第376話 使徒レブナント戦①
仮眠している部屋にレムルスの当番兵が起こしに来るより早く、粘土犬のワンが俺を起こしてくれていた。
女子たちも既に目覚めて身支度を始めているようだ。
城内の喧噪が、戦いが始まっていることを告げていた。
燭台のロウソクが消えていないから、まだ日付が変わってはいない深夜だろう。
(日没から2刻半、シローの世界で言えば23時ってところかな)
ワンと同様、睡眠を必要としないリナが念話でそう教えてくれた。
人形サイズの“忍び”にしておいたリナは、身動きせずMP回復に専念していたけれど、それでも忍びの高い察知能力で、城内で兵の動きが盛んになるのがこの晩2度目だと言う。
1度目は俺たちが眠りこんで半刻後、日没後そう経たない頃で、これはおそらくいつも通りアンデッドが出没し始めたことへの対応で、それほど緊迫感は無かったから放置していた、と言う。
だが、今度の第二波は、かなりのものらしい。
身支度を終えた俺たちはサヤカを先頭に、司令部になっている城の上階に向かった。
「おお、勇者殿、聖女殿、ちょうどよかった。西部で大規模な侵攻が始まったと報告がありましてな・・・」
「西部、ですか」
ヘンリク将軍によると、これまで最も多くのアンデッドが出没してきた南東側ではなく、今夜は西側の前線の端に近い所に、統制の取れた一軍が集中攻撃してきたらしい。
ヘンリク、ロッテルの両軍合わせて2万人を超えるレムルス軍だが、夕方までに突貫工事で築いた100km近い防衛ラインに沿って中隊単位で展開しているから、陣容は薄い。
その端の方に、予想外の大軍が現れたため、持ち場にしていた少数の兵では到底支えきれず、ヘンリク配下の准将が1千名の増援を率いて急行したところだと言う。
こうした予備兵力を5千ほど残しており、そちらに両将軍直属の精鋭もいるから、状況に応じて対応する手はずになっていた。
「これまで東を執拗に突いているようだったのは、我々の目を東に向けるためだったのでしょう。わし自身もこれから精鋭を率い向かうつもりだが、勇者殿たちにもご助力願えまいか?」
「ヘンリク将軍、もう少し状況を見極めてからにしてはいかがでしょうか?まだ敵の策がはっきりしません」
ヘンリク将軍を止めたのは、もうひとりの将軍ロッテルだった。
「なんの、兵は拙速を尊ぶ。機を逸して戦線を破られてからでは意味が無い。むしろこの機に一気に敵の主力を叩くべきであろう」
だが、ヘンリク将軍は頑なだった。
(私に考えがあるから、ここはいったんヘンリク将軍に同行しましょう)
モモカがパーティー内に遠話を飛ばし、サヤカが代表して答えた。
「わかりました。一刻を争いますし、参りましょう」
「うむ、さすがは勇者サーカキス殿じゃ」
司令部をロッテル将軍と軍監のケンペス伯爵に任せ、俺たちはヘンリク将軍と共に出陣した。
敵の攻勢が行われていたのは、グラエボから西北西に50kmほどの平原地帯だった。
これまで主な戦場にはなっていなかったため、レムルス軍の魔法使いも、直接転移ポイントを登録しておらず、最寄りの転移場所から10km近く、陸路での移動になった。
ヘンリク将軍以下、直属の騎士たちは馬ごと領域転移したが、多くの兵たちは徒歩だ。展開には時間がかかる。
俺たちも座標共有で転移した後、粘土トリウマを出して将軍たちと共に前線に向かうが、サヤカ、魔法戦士リナ、そしてワイバーンの乗ったエヴァの飛行できる3人を先行させる。
パーティー編成効果で、3人の知り得た情報が地図上にも共有される。
どうやら、防柵は一部既に突破されているようだ。
脳内地図に白い光点で示されたレムルス守備隊は、依然組織的な凹型の陣形を保ってはいるが、じりじり後退している。
押し込んでくる魔物の赤い点は、その数倍ではきかない数だ。おそらく万単位だろう。
(前線上空に到達、主に低レベルのゾンビ。レベル3~5程度、ただし数え切れないぐらいの数・・・待ってっ、奥の方に極端に高レベルのヤツがいる感じ)
サヤカから遠話で一報が入る。
俺たちより少し前方で馬を走らせているヘンリク将軍たちにも、現地の指揮官から報告が入っているようだ。
「急げ、ついてこれる者だけでもよい、ここを破らせるわけにはいかんっ」
叫び声が聞こえた。
ヘンリク将軍や俺たちが現場に駆けつけるより早く、夜空に花火のような閃光が輝いた。ただし、上から下へ。上空からサヤカが“流星雨”を放ったらしい。
尾を引いて降り注いだ光球群が、轟音と共に炸裂した。
スキル地図上の赤い密集にぽっかりと穴が開いた。
それはすぐに、まわりから押し寄せる赤い光点によって埋められていくが、いったん大きく押し込まれていた凹陣の後退が止まったように見える。
「あれはっ!勇者殿か・・・よいぞ、押し返せっ!」
ヘンリク将軍らが前線に到着すると、現場の兵らの士気も目に見えて上がり、前線のあちこちで歓声や鬨の声があがった。
ヘンリクは聖属性を付与した大剣を自らも振るって、一種の範囲攻撃らしい斬撃で、アンデッドの群れをまとめて吹っ飛ばしていく。
