第411話 貪食の新使徒
プラト-モルデニア国境近くのゼルホフの地で、人類と亜人の連合軍はオークの上位種を中心とする魔軍に挟撃され、苦境に陥っていた。手薄な後方をついた魔軍は、連合軍の殲滅を狙うのではなく兵糧の強奪をおこなっていた。
後方の補給部隊を襲ったんだから、狙いが兵糧だとしても普通は驚かない。
これが人間同士の戦争だったのなら。
ただ、相手は魔王の軍勢だ。
勢力圏に入り込んだ諸族自由連合の大軍を挟撃することに見事に成功しながら、やっていることが兵糧泥棒って・・・微妙じゃね?
だからなのか、補給路確保にあたっていたエルザーク北部諸侯軍は、既に戦線が崩壊し体力で上回る敵との乱戦という不利な状況に陥っているのに、壊滅的な被害は未だ出ていないように見える。
それはいいんだが・・・
もう少し状況を詳しく探らせようと、鳥形ホムンクルスの群れを、そっちに向かわせた途端、オーク軍の一角から数体の下級悪魔が飛び立った。
一羽が破壊され、残りの連中を慌てて退避させる。
「シロー、今、どこから出た?」
「え?」
一瞬、俺よりずっと視力がいいルシエンに、なんでそんなこと聞くんだ?って言おうとして気が付いた。
「もしかして・・・」
ルシエンが頷いた。
「オークの大軍の中から下級悪魔が飛び立った。そこに、あれらを使役する者がいる可能性は・・・」
「否定できないな。行こうっ!」
俺は深く考えもせずに、そいつらが見えたあたりの空に有視界転移をかけた。
中空に再出現して、慣れない空中転移に少しばかり動揺している人狼たちに、パーティー遠話で“大丈夫だ”と声をかけながら、足下を見下ろした。
その瞬間、強烈な圧迫感と危険信号を感じた。
突然、頭上に現れた俺たちに、“それ”はすぐに気付いたらしく、こっちを見上げたのだ。
目があった・・・かもしれない。
それは、オークの上位種だったんだろう。
ただ、オークにしてはデカすぎた。それでなくても存在感が圧倒的だった。
そして・・・ステータスが見えない。
俺は“情報解析”をかけながら、いや、その前に落下防止か再転移の魔法をかけなきゃ、と思い出した。
「シローっ!」
ルシエンが叫びながら、滑空してきた下級悪魔の一体を矢で射貫いた。
そうだ!
無防備な空中で、しかも飛行系の魔物がいるのに・・・俺は再度転移魔法を行使しようとして、凍り付いた。
“静謐”がかかっている!
眼下のアイツだ。
慌ててパーティー全員に錬金術の“力場”をかける。
弱い錬金術の効果では、「墜落ではない」程度の速度に減速させるのがやっとだった。
「いてっ」
お約束だけど、身軽なルシエン、身体能力抜群の人狼たちと違って、一番無様に地に着いたのは俺だった。レベルの低いモアたちも平気なのに。
けど、そんなことを嘆く余裕は無い。
オークキングやオークロード、上位種ばかりに取り囲まれている。
そして、俺たちの正面に立つソイツ。
オークに見えたのが嘘みたいだ。
元はオークだったのかもしれないが、普通のオークの倍はある上背に、筋肉の塊のような体。
そして、上級悪魔のような赤く光る目と、むき出しの牙。
情報解析スキルが、その時になってようやく結果を表示した。
<ファゴシズ ハイオーク LV34
呪文 「癒やし」 「静謐」
「結界」
スキル 貪食 スキル強奪
スキル阻害攻撃
指揮 魔物使役
察知 判別(初級)
HP増加(大) 筋力増加(中)
速さ増加(小) 知力増加(小)
言語知識(LV2)剣技(LV6)
・・・ >
なんだコイツは?
ファゴシズって名のネームド・モンスターらしいが、ハイオークってのはやっぱりオークの上位種なのか?
<スキル阻害攻撃>ってスキルには見覚えがあった。
カーミラが、<ワーロードLV35>になった時に、たしかこんな名前のスキルを習得していたはずだ。
まだ実戦で試してないが、なんらかの形で相手のスキルを妨害できるんだろう。
だが、<貪食>とか<スキル強奪>とかってのはなんだ?
