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第389話 魔王軍の尖兵① 空中偵察隊

 チラスポリの城市から東へ5クナート、つまり10km足らずに位置するブリジュヌイ平野。


 南北を丘陵地帯に挟まれた扇状地には、北方山脈に発するドニエスト川が西から東へと流れ、それに沿って街道が延びている。

 真っ直ぐ東へ進めば遠くモルデニア王国へ、途中で北に進路を変えればプラト公国の公都ミコライへ至る要衝だ。


 人であれ魔物であれ多数の軍勢であれば、街道を使うか否かはともかく丘陵地の間のこの平野を進軍するほかない地形だ。


 合流が期待されていたプラト駐留軍は、どうやら既に魔軍によって壊滅させられたと考えざるを得ない状況だった。


 今朝その情報を得た人類連合軍は、チラスポリを後背に控えたこの地に布陣することを決めた。



 街道を遮るように扇状地の地形を利用した、いわゆる「鶴翼の陣」。


 まず、街道正面から南側の右翼にかけては主力となるレムルス帝国軍4万。


 川を挟んで平地が狭い左翼にはエルザーク王国軍1万5千。さらにその北側、丘陵部には、モントナ公国の3千が張り出す。


 反対側、レムルス軍の南側はドワーフ自治領の1千をはさんでメウローヌ王国の5千、そして最右翼は自由都市ラボフカの1千の騎兵だ。


 騎馬民族のオアシス都市であるラボフカは、全員が軽装騎兵で、その機動力を生かして敵の側面に回り込み遊撃する役目を期待されている。

 そして、メウローヌ軍も騎兵の比率が高いことから、シャルル王太子の希望でこの配置になった。


 戦術的には、数が多く重武装の兵が多いレムルスとエルザークの両軍が敵の攻勢を受け止め、右翼のメウローヌ、ラボフカ騎兵が機動力を生かして側背に回り込み打撃を与える、というのが基本になる。


 とは言え、これから得る最新の情報次第で変更が加わることになる。


 他にレムルス軍1万、エルザーク軍5千は予備兵力としてチラスポリ周辺に残っている。



「じゃあ、行ってくるわ」

「とにかく気をつけて、無理しなくていいから」

「行きます!」

 

 エヴァとルシエンがワイバーンに2人乗りして飛び立った。

 まわりからもレムルスとエルザークの飛行偵察隊が、次々離陸している。


 エヴァは現在<竜騎士LV27>で、シュテルムと名付けた暗灰色のワイバーンはLV22だ。

 

 召喚を覚えた当初はエヴァ自身のレベルの半分程度のレベルのワイバーンしか呼べなかったけど、慣れるにつれ召喚できるレベルも上がるのかもしれない。


 さらにワイバーンに“名付け”を行うと強化できるし、そこに竜騎士の別のスキル“竜契約”を使うと、毎回その同じワイバーンが召喚され、そいつも成長するようになるようだ。


 その結果、前は小柄な?ワイバーンしか呼べなかったのが、今では二人乗りが十分可能なサイズになっている。


 飛行偵察はレムルス、エルザーク両軍に任せておいても良かったんだけど、パーティーで話し合った結果、フリーハンドで効果的に動くためには直接情報を得ておいた方がいいし、可能なら敵の中枢がどこにあるかも調べたいってことで、こちらも参加することにした。


 ただ、今後のためにMP消費はなるべく抑えたいから、エヴァのワイバーンにルシエンと人形サイズのリナも乗せていく、ってことになった。



 エルザークとメウローヌの空中偵察は、大きくわけて2種類あった。


 エルザークは10人ほどの召喚士で、イリアーヌさんみたいに召喚獣に騎乗するスタイルだ。

 ワイバーンだけでなく大鷲やペガサスみたいなのに乗って飛び立つ姿も見えた。

 鷲はともかく、ペガサスとかファンタジー過ぎる。体型的にあんまり飛行するには効率が良さそうに見えないが、そこは魔法生物だからな。

 

 そしてレムルス軍では召喚士はむしろ少なく、普通に飼育して飼い慣らしたワイバーンに騎乗するのが主体だった。

 俺たちがパルテアで打ち落としたトスタンのワイバーンのように、レムルスもワイバーンを使う専門の飛行兵部隊を持っているそうで、今回20体ほどが連れられてきていた。


 他に、人を乗せられないサイズの召喚獣も多数放たれた。

 鳥類の目を通じ召喚士がある程度の情報は得られるし、これならさほど高レベルじゃない召喚士でも運用可能だ。




 約1時間後、飛行偵察隊から魔軍発見の一報が入った。

 

