第374話 レムルス皇帝廟
三の月、下弦の6日。
俺たちはシクホルト城塞を発ち、魔法転移を重ねて昼には帝都レムリアの城外に到着した。
俺たちにとっては数か月ぶり、サヤカとモモカにとっては初めて見る西方最大の都市だ。
「へえ、レムルスの奴、随分立派な街を残したんだねぇ、古代ローマみたい」
「レムくん、意外に美意識はあったからね」
双子の遠慮の無い感想には、初代皇帝、神君レムルスも形なしだ。
昨日はアドリン率いるドワーフの哨戒隊と、ドワーフ自治領周辺の魔物の討伐に回り、結界の補強も行った。
特に夕暮れからは、北方山脈内を南下してくるアンデッドの大群を、聖女モモカを中心にルシエンや修道士モードにしたリナも加わって、浄化しまくった。
自治領北辺の防壁には、モモカが“滅魔”の魔法も施しておいたから、それこそ使徒クラスが現れなければ、簡単には陸路で魔物が侵入することは困難になっただろう。
こうした戦いで、レベル1から再スタートした俺とカーミラは、今朝にはまたレベルが上がっていた。
シクホルト到着時の戦いで稼いだ経験値とあわせて、俺は<賢者 LV14>になった。
“元素魔法”“遠話”“領域転移”といった魔導師に似た呪文に加えて、“大いなる慈雨”とか“領域治療”“領域静謐”といった僧侶系の上位魔法も幾つか覚えた。
賢者ってのは予想通り、「魔法使いと僧侶の両方の上位ジョブ」みたいな感じらしい。
カーミラは<ワーロード LV11>だ。俺と違い、“成長速度2倍”が無いぶんだいたい3レベル差がある。
“結界侵入”とか“感覚強化”、“跳躍”といった諜報系の能力?みたいなのを得ているのに加えて、意外だったのは“癒やし”というスキルを覚えたことだ。
いやね、モフモフのワンコが癒やし効果があるってのはわかるけど人狼だし?カーミラもある意味で癒やし系女子?だけど、ちょっと違うんじゃ無いかと・・・
とか思ったらそういうわけでは無かったようだ。
僧侶系の呪文の“癒やし”はHP回復の魔法だけど、ワーロードが得るスキルとしていの“癒やし”はペロペロなめると相手の傷が治る、HPを回復するスキルだった・・・俺が錬金術でワンに持たせた能力じゃん。
ワーロードって一応「ロード」ってついてるから、僧侶系とも言えるのか?もっとも、治療効果はワンより高そうだ。
もともと錬金術師の“生素”より、僧侶の“癒やし”の方が効果が高いもんな。
ともかく、治療系の能力を持つメンバーが増えるのは歓迎だ。
そんなこんなで、今やレアジョブばかりでそれなりのレベルになったメンバーで、俺たちは帝都レムリアの城門前に到着した。
さて、一応トリマレンジャーでも出して乗ってくか、と思ったら、ルシエンにつんつんされた。
振り向くと驚いたことに、城門前には軍楽隊らしい、なにか楽器を持った兵たちがずらっと整列していたんだ。
「なにあれ?」
「さあ・・・とりあえず攻撃しようとしてるわけじゃないよね?」
俺たちの姿を見るや、伝令らしい騎馬の兵が駆けてきた。
「レムリア近衛連隊のコブレンツ兵長と申します。勇者サーカキス様、聖女モカ様、シロー・ツヅキ子爵他の皆様でありますか!?」
「え、ええ、そうだけど・・・」
「光栄であります!」
それ以上サヤカが何も言わないうちに、コブレンツと名乗った騎兵が、振り向いて軍楽隊に手で合図をする。
♪パララパッパパー、ダダダダンッ!
