第4話 伯爵令嬢と魔石
初めての戦闘をとっさのアイデアでなんとか切り抜けた俺は、追われていたグループと言葉を交わす。
「そなた」
放心状態の俺に最初に話しかけたのは、グループのしんがりでオークの追撃を防いでいた戦士だった。そのやや高い声に違和感を感じながら顔を向け、驚いた。
中世の騎士が身につけていたような、鎖帷子というのだろうか、金属の網状のものに頭から腰まで包まれて片手には槍を携えた、そのLV5の戦士は女だった。
トリウマに乗っているからはっきりはしないが、俺と同じぐらい背がありそうだから女としてはかなり長身だろう。髪も金属の網状のかぶり物の下に修めているので、ちらりと赤毛が見えるもののその長さとかもわからないが、キリッとした気の強そうな目鼻立ちで多分かなり美人だ。年齢は俺より上だと思う。
「そこのオークどもを切ったのはそなたか?」
最後尾にいた彼女には、俺がオークを倒したところはよく見えなかったのかもしれない。
それと同時に気づいたのは、西洋人っぽい赤毛で青い目の彼女が、日本語を話していること、だがその口の動きと聞こえる声に微妙にずれがあったことだ。
彼女の顔を見つめていたから、そのずれに気づいたのだろう。ここが異世界だとしたら、この世界の言葉が日本語に自動翻訳で吹き替えられているような感じだ。
そんなことを考えていて返事をしなかったのが誤解されたのか、彼女がちょっとむっとした顔になった。
「聞いてるのか!?」
だがそう怒鳴りつけたのは、彼女ではなくもう少し俺に近いところにいたローブ姿の男だ。
一頭のトリウマに男が密着して二人乗りしている、あまりうれしくない図だ。
二人ともせいぜい20代ぐらいだと思うが、前に乗っている顔から血を流しているずんぐりした男が冒険者LV6で、後ろのこの痩せた小男は魔法使いLV4だな。
一番レベルが低いのに態度はエラそうで、しかもちょっと小ずるそうな顔つきだ。魔法使いっていうけど、魔法なんか使ってるところは見えなかったぞ。
「おやめなさい、モートン。助けてくれたのですよ。それに彼がオークを切ったところ、私には見えました」
そうさえぎったのは僧侶LV5、こちらははっきり女だ。
長い栗色の髪にティアラみたいなのをはめて革鎧に身を包んでいる。顔立ちは一見ゆるふわ系でこちらもなかなかかわいい。年は俺と同じぐらいかな。しかも鎧の胸の盛り上がり方からして、かなりの巨乳だ。
そして、モートンと呼ばれた男が悔しそうに口をつぐんだのと、他の者たちの様子からして身分が高いとか、雇い主とか、そういう感じか。
「オルバニア伯爵家の正当な継承者たるカレーナ・フォロ・オルバニアが助力に感謝いたします」
伯爵令嬢ってやつか?実に中世風の世界だな。ずんぐり系の男が言葉をつないだ。
「そうですね。俺も見ましたよ・・・こいつは冒険者か、なに?信じられん、レベル1だと!」
うなり声を上げたのがトリウマ二人乗りの前の方、冒険者LV6だ。俺のジョブとレベルを見たようだ。
そうか、やっぱり「判別」というのは冒険者のスキルで、他のジョブだとあまり持っていないものなのか。
とか考えながら、さすがに何かしゃべらないとまずそうだと思った。
「えぇっと・・・」
日本語でしゃべっても通じるんだろうか。自動翻訳は双方向か?
「都築史朗、いやシロー・ツヅキかな、って言います、俺は。その、えーとここは異世界なんですかね?」
うわっ!ひどい、自分のことながら本当にコミュ力ゼロだ。
あー、ごめんなさい、そんな目で見ないで。
「あの、突然別のところからこっちに来て、何が何だかよくわからないんですけど。あっ、オーク?でしたっけ、襲ってきたんで必死で、えっと3匹?殺しちゃったかも、です。そうだ、他に1匹いたんですけど、逃げてきました・・・」
ああーっ!本当にもっとなんか先に言うことあるだろ。
いや、本当に俺は人と話すのが苦手で、学校でもぼっちだし、去年の受験だって結構できたと自分では思ったのに、今や医学部には必ずある面接で、ほとんど何もしゃべれず終了しちまったんだよな、なのに無理矢理医者になれとか言うなよ、って今は関係ないだろ、俺の阿呆!
