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第406話 流れる河と共に

六の月・上弦8日

「やはりこの河は既に海に至っているようだな」

 キヌーク村を出てから4日目の昼頃、ハイエルフのエレウラスは確信したようにそう言った。


 あの天変地異によって、大河デーベルより北側に新たな水流が延びていた。


 勇者探索行の際は詳しく調べる余裕はなかったけれど、今回はチラスポリへの行軍にあたってこの新たな河に沿うように東に向かっていたから、だいたい全貌がつかめてきた。


 エレウラスによると、大森林地帯でも天変地異で地形が大きく変わった。

 この新たな河はその大森林地帯の北西部に発したもので、俺の所領の西端を通って北方旧街道のあったところに流れ込み、しばらくはそのまま北東へ向かう。

 つまり、北方旧街道は東側が消滅してしまった格好だ。


 そして河は自由都市ラボフカの南側を抜けた後は東へと流れ、濃紺の海へと注いでいるようだ。


 天変地異からの4か月の間に、デーベル河に匹敵する大河が新たに出来たことになる。


 新たな大河の流域となった北方旧街道からコバスナ山脈の北側のエリアは、元々雨が非常に少ない、やせた乾燥地帯だったため、ラボフカを除けば大きな街もなく、どこの国の版図にもなっていなかった。


 200年前の大戦で荒れに荒れ、今も夜になるとアンデッドが徘徊する土地だということもあった。


 そんなわけで、水の流れに沿っていけば比較的平坦な場所を行軍できるだろう、ということと、アンデッド除けにまとまった数で行軍した方がいい、という思惑もあって、俺たちキヌーク勢は、大森林からエレウラスが率いて来た亜人軍団と同行していた。


 その数は実に3千。

 ハイエルフはエレウラスだけだが、他にエルフ族は100名ほど。猫人、犬人、リザードマン、蛙人、ワーベア、ワーラットなど様々な種族がいる。

 緑色に光る美しい少女、精霊王の御子もいた。


 オオツノジカの上に横座りして、相変わらず焦点の合わない瞳でどこかを見ている様子だ。そのまわりに、小さな羽根の生えた妖精が何人も飛び回っていた。


 大森林地帯の広大さを考えると、これぐらいの兵力を出せても不思議はないけれど、これまで森をほとんど出たことが無い亜人たちが、これだけの数まとまって外の世界に行軍するのは、まさに200年ぶりのことだ。


 そう言う意味ではエレウラスたちにとっても、旅慣れた?うちのパーティーと同行するのはメリットがあるし、それに、この大陸には今も亜人差別の風潮は根強くあるから、人類世界で圧倒的な崇拝の対象になっている勇者サーカキス、聖女モカらと一緒であれば、無用な衝突や偏見を避けられるだろう。



 勇者と聖女、つまりサヤカとモモカはエレウラスとも面識があったらしく、互いに懐かしがって道中昔話なんかをしていた。

 でも、なぜか途中で小声になってた。


「リンダベルがルネミオンさんの方を選んだのは、ちょっと意外だったかな」

「ちょっと、サヤカ」

「あ、やべっ」


 ルシエンの長い耳がピクッとしてたけど、いったい何の話だったんだろう?



 ともかくこうして大森林の亜人たちと行動を共にしていたわけだけど、もうひとつ、俺たちはどちらも普通の軍に比べて行軍速度がかなり速い、というのも共通していた。


 最初、俺たちキヌーク勢110名は、寄親であるヴェスルントの辺境伯の軍と共に移動することを想定していたんだ。


 けれど、辺境伯軍は歩兵中心で補給部隊の荷車も多く、俺たちより一日早く出たにも関わらず、既に後方にいる。

 それに、行軍ルートも重い荷車のために既存の主要街道を使うということで、俺たちとは異なっていたのだ。


 それに対しウチは、110名のうち60名はテモール族の騎兵だ。

 残る50名も、騎乗していない者は軽量の馬車に分乗しており、道が悪いところだけ馬車は魔法でサポートし兵は降りて歩く、というスタイルなので、一日にざっと70~80kmも進めている計算になる。


 そして、エレウラスたち大森林の亜人軍は、みな足が速い。

荷馬代わりのオオツノジカたちを除けば徒歩なのに、軽装だということもあって、俺たちと同じ速度で移動しているのだ。


 大陸西部の各国による“諸族自由連合”は、上弦10日の夕刻までに、プラト公国南東部のチラスポリに集結を約束しているが、俺たちは今のペースなら1日早く、明日中には到着できそうだ。


 もちろん俺たちパーティーだけなら、チラスポリまでは一度行っているから魔法転移で飛べるわけだが、新たなルートを転移登録する意味も含め、粘土トリウマに騎乗し軍勢と共に行軍していた。


