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第394話 静寂の館、再び

 “封印の地”に向かったのは、俺たちパーティーに加えて、オーリンと次男アドリン、そしてフギンとバルティンという、4人のドワーフだった。

 他のドワーフたちは、長男のオレンが率いてシクホルトへの帰路についた。



「ひどいありさまだね・・・」


 最初に転移した公都ミコライで、ルシエンが張った結界に身を隠しながら周囲を窺う。


石造りの古い街並みは多くの建物が崩れ落ち、多数の魔物・魔獣が徘徊しているからか屍体が野ざらしになっているからか、汚物にまみれ腐ったような臭いが立ちこめていた。


 廃墟を闊歩しているのは、特にオークの集団が目立つ。

 チラスポリで戦ったようなハイレベルではなく、雑兵はLV4~5のオークだ。

 つまり、ここの連中はまだ、魔王に謁見してイニシエーションを受けるような経験はしていない、ってことだろう。


 そうするとやはり、チラスポリに送り込まれてきたのは、なんらかの意図を持って人類軍と戦うために派遣された軍なのだろう。


 人間の姿は見えなかったが、どこかに隠れ潜んでいる人たちがいるかもしれない。

 ことによると、捕らえられ奴隷にされたりしている可能性もある。


 だが、いますぐに出来ることはない。

 苦い思いを飲み込んで、俺たちは再び転移魔法を唱えた。




「!」


 ルシエンが結界を張るより早く、足が雪に沈み込む。


 4月になったというのに、極北の地は相変わらず雪景色だった。


 灰色の空と荒涼たる山々。


 だが、あの厳寒期と違い、やはり春はこの地にも訪れつつあるらしい。

 湿った雪は膝までの深さしかなく、俺たちは硬い大地を踏みしめるのを感じた。


 よく見れば山々は白一色ではなく、南斜面を中心に岩肌が露出しているところもある。


 そして、さらに思わぬ変化もあった。


「魔物の気配、少ない」

 この地を訪れるのが2度目のカーミラが、鼻を鳴らした。


 そうだ、俺の察知スキルでも、魔物はもちろんあちこちにいるようだが、数はそこまで多くないと感じる。



 転移したのは封印の地の外側、かつての多重結界があったその外側だ。

 粘土スキルで“そり”を創り出して魔力で動かし、記憶にある静寂の館の方に向かって行くにつれ、状況がだんだんわかってきた。


「かつてはこの周辺にも高レベルの魔物が群生してたのね?」

「うん、スノーゴーレムとかアイスドラゴン、それからリッチとかの高位アンデッドもわんさかいた」

 ルシエンの質問に記憶をたどり答える。


 日中だって、一歩結界の外に出たら常にブリザード状態で魔物の版図そのもの、だったはずだ。

 そして、魔王が復活して結界が破れたことで、このあたりもそうなった・・・


「去ったんでしょうね、やっぱり」

 モモカが推測したのは、この地の魔物の多さ、レベルの高さは、やはり魔王の封印が既に不完全になっていて、漏れ出た魔力や瘴気の影響があったんだろうということだった。


 そして、魔王が復活し、モーリア坑道の地下迷宮から脱出して東のモルデニア方面へと移動したことで、この地自体にはその影響が小さくなった。

 もちろん残留する魔力や瘴気の影響はすぐには無くならない。


「そうだね。おそらく魔物の多くは、魔王に従って新たな拠点へ大移動したか、あるいはこの地の瘴気が減ったことで、より本来の適地に生息地を移したのかもしれないね」


 サヤカが言うのは、アイスドラゴンとかは本来、さらに北の極地にいるレア魔物なので、この地が魔王の影響で実際の緯度以上に寒冷化していたからこそ群生していたんじゃないか、今はもっと北へ行ってるんじゃないか?ってことだった。


 言われてみれば、季節も違うとは言え、ここの気候は2か月前に訪れた“魔のツンドラ”の異常な厳寒地ではなく、普通に北国の山の中ぐらいの印象だ。



 そして、静寂の館の跡地にたどり着いて、はっきりしたこともあった。


「・・・これは、間違いないわね」


 モモカさえ絶句する光景が広がっていた。


 モーリア坑道を地下に収めた大峡谷。

 その中央にそびえる火山、“魔の山”は今も噴煙をあげているものの、その中腹に大穴が開き、そこからとてつもなく巨大な存在が這い出したことを示すように、地面が大きくえぐれて東に向かい、外輪山の一部を崩してさらに峡谷の外へと続いていた。視界の彼方まで。


