第391話 魔王軍の尖兵③ 波状攻撃
第三波はオーガ系の魔物の群れだった。
逃げ出した魔獣を蹴散らしながら、ブリジュヌイ平野に進軍してきた。
“魔王軍”だからといって、魔物同士が味方、とも限らないらしい。
第三波は数から言えば1万もいなそうだったから、第一波、第二波よりずっと少ない。
だが、強かった。
雑兵にあたるのが、LV13~15のオーガロードで、同じぐらいのレベルのオーガ魔法戦士まで多数混ざっていた。
どうやらLV20以上のオーガキングもいるようだが、そいつらは仲間の影に隠れ、ステータスを視認できることは少なかった。
オーガロードは僧侶系の魔法を幾つか使える。
習得している呪文は個体差があるが、中には“静謐”で一定エリアを呪文が使えなくしてしまえる者もいる。
おまけに身長3メートルを超える巨漢で、肉弾戦だけで仕留めるのは容易ではない。
最初、連合軍は矢と魔法で攻撃していたが、オーガ軍は魔法戦は不利と見たのか、途中でオーガロードたちが一斉に静謐を唱え、肉弾戦狙いで突入してきたのだ。
ラボフカの弓騎兵たちが距離をとりながら矢を放つ作戦でダメージを与えたものの、オーガロードは強靱な肉体の上に何の獣の皮かわからないが鎧らしいものまで身につけているから、なかなか止められない。
局面を打開したのは、大砲だった。
レムルスとエルザークの軍はかなりの数の大砲を馬で牽引してきたし、ドワーフ自治領のオーリンたちも、亜人戦争後、レムルスから技術供与を受けて独自に軽量化した大砲をいくらか作っていた。
双方の魔法が封じられた状況で、この大砲が威力を発揮したのだ。
野戦で運用するには機動力に欠け砲弾や火薬にも限りがあるから、半数以上はチラスポリに残してあるし、ここぞと言う時だけ使う予定だったが、各国首脳は今がその時と判断したらしい。
実際、これが無ければ厳しかった。
魔法が封じられた状況で、俺たちも大物狙いで転移奇襲という手がほとんど使えず、ヤバそうな遊軍を助けに回るだけになっていた。
平地が広い右翼側のラボフカ、メウローヌ軍は既に乱戦に突入する寸前だった。
ようやくオーガ軍の突入を一旦はね返し、戦線を立て直した頃、さらに第四波の接近が報告された。
魔軍はどうやら全体が統一行動をとっていると言うより、足の速い種族からてんでに進軍しているかのようだ。
それは、「戦力の逐次投入」という拙い戦い方と言えるから、おかげでこちらは互角以上に戦えていたわけだが、見方を変えれば会戦で一気にケリをつけることが出来ず、兵が休む間もなく波状攻撃にさらされ連戦を強いられることにもなっていた。
第四波はオーク系だった。
空中偵察で得た情報では、最も数が多い雑兵でもLV8のオークリーダー級。オークロードや魔法戦士系も多数含み、オークキング級も複数いたはずだ。
なにより、その数は概算で30万匹以上と、今回の魔軍の中でも最大勢力だった。
これまでの魔物を大群と形容していたのに、もはや何と言えばいいのかわからない。
ブリジュヌイ平野を埋め尽くしたオークの軍は、さらに左右へとあふれ出しながら進んでくる。
機動力を生かし回り込むことを試みたラボフカの騎馬隊が、どこまで展開しても途切れること無く広がっているオーク軍につけいる隙を見いだせない。
反対側の左翼では、丘陵地まで取り付き始めた魔軍をなんとか近づけまいと、モントナ公国の弓兵隊が必死に矢を連射するが、数に差がありすぎる。
「どうする?モモカ」
「私たちだけじゃ両方は救えない・・・左翼かな」
右翼は騎兵だ。
持ちこたえられないまでも、徒歩のオーク軍から逃げることは出来る。
だが、左翼の丘陵地のモントナ公国軍は、囲まれたら全滅してしまうだろう。
レムルス軍の司令部も俺たちと同じ考えだったらしく、サヤカに支援要請が入った。
右翼にはレムルスの遊撃隊を回すと言う。
「ヤロスワフ、転移したら退路の確保に徹して、モントナ軍の撤退を助けてやってくれ」
「わたしたちは、敵中に突入して攪乱するから」
「ははっ・・・どうかくれぐれも無理をなさらず、ご武運を!」
俺とモモカが直営隊に指示を出し、左翼の丘陵地へと魔法で飛んだ。
転移して最初に思ったのは、“もう遅かったか?”ってことだった。
既に丘陵地のモントナ軍の防衛ラインは完全に崩壊し、オークの大群と乱戦になっていたのだ。
これでは味方を巻き込むから、範囲魔法で魔物をまとめて駆逐できない。
おまけに、モントナ公旗を持つ兵のところには既に、軍を率いるタクソス公子の姿も見えなかった。
司令部まで突入され、引き離されたらしい。
「勇者隊だっ、救援に来た!公子はどこだっ!?」
オークと斬り結んでいる兵たちに聞こえるよう大声をあげると、額から血を流している旗持ちが叫び返してきた。
「“親衛隊と殿軍を務める”と登り口の隘路にっ、どうかタクソス様をお救い下さいっ!!」
そこに、モモカが声をあげた。
「つながったわっ、あっちよ!」
モモカは軍議の時にタクソス公子と言葉を交わし、直接遠話が結べるようにしていたらしい。
その精神の波動を捉えたという。
「行こう! あんたらはあっちへ、うちの直属隊が退路を確保してる!」
「・・・も、申しわけございませぬっ、どうかお願い致します!」
「おおーい、退けっ、退けーい!」
旗持ちの兵が必死に赤く染まった公国旗を振り、背中を預けていたもうひとりの男が、懐からラッパを取り出して退却の合図を吹き鳴らした。
それを見届けることもなく、俺たちはモモカの座標共有で再び転移した。
斜面の少し下で、わずか十余名まで討ち減らされた騎士たちが、一人の若者を円陣になって守り続けていた。
獣道のように狭くなった場所を守っていたのだろうけど、既にそこは突破され、まわりはオークの大群に囲まれていた。
だが、味方が一箇所に固まっている方が、むしろ戦いやすい。
突然現れた俺たちに、一瞬フリーズしてから襲いかかってきたオークリーダーたちを、粘土収納から出現させたタロとワン、キャン、そしてカーミラ、エヴァが寄せ付けない。
その間に、リナが用意していた流星雨を水平発射した!
