第409話 西部戦線の進軍
六の月・上弦13日
《お館様、偵察に回っているカムルたち人狼隊が、これまでよりレベルの高い魔物の気配が強い、と言っております。現状、問題が起きているわけではありませんが、兵らに警戒を強めるよう周知しました・・・》
領兵の指揮を任せているセンテ・ノイアンから、定時連絡とは別に遠話が入った。
チラスポリを進発して4日目、北国であっても初夏の強い日差しが起伏に富んだ荒れ地に降り注ぐ中、連合軍の先頭はプラト公国東部、そろそろモルデニア王国の国境に近い所まで進んでいた。
この地域は既に魔軍の勢力圏だから、連日散発的に魔物との戦いがあった。
だが、前回チラスポリで戦った魔軍のように明らかに魔王のイニシエーションを受けてレベルアップしたと見られる魔物ではなく、多少レベルは高めだが今年初めの魔物の大量発生以降の一般的なレベルだった。
そのため、40万を超える連合軍は、思ったより順調に進軍を続けていた。
だが、それに伴って補給路は長くなっている。
俺たち勇者パーティーは、基本的には総司令部とも言うべきレムルス帝国軍の首脳の近くにいることが多い。
レムルス軍は3つの道筋に別れて進軍している連合軍全体の中でも前の方を進んでいる。
そして、どこかで高レベルの魔物が現れたという情報が入ると救援に向かう、という戦い方をしていた。
一方で、エルザーク王国とレムルス帝国が国内の貴族に命じて集めた通称“諸侯軍”には、後方の補給路確保の任務が割り当てられていた。
チラスポリから歩兵・荷駄隊の進軍速度に合わせ、この三晩夜営した場所には、それぞれ駐屯地を設けて数千の兵が残された。
予想される魔王軍の本拠地までは、チラスポリから最短で500km、長ければ1千kmぐらいあると見られ、その間を結ぶ補給路上には最大20か所の仮設の拠点が置かれていくことになる。
キヌーク村の領兵たちは、これまでの拠点には配置されず、荷駄隊を護衛して各国軍の後ろを進んでいる。
だから、現在では勇者パーティーと領兵の位置は数十km離れていて、俺とリナだけは時々、転移ポイントを登録するためにパーティーを離れ領兵のところに行き来していた。
「後方にレベルの高い魔物が近づいてるんじゃないか?って人狼たちが言ってるらしい」
粘土トリウマを兵の行軍速度に合わせて進めながら、俺はサヤカたちに伝える。
「前方に展開してる合同偵察隊からは、まだ特別な報告は入ってないようだけど・・・」
「そろそろモルデニア国境なんでしょう?動きがあるかもしれないわね」
サヤカとモモカが気にしたのは、前方でも何かあるんじゃないかってことだった。
レムルス司令部に知らせると共に、サヤカとリナ、そして、レベルが上がってやはり“飛翔”を使えるようになったエヴァが飛び立った。
高速で遠距離を飛べるドラゴンを召喚しなかったのは、大きすぎる分、目立つのを避けるためと、なるべく手の内を見せないためだ。
連合軍が魔軍の支配地域に入った後は、どこも散発的にヤミガラスの群れが空を舞っていて、間違いなく敵の“目”だろう。
近付いてくるものはその都度各国部隊が打ち落としているが、はっきり言ってキリが無い。
しばらくすると、各国の偵察部隊が、前方の森林地帯に多数の高レベルの魔物が潜んでいるのを見つけた、と報告が入った。
プラトとモルデニアの国境地帯、ゼルホフ地方と呼ばれているあたりだ。
先頭部隊との距離は既に10kmほどらしい。
サヤカたちは敢えてその上空を高度を上げて通過し、より奥へと向かう。
森林に紛れて直接目視するのは難しいが、それでもチラチラ隙間から“判別”スキルでとらえられるぐらいの大軍らしい。
パーティー編成している俺たちの脳内地図にも、多数の赤い光点が浮かび上がってくる。
《この気配は主にオーク系の上位種だと思う・・・いるっ!高レベルなやつが一瞬ちらっと判別にかかった。レベル30台のなにか・・・》
サヤカの遠話がそう伝えてきた途端、森の中から、迎撃隊が飛び立ったらしい。
《悪魔族、下級悪魔がほとんどだけど数が多いっ、一度帰投する!》
サヤカのパーティー編成で、3人が転移して戻ってきた。
「ふうーっ」
「お疲れ様、しばらく体力と魔力を回復して」
サヤカたちが前線になりそうな所の奥まで侵入して得た情報は、ただちに各国司令部に知らされた。
すぐに総司令部から、前方の敵との戦いに備えるよう指示が飛ぶ。
各国偵察隊の情報と総合し、オークの上位種を中心にした、少なくとも10万体規模の魔軍が潜んでいる、との推定だった。
行軍のため縦に長く伸びていた隊列は先頭が止まり、想定される前線に沿って兵が横展開していき、分厚い前掛かりの配置に変わっていく。
「シロー、大きな戦い?」
カーミラが尋ねてくる。
「うん、多分・・・」
「おそらくレベルの高い魔王軍でしょうけど、ちょっと素直過ぎる気もするわね」
歯切れの悪い答えを返した俺に、モモカがまるで心中を読んだみたいに言葉を継いだ。
「さっき聞いた後方の動きと連動している可能性もあるよね」
呼吸を整えたサヤカが話に加わる。
俺は後方で領軍を率いているセンテに遠話をつないでみた。
《こちらの状況ですか?遠話で尋ねてみますのでちょっとお待ちを・・・なるほど。お館様、カムル、ヤンカードの両隊とも、先ほどと同様高レベルの魔物の気配が続いている、ただ、接近はせず距離を保っているようだ、と・・・》