そして戦いながらも側近の魔法剣士を通して、まわりの部隊に細かく指示を出し、連携のとれた戦いで戦線を押し戻していった。
接触から30分ほどで、レムルス軍は壊された防柵のラインまで奪還に成功。
応援部隊の魔法使いらが土魔法で簡易の土壁と空堀を構築し、防衛線を立て直した。
(おかしい・・・)
だが、上空から支援していたサヤカからの遠話は、違和感を伝えるものだった。
(さっきまであの奥にいたはずなのに)
数万のアンデッドを操って突撃させていた首魁らしい魔物の気配が、いつの間にかなくなっていると言う。
そして間もなく、ヘンリク将軍と合流していた俺たちの所に、グラエボの司令部から緊急通信が入った。
「なんだとっ、また万を超える大軍だと!?場所は、東か!」
肩で息をしているヘンリクが叫ぶ。
今度こそ、警戒していた東側、ただしワピスと本拠地のグラエボの中間あたりで大規模な攻勢が始まったらしい。
グラエボから、さらに予備兵力が1千人あまり、東へと送り出された。
ロッテル将軍麾下のマクシム准将が率いていると言う。
だが、そこも特にこれまで攻撃されたことが無い場所で、転移登録している者がおらず、騎乗で駆けつけると言う。
夜道だし、軽装の者だけでも1時間以上かかるだろう。
「どうする?」
「ワピスとグラエボの中間、って言うと、どっちに転移しても10kmぐらいはまた陸路で行かなきゃならないけど・・・」
ヘンリク将軍は、魔法転移で飛べる者だけ数百人を連れていったんグラエボに飛び、そこから馬で駆けつけると言う。
「ともかく、グラエボに戻りましょう」
モモカの判断で、俺たちも再び本拠地に戻った。
再びトリマレンジャーで1時間かけて前線の破れ目にかけつけ、数万の魔物を撃退した。
だが、地図スキルにも一度はとらえた巨大な赤い光点は、またも激戦の最中に消えた。
そして・・・
「なにっ、敵襲?今度は・・・ワピスのさらに東方だとっ!」
ヘンリク将軍の悲鳴のような声が響いた。
「モモカ、これって・・・」
「そうね、おそらくそうだわ」
激戦続きでさすがに疲労の色が見えるみんなに向かって、双子がそろって頷いた。
「向こうの指揮官?は自分が攻撃する場所を選べる立場だから、おそらくレムルス軍が転移登録していない、これまで本格攻勢をかけていなかった場所をあらかじめ転移登録しておいて転戦しながら、こっちの増援は陸路で向かわざるを得なくしている」
「そうすれば、レムルス軍は分散するし、対応が間に合わなくなるからね。向こうは兵数は圧倒的に多いわけだから、昨夜のうちに何か所も配置済みだったんでしょうね。転移魔法を使う必要があるのは大将だけ・・・そしてそんな魔法が使える魔物は多くないから、おそらくこれが使徒レブナントと見て間違いないでしょうね」
相手の作戦がやっとわかった俺たちは、疲労が倍に増した気分になった。
これまでは陽動に振り回されてたってことか。
「でも、狙いはなんだろう?これまでよりずっと大勢を投入して一体なにを・・・」
俺の疑問に、二人は考え込む。
ヘンリク将軍の側近から遠話が入り、「ワピスの街に飛ぶ」と言う。
「今度責められてるワピスの東方なら、俺とリナは昼間かなり向こうの方まで騎乗で行って転移登録しているけど・・・」
「そうか、だとしたら後手に回らずに済むかもしれないね。けど、これも陽動だとしたら・・・」
サヤカが迷いを見せる。
「行きましょう。ただし、本当の戦いはそこじゃないわ。みんな聞いて・・・」
モモカが考えていることを話し始めた。
俺たちはヘンリク将軍に、“現場近くに転移登録してあるから直接向かえる”と伝え、ヘンリク麾下の魔導師たちにも座標を共有する。
そして、今度はまだ戦線が破られていない段階で、激戦の最中へと現れた。
(いたわっ!)
最初にそれを発見したのは、ワイバーンに乗ったエヴァの胸元におさまった、人形サイズの忍びリナだった。
そして、ワイバーンの視力を竜騎士の“感覚同調”のスキルで共有したエヴァも、それを視認する。
パーティー編成を通じて、俺たちにもその姿が遠目に見えた気がした。
アンデッドの大群を率いるように、そのただ中を地響きと共に進む巨大なドラゴンゾンビ。
その上に立つ、大きな人型の影。
暗闇の中、はっきりとは見えない。
だが、リナの判別スキルが情報を伝えてきた。
<レブナント ハイアンデッド LV47>
その頭部が上空を見上げたのだろうか?
暗闇の中、そこに3つの赤い光がまたたいた。
エヴァが詠唱すると共に、右手に輝く槍が現れた。
振りかぶってそれを投擲する。
<竜騎士 LV20>になって習得した、“竜槍”だ。
闇を裂いて飛んでいった輝く槍は、巨大なドラゴンに命中し、閃光と共にはじけた。
鱗を貫いたのかははっきりしない。
ただ、動きを止めたドラゴンは身じろぎもしない。
そして、お返しのように猛火のブレスが放たれた。
エヴァのワイバーンは、それを舞うように回避した。
だが、再び折り返したエヴァたちの眼下から、そして俺たちパーティーのスキル地図からも、ドラゴンゾンビと使徒の姿は、一瞬のうちに消え失せていた。
 




