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第407話 海の巨魁

 魔王軍との決戦に向けて海路で集結地に向かっていた艦船が、濃紺の海で正体不明の魔物の襲撃を受けて沈められたという。


 集結地チラスポリに向かっている各国軍の間に動揺が走り、魔法の遠話が飛び交った。


 どうやら襲われたのは南の都市国家群の連合艦隊で、沈められたのは半数近いらしい。数千人の命が一晩のうちに、一方的に奪われたことになる。


 残る半数の艦船も、多くが航行に支障があるほどの損傷を受け、濃紺の海にある小さな島に、緊急退避して修理を行っているという。


「海の上のことだし、我々に今できることはあるまい」

「そうね・・・ただ」

「ちょっと、気になるわね」


 共に陸路でチラスポリに向かう亜人たちを率いるエレウラスは、ともかく集結地に急ぐべきだろうとの考えだった。

 俺もそう思ったが、サヤカとモモカには別の考えがあるようだ。


「状況を調べに行った方がいいのかな?」

「うーん、これから戦うことになりそうな強敵の情報だからね、可能なら・・・と言っても、飛んでいくとしても結構時間かかるよね?」

 エヴァの召喚するドラゴンに乗ったとしても、濃紺の海の中央付近だとすると、片道数時間はかかる。

 行って戻ってくるだけで一日がかりだ。


 そこまでして得られる情報はなにがあるかもわからない。


 その時、めずらしく、腰の革袋の中のリナから肉声で呼びかけられた。


「あのね、どーゆーわけか“転移”できそうなんだけど・・・」

「え?」


 濃紺の海の真ん中なんて、行ったことがないはずだが。


「・・・船、かな。これは、テビニサの機動船?みたいだよ」


 思いがけない話だった。

 去年、護衛クエストの途中に多島海で幽霊船と遭遇したとき、俺たちが助けた都市国家テビニサの機動船が、いま問題の海域にいるらしい。


 あの時、リナの転移でテビニサ海軍の『海雷』号に飛んだのは覚えている。転移登録もしたっけな。

 ただ・・・そうか!


 大きな船に転移登録すると、その時の海域の位置座標にではなく船自体の甲板とかが転移ポイントとして登録されるんだ。

 転移魔法を覚えたばかりのとき、乗船していた東風丸で試した覚えがある。


「でかした!リナ」

「えへん、もっとほめなさいよ、リナちゃんナイスプレイ?」


 状況を説明すると、サヤカもモモカも驚いていた。

「この時代って内燃機関まで登場してるんだ!?」

「たしかにそんな船があるなら、重要な戦力だし今回の作戦にも参加させていそうね」


「でも待って。機動船クラスになると今はたいてい結界を張ったりするんじゃないかしら?」

 だが、ルシエンが冷静に指摘したとおりだ。

 

 幽霊船に襲われている時は、既に結界を破られたか結界装置を壊されていたんだろうから、俺たちは海雷号に有視界転移が出来た。

 でも、今回もそうとは限らない。ヘタをすれば結界に弾かれて海に落ちることになる。


「リナ、あの時の機動船の幹部、俺たちが話をしたサグレフォス・シード提督?だったっけ、例えばあの人と遠話を結べたりしないか?転移するから結界を一時解いてほしいって」

「うーん、どうかな・・・あの時はあんたがちょっと話しただけだしね。でも、提督は無理でも、あの船の座標が認識できるから、船に乗ってる誰かが遠話に気付いてくれるかもしれないなぁ・・・やってみるよ」


 リナが等身大魔法戦士になって、しばらく精神を集中する。

 俺はリナと手をつないで、外部バッテリーとして魔力を供給する。


 やがて、反応があった。



 ***


 エレウラスやセンテ・ノイアンらに行軍を任せ、俺たちパーティーだけが魔法転移で機動船『海雷』を訪れていた。


 約1年ぶりに訪れたテビニサ海軍最大の軍船は、幽霊船に攻撃された時でも見られなかったようなひどい損傷だった。


 鋼板に覆われた船体が変形し、舷側の一部はたたき壊されている。

 一体どんな魔物がこれほどのダメージを与えられるんだろう。


「・・・くさいよ、ここ」

 鼻のいいカーミラが不快げにつぶやく。

 俺でも感じる生臭い臭いが船を覆っている。これもその魔物の臭いなんだろうか。



「貴女方が名高い勇者殿、聖女殿ですか・・・先日のアダンとイスパタでのご活躍も耳にしておりますぞ。お目にかかれて光栄に存じます」


 シード提督は今も変わらず機動船・海雷の、そしてテビニサ艦隊の司令官を務めていた。

 鍛え上げられた海の男らしい風貌は、こうしてサヤカやモモカと向かい合っても堂々としているが、さすがに今は疲労の色が濃い。


 昨夜、正体不明の魔物と交戦してから、かろうじて沈没を免れた船団を率いて、波の穏やかな入り江があるこの島に逃れ投錨して、徹夜での修理作業を指揮していたのだ。


 勇者パーティーの到着にあわせて、海雷号にはアダンとイスパタの司令官らも魔法転移でやって来た。


 勇者と聖女を直接見てみたい、と言うのは誰もが思うことだったし、この機会に他国の最新兵器である機動船の中を見ておきたいというのもあっただろう。

 

 まあ、それと同じぐらい、アダンとイスパタの首脳は相手の船に出向くのを嫌がったってこともあるらしいけど。

 テビニサは亜人戦争では途中からアダン支持を表明したものの、直接イスパタ軍と激しく戦ってはおらず、仲介役的な立場と認識されている面もあって会談の場としてふさわしいと判断されたらしい。



 

