第42話 不死の王
三階層の最奥にたどり着いた俺たちは、アンデッドたちを束ねていた存在と対峙する。
地下三階層の最奥、霞のような光の壁の前で、カレーナが確認する。
「ベス、帰還ポイントの設定はできてるわね?」
「はい、迷宮出口に印を結んできましたから、結界が破れれば転移可能になるはずです」
カレーナは続いて皆に説明する。
「可能性は五分五分ぐらいかもしれないけど、ここが最後の階層だった場合、迷宮ワームと戦うことになるわ」
そうなるな。
「ワームを倒せた場合、希に迷宮の崩落が起きることがある、と言われてるの。それを避けるには、魔法使いが土魔法で支えながら退避するか、転移魔法で脱出する方法がある。ベスが“帰還”っていう脱出用の転移魔法を使えるようになったから」
そこで、説明役をベスが引き継ぐ。
「けさ、ここに入ってくるとき、迷宮の入口すぐの所に、帰還用の魔法的な印を刻んできたんです」
そういえば、入ってすぐ、ベスが陰陽師みたいな印を切るような動作をしてたが、あれはそういう作業だったんだ。
「本当は街まで帰れたら楽なんですけど、そこまでは出来ないみたいです」
真面目なベスは、夜明け前に起きて新しい呪文を得ているのがわかってから、すぐに何度かテストしたらしい。
「迷宮ワームが相手だったら、打ち合わせ通り、魔法中心でじっくり戦うことになるわ。でも、ここが迷宮の終わりじゃない場合は、これまでのように階層の主、おそらくは強力なアンデッドと戦うことになる・・・」
つまり、銀の剣や矢と通常の武器、両方用意しておく必要があるわけだ。
リナはどっちにも対応可能なように、ってことで魔法使いバージョンにしておく。炎の魔法は一応アンデッドにも有効だ。
ただし、装備はアイテムボックスから取り出した専用のセラミック鎧&兜で銀の剣を持たせておく。相手が巨大な迷宮ワームだったとしたら、どっちにしろ剣では大したダメージは与えられないだろうし、必要な時はセラミック剣はすぐに出せるしな。
そして、皆の準備が出来たところで、カレーナの“破魔”で結界内に入った。
目の前には、これまでの階層と同じようなワームの、抜け殻だ。
ということは・・・
「まだ下の階層があるようですね」
セシリーがカレーナを気遣うように言う。
「そうね。ひとつずつ、行くしかないでしょう」
だが、この気配は?
ラルークが珍しく迷った様子だ。
「これは・・・」
「階層の主はやはりアンデッド?」
「そう、思う・・・けど、よくわからない」
カレーナの問いに、目を閉じたまま必死に探っているようだ。
「俺もアンデッドの気配は感じるけど、どこにいるのか、手応えがない」
察知スキルの感触を伝える。
「入って探るしかないね、あけておくれ」
意を決したラルークの合図で、俺とグレオンが亀裂に手をかけ、拡げる。
その隙間に隠身スキルを発揮してラルークが滑り込んだ。その途端、
鋭い矢音と共に、苦鳴が上がる。
「ラルーク!」
カレーナの叫びと共に、這い戻ってきたラルークの肩には矢が突き立っていた。
「鏃が残るとまずいぞ!」
矢を抜こうとするセシリーをグレオンが止める。
「わかった、我慢してくれ」
セシリーが刀子を取り出し、矢が刺さった肩の肉を切る。
「クッ!」
ラルークが唇を噛んで耐える間に、鏃ごと抜き取った。
「癒やしを!」
すぐさまカレーナが治療する。見る間に血が止まり、傷が塞がる。
「あ、ありがと、姫さま。ドジ踏んじまった・・・」
「いいから!しゃべらないで」
脂汗を流すラルークは、俺の方を向く。そうだ、俺にも一瞬見えた。
「階層の主は、一匹じゃない」
ラルークの目を見て、俺も確信した。
「どういうことですか!?」
ベスが驚くのも無理はない。結界の中にいるのはその階層で最強の一匹の魔物のはずだ。
「わからない、けど、ラルークが中に入った一瞬、俺の“地図”に5つか6つの敵が映った」
「しかも、あたしが入るまで気配はなかった。そして一瞬で姿が消えた」
俺の言葉をラルークが引き継ぐ。
「どいうことなんだ?」
