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第43話 (特別編)魔女っ子ダイアリー

ベスです。日記をつけてることは、同室のラルークさんたちにもひみつです。

 ラルークさんが不死の王、リッチを消滅させると、周囲を覆っていた結界が壊れていく感覚がありました。

 それと共に、階層の地面が割れ始めます。崩落が起きるのです。


 華奢なリナさんが負傷したカレーナ様を助け起こしますが、苦しそうです。【彼】が誰より早くかけよって、カレーナ様を抱き上げました。文字通りの、お姫様だっこです。そんなこと考えてる私もどうかと思いますけど、カレーナ様も赤くなってる場合じゃないと思います。

 

 なんとかみんな崩落に巻き込まれないところまで離れることが出来て、【彼】は優しくカレーナ様を下ろします。そういうところは紳士です。


 カレーナ様は、まだ赤い顔をしながら自分で自分に“癒やし”をかけますが、迷宮を出たらヴァロンさんにちゃんと治療してもらう必要があるでしょう。

 傷ついた人が自ら治療呪文を使うのは効果が薄いはずですから。それでもリナさんが“浄化”だけでもかけてくれているので、これ以上アンデッドの呪いによる悪化はしないはずです。

 それでも早く、迷宮を出なくちゃ。


 崩落したエリアの封印が済んだところで、わたしはドキドキしながら、覚えたばかりの“帰還”の呪文を詠唱します。

 

 ドキドキしているのは、パーティーのみんなと輪になって手をつないでいるせいもあります。

 もちろん、兵隊暮らしが3年目ですから、荒っぽい男の人たちにも慣れてはきましたが、【彼】と手をつなぐのは緊張します。言葉遣いは品がないし、時々目がえっちだし、ハッとするような二枚目でも全くありませんが、【彼】のことを考えると、なぜかちょっと顔が熱くなってしまいます。


ダメダメ、詠唱に集中しなきゃ。


 もちろん今朝覚えたばかりの呪文ですから、出発前に何度も一人で練習しました。部屋から館の外とか、練兵場から帰還したりとか。でも、パーティーのみんなを運ぶ転移はぶっつけ本番ですから、失敗したらどうしよう?と思うとますます緊張します。


 詠唱完了。


 虹色の光が私を中心に広がってパーティーのみんなを包みます。


 ここまでは、練習通り。

 ゆらゆらと体が揺さぶられるような、波に乗っているような感覚・・・体から何か力が吸い取られるような感触・・・MPの消費がかなり多いみたい。


 気がつくと、洞窟の出口が遠くに見えます。

 やりました!

 階層を超えて、マークしておいた帰還地点まで、寸分違わず。 よかった。


 迷宮の中と外は、魔法的には別の空間になるらしく、迷宮の外やスクタリの街まで一気に飛ぶことは出来ないようです。

 もっとも、距離が長いほどMP消費が増えると魔道書には書かれていたので、今の私が仮に飛べたとしても、MP枯渇で倒れてしまうかもしれませんが。


 緊張が解けたからか、足ががくがく震えています。誰の脚?わたしの脚です、隠さないと。そうそう、ローブを着ればいいんだ。そうしたら、むき出しの脚だけでなく、この恥ずかしい衣装も隠せるし。

 私は急いで背嚢からフード付のローブを出して身を包みます。


「ベス、まだ油断するなよ、街に無事帰るまでが戦だぞ」

とセシリーさんが、ちょっとたしなめるような口調で言いますが、聞こえないふりです。

 こんな恥ずかしい格好、したくなんか無かったのに、みんな逃げるものだから、口下手なわたしに押しつけられてしまいました。


 知ってます。カレーナ様もセシリーさんも、どうしてあんなに嫌がったのか。


 わたしが領兵になってすぐ、領主になって間もないカレーナ様がお金に困って、セシリーさんをお供に、お金を借りにゲンツ卿の所に行って、それはそれは口に出せないような恥ずかしい目にあわされたって、館の女官さんたちが噂してましたから。


 お金を借してくれる代わりに、丸一日、ゲンツ卿の用意した服装でお付き合いすることになったそうです。

「ひもびきに」とか「はだかえぷろん」とか、聞いたこともない異国の服装を、いえ、もうあれは服ではなく、ただの小さな布きれだったなんて言う人もいましたが、まさかそんなことはさすがに信じられませんけど、とにかく、知り合いに見られたらお嫁に行けないような、裏通りの娼婦だってしないような格好だったそうです。


 二人ともあまりに恥ずかしくて、途中でしくしく泣き出してしまったとか、丸一日の約束を縮めてもらうために、さらに恥ずかしい“ご奉仕”をさせられたとか・・・どんなことかわからないけど、想像するとなんだか私まで体が熱くなってしまいます。


