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第368話 エルザーク王国①

「よくぞ大任を果たした、ツヅキ子爵。見事な働きである」

 謁見の間に居並ぶ重臣の前で、国王テレリグ2世の声が響いた。


 勇者サーカキスと聖女モカ、つまりサヤカとモモカをデーバの王宮に連れて行き、つつがなく対面が終わった後、俺は探索行や魔王の使徒との戦いについて報告させられ、めずらしく?手放しで褒められた。



 エルザーク王国には、勇者と聖女に関してメウローヌほど史料が残っていなかったため、この年若い美女2人が本当に名高い200年前の英雄なのか?と、最初は列席した上級貴族たちの間に半信半疑の空気もあった。


 けれど、先日カテラの大僧正からもらったヌゴーズ討伐への感謝状が紛れもなく本物だったこと、そして2人が、エルザーク王国の前身である“エルザーク通商同盟”のことを詳細に知っていたことで、王の信頼は揺るぎないものになった。


 俺はよく知らなかったんだけど、200年前、エルザークはまだ国家として成立していなかったらしい。


 濃紺の海の西側、大陸中部の都市や有力な商人たちが、ユークレナ帝国の衰退で治安が急速に悪化する中、自衛のための同盟を結んだことが発端で、後にそのとりまとめ役だった豪商が“王”を名乗るようになった、というのがエルザーク建国の経緯だったそうだ。


「通商同盟には当時、私たちの活動にもたいへん便宜を図ってもらい、支援してもらっていました。それがこうして豊かで美しい国となって繁栄しているのを知って、慶びにたえませんわ、陛下」

 モモカが、そのカリスマをフルに発揮して微笑みかけると、国王は満足げに頷いた。


「わが国は魔王軍が南下を開始すれば、主要国の中でも早々にその圧力を受ける位置にある。ぜひ勇者殿、聖女殿には、此度も十分に力を発揮してもらいたいものだ。そのために支援は惜しまぬ故、望むことがあれば申し出てもらいたい・・・」


「では、お言葉に甘えて・・・」


 モモカとサヤカは、これから魔王軍との大決戦になるまでの限られた時間に、できる限り使徒や有力な魔族を各個撃破して魔王の勢力を削ぎに回る、という方針を説明した。

 これは、既にカテラやメウローヌからも支持を得ているものだ。


 そしてその際に、自分たちを再発見し目覚めさせるのにエルフ族と共に貢献したシロー・ツヅキ子爵を同行させ、助力と共にエルザーク王国との連絡役を担ってもらいたい、と求めた。


 王様は、「そんなことでよければ容易いことだ」と、一も二もなく了承した。


 いや、元々そのつもりだったからいいんだけどさ、俺の意志は一言も聞かれずに貸し出し決定、ってのはどーなの?




「これでシローはあたしたちのものね、どう扱おうと自由だわ。ほらっ、女王様の靴をおなめっ」

「おいっ、誤解招く言い方すんなって」

「あははっ」

 謁見を終えて控えの間に戻ると、上機嫌なサヤカが悪ノリする。


 まあ、エルザーク王宮としては、新参者の小領主の1人ぐらい人身御供に差し出して、仮に魔王軍に殺されたところで痛くもかゆくもない。

 そして、勇者と聖女の一行にはレムルス帝国もメウローヌ王国も参加していないんだから、そこにエルザークだけ人員を送り込んで状況を把握できるとなれば、各国への発言力も増すし、メリットしか感じないよな。


 テレリグ2世は、2人に支度金として少なくない資金を提供し、俺にも勲章と褒賞金を気前よく出してくれた。


 いずれにしても、これで俺たちは今後も行動のフリーハンドが得られたと言えるし、とりあえずは良しとしよう。




 王宮では、現在のエルザークの状況や国際情勢を詳しく聞いた。


 国軍の参謀本部で、軍での俺の上司にあたるエンドリト・ミハイ将軍とその幕僚たちからだ。

 俺も一応、ここの幕僚チームの一員でもあるからな。


 ミハイ将軍――――俺にとってはイリアーヌさんの兄のエンドリトさん、って意識が今も強いけど――――によると、国内にある迷宮から湧き出した魔物の群れは、ようやく鎮圧されつつあり、大陸諸国の中でも状況は良い方だと言う。


 結界装置が一番普及してたことで初期の被害が少なく、各地の貴族の軍がそれなりに維持されていたことが大きかったらしい。


 ただ、国境外から押し寄せる魔物の圧力はむしろ強まっていて、南東部のモントナ公国側や東部の濃紺の海沿いは、幾つもの街や村が失われ、国軍部隊が応援に派遣されているらしい。


 よりまずい状況だと思われていたのが北部と南西部だが、北部国境はラボフカにレムルス帝国との合同部隊が駐留していることで、なんとかまだ持ちこたえている。


 ただし、以前よりレベルも高く組織化した魔物の集団が幾つもできつつあって、ここに魔王なり使徒なり全体を動かせる存在が現れれば、一気に脅威のレベルが上がりそうだという。


 そして、南西部はまだ大規模な魔物の侵攻にさらされていないが、これはおそらく敗戦で国家として半ば崩壊したマジェラ王国の内部を魔物が蹂躙しているため、まだこちらに溢れてきていないだけらしい。



