第412話 使徒ファゴシズ戦
オーク族の中から新たに誕生したらしい使徒ファゴシズは、喰った相手のスキルを奪い取る能力を持っていた。ルシエンやカムルたちと共にその結界の中に取り込まれ呪文も封じられた俺たちに、配下のオーク上位種らが襲いかかった。
新たな使徒?ファゴシズの命令で、四方八方から殺到してくる数十匹のオークキングやオークロード。
トリマレンジャーを出して騎乗しても、逃げられる方向は無い。
俺はやむなく、まわりを囲む粘土壁を出現させて、それを食い止める。
相変わらず腰の革袋の中で回復中のリナのために時間稼ぎをしながら、俺は自分の残りMPを絞り出して、範囲魔法化した錬金術の炎をオークの群れにぶつける。
粘土壁を乗り越えようとする奴らは、カムルとガステンが必死に食い止める。
レベルが低いオーズとモアも、よく頑張っている。
上空から急降下してきた下級悪魔を、ルシエンが弓で狙い撃つ。
「オマエタチ、エサ!ムダナコト、スルナ!」
いらだったファゴシズが、自ら突進してくる。
手下共が慌てて後ずさる。
その足下に粘土の塊を出現させ引っかけようとするが、さすがの身体能力で、何の抵抗にもならず粉砕された。
顔面に雷撃をぶつけるが、ほとんど効いていない。
そうだろう、使徒に効くとは思ってないさ。
だから目くらましをした瞬間、ヤツの背後に粘土ゴーレムのシン・タロスを出現させた。
強化した大型タロだ。
体格ではファゴシズを上回るタロスが、セラミック大剣を振り下ろした。
うそだろっ!?
ヤツは恐るべき俊敏さでそれをかわし、反対に鋼鉄の大剣をタロスにたたきつけた。
かろうじてセラミック剣で受けたが、そのまま弾き飛ばされた。
倒れたタロスにとどめを刺しに行くのか?だとしたら回収しよう、と身構えたものの、ヤツは興味を無くしたようにこっちを振り向いた。
「アレ、クエナイ」
うはっ、食べ物優先かよ。
そして、ファゴシズは巨体に似合わぬ俊敏な動きでルシエンの矢を切り払い、一気に間合いを詰めて、粘土壁を粉砕した。
そのまま返す刀が俺をかすめた。
自分の反射神経だけじゃ無い。
ノルテと手分けしてキヌークで作った沢山の魔道具。俺は、この時、“速さ増加”や“重力制御”の魔道具も身につけていたから、かろうじて飛びすさることが出来た。
それでも、左腕を浅く切り裂かれ、血しぶきが散った。
その瞬間、なにかが脳内で砕け散る音が聞こえた。
「!?」
なにが起きたかわからなかった。
だが、次の瞬間、それまで得られていた周囲の情報とか、パーティーのみんなの存在感が失われた。
焦りながら気付く・・・もしかしてこれは、“パーティー編成”のスキルが効果を失ったのか?
ファゴシズの“スキル阻害攻撃”がヒットしたことで?