「どうやら異国の者のようだな、言葉が不自由なようだが・・・シロ?というのがそなたの名か。オーク、いやオークリーダーだな、それは。レベル1で倒すとは驚いたな。一体どうやって・・・いや、いずれにせよおかげで挟撃を避けられたのだ。私からも礼を言う」
女戦士がそうフォローしてくれて助かった。きつい顔をしてるが、いい人かもしれない。
「カレーナどの、恐れ入りますが、可能なら今のうちに治療を」
「ええ、早くここを離れるべきですね。まだMPはなんとか残してあります。」
やはり、このカレーナという伯爵の娘がリーダー格なんだろう。冒険者LV6の求めに応じて、よくわからない詠唱をはじめた。ゆるふわから一転し、りりしい雰囲気になる。こういうのもいい感じだ。そして、
「・・・神よ、“癒やし”を!」
と唱えると淡い光が冒険者を包み、数秒後には傷が消え、明らかに先ほどより顔色もよくなった。
おおっ、本当に剣と魔法の世界なんだ。治療系の僧侶呪文というやつだな。
次々に他の二人、そして自分にも呪文をかけ、最後に二人乗りされているトリウマにも癒やしの呪文がかけられた。
重そうで見るからにへたばっていたトリウマの腰が、なんだかしゃきっと伸びた感じだ。
騎乗なのに徒歩のオークたちにまとわりつかれていたのは、おそらくトリウマが1頭殺されて、二人乗りしている分無理をして、速く走れなくなっていた、ということかもしれない。馬より小柄に見えるから、二人乗りだとちょっとキツいんだろう。それとも怪我を負っていたのかもしれないな。
そんなことを思っていると、カレーナはトリウマを操って俺の横を通り過ぎ、オークの死骸に向かって、さっきとは異なる詠唱を始めた。
「・・・魔の力をはらいたまえ、“浄化”!」
すると、オークの死骸がぼんやりと明るい霧に包まれ、それが晴れると手品のように死骸は消え、地面に黒みがかった赤い石ころが残されていた。驚いた。
さらにもう一度、同じことをオークリーダーの死骸に行うと先ほどよりも少し大きな赤い石になった。
「シローとやら、倒したオークはこれだけですか?」
「カレーナさま、それ以上はお体にさわります。まだ帰路もありますし」
「いえ、魔物の遺骸を放置はできません。領内にこれ以上邪悪な者を呼び寄せるわけにはいきませんから」
女戦士とそんなやりとりをするカレーナに俺は答えた。
「その河原に下った方にもう一匹・・・」
「レベル1の冒険者が一人でオークリーダーを含む3匹とは」
冒険者LV6が絶句しているようだが、ほんと、死にかけましたよ。10回やったら9回はこっちが死んで、ゲームオーバーになるところだったろう。
小径から岩のそばを通り抜けるとき、俺は体の影になるようにしてリナを回収し、リュックにこっそり放り込んだ。こんなものを見られるのはまずそうだ。
もしかしたら、異世界ではいい年した男が少女の人形を持つのが常識かもしれないが、いや、過信は禁物だ。
俺の案内でカレーナは坂を下り、残る死骸を石に変えた。
「なにをしている、早く拾っておかぬか」
女戦士が俺に呼びかける。頭上に“はてな”マークを浮かべている俺にあきれたように
「まさか知らんのか?魔石は街で売れるのだ」
と言う。そういうことか。RPGでお約束の、モンスターを倒した時のお宝のドロップみたいなものだな。
オークリーダーの大きめの魔石の方が高く売れるんだろう。それがどの程度価値を持つのかわからないが、この世界の通貨とかを持っていない俺としては、とりあえず助かった。赤い小石3つを回収しリュックに放り込む。
その時、リュックの中に、使うことがなかった受験票をはさんだファイルが目に入り、なんとも言えない気分になった。
「大丈夫ですかな?無理をなさったのでは」
「いえ、それより、急ぎましょう。まだ魔物が現れるかもしれません。辺境とは言え領内で嘆かわしいことですが」
詠唱後に頭痛をこらえるような様子だったカレーナは、冒険者の呼びかけに答え、女戦士を呼ぶ。
「セシリー、悪いけれど彼を一緒に乗せてくれますか」
「・・・承知しました。確かに街までは乗せてやるべきでしょうね」
事情がわからない俺をはさんでそんな会話が交わされた。
「シロー、事情は知りませんが、レベル1の者が一人でこのあたりを出歩くのは領主の立場にあるものとして見過ごせません。日の高いうちに街まで連れて行ってあげますから、その先のことは後で考えましょう」
カレーナはそう告げるとトリウマを小径に戻し、俺が来たのを逆に戻る方に歩を進めた。・・・どうやら俺は二択に外れ、街とは逆方向に歩いていたようだ。
そんなもんです、いつもね。とにかく運が無い男だって自覚してるさ。
でも、トリウマに乗る女戦士セシリーの腰にしがみついて密着しながら思い直した。
背はやはり俺と同じぐらいあって腕っ節でもかないそうにないし態度は冷ややかだが、鎖帷子の上からでもわかるスタイルの良さと、そして間近で見るとやっぱり美人だ。
色々な意味で元気が出そうだ。平常心、平常心。これはラッキーだった。




