第393話 歓喜なき勝利、そして解散
十日余り続いたチラスポリの戦いは、レムルス軍の増援が到着したことで人類連合の勝利に終わった。だが、街はけっして歓喜に包まれてはいなかった。
四の月・下弦3日。
魔王軍の尖兵をかろうじて退けた人類連合軍は、久々に戦いのない朝を迎えていた。
だが、その惨状は勝者と呼ぶには語弊のあるものだった。
もはや半ば城壁も失われたチラスポリの街で、撤収準備を進めている各国の軍勢。
開戦時に9万を数えた兵力は、死者3万、魔法で治しきれなかった負傷者も1万をゆうに超え、戦力の半分を失っていた。
市民の被害も大きく、魔軍の包囲からいったん解放されたとは言え、またいつ脅威にさらされるかもわからず、復興も簡単には進まないだろう。
そして、公都ミコライを含むプラト公国領の北側3分の2が魔王の勢力圏となった状況を押し戻すこともできなかった。
使徒クラスの幹部は1体も倒すことがなかったし、むしろ今回の戦いの結果、大きく力をつけた魔物も少なくないはずだった。
そして、新たに到着したレムルス軍第二陣7万にプラト南部の維持を委ね、人類連合は一旦解散することになった。
「納得出来ませぬ!このまま魔王の勢力の侵食を放置すれば、敵はますます強大になってしまうでしょう。時間の余裕はないのですぞ」
「やむを得ぬだろう。そもそも、そう言うならカテラも兵を出してもらいたいものだ」
連合の一時解散に強く反対したのはカテラ万神殿のアッピウス僧正だったが、エルザークのコルネリス王太子に、“ならば主戦力を連れてこい”と反論され黙り込んでしまった。
カテラは今回、途中にある都市国家群の治安が回復していないため、海路で少数の治療部隊を送ってくることしかできなかった。
封印の地で魔王の復活の場にいあわせたのは、今回参戦した各国首脳の中ではアッピウスだけだから、危機感は強いのだと思う。
俺も最初、ここで解散なの?って驚いた。
けど同時に、それも仕方がないんだろうとも感じていた。
現状の戦力では、籠城で敵を食い止めるのが精一杯で、ミコライの奪還だって困難だろう。
ましてや、魔王の本拠地まで進軍できるとはとても思えない。
そして、もうひとつ思ったのは、こういう“不特定多数”を相手にした戦いに、勇者パーティーが加わるのは効果が薄いってことだった。
「そうだね。私たちはやっぱり、使徒を見つけて一体ずつ撃破するって基本方針に戻るべき」
「ええ、そうすると・・・次はダズガーンかしらね」
城館の一室で“帰り支度”をしながら、俺たちは今後のことを話し合った。
残る使徒は、もし新たに魔王が作りだしていなければ3体だ。
魔王を復活させた立役者とも言える“奸智の冠”ゲルフィムは神出鬼没で所在がわからないが、既に魔王との合流を果たしている可能性が高い。
もう一体の、サヤカとモモカの記憶では“原初の蛇”と呼ばれていた使徒は、現在どこにいるのかわからない。
南のマジェラ王国か、西のアルゴル王国、北東のゲオルギア王国、多数の魔物で混乱状態にあるとされる3か国のいずれかだと思われるが、まだ情報不足だ。
そうした中、残る1体の“爪牙”ダズガーン――――パルテアの南の遺跡で封印されているのを俺たちが発見したあの使徒――――は、いまやその封印から解き放たれ、パルテア帝国を蹂躙して北へ向かっているという。
放置すれば北のモルデニア王国内に築かれたという魔王の拠点に合流してしまうだろう。
その前に叩く、というのは目的が明確だ。
そういうわけで、次のターゲットは上級悪魔ダズガーンに決まった。
問題は直接向かうには遠すぎること、そして魔法転移するのに良い登録ポイントが無いことだ。
リナが転移登録してあるポイントを辿って行けそうなルートを考えた。
チラスポリ→シクホルト城塞→キヌーク村→王都デーバ→港街ドゥルボル→アンキリウム→パルテポリス、で以下は陸路で北上だ。
ドゥルボルからアンキラ王国のアンキリウム、さらにそこからパルテアの帝都パルテポリスへ一気に飛ぶのはかなりキツそうだが、この間はいい登録ポイントが無い。
商隊護衛クエストの時は、アンキリウムからダマスコまで船で行って、そこから内陸のパルテポリスまで馬車で移動したんだけど、距離的にはこれはかなり遠回りしていて、アンキラからパルテポリスへは直線距離ならそう遠くないはずなのだ。
もし先日の天変地異の影響とかで、登録ポイントがずれたり消えたりしていたら、延々陸路で移動ってことになるけど。
「シロー、またペレールにも来るが良い。マリエールも直接話を聞きたがっているぞ」
