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第375話 レムルス帝国北部戦線

帝都レムリアから、小休止をはさみながら3度目の転移。レムルス北部戦線の現在の拠点になっているグラエボの城市に到着したのは、昼前のことだった。

 グラエボの城外には、ずらっと仮設のテントが並び、数え切れないぐらいの避難民がいた。


「予想はしていたけど、最初に聞かされていたよりずっと状況が悪いわね」

 サヤカが小声でもらした。


 俺たちを案内してきた軍幹部は、門の衛兵に伝令を走らせつつ、城内と遠話でやりとりしているようだ。


 その間に、応援の浄化部隊を率いてきたマクシム准将が、俺たちに話しかけてきた。

「これはすぐにも、お力を貸していただかなくてはならぬかもしれませんな・・・」

「そのようですね」

 モモカが同意する。


 そもそも、北部戦線の拠点がグラエボというのは、既に魔軍の勢力圏がかなり南まで広がってきていることを表している。

 帝都で見せてもらった地図の縮尺が正しければ、レムルス北東部、帝国全土の実に2割近い面積が、実質的に放棄されていることになるのだ。




 昨日は初代皇帝レムルスの墓参りをした後、帝室主催の晩餐会が行われ、俺たちは(というか勇者サーカキスと聖女モカが)たいへんな歓待を受けた。


 初代レムルス帝が、「戦友であり最高の友」と遺言した2人を迎えたのだから当然だ。


 サヤカとモモカの向かいには皇帝夫妻、その横に皇太子夫妻、さらに嫡孫のアルフレッド皇子と第一夫人、と続く配席だった。

 俺は皇太子の向かいで緊張したけど、斜めの位置のアルが色々気を利かせて話題を振ってくれて助かった。


 アルの第一夫人はメウローヌの第二王女、マリーエルの妹姫だ。

 初めて会ったけど顔立ちはマリエール王女によく似た美人で、見間違えようがなかった。姉よりも貴族の夫人っぽいというか、一見慎ましやかで内心を表情にあまり出さない、頭の回転が速そうな女性だった。


 晩餐会が終わった後でアルがこっそり教えてくれた話では、北部方面の駐屯軍を指揮していたヘンリク将軍からは、苦戦していることが当初は正確に報告されておらず、対応が後手に回ったらしい。


 中央の軍参謀たちも、それを知った後でも対外的あるいは国内的な軍の威信を気にしたのか、皇帝やその職務を代行する皇太子、つまりアルの父親に知らせぬまま、ことをおさめようとして失敗。

 傷口が大きくなってからようやく知った皇帝と皇太子は、激怒したらしい。


「魔王の使徒に関する情報は、帝室と政・軍の最上層部にしか知られていなかったから現場の将軍クラスはその恐ろしさを十分認識していなかったらしい・・・そういう意味では我が国の制度に問題があったとも言えそうで、悔やんでも悔やみきれないな・・・」


