだ太めの神像が多分「商いの神」だろう。おなかの大きな女たちが祈りを捧げている女神像は豊穣の女神か、安産祈願なのかな。


 奥の方に行くと、意匠を凝らした扉があって、そこに入るには別にお金を払う必要があるようだ。中学生ぐらいの年頃の少年と父親とおぼしき男が、受付と話をしている。


 さりげなく立ち聞きすると、銀貨を受け取った僧形の若者が「15の神託ですね。ご希望の生業はございますか?」と訊ねている。

 お、これはジョブチェンジに関係ありそうだぞ。


 父親が「木工職人の跡継ぎに」と答えると、さらに何枚か銅貨を求められていた。

 おいおい、“神託”なのに、お金を払うと希望のジョブに就けるのか?まあ、そういうものかもしれないが。


 受付をすませると親子は入っていった。扉が開いたときに、中の様子が見えた。

 薄暗い建屋の中には、かなり多くの神像が建ち並んでいて、意外に多くの老若男女が、それぞれの像の前に列を作っていた。

 15歳で最初の生業に就く者が多いような話は聞いた覚えがあるが、どう見ても引率の親ではなさそうな人たちも並んでいたから、きっとジョブチェンジもできるんだろう。


 今すぐ、なにかにジョブチェンジしたいわけではないけど、何になれるのか?とかには興味があるな。だが、俺の懐にはちょうど最後の銀貨1枚しかない。

 迷っていると、後ろから声をかけられた。


「あれ、ひょっとしてシローさん?」

 ベスだった。

 今日はさすがに銀色レオタードじゃなかった。あたり前だ。


 普段着なのか、形は男女どちらも着るような貫頭衣に腰帯、その下はズボン姿だが、薄紅色の地に植物模様が入った、シンプルだが女物っぽい色合いの服だった。

 眼鏡はしていないので、かなり近づいても、まだ俺だと確信はしていないっぽい。


「あ、ベス、えーっと、おはよう」

 返事に安心したようで、眉間のしわが消えた。


「“めがね”は便利なんですけど、街中でつけてるのはちょっと恥ずかしくて、いえ、ごめんなさい。とっても気に入ってるんですけど・・・」

 いや、俺に気を遣わなくても、確かにこの世界で眼鏡をしていたら、なんだあの変な格好は?と思われるだろうからな。まさに色眼鏡で見られるってやつだ。


「ひょっとしてシローさんも、ジョブチェンジを考えてるんですか?」

 こっちの話題の方がナイスタイミングだ。


「俺“も”ってことは、ベスも?」

「あ、私はまだLV9なんで、もう少ししたら、ですけど色々迷ってて・・・」

 ゲンさんがLV10以上でジョブチェンジする者が増えるって言ってたな。


「あれ?LV9に上がったんだな。俺も上がってた」

「昨日もかなり戦いましたからね。でも、シローさんはやっぱり成長が特別に速いですよね?パーティーで経験値が分配されてるはずなのに一人だけLVが飛び抜けてて、それって“転生者”だからなんですか?」

 

 ベスはかなり俺の話を信じてくれているようだ。


 俺たちは神殿の庭園の人が少ない所に歩いて行って、幾つも椅子のように置いてある大きな石に腰掛けた。

 俺は先日ゲンさんから耳にした話を聞かせた。


「転生者は特別なスキルを持ってたり、成長が並外れて速い者もいるけど、全員ではないみたいだ。で、俺は自分でステータスを見てもわからないんだけど、“成長率倍増”っていう隠しスキルみたいなのがあって普通の半分の経験値でレベルアップ出来るらしいんだってさ」

 これを聞かされた時は、驚き半分・納得半分という感じだった。


 自分でも見えないステータスがなぜゲンさんにわかるのか?という驚き。“人物鑑定(上級)”とか、そういった類の特殊スキルを持っているから、らしいが。

「商売で成功するには、人を見る目は必須だからな、優先的に手に入れた」

と言っていた。

 納得、の方はベスも言うとおり、パーティー編成しているのに、明らかに俺だけレベルの上がり方が速かったからだ。何か理由があるんだろうと思っていた。


「やっぱりそういう、特別な才能みたいなのがあるんですね。私は魔法使いジョブなんで戦士や冒険者よりは少しレベルアップが遅いんですけど、冒険者が特別速いとは聞いたことがなかったんで・・・」

 魔法使いは成長が遅いってのは初めて聞いたが、やっぱりって感じだ。ジョブで成長の仕方が違うってのは、RPGではわりとある設定だからな。

 多分、勇者とか賢者とかはもっと大量の経験値がいるんだろう。


 ベスは、いつかは魔導師か賢者へのジョブチェンジをめざしたいが、どっちかと言うと魔導師かな、という。


 魔法使い系の上級職としては、魔法戦士と魔導師、さらに上位では賢者などが知られているそうで、魔法戦士のように前衛で戦うようなタイプではないし、賢者は求められる条件が相当厳しいらしい。

 魔導師は、魔法使いとは異なる呪文も覚えられる他、魔法の指導にも向いているのだという。


「わたしに魔法を教えてくれたおばあちゃんが、魔法だけでなく薬草とか錬金術の知識も持ってたんです」

 ベスはおばあちゃん子だったらしい。


 冒険者からジョブチェンジできる上級職って何があるの?と聞くと、ベスはちょっと困った様子だ。

「冒険者は直接的な上級職ってないんです・・・」

 そうだったのか。


「お仕事内容とかスキルの伸び方次第で戦闘系のジョブになる人も、冒険者を引退して商人になる人もいますけど」

 戦士から騎士や剣匠、僧侶から修道士やロード・・・ステップアップがはっきりしている基本ジョブに対して、冒険者はわりと孤立したジョブで、そのまま冒険者を続ける人も多いそうだ。

 発展性がない、ってことか。


 そもそも、俺はジョブも自分で選んだわけじゃない。気づいたら冒険者LV1として転生していたんだ。

 つくづく、あの女神め。


 それから、街をぶらぶらしながら、ベスのおすすめの屋台でフルーツジュースを飲み、蜂蜜入りパンみたいなのを食べた。ミツバチはこっちの世界にもいるようで、おいしかった。ただ、ベスがおごってくれちゃったのが心苦しかった。


「えーっと、奴隷さんに出させるわけには・・・安月給ですけど、お給金もらってますから」

 そう言われると、なんとも言えない。なんというか、年下女子におごらせるとか、俺的にはダメ男の典型だな。


「代わりになにか出来ることないかな?労働奉仕なら何でもするけど・・・」

「えー、なんでも、ですかぁ・・・」

 なんかクスクス笑ってたが、そのうちちょっと真顔になって、じゃあ、と言い出した。


「ちょっと遠出したいんですけど、付き合ってくれます?」

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