シャルル王太子は、メウローヌに帰国したら今度は隣国アルゴルへの遠征に向かうらしい。
今回あまり兵力を連れてこれなかった理由でもあるけど、アルゴルでは魔物の氾濫が危機的な状況になっており、イスネフ教に入れあげていた国王が退位して諸族融和派の王子に王座を譲り、その新王から長年確執のあったメウローヌに頭を下げて応援要請が入っているのだという。
そして、これはルシエンに遠話が入って聞いたことだが、ウェリノールのハイエルフたちも両国と共同出兵するという。
長老会の見立てでは、おそらく使徒ではないにしても上位の魔人クラスがいて、魔物の軍勢を率いているらしい。
ルシエンを通じて、勇者と聖女の力が必要なら連絡をくれるよう伝えておく。
使徒クラスでなければ、たとえリンダベルさんは戦えないとしても、エルフたちの魔法と弓の腕があればなんとかできるようにも思う。
いったん各国への帰途につく首脳陣と別れの挨拶をした後、ヤロスワフたち直属隊のメンバーとも再会を約束して別れた。
レムルスから貸与されていた直属部隊も、これでいったん任務終了となって帝国に戻るのだ。
幸い、50人弱の直属隊には、今回の戦役で死者は出ていなかった。かなり危険な突入任務にも付き合わせたのに、優秀な連中だった。
「ぜひ、また配下で戦えるよう、上申しますので。皆様もどうぞ壮健で!」
びしっとレムルス式の敬礼をして、ヤロスワフたちは去って行った。
今回は色々と課題の残る戦いだったが、得たものもあった。
まずは激戦続きだったから、使徒戦ほどではないものの大量の経験値を稼いだ。
俺が新たに得た“パーティー経験値倍増”のスキルも効果を発揮しているようだ。
俺は賢者LV30まで上がり、“情報解析”って新たなスキルを得た。
これは、“判別”や“鑑定”の上位スキルの1つと言えるものらしく、判別ほどぱっと見でわかる便利さには欠けるものの、時間をかければ“判別(上級)”のように秘匿されたステータスも見えるようだ。
リナは魔法戦士がLV36に、戦闘終了後に魔物の死骸の浄化チームに参加したことで修道士もLV21になった。
エヴァは竜騎士LV29までアップしていた。
そしてルシエンは、ハイエルフLV30になって新たに“樹木同化”ってスキルを得た。
もともとルシエンは“隠身”も持っているから違いがわかりにくいけど、森の中ではさらに完璧に身を隠せるようだし、俺にはよくわからないが植物と意思疎通?みたいなこともできるらしい。
カーミラはワーロードLV27へと3レベルアップし、“貫通攻撃”のスキルを得た。
これはサヤカも持っているけど、相手の防御力に関わらずダメージを与えられるスキルらしい。
そして、ゲーム世界的な経験値とは別に、魔軍との連戦で“リアルな経験値”も増した。
例えば、オーガロードやトロルのような大型の魔物が群れでいる状況では、タロでさえ壁役としては力不足になるとか、大群の中で目的の相手を探し出すような索敵能力の必要性、さらには飛翔できることの有利さ、とかだ。
今後のために、粘土スキルや魔道具生成を生かしてなんとかしたい、と思った。
翌朝、俺たちはまずシクホルト城塞に向かおうとした。
だが、そこで思いがけず、「待った」がかかった。
ドワーフたちを率いるシクホルトの主、オーリンからだった。
聞けば、今この地にいるからこそ連れて行ってもらいたい所がある、というのだ。
それは、あの極北の“封印の地”の静寂の館だった。
《魔王は魔神の器なり、魔王の真体は肉にあらず、肉の封印は解けるとも真体をなお封ぜん》
オーリンの祖父であるドワーフ王オデロンが自ら建てた館に遺したメッセージ、それを確かめたいのだという。
「どう思う?決戦前に行こうとは思ってたけど、今はもう魔軍の勢力に落ちてる可能性が高いから、危険はかなりあるよな」
「・・・あたしも見てみたいな、オデロンさんが遺したものを」
「そうね。ここからなら距離的にも近いし、いったん南や西へ向かってしまうと次はいつ行けるかわからないから。あまり時間はかけられないけど・・・」
サヤカとモモカも、自分たちが眠りについた後で整備された封印の地を一度見てみたいようだ。
もっとも、既に魔王が復活し封印は破られてしまっているが。
魔力嵐の状況にもよるが、リナの転移登録が生きていれば魔法で飛ぶことは可能だろう。
こうして、2か月前、俺とカーミラが命からがら離脱したあの地へ、仲間たちを連れて再び訪れることになった。
 