 だからって、立場の弱いわたしにこんなものを押しつけるなんて、ひどいと思います。

 カレーナ様はとても魅力的な女性ですし、セシリーさんは女のわたしでもあこがれるぐらい長身で格好いい人ですから、どんな服装だって素敵だと思いますけど、わたしなんて、17にもなって男の人には子ども扱いされてばかりの幼児体型ですから、ただの晒し者じゃありませんか。


 【彼】だって、じろじろ見てたのは、似合ってなくておかしくて吹き出しそうだったのに決まってます。

 それとも、ちょっとは魅力を感じたりしてたんでしょうか。それならそれで、やっぱり恥ずかしいです。


 そんなことで頭がいっぱいになって、よくわからないうちに館に戻ってきました。


 きょうも大変でした。

魔物と命がけで戦うなんて、ちょっと前までのわたしだったら想像もできなかったことが、この数日、もう日課になってしまっています。


 だからこそ、帰ったら好きな本を読みたい!


わたしは全速力で館の浴室に向かいます。


 そう、この街でたったひとつの浴室です。私たち女兵士は、兵舎ではなく館の片隅に相部屋をもらって住ませてもらっていますけど、その一番素晴らしいところが、この浴室を使わせてもらえることです。


 たったひとつしか無いので、もちろん領主のカレーナ様用なのですけど、カレーナ様が使われていない時間は、女官さんたちと私たち女兵士が使ってもいいのです。

 貴重な本を読む前に、手も体もきれいにしたい。古い本は人の体についている目に見えない「ばい菌」というもので傷みが進みやすい、とある本で読んでから、できるだけ実践しています。


 それにお湯につかって手足を伸ばすのは、ほんとに気持ちいいですから。本を読むことの次に好きなことです。


「ベス、相変わらず早いねぇ」

 ラルークさんです。

 同じ部屋で起居を共にしているラルークさんとは、もう隠し事はない関係ですが、スリムで脚が長くて、胸はわたしとあまり変わらないけど腰がくびれていて、何度見てもきれいな体です。


「ベスも、だんだん女っぽい体になってきたねぇ、あのエロい防具で男共の視線を浴びてるおかげかねぇ」

 やめて下さい! ゼッタイそんなことないです。


「きょうはこの後は自由時間だし、街にめし食いにいかないか?」

 ラルークさんがめしというのは、ほとんどお酒のことです。お給金のほとんどはお酒に、残りは服代になってます。そもそも私服を着る機会なんてめったにないんですけど。


「うれしいですけど、わたしはちょっと・・・書庫に行って調べたいことが」

 丁重におことわりします。


「んー、そりゃ兵舎のマズイめしならタダだけどな、そんなに貯金してどうすんだよ」

 お給金を貯金する、と言うと、セバスチャンさんは喜んで“領主貯金”にしてくれます。つまりお給金天引きで、支給されないってことです。代わりに、必要な時にほんのちょっとだけ利子をつけて払い出してくれる、ことになってます。

 少しでも当座の出費を抑えたい当家ならではの制度です。


 ただ、少ない平兵士のお給金の中からコツコツ積み立てているのは、当家の財政に貢献したいという高潔な気持ちからでは無く、誰にも話していない目標のためです。

 いつかお金をためて王都に行って、そこでこの地方では手に入らないような、貴重な本をオトナ買いするのです。


 スクタリでは本を扱っているのは、館の書記官をやめたマンジャニさんのお店ぐらいですし、そもそもドウラスにだって大した本屋がないので、わたしがほしいと思うような書物はまず手に入らないのです。


 お風呂を出てラルークさんと別れ、体の線が出ない普段着に着替えるとほっとします。

 次の階層もアンデッドが出る可能性があるから、明日も念のため恥ずかしい銀色の衣装を着用してくるよう言われているのが、とっても気が重いですけど・・・


 そうそう、忘れないうちに厨房に寄って兵員食堂での夕食の受付をすませます。これを忘れるとひもじい夜を過ごさなくてはなりません。

 そして、時間ぎりぎりまで書庫にこもる。至福の時間です。


 カレーナ様は正直あまり本に興味を持っていないようですけど、亡くなった伯爵様はかなりの蔵書をそろえていて、お館勤めになって2年間、ほとんど日参しているわたしでも、まだ半分ぐらいの本は読んでいないのです。

 以前勤めていたある女官さんが、とても本好きで蔵書の整理や手入れをしっかりしてくれていたそうで、古い本も状態がそれなりに良く保たれています。

 二十歳になる頃にはここの蔵書も読み切ってしまう、と思うととても寂しいですけど、それまでにはお金を貯めて、王都行きを実現したいです。


 わたしがこんなに本好きになったのは、間違いなく、おばあちゃんの影響です。

 壁の外の森の中に一人で住むおばあちゃんは、「魔女」でした。


 若い頃は王都の冒険者ギルドに登録していたこともあったそうですが、大きな怪我をして田舎に引っ込んだそうです。私が物心ついたときには足を引きずっていました。

 でも、このあたりの田舎では、特に昔は魔女、魔法使いの女というのは、魔物と大差ないようなあやしい存在と見なされて、街に住むことも出来ず、ずいぶん迫害されたそうです。