センテたち領兵団もカムルら人狼族も、前回のチラスポリでの戦いを経験していない。
だから、魔王のイニシエーションを受けた魔物がどれぐらい強化されるかの実体験が無く、“これまでより高レベルの魔物の気配”ってのが、どの程度なのかはっきりしない面がある。
前方で、わかりやすく大軍が待ち伏せしている。
それに対して、こちらは大多数の兵を前掛かりに移動させている。
イヤな感じだな。
「モモカ、悪いけど俺、後ろを見に行ってもいいかな?」
「そうね。こっちの敵は大軍だとしても味方も各国主力がいるし、サヤカもいる・・・それがいいと思う。ルシエンも行く?」
「・・・ええ、なにか精霊がざわついているし」
俺はリナとルシエンを連れて、後方の領軍の所へと転移した。
「シローさん!」
「お館様、なにかよからぬ状況が?」
カムルたちもちょうど戻ってきて、センテやヨネスクに報告しているところだった。
「まだ確証は無いけど、前方の魔軍と示し合わせて動くつもりかもしれない・・・」
カムルたちの偵察では、いま軍勢が進んでいる谷筋を見下ろす山の向こう側に、濃い魔物の臭いがするという。
ハーフエルフの忍びヤンカードが率いるワーラットたちは、それと反対側の丘の向こうにも別の魔物の気配をつかんでいた。
「種類はわかるか?」
「ガステン、どう思った?」
「・・・トオイ、ダガオークカ、ヒトニチカイマモノ・・・」
「うん、カムルもオークに似てると思った」
人狼たちの鼻は、オークに近い臭いを捉えていた。おそらくオークの上位種。前方に潜んでいるやつらの別働隊だろう。
「行ってみるか・・・」
まず、新たに作った鳥形ホムンクルス10羽ほどを周辺に放っておく。
それから、センテたち領兵の隊長たちに、襲撃が始まった時の動きを簡単に打合せてから、カムルの言う山の頂きへと転移した。
メンバーは俺とリナの他に、ルシエン、カムル、ガステンだ。
編成人数に2人分“空き”があったのは、転移した後、領兵団の指揮を執るセンテと、テモール族60騎を率いるダクワルを一時的にパーティー編成に入れるためだった。
こうしておけば、俺たちが察知した敵の情報が脳内地図に表示されるから。
「「「!」」」
ルシエンと2人の人狼は、すぐに強い魔物の気配を捉えたらしい。
だが、ルシエンの感覚が2人より具体的だったのは、この魔物たちと直接戦った経験があったからだろう。
「あの時のオークの上位種の群れよ。オークキング級もいると思うわ」
「やっぱり前方の大軍と同じか・・・」
前回のチラスポリの戦いでは、30万匹ものオークの上位種と戦った。
ただのオークではなく最低でもLV8のオークリーダーで、その上のオークロードや魔法戦士系、さらに上位のオークキングまで何匹もいた。
激戦の末に半数以上は斃したはずだが、生き残りは撤退していった。
そいつらが再びやってきて、正面と側背から両面作戦を狙っているらしい!
まだ距離を取っていたのは、当然、前方の大軍が開戦してから薄くなった後ろをつくためだろう。
俺はすぐにセンテに遠話を飛ばし、手分けして総司令部や周辺の部隊にも連絡しまくった。
後方の補給部隊の護衛は、レムルスとエルザークの地方領主の軍、言葉は悪いが寄せ集めの部隊が担当しているからレベルはまちまちだし、一本化された指揮系統も無い。
それでもセンテが顔をつないでいた各隊に、強く警戒を促す。
一方で総司令部と結んだ俺は、愕然としていた。
一歩遅かったらしい。
《シロー、つい先ほど戦闘部隊と前方の魔軍の間で先端が開かれた。各国兵力は既に前方に展開中だ・・・》
各軍団に指示を出すのに忙殺されているグレゴリ・バイア元帥ではなく、アル殿下が自ら俺との遠話に出てきて、深刻な様子でそう言った。
やっぱり、狙い澄ましたタイミングで連携をとっていたんだ。
続くモモカの遠話も悪い意味で予想通りだった。
《しろくん!始まったわ。この間のオークの上位種のようだけど、レベルが高いだけじゃ無く、妙に統制が取れてる。第一、ヤミガラスとか悪魔族までオークと連携しているようだし、気をつけて!》
前回の戦いで俺たちが経験を積んだように、魔軍も生き残りはレベルアップしている。
しかも、人間の軍隊の作戦行動みたいな、知性を感じさせる動きだ。
だとすれば連合軍の兵力が前掛かりになった今、後方のこちらでもすぐに始まるだろう。
「モモ姉っ、悪いけど俺、こっちで戦わせてもらう。領兵団を見殺しにできないし、それだけじゃない、こっちが本命かもしれない」
思わず昔の呼び方になる。
《・・・わかった。無理せず、まずい状況なら連絡して》
モモカの頭脳が高速回転して、即座に情勢を判断したらしい。
まだ敵の本当の狙いがなにか、はっきりわからない。
そんなことを考えている時間もなかった。
俺がセンテに、すぐに敵襲がありそうだから、俺たちが護衛を担当している荷駄隊をすぐに集めて防御態勢をとるように、そして近くの他の領兵団にも知らせるように、と遠話でまくしたてた、その時だった。
ルシエンが張った山頂付近の結界の中にいた俺たちに、はっきり察知できる気配が近づいてきた。
高レベルのオークの部隊が、続々と山越えを始めたのだ。




