第413話 転戦
「シロー、心配したよ!遠話つながらないんだもん」
「本当に、まさか使徒が後方を襲った方にいたなんて・・・無事でよかった」
ゼルホフの会戦はなんとか勝利に終わり、各軍が残敵の掃討や負傷者の治療に忙殺されている中、俺たちは再びパーティーに合流していた。
サヤカとモモカが心配したのも当然だ。
俺はあの時、後先考えずにファゴシズとの戦いに突入し、ヤツの結界の中に捕らわれてしまったから、連絡を取ることもできなくなっていた。
後方で大規模な襲撃を受けて諸侯軍が苦戦しているという情報は、前線にも伝わっていたから、サヤカたちは俺やリナと遠話を結ぼうとした。ところが全く不通になっていたという。
やっぱり使徒の魔力がそれだけ強力だってことだろうか。
ただ、サヤカやモモカ抜きで使徒と戦って勝てたってことは、自分でも信じられない。
正直、ダズガーンのようなとてつもない強敵って感じはしなかった。
「使徒と言っても、実力はまちまちということですか?」
俺たちの戦いの様子を聞いて、エヴァがそう尋ねた。
「そうだね・・・かなり個体差が大きいよ。使徒になって力を得てから、どれぐらい実戦経験を積むか、言い換えるとどれぐらい多くの人を殺したかでレベルの上がり方も違うわけだし。そのファゴシズだっけ?この間のチラスポリ会戦の結果で使徒になったんだろうね」
「でも、使徒は使徒、他の魔物とは段違いだから。しろくんもルシエンも、さすがだと思うよ。その“なりたて”の使徒を放置して成長させてしまったら、さらに大変なことになってたわけだから・・・」
サヤカとモモカのフォローはありがたいけど、やっぱりあの時、すぐに飛び込まず仲間を呼んでおくべきだった。
本当に危ないところだったわけだし。
連合軍は今回の戦いで、死者と重傷者あわせ2万人近い兵力を失った。
それでも40万を超す総兵力からすると、これほどの規模の会戦の割には犠牲は少なかったと言える。
魔軍は20万から30万いたようだが、半分以上は削ったはずだ。
使徒ではなかったものの複数のハイオークが前線にもいて、中には捕えて尋問することが出来たものもいた。
そこからわかってきたのは、魔軍の現状の一端だった。
いまや魔王の元にはオークたちには数え切れないほどの兵力が集まってきているが、それとともに食糧不足が深刻になっているらしい。
そのため、奴隷として建設作業に使っている人間たちを喰らったり、魔物同士での食い合いも起きている。
そこで、今回の戦いでは人間の軍の糧食を奪い、弱い人間がいればそれも喰らうことを目論んでいた。
そして、弱いオーク兵はむしろ人間に殺させて口減らしをしようという考えまで、ハイオークたちの間にはあったらしい。
「・・・どういうことだろう?勇者殿、聖女殿、過去にもこのようなことが?」
報告を受けた連合軍幹部らの軍議の場で、メウローヌのシャルル王太子が尋ねてきた。
「そうですね。200年前もありました。魔軍は互いに仲間意識があるわけではないので、弱い者は敵に、つまり人類側に殺させ、強い者がいい食べ物などを得て、さらに力を増せばいい。そういう部分はたしかにありましたが・・・」
サヤカがモモカに続きを促した。
「200年前と比べ、今回の人類や諸族の状況はずっと良いのです。ほとんどの国がいまだ秩序を保ち、犠牲もわずかというのは心苦しいのですが、200年前の十分の一、いえ、百分の一でおさまっているかも知れません。裏をかえせば、魔王軍にとっては得られている領土も獲物もずっと少ないのです。そこに無理に兵力増強をして、食糧不足に陥っているのかもしれません・・・」
戦死者は近くの開けた場所にまとめて埋葬し、簡単だが碑を建てて、夕方慰霊を行うことになった。
負傷者は諸侯軍部隊の一部がついてチラスポリまで戻らせる。
そして、連合軍はさらに先へ、魔王の本拠地めざし明朝進発する。
だが、勇者パーティーには、連合各国の総意として転戦依頼が出されていた。
東方――――パルテア帝国を主力とする東部戦線の戦いへと。
東部戦線は現在、ゲオルギア領内で苦戦中で、なかなか先へ進める状況に無いらしいため、支援要請が届いたのだ。
出来れば東西からタイミングをあわせ、モルデニア国内にあると予想される魔王軍の本拠を挟撃したい。
そのために東西の侵攻のタイミングもなるべくあわせたい。
さらに、苦戦の要因のひとつとして、おそらくは最大の使徒アムートも東方にいる。