「考えられるのは・・・」
亀裂から手を離し俺たちをのぞきこむグレオンに、俺は自信の持てない推測を伝える。
「向こうも、パーティーを組んでる、とか・・・」
「あっ!“パーティーは魔法的には一人と見なされる”ってこと?そんな!」
俺たちがパーティー編成で6人一組として結界に入れるなら、魔物が同じことを出来ない理由はない。推測でしかない、が。
「アンデッドのパーティーなんて・・・」
「しかも、気配を消せるのか?」
想定外の事態に混乱するが、起きていることを受け入れるしかない。
俺たちは急遽作戦を練り直した。
「もう大丈夫」
ラルークの合図に、俺は亀裂の狭い隙間から内部を視野に入れ、そこに粘土壁を築く。
グレオンとセシリーが、銀の剣ではなく使い慣れた長剣でワームの抜け殻を切り広げる。硬く分厚い殻は容易に切れないが、それでも全く刃が立たないわけではないようだ。
これで、俺たちは粘土壁越しに内部とつながった。
俺の地図スキルとラルークの索敵で、粘土壁の向こう側の広い空間の様子が認識される。
やはり上の階層の主の部屋よりも一回り広い。そして、かすかな気配だが、いくつかの魔物の存在が確かにある。とは言え、位置がはっきりしない。どういうことだ?全員が隠身スキル持ちなのか?なにも仕掛けてこないのも謎だ。
「これは隠身じゃない・・・結界です!」
ベスが小さく叫ぶ。
魔法使いの呪文、まだベスは使えないという魔法で、パーティー全員を隠しているのではないかという。
「でも、結界なら解かない限り、向こうからも手出しできないはずですけど・・・」
「結界があるとわかってれば、見つけてみせるよ」
ベスとラルークが、相手の結界を探るのに集中する。
いやな直感が働く。
「そこッ!」
ラルークが叫ぶと同時に銀の刀子を投げる。粘土の壁の内側、俺たちの背後に突如、人のような影が出現していた。
!
確かに命中したはずの刀子は、わずかに身をくねらせた人影をそのまま素通りした。
そして、黒い影は、近くにいたセシリーに抱きつく。
その瞬間、彼女の長身がかくんと、力なく崩れ落ちる。
「浄化!」カレーナが叫びと共に左手をかざす、その瞬間、影は薄れて消え去った。
「やったのか?」
「手応えがなかった、それより!」
グレオンに抱きかかえられたセシリーは、意識はあるが体に力が入らないようだ。カレーナが癒やしをかける。俺はリナも僧侶モードに変えて、重ねがけさせた。
「助かる・・・さわられた瞬間、冷たい、と感じた途端に力が抜けて」
俺の判別には、一瞬だけ、<レイスLV9>と見えた。それを伝えると、
「レイスは実体の無い悪霊です。触れたあいての生命力を奪うとも言われます」
ベスが魔物の正体を見抜いたようだ。すると、セシリーがやられたのはエナジードレインってことか。HPを吸収されたんだ。
「やっかいだな、壁もすり抜けて現れたり消えたり・・・」
「逃げられる前に浄化できれば、たぶん対処できると思うわ」
グレオンの懸念に、カレーナが方針を示す。
リナも僧侶モードにしておいた方がよさそうだ。
「壁が全く意味がないと判断するのは早計だけど」
「あっちも結界を解いたね」
ラルークの索敵からいつまでも隠れ続けることはできないと考えたのか、あるいは攻撃に転じることにしたのか、はっきりと気配が生じた。
前方に4つ、だ。
俺は粘土壁に人数分ののぞき穴をあける。
50歩ほどの距離に出現したのは、
<スケルトンナイトLV9> <スケルトンナイトLV9>
<アンデッドロードLV10> そして、<リッチLV13>
このうちどれかが、パーティー編成できる冒険者?なのか。
「リッチは高位魔法使いや王族のアンデッド、
『不死の王』とも呼ばれるよ。
スケルトンナイトやアンデッドロードは、
戦士や冒険者とか、ジョブは色んなケースが
あるから気をつけて」
突然、リナが肉声で皆に伝える。珍しい。
えっ?と驚く皆に俺がフォローする。
「リナはレベルアップして賢くなってるんだ、知識は役に立つ!」
「助かります!」
