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第395話 地下の秘密

 再び訪れた極北の封印の地。


 雪と火山灰に埋もれた“静寂の館”の地下室で、俺たちはドワーフ王オデロンが刻んだメッセージと共に、さらなる仕掛けを見いだした。


 石の床の、単なる模様のように見えていたところに、わずかな隙間が見つかったのだ。


 シクホルトの地下通路の出口みたいだ。

 こういうのがドワーフの細工ではよく使われるやり方なのかもしれない。


 隙間に金具を引っかけて男たちが力を込め、同時にモモカが重力制御の魔法を駆使して、床の石板を一枚、はずすことが出来た。


 小さな穴の下へ、石段が降りている。


 ドワーフならかろうじて通れるぐらいの狭さだ。間違いなくオデロン王たちの手によるものだろう。

 オークや魔族、あるいは人間族にも中に入ることが難しいように作ったのかもしれない。


「おれが行くよ」とアドリンが名乗りを上げたのを制して、念のため、まず小さな粘土犬のキャンに入らせる。

 すぐにキャウキャウと呼ぶ声が聞こえたから、問題ないようだ。


 アドリンと、もうひとりの若いドワーフのバルティンが後に続いて降りた。

 そしてすぐに、フギンが呼ばれた。


 俺たちには狭すぎる狭い穴の底には、小さな石の棚がしつらえられているらしい。

 そこに2つの金属の小箱が置かれ、壁面にはまたドワーフ古語が刻まれていた。


 壁に刻むだけで持ち出せないようにする、というのがまた念が入っているな。


 暗視力を持つドワーフには暗さはそう問題ないようで、フギンがぶつくさ読み上げている。


「おい、わしも入れてくれ」

 足が少し不自由だから上で待たされていたオーリンが、自分にも見せろと言い出した。気持ちはわかるよ。


 モモカが慎重に重力制御魔法でサポートし、バルティンと入れ替わってオーリンが下に降りた。


 興奮した様子でフギンと議論している。



 ずいぶん待たされたけど、ドワーフたちが金属の小箱を2つ抱えて戻ってきた。


 ひとつには古い巻物が入っており、200年経っても風化していないところを見ると何か魔法を付与した特殊な素材が使われているようだ。


 そして、もうひとつの箱には、装飾を凝らした小さなミスリル製の短剣が収められていた。

 ドワーフや、人間なら子供の手にも持てる程度のサイズだから、実戦で大した武器にはなりそうにもないけど、なにか強力な魔力が込められているのを感じた。


「これはモーリア坑道の最深部に至る、地下迷宮の地図らしいわい」

 オーリンが、声をひそめて俺たちに伝えた。


 モーリア坑道は、魔族の巣窟にもなっていた古代の坑道跡を、大戦後にオデロン王たちが整備し、外部からの侵入を防ぐとともに魔王の脱出を妨げるため迷宮化したものらしい。

 その地下には尽きることのないマグマ溜まりがあり、“浄化の炎”とも呼ばれる火の神の領域もある、高温の迷宮らしい。


 だが、この地図があれば万一の際には最深部に至ることができる、というわけだ。



 そして、もう一方の短剣はそれ以上に重要なものらしかった。


「この短剣は、封玉が収められた空間に入るための一種の鍵であるらしい・・・そして、封玉に収められた魔王の真体、つまり魔神の霊魂にいくらかでも効果を持つ武器でもある、と。ただし、相手は一種の神じゃからな。いかほどの効果があるかははっきりせぬようじゃし、“これを我が子孫に託す”と書かれておったから、わしのように王の血を引く者が使うことでより効果が高まるのかもしれん・・・」


 そこまで聞いて、俺たちにはいくつかの疑問が浮かんだ。


 互いに顔を見合わせて、代表して訊ねたのはサヤカだった。


「オーリンさん、でも、魔王はもう封印を逃れて逃げ出しちゃったんだよね?今から、最深部に入る意味ってあるのかな?」


 そうだよな。

 オデロン王は、魔王が脱出する気配があったらそれを食い止めるために、こうした仕掛けを作っておいてくれたんじゃないのか?