《上空に飛行系の魔物の群れ、そしてその下にまず魔獣系。続いて人型、おそらくオーガ系・・・》


 先陣を切ってくるのは、ヤミガラスと言う鷲ぐらいあるカラスのような魔物の群れが数万羽。

 地上からは魔狼が中心の足の速い魔獣の群れが、これも数万の単位でいるらしい。

 その後ろにはオーガの上位種らしい集団や、さらに別の魔物の群れもどこで尽きるかわからないほど続いているらしい。


「総勢数十万かそれ以上!?そんないいかげんな報告があるかっ!しかも詳細は不明だとっ」

「あまりに遠方まで続いているため、交戦を避けて調べることは容易でないようです・・・」


 各国首脳が青ざめた。


 もちろん、200年前の魔王大戦の時には、1千万とも、大地を埋めたとも言われる魔物の大軍が押し寄せた、と伝えられてはいるけれど、なんと言っても昔の話で、現実の話としては受け止めていなかった面もあったんだろう。


 ともかく先頭のヤミガラスや魔狼などの集団がこちらに到達するまでは、半日もかからないと見られたから、各国軍は所定の配置に向かい移動を開始した。

 飛行系の魔物が予想以上に多かったからか、弓兵が多めの編成に見える。

 そして、飛行偵察隊のほとんどはいったん戻らせるようだ。


 数万のヤミガラスに囲まれたら生還が危ぶまれるし、むしろ本体と連動して会戦時に活躍してもらおう、ということだろう。



「どうする?」

「うーん、エヴァたちが開戦時にいるかどうかは、全体の戦力で見ればほぼ影響無いし、予定通り奥まで探ってもらおうか?」

「俺もそれがいいと思う」


 サヤカ、モモカと話したのは、ここからは単独行動になっちゃうけど、エヴァのワイバーンにはさらに魔軍の奥の方まで偵察してもらおう、ってことだった。


 俺たちの狙いは、魔軍の中枢を少人数部隊で叩くことにある。

 そのためには魔軍の全体像を把握する必要があるし、それが出来れば全軍にとって極めて有益な情報になる。


《わかったわ、じゃあ、安全第一で行けるところまで行くわ》



 実の所、この可能性を考えて、エヴァとルシエン、リナってトリオにしていたのだ。


 ルシエンのエルフ族固有の視力は、ハイエルフになったことでさらに抜きんでたたものになっている。

 数km離れた上空からでも、地上の魔軍の詳細を見て取ることが出来るのだ。


 つまり、敵の行軍の列から数km離れたところを並行して飛ぶことで、戦う危険を冒さずに情報を得られるわけだ。


 そしていよいよ厳しい状況になったら、エヴァのワイバーンを“召喚獣帰還”させて、即座にリナの転移魔法で戻ってくる、って算段だ。




 そして、太陽が中天にかかる頃、俺たちはついに、大まかにではあるが敵の全体像を把握する事に成功した。


《まとめると、魔軍はおよそ20近い種族・系統がそれぞれ数万から10万規模の集団を作り、1つの集団はそれなりにまとまって動いているものもいるけど、全体としては戦略らしいものははっきりしない・・・そして、総勢は視認できた範囲だけで100万以上、推定では150万近い可能性があるわ》


 ルシエンの最後の報告を、俺たちは各国首脳に遠話で中継していた。


 王族たちだけでなく、レムルス軍の猛将バイア元帥やエルザークのミハイ将軍らさえ、絶句するのがわかった。


 だが、その直後、魔軍の中からルシエンたちを見とがめた一団が襲いかかって来たらしい。

 それは翼の生えた魔族の集団だ。


 ヤミガラスのように大軍ではなくせいぜい十体ほどだったが、下級悪魔のLV15~20と、そこそこ強力そうだった。


《手の内を見せずに済むうちに戻るわ》


 うん、それがいい判断だと思う。


 おそらく連中には、突然、ワイバーンもそこに乗っていたはずの人影も消えた、としか見えなかったはずだ。




「お疲れ様、みんなケガはない?」

「エヴァ、ルシエン、よくやってくれた、リナもな」


 ルシエン、エヴァ、等身大魔法戦士になったリナの3人が、丘陵地の斜面に陣を敷いた通称“勇者隊”の所に戻ってきた。


“隊”と言っても俺たちパーティーの他には、レムルス軍から貸与されたヤロスワフら50人だけだが、一応れっきとした独立軍なのだ。


 ヤロスワフらも集まって、あらためて遠話だけでは伝えきれなかった細かい所を聞き取る。



 だがその時、今度はレムルス軍司令部を通じて別の遠話が入った。

 各国軍陣営の前方に出している物見の兵からだ。


《来ました!敵第一陣が、警戒ラインを越えましたっ!!》


 こうして、後にチラスポリの戦いと呼ばれる、人類連合と魔王軍の緒戦が始まった。

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