濃紺の海で都市国家艦隊が襲われた後は海上での目撃情報がまったくないのは、十中八九、やつが東方にいるということだろう。
なぜ魔王の元を離れているかは謎だが、それで東方軍を壊滅させられるなら魔軍にとってのメリットが大きいということかもしれない。
「勇者殿、聖女殿。こき使うようで心苦しいが、魔法転移で送り込める少数で、東の戦局を覆せるほどの戦力は、あなたがたしかいないのだ・・・」
レムルスの巨漢の猛将、グレゴリ・バイア元帥が、アル殿下や各国首脳を代表して、サヤカとモモカにそう頭を下げた。
「どうぞ顔を上げて下さい、元帥。私たちは戦局全体で最も必要と思われるところを転戦する。これは連合軍の基本作戦のひとつです。それに私たち自身も、使徒を各個撃破することでレベリングにもつながりますから」
モモカが柔らかい笑顔で応じた。
実際に今回、西部戦線での戦いでは、相当な数の敵を葬ったにも関わらず、俺たちのレベルはほとんど上がっていない。
唯一の使徒ファゴシズを倒した時は、パーティー編成が<スキル阻害>されていたためか、経験値は分配されず、とどめを刺したルシエンにまとめて入ったようだ。
ルシエンが<ハイエルフLV38>になっていた。
それでも2レベルのアップに留まったから、ファゴシズは使徒としては経験値が少なかった印象だ。
ヤツのレベルが30台でしかなかったためかもしれない。
俺たちとは別れて前線で戦っていたサヤカ、モモカ、エヴァ、カーミラもレベルアップしていなかった。
そういうわけで、“魔王との決戦には全員LV40は欲しい”というサヤカとモモカの計画からすると、効率よくレベリング出来るところに転戦するのは理にかなっていた。
その晩は西方各国の首脳と、陣中で会食しつつ、今後の作戦をすりあわせた。
エルザークのギルド長でもある、ヤレス殿下がねぎらってくれた。
「シロー、そなたはもっと自信を持ってよいと思うぞ。大陸のあまたの豪傑、勇将でも、魔王の使徒と直に戦って下した経験のある者などまずおらぬのだから」
アルフレッド皇太子、いやアルも、俺たちのところにわざわざ来て酒をついでくれながら、こう言った。
「シロー、これは総司令としてでは無く友人として言うよ。無理はするなよ。モルデニアで会おう。我々はきっと、“魔王を倒した者たち”として歴史に刻まれるよ・・・」
ホントにいいやつだ。アルだったら、きっといい皇帝にもなるだろうな。
その晩、俺たちの夜営するテントを訪ねてきたのは、意外な人物だった。
ルシエンの父ルネミオンだ。
いや、父親が娘を心配して訪ねてくるのは普通なら当たり前だけど、これまでこの父娘は、どこか心に隔たりがある感じだったから。
この時もルシエンの方は最初はかなり硬い態度で、俺たちは気を遣ってテントを離れたのだ。
けれど、ルネミオンが帰った後、ルシエンの方からみんなに話しかけてきた。
「ウェリノールの母からの伝言で、星読みが“東方には深い闇があるけれども、明るい光が確かに見える。敵と味方を見誤らないように”と。それと・・・父が、結婚式には必ず2人で出席するつもりだから必ず生き残れ、ですって。まったくあの父親ときたら、こんな時になに言ってるのかしらね・・・」
「・・・ルネミオンさんらしいって言うか」
「あの人、不器用なんだよね、昔から」
サヤカとモモカが、くすくす笑った。
なんだかな・・・父親のいない俺にはわからんけど、ぜんぜんまともな親子じゃん。
リンダベルさんの体調も今は落ち着いているそうで、みんなのために日々祈りを捧げてくれているらしい。
***
翌朝、まず俺たちは、後方にいるキヌーク領兵団のところへ転移しようと思っていた。
登録されているポイントを結ぶ移動ルートは、こんな計画だったからだ。
いったん後方に戻ってからチラスポリの近郊へ。
次は先日、機動船・海雷が停泊していた濃紺の海の小島へ。そこもあの時、登録しておいた。
あの島を経由すれば、次はギリギリだが、先日ダズガーンと戦ったトスタン領内の登録ポイントまで飛べるはずだ。
そこでパルテア軍の案内と合流する予定になっていた。
だが、夜明け前、微弱な信号が届いた。
それは正直、しばらくの間忘れてしまっていた、けれどとても重要な信号だった。
封印の地でモーリア坑道の地下へと放った、粘土ホムンクルスたち。
その中の一体が、なにかを見つけたのだ。