ベスが答えざまに、アンデッド4人組に炎の魔法を飛ばす。
不意を突かれたか、回避がおくれたスケルトンナイトの1匹が炎に包まれたが、他は散開する。そして、リッチの持つ杖の先から猛烈な冷気がほとばしった。
俺は瞬間的に、粘土壁ののぞき穴を塞いだ。
その上から、バリバリと猛吹雪がぶつかる音がして、壁の裏側まで冷気が巻き込んできた。
穴が開いたままだったら、氷漬けにされるところだった。
再び、粘土壁に穴を開けたが、氷で塞がっている。
「リナ、魔法使いに!」
リナに氷を融かす役目をさせる。
「ありがとう!」
ベスは再び開いたのぞき穴から攻撃魔法に専念する。
ラルークと、セシリー、グレオンも弓を使う。俺は粘土壁の操作だ。
相手側もアンデッドロードと、残るスケルトンナイトが弓で応戦し、リッチが魔法を放つ。リッチの魔法はベスよりも高レベルっぽい。
だが、射撃戦なら壁に隠れながら戦えるこっちがやや有利かと思った時、アンデッドロードが“静謐”を唱えた。
しまった。
向こうの最大の武器でもある魔法を捨てるとは予想外だった。
しかも、その時には既に奴らは弓を捨て、肉弾戦モードに移り突進してきた。
片手に盾、片手には長剣を持つ者とでかい戦斧を持つ者もいる。あれで殴られたら粘土壁も持たないかもしれない。
「こっちも接近戦だ!」
グレオンら前衛組が弓から剣に持ち替え、向かってくる連中に放つ。ようやくアンデッドロードにあたったか、と思ったその瞬間、また背後にレイスが出現していた。
やっぱり浄化する前に逃げられてたんだ。だが、こいつがいつ出てくるか、警戒してなかったわけじゃない。
カレーナが素早く立ち向かう。リナも再び魔法使いから僧侶にチェンジさせた。
だが、その時、レイスに向いた俺たちの視線の死角から、別の殺気が飛びかかってきた。
セシリーが、カレーナとの間に身を飛び込ませたが、一瞬間に合わない。
<スケルトンナイトLV9>
と俺が認識したときには、錆びた短刀がカレーナの革鎧の背に突き刺さる。
ラルークの投げた刀子が、そいつの兜の隙間に飛び込み、動きが止まったところをセシリーが袈裟懸けにする。
リナが、カレーナに覆い被さろうとしていたレイスに素早く浄化をかけ、今度こそ仕留める。
全てが一瞬だった。
そうだ、パーティーは6人まで。レイスを含めてもまだ一人足りない。
6人目は、結界なしでも気配を消せるようなスキルを持つ、おそらくはスカウトかなにかのジョブのスケルトンナイトだったんだ。
リナが、色んなジョブのやつがありうる、って注意してたじゃないか。
だが、今はそんな後悔をしてる時じゃない。
「リナ!カレーナに浄化を!」
たしかカレーナは、癒やしと浄化の両方をかけてた。ひとつだけでも・・・
重い戦斧の衝撃が、粘土壁に大穴を開けた。
もう一撃。もう壁の役には立たない。
なだれ込んできた3人のうち、先頭のスケルトンナイトをグレオンが銀の剣でなぎ倒す。
その隣から飛び込んできた斧持ちのアンデッドロードの顔面に、俺は銀の刀子を投げつけた。斧で簡単に弾かれる。
だが、大きな斧はもう一度振りかぶるには時間がかかる。顔をかばってお留守になったそいつの腹に、体重を乗せて剣で突き刺す。手応えと共に、シュワシュワと実体が抜けて行く感触がある。
魔法を封じていた静謐の効果は、さっきこいつに矢傷を負わせた時に解けたはずだ。
ベスが攻撃魔法を放とうと詠唱する。だが、相手の方が一瞬早い。リッチの魔力が満ちて、剣先からほとばしろうとした、その時、消えていたはずの“静謐”が再びあたりを覆った。
リッチの魔力が霧散し、一瞬動きが止まった時、背後に忍び寄ったラルークの銀の短刀が、その首をかききっていた。
声にならない苦悶の波動のようなものが響き、何かの呪いが溶けるように、リッチの姿が消えていった。
「最後は、自分のドジの始末をつけなきゃ、ね、助かった、よ」
荒い呼吸を整えながら、ラルークは、リナに抱きかかえられたままで“静謐”の呪文を唱えたカレーナに、ニヤッといつもの笑みを浮かべた。