と威勢良くラッパと太鼓が鳴り始め、勇壮なマーチの演奏が始まった。
「ようこそ、帝都レムリアへ。勇者様御一行を心より歓迎致します!ささ、こちらへ!」
あれよあれよという間に、俺たちは正装した近衛連隊長に案内され、用意された豪華な6頭立ての馬車に乗せられた。
俺たちもきょうレムリアに行くって事前に知らせてはいたんだけど、シクホルトからオーリンも連絡を入れていたらしい。なんと言っても、オーリンはレムルス帝国から自治領を認められた伯爵だからな。
そして一行の到着に合わせて、歓迎の準備が行われていたようだ。
こういう仰々しいのは俺はホントに苦手だが、主役は勇者と聖女だからな。おとなしくすみっコにいることにしよう・・・
初めて踏み入ったレムリアの宮廷は、壮麗で豪華で、これまで行ったどの国の宮殿よりも立派だった。
さすがに大陸最強国。人口も1千万を超えると言われる大国だ。
宮殿の入口には、どうやら初代レムルス帝を象ったとみられる大理石の像があり、宮殿内にも代々の皇帝の肖像画が飾られていたから、あれがレムルス帝なんだろうってのがあった。
でも、サヤカとモモカはひそひそ声で、「ちょっと盛りすぎだよね~」とか「あんなにキリッとしていないよね、後世の作かな?」とか、言いたい放題だったのを俺は聞き逃してないぞ、と。
謁見の間のお決まりのやりとりは、省略したい。
とにかく緊張したし疲れたから。
ただ、初めて見る高齢の皇帝、つまりアルのおじいさんと、壮年の皇太子、つまりアルの父親は、どちらも大柄で鍛え上げた武人の風格があった。
アルは俺より長身だけど割とスマートだから、母親似なのかもしれないな。
そのアルフレッド殿下も、重臣たちの列の上席の方にいた。
俺の方を見てニコッとする。相変わらずの爽やかイケメンぶりで、あらためてコンプレックスを感じる。
(彼がアルフレッド殿下ね。たしかにハンサムだけど、しろくんはしろくんだから、気にすること無いよ)
モモカが遠話で気配りしてくれた。
すごいよ、モモカも。謁見中に皇帝と会話しながら俺にまで気を遣ってくれるんだから・・・
レムルス帝室には、200年前の戦いや勇者と聖女についても詳しい記録が残されていたようだ。
ただ、それは魔軍勢力への情報漏洩を恐れて最重要機密にされており、代々帝室のごく限られた者だけが知らされてきたらしい。
そして、勇者と聖女が双子の美女だ、ということもしっかり伝えられていて、レムルス帝自らが、将来二人が目覚めた時には全面的に協力せよ、と遺言していた。
だから、訪問の最初の目的である、帝国と協力関係を構築する、というのはまったく問題がなかった。
そして、レムルス廟=初代皇帝レムルスの墓を訪ねたい、というのももちろんだった。
皇帝自らの案内で、宮殿の奥の庭園に設けられた墓所を訪れる。
大理石の大きな立像と、その前に据えられた磨き抜かれた墓石・・・
墓所のまわりの構造物は、名工がその技術の粋を詰め込んだと思われる凝った装飾で壮麗この上ないものだった。
けれど、墓石と墓所自体は、飾り気の無い、ただ大きく磨き抜かれた一枚岩だった。それがレムルス帝の人となりを表しているのかもしれない。
その前にサヤカとモモカが静かに歩み寄り、膝を着いた。
「レムルス・・・あんたが150年も前に亡くなってるなんて、なんだか実感がわかないよ。魔王と戦っても生き抜いたあんたが・・・どんなおじいちゃんだったのかな・・・きっと幸せだったよね?」
「レムルスくん、あなたやオデロンさんのおかげで、私たち、こうして生きていますよ。リンダベルちゃんも、具合はよくないけどなんとか健在です。あなたは約束を守ってくれたのね・・・こうして世界を再建して、あの戦いの記憶を200年後までつないでくれた。ありがとう、レムくん・・・」
俺に聞き取れたのはそこまでだった。
その後2人はもっと小さな声になって、ずいぶん長いことレムルス帝の墓に、彼の魂に話しかけていた。
3人の絆の深さを感じた。
レムルスは、2人のどっちかを好きだったりしたんだろうか?
サヤカとモモカみたいな魅力的な2人と命を預け合って、一緒に旅して戦い続けて、そういう気持ちを抱かない方が不思議だし。
いつの間にか、モモカだけでなくサヤカまで、墓石に話しかけながらぽろぽろ涙をこぼし始めて、それを見守っていた皇帝や重臣たちまで何人ももらい泣きしていた。




