第400話 使徒ダズガーン戦④
エヴァが乗るワイバーンは、ダズガーンの岩石砲弾の直撃を受けて肉片と化し、四散した。
だが、飛び散った肉片は、瞬間、使徒自身の目もくらませた。
それが、かろうじて回避したサヤカとリナへの追撃を遅らせたのだ。
サヤカ=勇者サーカキスは身をひねって飛翔を続け、ダズガーンに斬りかかった。
人間離れした身体能力強化と、相手の防御力を無効化する“貫通攻撃”、さらに弱点を的確に突く“急所看破”のスキルを持つ勇者の剣は、使徒ダズガーンにとってもそのまま受ければ大ダメージとなるものだ。
それでも、上級悪魔と人が一対一で渡り合うなど、普通なら無謀でしかない。
巨大な使徒の間合いの内側に飛び込めたからこそ、小さく俊敏な勇者がしばらくの間とは言え互角の戦いに持ち込めたのだ。
使徒の地獄の鎌と勇者のミスリル剣が、幾たびも交錯し互いの身をかすめる。
近すぎる間合いで鎌は当たらない、と悟ったダズガーンは、途中から鎌ではなく両のかぎ爪を振るって応戦する。
生身の人間には当たれば最後、だろう。
だが、当たらない。
MP消費の大きい“飛翔”を目一杯使っての空中戦は、勇者と言えど長く続けられるものではない。
それは、わずかな時間を稼ぎ、使徒に隙を生み出すための肉弾戦だった。
エヴァが直撃を受けた時、もう1人かろうじて回避に成功したものの、落下してようやく立ち直ったばかりのリナを使徒の意識から消し、魔法を唱える時間と隙を生み出すための。
サヤカの剣がダズガーンの脇腹を切り裂き、使徒のかぎ爪を勇者がギリギリでかわした時、使徒の死角から密かに再接近していたリナが、“魔槍”の詠唱を完了した。
放たれた魔法は、ダズガーンが気付いた時には、その翼を貫通していた。
ぐらりと傾き高度を下げた巨体に、地上から一筋の矢が放たれた。
ルシエンのミスリルの矢だった。
神業と呼べるその一射は、上級悪魔の開いた口の中に飛び込み、のどに突き刺さった。
声にならぬ声を絞り出し震えたその巨体に、飛び込んできたのは体勢を立て直したサヤカだった。
残るMPを絞り出した勇者の強力な魔法、“光閃剣”は、人の背丈を遙かに超える長さの一条のビームとなって伸び、今度こそ使徒の胸を貫き通した。
動きを止めた巨体が地上へと落下し、轟音と共にたたきつけられた。
土砂と爆風が山頂を崩し、斜面を吹き下ろす。
パーティー編成で共有されていた地図上から、最も大きな赤い光点が消えた。
そのタイミングを見計らっていたように、モモカが“流星雨”を発動した。
衝撃波と共に光球の束が降り注ぐ。
斜面に沿って魔物が一掃される。
首魁を失った山腹の魔軍は、ついに逃げ散り始めた。
***
ダズガーンに従っていた魔軍30万は、率いる使徒を失い、前後からパルテア軍に挟撃されながらも、ただちに崩壊はしなかった。
後方の魔軍を偵察していたブッチたちの報告では、俺たちが倒した魔人以外にも、複数の魔人化した邪神教徒が確認出来たという。
そいつらが、言わば中級指揮官として、それぞれ万単位の魔物の群れを動かしていたらしい。
少なくとも10万以上の魔物がトスタン王国内を抜け、北へ、魔王の版図へと向かった。
そして、トスタンとパルテアの領内に散った魔物の掃討に、帝国はその後も多くの兵力を割かざるを得なかった。
とは言え、パルテアにとっての大きな脅威は、勇者パーティーの活躍によって取り除かれたのだった。
***
「シロッチ、無事でよかったよ。うちらの隊の先行偵察班が、魔軍に捕捉されてたらしいよね・・・スレナス准将が参謀本部で叱責されたって聞いたから。それに、勇者さま、やっぱりスゴかったって、うちも見たかったですよ~」
使徒を失った魔軍との戦いはパルテア軍に任せ、俺たちは案内役の情報部隊と共に、一足早くパルテポリスに戻ってきた。
勇者と聖女は、スレナス准将と共に皇帝への報告を済ませた後も、皇族や高官らの歓待を受けている。