 他国の情報もエルザーク外務省と軍務省が集めていた。


 現在までに魔王の使徒、あるいはそれに近い強力な魔物が現れているとの情報があるのは、レムルス帝国北部、パルテア帝国の南西、ゲオルギア王国。マジェラ王国内と、イシュタール神国にもその可能性があると見られている。


 そして、何より気になるのが、プラト公国と北方の状況だ。


 魔王と思われる強力極まりない魔物が、ついに地上に姿を見せ、それとともに夥しい数の高レベルの魔物が、地底から湧き出してきたと言う。


 レムルス帝国軍は敗走を重ね、ツングスカも放棄されたため、正確な状況はわからないらしいが、湧き出した魔物の群れの一部はそのまま南下して、現在は公都ミコライに迫っている。


 一方で、復活した魔王と思われる首魁は、大半の魔物を引き連れて南東のモルデニア王国方面に向かったと見られるそうだ。


「なぜ、モルデニアなのはわからんが・・・」

 そう話すエンドリトさんに、サヤカが尋ねた。


「ミハイ将軍、現在のモルデニア王国というのは、200年前だとどの国のあたりになりますか?」

「200年前ですか?・・・あそこは古代国家としては特に・・・いや、本当かどうか定かではありませんが、人狼やワーベア、ワータイガーなどいわゆる人獣族の王国があったとも、魔獣が割拠するエリアだったとも言われていますが・・・」


「なるほど・・・だとすると当時のあのあたりか」

「あのあたり?」

「ええ、人狼を中心とする人獣族の国は、かなり早い段階で魔王軍に制圧され、あそこに当時、魔軍の拠点があったはずです。この地図だと、そう、このあたりですね・・・」


 サヤカが指摘したのは、モルデニアの北西部は200年前魔王軍が拠点としていたエリアだということだった。

 今でももしかすると、魔王が利用したいと考えるなにかがあるのかもしれない、と。


 そして、モモカが別の視点を提示した。

「プラト領内は、おそらく魔の勢力を警戒し抑えるための仕組みが、いくらか施されているのではないでしょうか?それに、あの封印の地は、オデロン王がドワーフの技術の粋を尽くして整備してくれた魔王にとっての牢獄ですから、復活した魔王にとってはこの上なく忌まわしい場所。早くそこを抜け出そうと考えたのかもしれません・・・」


「なるほど・・・つまり、勇者様と聖女様たちに封じられた、言わば牢を抜け出し、自分の地元というべき所に勢力を結集している可能性があると・・・」

 その仮説には、エンドリトさんも幕僚たちも納得のようだった。


「だとすると、今後、各地で蜂起した使徒たちも、そのモルデニアに向けて配下を率いて大移動する可能性もありますかな?」


「そうですね。別働隊としてこのまま各地を混乱させることもありえますが、魔王は魔族を支配したい、直接動かしたい、という志向性が強いように、少なくとも200年前は思われました・・・」


 俺はずっと気になっていたことをエンドリトさんに尋ねた。


「ヨーナス将軍か?生きているぞ。少なくとも封印の地から生還して、先月末の時点でツングスカからの撤退戦の総指揮を執っている、という情報は得ている。瀕死だったという噂もあるが・・・大したものだ。魔王復活の矢面に立って、民を守りながら撤退など、誰にも出来ることではないな。ただの知恵者ではなかったようだ」


 よかった。


 封印の地で一緒に戦ったヨーナスは、俺にとって強い連帯感みたいなのがあった。



 現在、主要国の間では、魔王軍との一大決戦に向けた、遠話による作戦会議が継続的に行われていると言う。

 

 そして、勇者と聖女の復活が知らされたことで、使徒と思われる手強い相手、つまり各国の軍だけでは制しきれないところに、勇者パーティーに応援に入ってもらいたい、という声があがっているらしい。

 当然と言えば当然だが。


「幸いわが国には今のところ使徒クラスの魔族は現れていませんが、レムルスもパルテアも、マジェラの新政権も、必死にあなた方と連絡を取ろうとしていますよ。今日の謁見は突然で、かつ秘密裏のものだったとは言え、わが国としても同盟国としてレムルスには情報提供することになりますし、明日にもデーバに駐在するレムルス大使が、血相変えて飛んでくるかもしれませんぞ・・・」


 エンドリトさんたちの見立てでは、プライドの高いレムルス軍は表立ってはまだ支援要請を出してはいないが、非公式に得ている情報では、レムルス北部は溢れるアンデッドとそれを率いる使徒によって大変な惨劇になっているらしい。


 そこを何とかしないと、人類連合の最強戦力であるレムルス軍が、国内からろくに動けなくなる。

 対魔王軍の結成には、まずレムルス軍を自国内の脅威から解放する必要がある、というのが、エンドリトさんたちの考えだった。


 そして、エルザークの国軍は、国内各地の応援に向けている部隊の他に、大陸連合の取り決め通り、対魔王決戦のための部隊の編成と訓練も急ピッチで進めているそうだ。


「人間相手の戦争と魔軍相手では、求められる能力も戦術も異なるからな。本当はお主にも、こちらの訓練や戦術研究に加わってもらいたいところだが、王命では致し方ないからな。ともかく無駄死にするなよ。それと、連絡はマメに入れろよ・・・」


 イリアーヌも心配していたぞ、とエンドリトさんは付け加えた。

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