第370話 賢者とワーロード
俺は2度目のジョブチェンジにのぞんでいた。
闇の中に一筋の光を浴びて浮かび上がるステータスボード。
気が付くと、久しぶりにあの空間にいた。
最近はレベルが上がるだけだと、この空間を訪れることも無くなっていた、少なくとも俺の意識が浮上することは無くなっていたけど、今夜はやることがあるのだ。
寝る前にサヤカとモモカに言われたこと・・・ジョブチェンジだ、2度目の。
***
前回のジョブチェンジは、冒険者から魔法職になりたいって思って、リナの知識を借りて手探りで行った。
今回は今後の魔王軍との戦いをにらんで2人から勧められた、というか、俺が転職した方がいいんじゃないか?って持ちかけたら、2人が出来れば・・・って挙げたのがこれだった。
<賢者>だ。
「ン十歳までDTだったら賢者になれるとか、そーゆー・・・」
「あほっ」
サヤカにどつかれた。
せっかく場の雰囲気を和らげようとしたのに。
「この間、ジョブチェンジを待ってもらったでしょ?ヴァシュティを倒してLV35以上になったから・・・」
2人の知識によると、<賢者>は勇者や聖女のように同時代に1人と限定はされておらず、何人でもなれるそうだ。
ただ、条件が厳しい。
それは、『魔法職のLV35以上』が必須で、他にも知力やMPが一定以上とか、条件があるらしい。
で、この魔法職でLV35以上というのが難しい。
これぐらいのレベルになると普通の魔物を倒してもレベルアップに必要な経験値がなかなか溜まらないし、普通、そこまでに魔導師とか魔法戦士とかロードとかの上級職に転職しちゃってるから、ますます必要な経験値が多くなってしまうのだ。
たしかに俺が知る範囲で、モモカを除けば人間の魔法職で一番レベルが高かったのは、たしかレムルス帝国のグレゴリ・バイア将軍が<魔法戦士LV33>だった。エルザークだと、アトネスクが<魔導師LV31>だったかな。
そう言う意味では、サヤカとモモカのおかげだけど、2度の使徒との戦いで経験値を荒稼ぎした俺は“成長速度2倍”スキルのおかげもあって、ついに<錬金術師LV36>になっていた。
我ながらびっくりだ。
錬金術師は上級職じゃ無いから成長が早いってことが、LV35以上って条件を満たす上でプラスに働いたとも言える。
なんでも、200年前のパーティーの賢者ロマノフも、錬金術師から賢者になったらしいから、適職とも言えるようだ。
そして俺が既に一度ジョブチェンジしていたことも重要で、今回を俺の最後のジョブチェンジにしなくちゃいけない、と2人は考えていた。
理由は、ジョブチェンジに伴う“ペナルティー”だ。
実は、ジョブチェンジは『寿命を削る』のだ。
最初にそれを聞いたときは愕然としたけど、そう言えば古典的なRPGで、転職すると年齢がぐっと上がるってルールのやつがあったな。
この世界の転職ペナルティーはすごく厳しくて、モモカが調べた情報では「1回目の転職で本来の寿命の1割、2回目の転職はさらに2割、3回目はさらに3割・・・」とどんどん激しくなるらしい。
つまり、4回目の転職を試みようとしたら計10割寿命減だから必ず死亡する・・・どんだけクソゲー?
そして3回の転職でも合計6割寿命を削られるから、かりに70歳まで本来生きられるはずの奴だったら、28歳で死ぬことになる。
そう考えると、本当にその転職をしないと生き延びられないとか、どうしても後数年で成し遂げたいことがあるとかでなければ、転職は2回までにしておくべきだ。
それだって、70歳だった寿命が49歳ってことになる。ろくでもねーな。
この世界のたいていの人は、生涯にせいぜい1度しか転職しないから、それだと寿命に影響があることを知らないままで一生を終えるらしい。
だから、モモカとサヤカに「それを知ってもジョブチェンジする覚悟はある?」って確認された。
でも、錬金術師は正直、使徒クラスの敵との戦闘ではかなり非力だし、モモカもサヤカも既に2回の転職をしているんだから、俺もやるよって即答した。
そして、だったらやっぱり今後のことを考えると、パーティーに賢者は1人欲しいそうで、俺が賢者ってがらか?って思わなくもないけど、まあカッコいいしね、賢者。
だから、決めたんだ。
そういうわけで、あとは他の、知力だかMPだか、自分では見えないステータスが条件を満たしてるのかわからないけど、賢者へのジョブチェンジをトライしてみようってわけだ。
前回の記憶をたどりながら、ステータス画面の『錬金術師』ってところに触れてみる。
すると・・・
『ジョブチェンジ:スカウト 戦士 魔法使い 僧侶 ・・・』
色々あるな、さすがに高レベルだぜ、俺。
・・・あれ?
ないぞ・・・賢者。
ここに来て、挫折? orz
待て待てまてっ!
なにか見落としてないか?考えろ!
!!!
これだ!