 新たな河は水質も良いらしく、兵の飲み水の補給にも好都合だった。


 そして、これまで草木がほとんど生えていなかった荒れ地に川筋ができたことで、ちょうど季節もいいし、早くも草花が芽吹き始めていた。


 エレウラスに率いられたエルフたちは、その中から幾種類かを選んで、行く先々で成長を促進する魔法を唱えていた。

「こうしておけば、遠からずこの地にも多くの鳥や獣も暮らせるようになるだろう。無論、魔軍を排除できればの話だが」


 ルシエンもエレウラスにコツを教わって一緒に取り組んでいる。


 ルシエンは今やハイエルフとしてエレウラスを上回るレベルになっているが、そうしたこととは別に、植物や生態系の知識に関してはベテランのエレウラスから学ぶことがまだまだ多いらしい。



 そして、同行者は他にもいる。


カーミラの弟カムルたち、人狼族の10名だ。


今回の出兵では、クラウコフやスーミといった西方の開拓村の住民たちからも幾人かがが、レムルス帝国軍の徴募に応じて義勇兵として加わっているらしい。


 その話を村人から聞いたカムルが人狼たちに声をかけ、俺たちに追いついてきたのだ。

「シローさんは人狼の大長だよ。それにこれは人間だけの戦さじゃないって聞いてる・・・」

 

 人狼族は200年前の大戦でも魔王軍と戦い、そして国を失ったと言う。

 そうした話はカムルたち世代にも伝承として伝わっているそうだ。


「カムル、よく来た。ガステンも」

「ジンロウノセンシ、ヤクソクマモル。オドンハムラマカセタ、ムスコツレテキタ・・・」

 細マッチョでイケメンの人狼の男は、ファイアドラゴン討伐の時に一緒に戦ったガステンだ。カーミラを除けば、人狼の中でも最強の戦士の一人だろう。

 もうひとりの族長格のオドンは集落の守りに残して、かわりにオドンの息子を連れてきたという。


「オーズ、です、大長のシローに従う、です」

 オドンに似て言葉はかなり達者だ。人狼の男にしては小柄だが、ステータスを見るとまだ15歳でLV4だから、これから成長するんだろう。


 他に7名の女を連れてきていて、オドンとガステン、カムルの多くの妻のうち、現在子育て中でない成人女子を連れてきたんだとか・・・ってことは、あれだけ群れの人数がいたのに、他はみんな子育て中か妊娠中ってことかよ!

 人狼族、すげーな。



 

「・・・ミタ、ミズイッパイ、アオイミズミタ!」


 ぎゃーぎゃー騒がしい声と共に、今度はハーピーの群れが戻ってきた。


 普段は白嶺山脈と大森林地帯を行き来している、翼とかぎ爪を持つ一種の亜人族だ。

 今回、エレウラスたちの貴重な?空中部隊として百羽ほどが参加している。

中には以前、温泉で混浴?してケガを治してやった、ちょっと偉そうなメスもいた。

 

 ハーピーたちは前方に偵察のため飛んでいたのだが、海が見えたらしい。

 言語力があまり高くないからわかりにくいが、どうやら海まではあと数十kmだ。


「シロー、そろそろ進路を北に変える頃合いのようだな」

「うん、そうだね・・・リナ、エヴァに北に向かうのにいい地形があるか聞いてくれ」

(おけー)


 チラスポリは、プラト公国の南東部の都市だ。


 濃紺の海の北西岸のザトカという港街から、ドニエスト川を西に30クナート、50kmほどさかのぼったところにある。


 ドニエスト川はさほど大きな河ではないけど、河沿いに平地と街道が延びているので、南方のカテラなどの軍は船でザトカまで来て、そこから陸路で集結すると聞いている。


 一方でレムルス帝国軍などは、北方新街道でプラト南西部のシクホルト城塞を経由し、陸路で東へとやってくる。

 こうした水陸共に交通の便がいいことが、チラスポリが集結地になった理由であり、前回の魔軍との戦いで死守した大きな理由でもある。



 3千を超える軍勢は、ドラゴンに乗ったエヴァの誘導で、進路を北に変えた。


 軽量馬車が通れる程度の平地を辿りながらチラスポリへ向かう。


 

 そろそろ日が傾き、明日中にはチラスポリにつけるだろう、というあたりで野営することにした。


 だが、翌朝早く、1本の遠話が入った。


 エルザークの王都デーバからだ。

 同盟各国の魔法通信網を通じた緊急連絡だった。


《昨夜、海路で北上していた同盟国艦船が正体不明の魔物の襲撃を受け、沈没した。攻撃の詳細、生存者ともに不明。各軍は最大限の警戒をせよ・・・》


 ゆるやかな大河の流れが突然急流に変わるように、事態は急展開しつつあった。

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