 だとしたら、残念ながらもうタイミングを逃してしまったようにも思える。


 けれど、オーリンとフギンは、目配せしてから「そうではない」と首を振った。


「おそらく、魔王の真体は、今もモーリア坑道の最下層に残されておるはずじゃ」


「「「「!!!」」」」


 ***


 オーリンたちが、地下の小部屋の壁に刻まれたオデロン王のもう1つのメッセージを時間をかけて読み込んでいたのは、まさに今の状況を預言するような内容がそこに書かれていたからだった。



 200年前オデロン王は、聖女モカの封印が未来のいつかに破壊されることがあっても、魔王が地上で再び十分な力を振るえないようにするための方法を考えぬいた。


 それを可能にする発想は、大戦中から勇者パーティーの協力者で、戦後もオデロンとレムルスの相談相手になっていたカテラ万神殿のエワリストゥス大僧正から得られたらしい。



 エワリストゥスが発案しオデロンが具現化したアイデアは、“魔王は魔神の霊魂をその身に宿すことで、他の魔族全てを統べる超越的な存在になる”という仮説を利用したものだった。


 魔神は、太古の天の神々との争いに破れ、地底に堕ちた存在。


 だからこそ天の神々と直接全面抗争になることは避け、かわりに神々が生み出した地上の生命を呪い喰らうことで、神々の力を間接的に削ごうとしている。


 その魔神が忌避する、天の神々の祝福。

 その1つを宿しているのが、カテラの万神殿で絶やすこと無く燃やし続けられている“聖なる炎”だ。

 俺たちもヌゴーズを倒した後カテラでちょっと見学させてもらったけど、正直ありがたみがよくわかってなかった・・・


 オデロンとエワリストゥスは、その聖なる炎の力を利用することにした。



 オデロン王は大戦後、眠りについた聖女と勇者に代わり、聖女が封印した魔王の“封玉”をモーリア坑道の地下深くに迷宮を築いて隠した。


 そして、万一魔王が目覚めた時にもそれと気付かれることが無いよう慎重に、ある仕掛けをほどこした。


 それは、カテラの聖なる炎で鍛えられた特殊なミスリルの鎖で“封玉”を縛り付けておく、というものだった。


 隙間の大きい鎖で縛ったところで、かりに魔王の封印が壊れれば、そこから抜け出すのを止めることなど出来ない。

 物理的には小さな存在に封じられていた魔王であれば、容易にすり抜けるだろう。


 外観としては、単に魔王を封じた象徴として、飾りの高価な鎖をつけたようにしか見えない。


 だが、それで良い。

 粗い鎖が濾しとるものは唯ひとつ、魔神の霊魂=魔王の真体に他ならなかった。


 聖なる炎を忌避する魔神の霊魂は、そこを素通りする魔王の肉体から分離し、壊れた封玉の中に留まる――――これが、オデロン王が講じた仕掛けだった。


 聖なる炎で鍛えた鎖と言えど、魔王全体をいつまでも抑えておくような力は無いし、そこから逃れるのに魔王が強い抵抗を感じれば、真体が分離したことに気付いてしまうかもしれない。