 その娘であるお母さんは、魔法の才能がなかったこともあり、魔女の娘であることを周囲には隠してスクタリで働くようになり、貧乏な行商人の父と結婚したのです。

 父も魔女に偏見を持っていて、おばあちゃんとはずっと疎遠でした。それでいて、おばあちゃんが摘んでくる薬草や、それを原料に作るお薬を一番の売り物にして生計を立てていたのですから、やっぱりひどいと思います。


 そう、わたしが魔法使いになったのは、もちろんおばあちゃんに教わったからです。

 わたしはほんの小さな頃から母に連れられて、少し大きくなってからは一人で、おばあちゃんの所に定期的にお見舞い、という名目の、実は薬草を受け取るためのお使いに行っていたのです。


 森の中のおばあちゃんの小屋は、小さくて古くてまわりは薄暗くて、それこそおばけが出そうですけど、わたしはいつも訪ねるのが楽しみでたまりませんでした。

 魔法で光る明かりや、ひとりでに動くからくり道具、キラキラのガラスの瓶や管がつながった「ちゅうしゅつそうち」、そしてたくさんの薬草の入り交じった匂い。

「ベスは魔法使いより薬師や錬金術師向きかもしれないねぇ」とおばあちゃんは言っていました。

 錬金術師というのは、魔法使いとはちょっと違う系統のスキルを覚える生業だそうですが、わたしはとにかく、おばあちゃんのようになりたいと思っていました。


 仕事に興味津々のわたしを、おばあちゃんは、薬草摘みに連れて行ってくれたり、お母さんが来なくなってからは、魔法の理論と実践の両方を根気よく教えてくれました。

 おかげで、わたしは12歳の時には、火の魔法を使えるようになっていました。

 でも、おばあちゃんはそのことは誰にも話さないように、と口止めしました。魔法の力はむやみに知られると危険だから、と。


 15になって、神殿で生業を授かる神託を得るときには、「もし商人とか、魔法使い以外になったらどうしよう?」とドキドキしましたが、幸い、一度で魔法使いの御印を得ることができました。


 父は露骨にがっかりして、母もなにか言いたそうにしていましたが、うちにはまだ小さい弟がいるので、父の仕事は弟がつげるでしょう。どうせ、大した身代もないんですし、単にわたしを大きな商家に奉公に出して口減らしするあてがはずれた、というだけでしょう。


 その後、両親は頻繁にけんかをするようになりました。

 それから間もなく、大好きなおばあちゃんがはやり病で亡くなってしまいました。ずっとまわりの人たちの治療をしていて、最後は自分自身が病になっても薬を作るのをやめなかったそうです。


 それでわたしは、口下手で引っ込み思案のそれまでの一生で一番の勇気を出して、お館に行き、雇って欲しいと訴えたのです。


 最初、女中は間に合ってるとか、子供は雇えないとか、取り合ってもらえませんでしたが、厨房や鍛冶仕事の役に立てませんか?と火の魔法を見せた時に、ちょうどお館のお仕事を仕切っていたセバスチャンさんが通りかかって、わたしを拾ってくれました。

兵士にされたのは望んだことではないし、生き物を殺すことが怖くてできないせいで、ちっともレベルは上がりませんでしたけど。


 ただ、このほんの数日でわたしの運命はガラガラ音を立てて転がり始めている気がします。


 そう、この「めがね」というものもそうです。本を読むときはかえって見えにくいけど、書庫で本を探す時には役立ちます。

 それに、これまではっきり見られなかった人の顔もよく見えます。


 【彼】の顔をはじめて間近で見たときは、本当にドキドキして、気を失いそうでした。大きくなってから男の人とあんなに顔が接近したのは、はじめてかもしれません。

 男の人は、がさつだし乱暴だしいやらしい話や行為をすぐしたがるっていうし。それに・・・わたしが一冊だけ隠して持っている、裸の絵の本みたいなことを本当にするんでしょう。

 【彼】もそうなのか、ダメです、また顔が熱くなってしまいます。


 夕飯の後、暗くなった部屋でベッドに潜り込んでからも、きょう読んだ本より男の人のことがあれこれ頭に浮かんでしまいます。こんなことは普段ないんです、本当です。

 気がつくと、【彼】がお風呂に入ってるところを想像していました。あ、ダメです。

 鼻血が出てます。わたしは考えごとをしすぎると、よく鼻血がでちゃうんです。


 きっと、きょうも大変な戦いで緊張していたから、頭が混乱してるだけです。

そうに違いありません。早く寝なきゃ・・・明日も早いし・・・

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