斜面に沿って雪崩のような光球が、公子たちを囲んでいた一方の側の魔物の群れをまとめて吹き飛ばした。
わずかばかりの木々もなぎ倒され、余波は下の平野部にまで及んだ。
敵味方の動きが止まったところに、サヤカが飛び込んだ。
包囲するオークたちを低空飛行しながらなぎ倒し、円陣に到達する。
「タクソス公子、サーカキスだ。助太刀するっ」
「おおっ!勇者どのっ、かたじけない。みな、勇者サーカキスが来てくれたぞっ!」
サヤカの男前なセリフに、満身創痍の騎士たちが奮い立った。
ルシエンが追撃しようとするオークたちに“領域静謐”をかけて、オークメイジの魔法攻撃を防ぐのを見て、俺は“障壁”を張って物理的な足止めをする。
モモカが遠話でヤロスワフと連絡を取り、退却状況を確認している。
「・・・半数ぐらいはなんとか撤退できたみたいね」
合流に成功したタクソスらは、落胆よりは安堵の色を見せた。
「全滅も覚悟したのだ。この状況で半数生還できるならよしとせねばなるまい・・・」
公子の親衛隊は数分の一しか残らなかったし、公子自身何本もオークの矢を受け、足を引きずっていた。
「こちらは孤立している、また囲まれる前に転移しよう・・・魔法職は?」
「私は転移はできますが、領域転移は残念ながら・・・」
サヤカの呼びかけに、親衛隊の中の魔法戦士が答えた。
「じゃあ、パーティー編成に入れない人たちは私の領域転移に入って」
モモカが呼びかけながら素早く地に魔方陣を描く。
その間も前衛組とルシエンが、尽きることなく群がってくるオークの上位種を食い止める。
最後にリナがもう一発流星雨を放ってオーク軍の追撃を止め、座標共有したモモカとモントナ親衛隊の魔方戦士が、そろって詠唱を完了した。
こうして俺たちが救援に向かった左翼では、甚大な被害を受けながらもなんとか秩序だった撤退を完了したが、右翼はさらにひどいありさまになっていた。
遠話で司令部に聞いた話では、オーク軍に飲み込まれそうになったラボフカ騎兵隊が、となりのメウローヌ軍に一言も無く、その背後に回り逃げたらしい。
それによって、もともと自軍の正面にいた大群だけでなく、ラボフカ勢と渡り合っていた群れにも側面を突かれることになったメウローヌ軍が大混乱に陥った。
レムルス遊撃隊の支援が間に合い、退路は丘陵地の岩場に潜んだドワーフ勢がわずか1千人とは思えない粘り強い戦いを見せて守り抜いたことで、かろうじて撤退には成功したものの、5千の兵力のうち1割以上を失ったらしい。
左翼右翼とも撤退し、扇状地の入口の狭い所で陣形を再構築していた人類連合は、敗北寸前とも見えた。
だが、ここで思わぬ追い風が吹いた。
戦場に取り残された兵の遺体とその装備品を、オークたちが奪い合い始めたのだ。
しかも、そこに、一旦退いて再び攻勢に出ていた第三派のオーガの群れまで加わった。
数の上ではオークリーダーの大群が圧倒的に多かったが、個々の強さではオーガロードの方がずっと上だ。
そして、獲物を前にした略奪行為では、たとえオーク同志でも結束した行動などとるはずも無い。
醜い同士討ちが始まった。
《・・・これぞ乾坤一擲の好機だ》
《砲弾を撃ち尽くせ!》
レムルス軍のバイア元帥、エルザーク軍のミハイ将軍の命令が遠話で飛んだ。
砲兵隊を身軽にするのが目的だ、と言わんばかりの勢いで残った砲弾が撃ちまくられた。
魔法部隊はMPを使い切る勢いで、ブリジュヌイ平野を埋めた魔軍に“流星雨”や“大雷”など範囲攻撃魔法を叩き込む。
戦況はこの日何度目かの逆転を見せた。
オークとオーガの大群が算を乱して散り始めたのを見て、人類連合軍もようやくチラスポリの城市へと引き上げた。