まさか文字どおり、他人のスキルを奪い取れるのか?
そんなことを考えてる場合じゃなかった。
「オマエ、レベルタカイ」
突然そいつが、口を開いたのだ。
人間の言葉・・・久々にこっちの世界の自動翻訳機能が働いたのを実感したが、間違いなく、いわゆるレムリア語でコイツは喋ってる、はずだ。
まさか!
いや、コイツは<言語知識>とか<知力増加>なんてスキルを持ってる。
だから魔物でありながら意思疎通ができるようになったのか?
「・・・お前、もしかして倒した相手のスキルを奪ったりできるのか?」
思いついたことを口に出していた。
「タオシタ・・・チガウ。クッタラウバウ。ウバエナイトキアル。ウバウアル・・・スキルトメルデキル」
俺の質問に答えやがった。
そして、わかりにくい返事だったが、どうやらこれは“人間を喰ったら”一定の確率でスキルを奪えるって意味か?
だから、<貪食>と<スキル強奪>なのか・・・。
そして、これまでに“喰った”人間の中に、察知とか判別(初級)、HP増加とかのスキルを持つ者がいて、能力を向上させていった・・・レブナントもたしか、似たような能力を持っていた気がするが。
「オマエ、オマエモ、レベルタカイ。クウ、イイ」
長い蛇のような舌で、舌なめずりしやがった。
俺のとなりでルシエンの呼吸が荒くなっている。
カムルたち人狼4人は、囲んでいる奴らから俺たちの背後をケアしてくれているようだ。
いきなり襲いかかってこないのは、親分の“エサ”を勝手に奪うことを禁じられているんだろう。
コイツは、おそらく強い。
しかも、ここには静謐がかかったままだ。
おまけにもっと悪いことがあった。
俺たちは、コイツが張った結界の中に捕らわれていたのだ。
そのことに気付いて――――モモカやサヤカに遠話を結ぼうとしてもつながらないことがわかって――――俺は心底後悔した。
何度目になるかわからないけど、自分の愚かさ加減につくづく呆れていた。
これだけの大軍を率いる親玉がいるところに後先考えずに、勇者たち抜きで突っ込むとか、どんだけ頭悪いんだよ?
モモカにも“無理はするな”って忠告されてたのに・・・。
魔法抜きで、錬金術と粘土スキルだけで、まわりを取り囲んだ上位種の群れとこの得体の知れないボスを相手取る・・・分が悪すぎるだろう。
結界内でもパーティー編成しているルシエンやカムルとの遠話は通じるから、口に出さず会話する。
《シローさん、おれとガステンであのデカいのをやる・・・》
カムルが、ファゴシズというそのハイオークを横目で見ながらそう言ってくれるが、おそらくコイツはオークキングとかの比じゃ無い強さだ。
「タタカウ、ムダ。オマエタチ、オレノエサ。オレツヨイ。オレ、シトサマ!◆☆▼●&!!!」
だが、ソイツがまわりの魔物共を威圧するように、ゴリラみたいに胸をダンダン叩きながら漏らした言葉に、まわりのオークキングやオークロードが一斉に跪くように地に伏せた。
俺はハッとした。
「シトサマ・・・使徒なのか!?お前っ」
「マオウサマノチ、ナメル、イタダク・・・オレ、シトサマナル、ナッタ!」
誇らしげに言い放った。
これは・・・魔王の血を舐めると?使徒になるってことか?
既になったのか、これからなると言ってるのか、言語の時制がよくわからんが、コイツはただのオークの上位種ではなく、魔王からなにか特別に力を分け与えられたとかいうことか・・・
《シロー、なんとかここから離脱して、静謐が効いていない場所まで逃げるほか無いわ》
《そうだな》
ルシエンと示し合わせて、粘土トリウマを取り出す隙を探る。
人狼たちには走ってもらうしかないだろう。
だが、ファゴシズは甘くなかった。
「オマエタチ、クウ」
赤い双眼がギラリと光った。
「◆◎※@*!!!」
最後はオークの言葉?だったんだろう。
ファゴシズが、おそらくは特大サイズの両手剣らしいものを軽々と片手で振り下ろすと、それを合図にまわりのオークキングやオークロードたちが、四方八方から殺到してきた。