だが、追撃を避けようとゴロゴロと無様に転がった俺の視界の隅に、仲間たちの姿が映った。
隠身スキルでいったん視界から消えていたカムルとガステンが、両側面から連携の取れた動きで、ヤツに斬りかかった。
完全な奇襲に見えたのに、それでもガステンの大剣を受け止め、カムルの短刀が届く前に、丸太のような腕でカムルの体ごと払いのける。
だが、隠身の刃は、2本ではなく3本だった。
「ガァッ」
うめいた巨体の背後、ちょうど腰椎のあたりにセラミック剣が突き刺さっていた。
忍びモードのリナだ。
人狼2人の奇襲が察知されたのにリナの忍び寄りが成功したのは、ファゴシズにそれまで一度も見られていなかったからだろう。
やつらに囲まれる前から、リナは人形サイズになって革袋の中に潜んでいたから。
動きの止まったファゴシズに、俺は再び錬金術の“雷素”を放った・・・ように見えたはずだ。
手負いのヤツは、それを無理にかわそうとはしなかった。
さっき直撃して、ほとんどダメージがなかった弱い魔法、そう思ったのだろう。
だが、今度のは違っていた。
リナの奇襲に賭けていた俺は、賢者LV35になって習得した“密度操作”のスキルを使って魔力を練っていたんだ。
こいつは“範囲魔法化”の言わば逆で、魔力を狭い範囲に集中させ密度を上げる使い方も出来る。
それを使って、細く細く練り上げた錬金術の“雷素”を、電撃の針のようにして、眼前に立つファゴシズの胸に撃ち込んだのだ。
ビクビクっと、ヤツの体が痙攣した。
感電したんだろう。
そのまま心臓止まってくれないか。
「グ、グ・・・ガアアアアアッ!!!」
咆吼が轟き、空気が震えた。ダメだったらしい。
だが、その開いた口の中に、もはや2,3メートルしか無い距離から、ルシエンが矢を撃ち込んだ。
鏃が後頭部に突き抜けた。
ルシエンも、LV35を超えて防御力無視の“貫通攻撃”スキルを得ていた、
「!!」
ついに動きが止まり、巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
大きな赤い光点が、消えた。
我にかえった手下のオークたちが、わめきながら向かって来た。
だが、起き上がったシン・タロスがそれを薙ぎ払い、食い止めている間に、俺はリナを魔導師に変える。
既に“静謐”は解けている。
MPも回復したリナが流星雨を水平射撃し数十匹をなぎ倒すと、ついに統制を失ったファゴシズの手下たちは、逃げ散っていった。
***
ファゴシズの結界が解けたことで、遠話も再びつながるようになった。
諸侯軍が守る補給部隊を襲っていたオーク上位種の大軍は、指揮を執る者がいなくなったことで、間もなく撤退を始めた。
そして、魔物たちにとって追い討ちとなったのは、そのタイミングで人類側の援軍が到着したことだった。
海上で“原初の蛇”アムートに襲われ合流が遅れていた都市国家の軍が、補給部隊の最後尾にようやく追いついたのだ。
そちらの方角に逃げたオーク軍の残党は、海の上でろくに抵抗も出来ず仲間を失った雪辱に燃える都市国家軍に、蹴散らされた。
特に、イスパタの歩兵は肉弾戦にはめっぽう強い。
“1人のイスパタ兵は他国の3人に匹敵する”と言われる戦士たちが、敗残のオーク軍を容赦なく粉砕していった・・・。
時を同じくして、前方での数十万の軍勢による大決戦にも決着がついた。
それまでは、主力のレムルス軍は大砲による支援もあって中央を大きく押し込んでいたものの、地形をいかして左右からの奇襲を繰り出すオーク軍に、左翼のアルゴル軍、右翼のモントナ軍は少なからず犠牲を出していた。
また、空中部隊に関しては連合軍の召喚士やワイバーン部隊を魔軍の下級悪魔やヤミガラスの大群が上回り、各国司令部も空からの襲撃に脅かされ続けた。
そのため、勇者パーティーも危機に陥ったところの救援に忙殺されていた。
だが、膠着状態に陥っていたところで、ウェリノール勢と大森林地帯の亜人たちが迂回して、オーク軍の後続部隊が潜んでいたゼルホフの森林に到達したのだ。
精霊王の御子が大魔法を発動した。
ホームグラウンドとも言える大森林地帯ではなくとも、精霊王の声に森の木々は応え導かれるもの――――あとでエレウラスに聞いた話だ。
森は突如として魔力の霧に覆われ、そこにいたオークたちは恐慌状態に陥ったり、方角を見失ってどこへともなくさまよい続けることになった。
こうして、背後からもエルフの精鋭とエレウラス率いる亜人部隊に脅かされたオーク軍は、ついに総崩れになった。