けど俺たち残りのパーティーメンバーと情報部の隊長以下は、先に解散になった。
儀式めいたことが嫌いなサヤカがうらめしげな視線を投げてきたけど、俺たちは私室に戻り、隊の庶務を副隊長に丸投げしたブッチもなぜかくっついてきたのだ。
初日は公式な場でしか話せなかったから(それでもブッチはブッチだったけど)、ガリスで別れた後のお互いのことを詳しく聞いた。
ブッチとマギーはパルテアに戻った後、ブッチはそのまま軍の情報部に配属されて亜人戦争に従軍した。
マギーは大学校に帰って調査報告をまとめた後、今は主に薬学や毒物の研究をしているらしい。
俺の領地のこととか、ノルテは子供を授かってそこで今は領主代行をしてくれてることとかを話していると、ぐったり疲れた顔でサヤカとモモカが帰ってきた。
皇帝から、使徒討伐の功に対して報償やら爵位やらの申し出がしつこくあったのを断り続け、パルテア軍に組み込もうとするのを拒否し続け、険悪になりかけたのをまわりの重臣や皇族の一部が取りなして、ようやく退出を許されたらしい。
スマウディエス帝が勇者をしつこく取り込もうとする気持ちもわからなくはない。
勝ったとは言え、今回の戦いは被害も大きかった。
パルテア軍は全体で2万近い犠牲者を出したし、いまだ領内の魔物も多く、治安の回復にはかなりの時間がかかるはずだ。
俺たちを案内してくれた情報部隊は、最激戦地に飛び込んだこともあって30名中10名を失った。
ブッチが率いていた第5班は、たまたま後方に残って情報収集にあたるよう命じられていたおかげでダズガーンと直接戦わずに済んだから、犠牲者はゼロだったが。
運がいいよな。
まあ、だからこそ、ブッチが後処理を副隊長に丸投げ出来たわけだが。部下に犠牲が出ていたら、こうはいかないだろう。
幸いエヴァは、見た目には後遺症が残ることもなく、今はとなりで休んでいる。
ワイバーンの体が盾になってなんとか頭と体幹部は守られ、おかげで即死は免れていたのだ。
だから、治癒魔法と万能治療薬がかろうじて間に合った。
それでも、バンパイアハーフならではの生命力とHP回復スキルが無かったら、助からなかっただろう。
戦いの最中に現場を放りだした形になった俺は、戦闘終了後にルシエンにこっぴどく叱られたけど、エヴァの状態を調べたモモカが、あの時治療を優先しなかったらエヴァは助からなかっただろう、と取りなしてくれた。
ただ、ルシエンもそれは多分わかっていたんだ。
だから、
「いざっていう時に、例えば私1人を助けるために、全員が死ぬことにつながる責任放棄はしないでね。あなたは私たちのリーダーなんだから・・・」
と言ったんだと思う。
「・・・ゴメン。いや、次はもっとうまくやるから。どうするのが良かったか、まだわからないけどさ。でも、誰も死なせないから」
俺がそう言うと、ルシエンは“バカね”ってあきれた顔で一言だけ言った。
サヤカが子供の頃みたいに俺の髪の毛をくしゃくしゃにして、モモカは俺とルシエンの両方を温かいまなざしで見つめた。
カーミラはいつの間にか、消耗しきったエヴァを癒やそうとしているように、くっついて眠り込んでいた。
「・・・ところでシロッチ、ノルテはオメデタなんだよね、やるね~」
明日には俺たちはパルテアを発つから、またしばらくお別れだね、って話をして、ブッチが席を立った後、いたずらっぽい顔でチロッと舌なめずりした。
「うちも一人じゃ寂しいかな?とか、一応士官だから個室もらってるし~、最後の夜だし前みたいに、的な?」
サーッと、室温が急降下した。
「な、なんですってっ!!」
「シロー、どーゆーことっ、あんた一体何人とっ!?」
モモカとサヤカが絶叫した。
ルシエンもこめかみがピクピクしてる。
「い、いや、その、エヴァたち起きちゃうから・・・」
「なによっ、聞かれちゃマズいことなのっ?」
サヤカがさらに突っ込んでくる。
最後の最後でブッチ地雷炸裂とか・・・やっぱりトラブルメーカーなのだった。