 なんでも、安否不明者をあわせて、これまでに50万人を超える犠牲が出ているおそれがあると言う。

 とんでも無い数だ・・・




「ヘンリク将軍、ロッテル将軍、まずは現在の戦況をお聞かせ願いたい」


 司令部が据えられたグラエボ城の一室に前線の幹部らを集めて、俺たちと共に現地入りしたレムルス中央軍の視察団から、ケンペス伯爵という男が代表して問いただした。


 ケンペスは“軍監”という役職で、中央の指令を伝え、将軍たちの作戦立案に助言すると共に、その働きぶりを中央に報告するために派遣されたらしい。


 軍の階級的には将軍職より下だが、本部からのお目付役だから発言力は強い。


 2人の将軍が互いを牽制し合うように視線を交わし、言葉を選びながら報告した。


 ヘンリクは筋骨隆々としたいかにも武闘派の男だが、既に頭は禿げ上がり、年齢は50代後半と、この世界ではそろそろ老境に近いんだろう。


<剣匠 LV29>と表示されて、これはたしか戦士の上級職にあたるジョブだったはずだ。

 彼は以前からこの地域の駐屯軍を率いている将軍だ。


 もうひとりのロッテル将軍は別の意味で目立っていた。

“彼女”は増援として送り込まれ、一昨日着陣したばかりらしい。


 俺たちと一緒に魔法転移でやってきたマクシム准将は、このロッテルの部下にあたる。

帝国中から僧侶系の兵をかき集めるのに時間がかかり、陸路で行軍したロッテル将軍の本隊にようやく合流した格好だ。


<アグニシュカ・ロッテル 人間 女 41歳 ロード LV27>


 こっちの世界で女の将軍ってのはかなり珍しいらしいが、マクシムに聞いた話では、彼女は代々高級軍人を輩出している名門の出身らしい。

 軍装もきらびやかで貴族っぽい。


 もちろん、実力主義のレムルスで出世するんだから、軍人としての才覚も実績もある。

 ただ、だからこそ、たたき上げの男の将軍などとは衝突することもあるそうだ・・・まさに、この場の2人もそんな感じだな。


 とりあえずわかったのは、こういう戦況だった。


 この北部戦線の魔軍主力は、アンデッドの大軍だ。


 毎晩、日が暮れると同時に、無数のゾンビやらグールやらが北東から押し寄せてきて、多くの街や村が呑み込まれてきた。

 レムルス軍は応戦するものの、聖属性を付与した武器の数は限られ、じりじり押し込まれている。


 夜が明けると、いったんアンデッドは姿を消すが、呑み込まれた街や村の家の中や周辺の森陰など薄暗い場所には、多くの死体が残される。

 それらは、本当の死体もあれば、次の晩にはアンデッドとなって再び人を襲い始めるものもある。

 ゾンビやグールに噛みつかれた者の一部は、精気を失って死ぬ代わりにゾンビと化してしまうから、らしい。これもホラーの世界じゃありがちだが、ゾッとする話だ。


 だから、日中、レムルス軍はこうした地域を回って、できる限りの死体を焼いたり浄化したりしては、夕暮れまでに防衛ラインまで引き上げることにしている。


 とは言え、とても膨大な死体全てを処理は仕切れない。兵が見つけられなかったものも少なからずあるだろう。


 そして夜になると再びアンデッド軍の侵攻が始まる。


 襲われた街や村の住民だったものたちの一部が、次の晩にはアンデッド軍に加わっているから、戦っても戦っても数はむしろ増える一方だ・・・その繰り返しで、とうとうレムルス帝国領の2割近くまで侵食されてしまった、ということらしい。


「それはいったん、領民を十分後方まで避難させ、新たなアンデッドになり得る者が出ないようにして、しかる後に反撃すべきではないですかな?」


 軍監のケンペス伯爵が口にしたのは、もっともなことだった。


「私もそのように主張したのだが・・・」

 援軍として加わったロッテル女将軍も同じ考えのようだった。だが、それが出来なかったらしい。


「既に難民の数が多すぎて、しかも負傷したり疲弊したものばかりで、とても一日で十分な距離を退却させられんのだ」


「魔物の大群を撃退するためには一兵たりと無駄に出来ぬ。後方に避難民を誘導するのにこれ以上の兵力は避けぬわい」

ヘンリク将軍が反論する。


 どうやら、避難民を移動させられる以上のスピードで魔物の侵食を許し、その結果避難民の中から新たにゾンビが生まれてさらに魔物の戦力が増す、という悪循環になっているらしい。


「なぜ、そうなる前に・・・」

「皆様、今はそのようなことを言っていても仕方がありません」

 ケンペス伯がぐちるのをサヤカが遮った。


「いずれにしても、避難民をこれ以上襲わせてアンデッドを増やすわけにはいかない・・・とすれば、これ以上は少なくとも今夜の時点では撤退出来ない、ということになりますね。わかりやすい状況です」

「し、しかし・・・」

「ロッテル将軍、帝都で聞いた作戦の準備はされていますか?」

「もちろんです、勇者殿。マクシムがなんとか間に合ってくれましたから、すぐに準備にかかります」


 ロッテル将軍の増援部隊は、無策ではなかった。

 ここに到着するまでに、全ての兵に簡単な防柵を組めるだけの木材を運ばせてきたのだ。


 ただ、着陣後の二晩はそれを建てる余力さえ無かったし、そもそもただの木の柵では、切っても突いても平気なアンデッド相手には大した時間稼ぎにもならない。

 マクシム准将が、帝国中から僧侶系の魔法を持つ兵をかき集めてくるのを待っていたのだ。


 そう、これから木の柵に片っ端から浄化魔法をかけ聖属性を付与するのだ。

 それによってアンデッドが容易に乗り越えられない防衛線が一時的にせよ構築できる。


 なんとか夜間を持ちこたえられれば、昼には防衛ラインを押し上げることが出来る。それで挽回していこうと言うわけだ。


 とは言え、既に数十万匹にのぼるかもしれないアンデッドの大群を堅牢な城壁でなく簡易の柵だけを頼りに食い止められるのかは、かなりあやしい。

 しかも、ただ数が多いだけでなく、使徒クラスの魔族までいるとすればなおさらだ。


 俺たちは、強力な敵が現れた時の遊撃隊的な役割を期待されていた。


 もう一つの難点は、既にアンデッドの侵食があまりに広範囲に及んでいることだ。

「前線」の長さは実に50クナート、つまり100km近くにも達するという。


「ロッテル将軍、僧侶系のジョブを持つ者はいかほどいるのですか?」

 ケンペス伯が問いただす。


「今回マクシムが連れてきてくれた者たち、そして元々北部駐屯軍にいた者を合わせると、全部で800人ほどになりますが、夜の攻撃に備える者、反攻部隊に加わる者には無理はさせられません。これから動かせるのはせいぜい半数というところですな、軍監どの」