 関係者の話を総合すると、最初に異変に気付いたのは夜中過ぎ、多くの船で当直の水兵が大量の魚群に突っ込んだことに気づき、それぞれの上官に報告したという。


 喫水の浅い船には、甲板に飛び込んでくる魚も多かった。


 それ自体にはなんの意味があるのか誰にもわからなかったが、間もなくして、“それ”が現れた。


 

 まず、合同艦隊の先頭を進んでいたアダンの快速帆船が、岩礁に乗り上げでもしたかのように、前部が半壊して、あっという間に沈没したらしい。


 夜の闇の中で旗信号は見えないから警笛が鳴らされ、各船で乗組員がたたき起こされた。


 舷側に灯されたかがり火や魔法使いが放った雷光で海面が照らされ、やがて多くの者が、見たことも無いほど巨大な“なにか”が海面下に存在することを発見した。


「岩とか浅瀬とかってことは?」

「ありえない。我々の持つ軍用の海図はかなり正確なものだし、そもそも、それは我々の快速船以上の速度で動いていたのだ」


 間違いなく生物だったわけだ。

 しかも、それが何体いるのか、各国船団のあちこちで同時に巨大な影が目撃されていた。


 当初その攻撃?は、ただ大きく硬いものがぶつかり、船が砕けて沈むだけだった。


 だが、やがて各国船団が搭載した大弩や大砲を海面に向けて撃ち始めると、状況が変わった。

 

 突然、海面が盛り上がると巨大ななにかが飛び出し、一隻の軍船を丸ごと飲み込んだのだという。


「飲み込んだ?船を丸ごと?」

「そうだな、貴官らも見ただろう?」

「ああ、山のように大きな、丸みを帯びた、黒っぽいなにかだった・・・」

「いや待て、うちの見張りは、月明かりが何かに反射して光ったと言っていたが・・・」


 見る者や角度によって、そのなにかの様子はかなり違いがあった。

 もちろん一体だけではなく、色んな魔物がいたのかもしれない。


 だが、共通しているのは、その何かはこれまで彼らが見たことがあるどんな魔物とも違い、どんな魔物よりも大きく、そして、文字どおり一隻の船を、そこに開いた穴だか口だかに一瞬で飲み込んで、水面下に消えた、ということだった。


「クラーケンと言うことはないのか?」

「・・・いや、我が輩はクラーケンとも戦ったことがある。サグレフォス、おぬしもであろう?」

「ああ、あんたの言うとおり、クラーケンじゃ無いな・・・」

 どちらかと言うと陸軍国で海の魔物にはあまり詳しくないイスパタの将軍が、伝説のクラーケンではないのか?と問うたのに対して、アダンの提督とテビニサのサグレフォス・シードは否定した。

二人はクラーケンを目撃したり攻撃を受けたことがあるらしい。


 クラーケンは確かに危険で巨大だが、大砲の弾が直撃すればかなりの手傷を負わせることも出来るらしい。

 ところが、今回の魔物はそれよりも巨大なうえ、まるで手応えがなかったという。


「特にうちの・・・海雷の新型砲が間違いなく1発は直撃している。手前味噌だが、クラーケンでも一撃で屠れると思っている巨砲だ。それでも、逆にこっちが襲われて、見ての通り何か巨大なものがたたきつけられて、鋼板ごと左舷が割られかけた。鋼鉄製の竜骨まで歪んでる。こんなことはクラーケンには出来ん・・・」



 その後、海雷の技術士官の案内で、俺たちは船の損傷の状況を詳しく見て回ることになった。

 アダンはともかく、先日まで敵国だったイスパタの幹部も一緒なのに異例のことだが、そう言う意味では魔王軍という共通の敵を前にして、連合軍の結束は強まっていると言えるだろう。


「これは、たたきつけられただけでなく、なにかに締め上げられたのでしょうか?」

 アダンの提督についてきた技術士官らしい男が、破壊された舷側をつぶさに調べている。


「・・・一瞬だが、“なにかとてつもなく巨大なものが船体に巻き付いたように見えた”と証言する兵がいたようだ」

 

 クラーケンか巨大タコの腕みたいなものか?

 ロープで作業台を吊り下ろし、外側からも様子を調べるが、特に吸盤の跡とかは見当たらないようだ。


 作業台には人数的に幹部しか乗れなかったため、ウチはサヤカとモモカだけが乗り込み、俺たちは船縁に残ってのぞき込む。


「ちょっと待って、あそこに何かくっついているわ」

 抜群の視力を持つルシエンが、舷側が大きく割れているあたりを指して声を挙げた。


 遠話でモモカとサヤカに伝える。


「あそこか・・・たしかに出っ張りが見えますな」

 シード提督の指示で作業台が動かされるより早く、サヤカが飛翔魔法でそこに近づく。


「これって・・・」

 驚いた様子のサヤカは、“それ”が舷側に食い込んでいて容易に外れないことを見て取ると、舷側を剣で切り開き、海に落ちそうになったそれを“アイテムボックス”にうまく収納した。



 幹部たちが甲板に上がってきたところで、収納したものを取り出した。


 でかい・・・差し渡し2,3メートルはありそうだ。

 よくアイテムボックスに入ったな。


 ヌメヌメとした粘液に覆われ、鈍く陽光を反射する硬質の板状のもの。

 光の加減によって、赤黒くも灰色のようにも見える。


 それは、とてつもなく大きな、1枚のウロコだった。


 都市国家の幹部たちが絶句している横で、サヤカとモモカは予想どおりだった、という顔で頷き交わしていた。


 俺も“鑑定”スキルで、それが二人から前に聞いていたものだと確認する。


「・・・どうやら間違いないようです」

 モモカが硬い表情で三国の幹部たちに伝える。


「この鱗を残したのは、魔王の使徒の中でも最大最古の存在。200年前は、“原初の蛇アムート”と呼ばれていました」

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