 エルフの視力でそれを辿っていたルシエンが静かに告げた。


「地下から出てきた魔王が、地を削り山を崩しながら東へと去った。そして、大量の魔物がそれに従って東へ向かった。間違いないわね」


 かつてこの地には数百人の村人が巫女団を養うために農業を営んでいたけれど、その集落や畑地は天変地異で崩れ、雪に埋もれて跡形も無い。


 けれど、封印の館自体は、驚いたことにほぼその形を留めていた。


 外観は火山灰と雪に埋もれてただの丘のようになっていたから、知らなければそうとはわからなかっただろう。


 けど、俺とカーミラは場所を覚えていたから、あの盛り上がってるところがそうだ、と気が付いた。



「気をつけて。まだ残った魔物の巣窟になっている可能性はあるから」

 魔法でなんとか入口を1か所掘り出すことに成功し、サヤカの指揮下で、俺たちは慎重に館に入った。


 入口以外は今も埋もれているから、内部はほぼ真っ暗だ。

 “雷素”の照明を飛ばしながら、記憶にある館の主要部分をざっと回る。

 気温の低さで腐敗が進みにくいのか、そこここに遺体が残されていたから、冥福を祈りつつ浄化していく。


 どこからか見られているような気配も感じるが、気のせいかもしれない。

 戦闘はなかった。


 そして、ルセフ伯爵の手記にあった地下室が見つかった。


 オーリンたちが、持って来た道具を使って器用に扉を開ける。


 その部屋は資材倉庫として使われていたのだろう。

 薪や煉瓦などが、かつては整然と積まれていたのだと思うが、あの地震で棚が崩れ、散乱していた。

 

 だが、目当てのものは見つかった。

 隅の方の壁に、ドワーフ古語が刻まれていたのだ。目立たないように、とは言え、わざわざ地下室の壁に目立たないように文章を刻むこと自体が、おかしいと思い始めればおかしい。


「“魔王は魔神の器にして、魔王の真体はその肉体に依らず。肉体の封印は解けることあろうとも、真体を我らなお封ぜん”・・・ルセフ伯爵の記録はなかなか正確でしたな。ドワーフの古語を良く理解なさったものですわい」


 フギンというドワーフが壁に張り付くようにして刻まれた文字を読み、感心したようにもらした。

 彼はオーリンより年上で、今回従軍した中では最年長らしい。父親が若い頃この館の建設に関わったことがあり、古い文献にも一番詳しいそうだ。


「・・・でも、微妙に意味合いがはっきりした気がしないか?」

 俺はちょっと気になった。モモカも同意見のようだ。


「そうね・・・いまフギンさんが言った通りなら、オデロンさんたち?“我ら”が、魔王の真体を封じるために何かを講じようとしてくれた、と受け取れるわ」

「「!」」

 みんなハッとした。


 そうだ、これは単に魔王の存在について説明しているだけでなく、その上で何か手を打ったというようにも読める・・・オーリンたちがまわりを詳しく調べ始める。


 俺も久々に“発見”スキルを意識して発揮した。


 ルシエンが気を利かせて、この地下室全体に結界を張る。

 元々、この館自体にも厳重な結界の魔道具が設置されてはいたけど、これで万一、俺たち以外の何者かが館に忍んでいても、詳しいことを察知されずにすむだろう。


「ん?ここ、ちょっと見てくれ・・・」

 床にはいつくばるようにしていたアドリンが声をあげた。


「どこだ、アドリン殿・・・これはっ」

「でかしたぞ、アドリン!」


 床石の一部、単なる模様のように見えていた所に、わずかな隙間があるらしい。


 ドワーフたちがノミとハンマーみたいな道具を出して、そこに楔を打ち込み、苔むした筋を広げていく。


 やがてはっきりと、手を差し込めるような隙間が見えるようになった。

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