「ということは・・・ひとり300エルド近い範囲を浄化すると。なかなか大変ですが、やるしかありませんな。よろしいですかな、ヘンリク将軍」

「・・・うむ。では、各隊に行動開始の命令を」


 元々の駐屯軍を率い撤退を重ねてきたヘンリクは、指揮権を奪われないかを懸念しているようだった。

 自分の立案した作戦では無いが、命令は自分が下す、という立場は譲りたくないようだった。


 マクシムが連れてきた浄化部隊は、なかなかよく考えられた編成で、5,6人を1パーティーとして、その中に僧侶系が2名、転移魔法が使える者が1名、他に編成スキル持ちと護衛の戦士、というのを最小単位にしていた。


 こうしたパーティーをざっと300も引き連れてきたから、彼らが命令一下、長い前線の各所に転移魔法で飛んで、柵が出来た端から浄化をかけていく、という段取りだった。



「私たちも、前線を視察しつつお手伝いしましょう」

「おお、伝説の勇者様、聖女様にお力添えいただけるとあれば、心強いことこの上ありませんな。両将軍、防衛の要となる所にお二人をご案内いただけますか・・・」


 こうして俺たち一行は、レムルス中央軍の視察団と共に、グラエボから東南東へ30kmほどのワピスという街へ転移魔法で飛んだ。


 このあたりはもう、北方山脈にほど近い場所だ。


 もともと魔物が出てきた方角だから、毎晩出るアンデッドの数も多く、最も南下されているエリアだと言う。

 こちら側を食い止めないとどんどん侵食が進むのはわかっていたのだが、ワピスまでは防衛に適した拠点が無く、いくつもの農村が既に呑み込まれてきた。


 ワピス自体も街と言っても農村に毛が生えたような規模だが、元々軍の小部隊が駐留していたため、比較的しっかりした木の柵で囲われていたり物見の塔も整備されており、一定の物資も備蓄されていた。


 だが、そこに今や北から逃れてきた避難民も大勢いて、元々の住民と合わせると5千人以上になっている。


 先発したレムルス兵たちが、街の防柵のさらに外側、魔物が侵攻してくると思われる側には、もう一列柵を建てていた。

 

 モモカがその柵に、“浄化”よりも強力でアンデッド以外の魔物にも効果的な“滅魔”の呪文をかけていく。

 ルシエンは街自体を包む結界を張る。


 俺とリナは街から離れて北方山脈方面に伸びる柵に、粘土トリウマで移動しながら軍の僧侶たちと手分けして聖属性を付与していった。


「これで、使徒クラスでも現れなければ、しばらくは大丈夫なはず。あとは戦況に応じて動けるようにしましょう」




 ワピスの街にも転移登録をしてから、俺たちはいったん拠点のグラエボ城に戻った。

 日が暮れれば早々に戦いが始まるはずだ。

 それまでに仮眠を取って、MPを回復しておくことにした。


 ただしその前に、サヤカとモモカから俺たちに説明があった――――敵についての。


「状況から見ても、ほぼ間違いないよね」

「ええ、敵を率いているのは200年前の十三使徒の一人だわ。もっとも、前回は正面からアイツと戦ってはいないから、手の内はまだ詳しくはわからないけど、まあ、それはお互い様だしね・・・」


 魔王の使徒の中に、何百年も、あるいは1千年以上存在するとされる、強力なアンデッドがいた。


 魔王城に突入して決戦した際は日中だったから、最終決戦では戦うことは無く、魔王を封じたことでその使徒も力を失って眠っていたようだが、そいつはアンデッドでありながら日の光を浴びても即座に消滅することはなく、ある程度活動が可能だったらしい。


「レブナント、って名前だった。格好はなんか貴族っぽい正装とかしてるんだけど、腐臭がプンプンするんだよね、やっぱりアンデッドだから」

「とにかく人でも獣でも次々アンデッドに変えられて、当時襲われた国では、たしか“冥府の代官”とか“死人の王”とか呼ばれてたわ・・・」


 そいつは人型をしていて、アンデッドの魔物を騎獣として使い、強力な魔法も使うし、こちらの魔法を無効化するような力も持っていたという。



 そういうのはたしかに、事前に聞いといた方がいいと思うよ、うん。


 けどさ、寝る前に聞かされるのはどうなの? 夢見悪いよな、ゼッタイ。

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