俺は、スキルポイントを使って得られるスキルの方を探した。
・・・あった。『上級職』だ。
錬金術師は上級職じゃ無い、ってわかってたはずなのに一瞬忘れてた。
だから、きっと5SP使って『上級職』を取得する必要があるんだ。
いや、魔法使い→魔導師とかみたいに直系の上位ジョブなら必要ないのかもしれないけど。
スキルポイントは今や11SPも溜まっているから、5SP使って『上級職』をタッチする。
・・・出た!
『魔導師 魔法戦士 召喚士 ・・・ 賢者』
俺はかなり緊張しながら、その“賢者”って表示に意識の中の手で触れた。
賢者、の表示がキラキラ七色に光り、錬金術師になったときよりもっとまばゆい輝きになって、そこから俺の手を通して全身にエネルギーが流れ込んできた。
体がしびれるようにエネルギーの奔流が駆け巡る。
それが収まると、俺はまた前回と同じように、体が重く動かしにくくなったように感じた。
新たなステータスを確認する。
<シロー・ツヅキ 男 20歳 賢者 LV1>
賢者、だ。ジョブチェンジできたんだな。
「俺、賢者なんだー」とか、けっこう恥ずいが・・・まあ、それはそれだ。
そして、新たに得ているスキルは、“知力増加(大)”だ。
錬金術師LV35になったときに、“魔素抽出”ってのを習得していたから、それと併せて2つが、ヴァシュティ戦を経て得られた能力ってことになる。
魔素抽出の方は、まわりの空間から文字どおり魔力の元を集めて、それを魔道具に込めたり、自分の魔法を練るのに使ったり出来るもののようだったが、“知力増加”は、まあ文字どおりだろうな。
ステータスとして見えている中には無いけれど、筋力とか速さとかと並んで、知力ってパラメーターも存在するのは以前からなんとなくわかっていたし、モモカも知力増加スキルを持ってたしな。
ただこれは、本当に俺の頭の回転が良くなったりするのか、それとも魔法使い系の魔法の威力を増したりするのか、そのあたりはよくわからんが・・・。
どっちにしても、賢者になったからっていきなり、なんかスゴい魔法を使えるようになったりはしないんだな・・・そんなことを思っているうちに、俺の意識はまた眠りの闇の中に落ちていった。
***
まどろみの中で、弾力のある体が密着して、なにかあったかくてくすぐったい感触がある。
「?」
目が覚めると、頬をペロペロなめられてた。まだ暗くてよく見えないけど、カーミラに違いない。
みんなのベッドをくっつけて寝ている配置、昨夜はとなりはルシエンだったけど、それを乗り越えて、俺に密着っていうか半分のっかってるし・・・
「シロー、起きたか?」
ささやくような声だ。でも、エロいお誘いの雰囲気じゃないな、ざんねんだが。
「うん、カーミラ。おはよう?」
「じょぶちぇんじ、した?」
ああ、そっちの話だよな、そうだった。
昨夜は俺だけじゃなく、もうひとりカーミラも転職ミッションがあったんだ。
夜遅く、モモカに伴われてヨネスクの礼拝堂に祈りに行ってたんだ。
「ああ、俺、賢者になれたみたいだ。カーミラは?」
「カーミラも変わった。わーろーど?っていうのになってる・・・」
モモカによると、人狼やワーベアなどのいわゆる人獣系種族の上位ジョブに、<ワーロード>というのがあるとのことだった。
200年前の世界で、北方の滅亡した人獣族の王国を支配していたのがワーロードだったらしい。
とは言え、サヤカとモモカも実際にはほとんどそんなジョブの者に会ったことは無いみたいだったけど、モモカの“アクセス権”スキルで調べた情報では、人狼LV30以上ってのがひとつの条件だったらしい。
そこで、ヴァシュティ戦を経てLV31まで上がっていたカーミラに、もっと強くなりたいか?って意志を尋ね、即肯定したカーミラを「ワーロードになりたい」って祈らせたわけだ。
スタータスを見ると、どうやらうまくいったらしい。
<カーミラ ワーロード 女 18歳 LV1>
人狼LV30になって取得した、“急所看破”ってスキルもなんかスゴそうだけど、ワーロードLV1で得たのは、どうやら“百獣統率”ってスキルらしい。
よくわからんが、百獣の王ってことか?人狼は獣じゃなく人獣族だけどな。
「カーミラ、なんか体がだるいよ」
そうだ、カーミラはジョブチェンジは初めてだから、教えておかないとな。
「それはジョブチェンジしたからだよ。レベル1に戻るから、速さとか器用さとか、色んな能力が一時的に落ちてるんだ。だから、最初は無理せず油断せず、だ。だんだん元よりも能力が高くなるから、それまでは要注意な?」
「うん、わかった。カーミラ気をつける」
こうして、ルシエンとエヴァに続き、俺とカーミラも上級職、いや上級職の中でも特にレアとされるジョブに転職した。
魔王軍との本格的な戦いを前に、パーティーの土台が出来たのだ。