 だからこそ、封印が壊された時には、魔王の肉自体はすみやかに素通りできるほど粗い鎖である必要があったのだ。



 オデロンは、エワリストスが北の地に運ばせた聖なる炎を用い、この「聖鎖」をドワーフの鍛冶技術で鍛えあげた。


 そして、帝国の初代皇帝として大きな権力を握った盟友レムルスに、極秘裏に優れた錬金術師、魔導師を集めさせ、この仕掛けに魔法的な力をも込めさせた。


 このことは、魔王の眷属への漏洩を避けるため、レムルスの子孫にもカテラの後継者たちにも伝えぬ、秘中の秘とする――――



「オデロンさん、レムルス、エワリストス師・・・」

「私たちがいない間に、みんなが、つないでくれたんだね・・・」

 オーリンの話を聞いた双子が、どこか遠くに視線を向けた。



もし、この仕掛けが功を奏しているのなら、現在モルデニアに向かって新たな拠点を築いているという魔王は、気付かぬうちに自分の真体をこの地に置き忘れていることになる。


 だとしたら、今すぐモーリア坑道に潜入して、その真体を破壊すべきだ。


 けれどオーリンの話には、つまり秘密の小部屋の壁に刻まれたオデロン王のメッセージには、まだ続きがあった。


「今はまだ、魔王の真体を破壊することは出来ぬだろう、と。それは聖女殿、勇者殿にはおわかりのようじゃが」


「ああ、そうね」

「これは難易度が高いわね・・・」


 サヤカとモモカは魔王と戦った当事者だから、それだけで話が見えたらしい。


 200年前のパーティーが戦った魔王は、真体をその身に宿した“全き存在”だったから、普通の方法ではかすり傷ひとつ与えることが出来なかったという。


 それを可能にしたのは、聖女や聖者の固有スキル“魔王防御無効化”だ。


 これを発動することで初めて、魔王にも、その真体にもダメージを与えることができるのだと言う。


「魔王の肉体がモルデニアにあるとして、そいつに“魔王防御無効化”を行使して初めて、魔王の真体にもダメージが通るようになる、ってことか・・・それって、同時に2パーティーいるってこと?かえって難易度上がってない?」


「うーん、考え方によるかな。真体自体のHPというか防御力は、肉の鎧が無いから圧倒的に低いはず。魔王防御無効化をモルデニアで使えさえすれば、モーリアに潜るのは特別な戦闘力を持っていなくても、この短剣があればいい・・・そういうことじゃないかな」


 双子の想定通りなら、魔王防御無効化を行使した後の戦いでは、おそらくモルデニアにある魔王の実体、つまり肉体を持った魔王の方が強敵だろうという。


 モーリアの地下深くに残されているのは、あくまで裸の霊魂のようなものだから、と。


 ***


 上空から見下ろす“魔の山”には、魔王がいた時のような圧倒的な禍々しさとか吹き荒れる魔力の暴風は無くなっていた。


 だから飛べた、と言える。


 俺とルシエン、カーミラがまたがっているのは、おなじみのトリマレンジャーだ。

 だが、これまでの粘土トリウマとはひと味違う。


 飛べることの有利さをチラスポリの戦いでつくづく痛感したから、リナが使える“飛翔”の魔法を俺の“魔道具生成”スキルで粘土トリウマたちに付与したのだ。


 野生のトリウマも一応は鳥類だし、ダチョウと違って羽根はそこまで退化?してないらしく、追い詰められると数メートルは飛び上がれるらしい。

 ・・・だから良いことにしておこう。粘土ホムンクルスは飛べたっていいのだ、コモリンだって飛べるしね。


 とは言え、魔道具生成で込められる力は、術者の元々の能力には及ばないし、“物質転換”で軽量化したとは言え、やっぱり粘土トリウマはそれなりに重い。


 だから、俺たちが乗ったトリマレンジャーは、エヴァとモモカが乗ったワイバーンはもちろん、サヤカとリナの“飛翔”にもずいぶん遅れをとっている。


 戦闘が無いからこそ、ふわふわとしか言い様のないペースでも無事に飛んでいられるわけだ。


 そう、戦闘はなかった。


 魔物の気配はある。


 地下にはまだ、無数と言っていいほどの魔物の気配が。


 だが、全体にここに残っている魔物のレベルは低そうで、強いヤツは魔王に着いていったって予想が正しいのだろう。


《大穴が開いて、地図とは相当変わっちゃっていそうだね》


 魔王脱出の際のものと思われる巨大な穴を見下ろすサヤカの遠話が届く。


 ルシエンとモモカがそれに応じて考えを伝えてくる。


《そうね・・・それでもこの破壊状況から見て、魔王は地表近くに上がってくるに連れて、力を得て巨大化していったみたいよ》


《・・・だとすると迷宮深部はかなり構造が残ってるってことね。なら侵入しても、最深部にたどり着くのには何日も、いえ、ヘタをすると何か月もかかるかもしれないわね》


 魔王は、封印を逃れた後、地上に出てくるまでにしばらく日数がかかっている。


 おそらく最初は迷宮の深層をうろつきながら、徘徊していた魔物やら獣やらを貪り喰らって力を取り戻していった。


 そして、どんどん巨大化し力をつけてゆき、ある段階で、ついに力尽くで迷宮の天井、岩盤をも打ち破り、地上へと脱出したのだろう。


《モモカ、どうする?》

《今から何か月も地上の戦いを放置してこの地下迷宮を攻略する、っていうのはあまり現実的じゃないよね・・・》


 サヤカとモモカの遠話に、俺は思いついたことを伝えた。


 そして、実を結ぶことを期待して、新たに作り出した粘土ホムンクルスたちを放つことにした。

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