第367話 勇者様ご一行、キヌーク村へ
カーミラに勇者サヤカの格好をさせて誤認させる作戦で、なんとか魔王の使徒バシュティを倒すことが出来た。
バシュティを倒した後、リナを修道士のジョブに“着せ替え”させて、浄化させることにした。
ここのところ魔法戦士としては着々とレベルアップしているけど、僧侶系の方は<僧侶(LV20)>で止まっていた。
聖女モモカやハイエルフになったルシエンもいるけれど、今後のために僧侶系の上位のジョブも伸ばしておきたい、と思ったからだ。
今回だって、カーミラが危うい目に遭ったし、モモカやルシエンが瀕死に陥る事態だってありうる。
そして、僧侶系の上級職であるロードは、貴族の身分を持つ者しかなれないし、そもそも<お人形遊び(LV7)“着せ替えでなりきり”>のスキルを使うのに必要な、「俺が知っている女性でモデルになる存在」がいなかった。
修道士なら、ウェリノールに来る前に立ち寄ったマコンの街の領主婦人、モニカさんが修道士ジョブだった。
領民のケガを治療したり領兵にバフをかけたり、街の防柵に“退魔”の魔法をかけて回るなど、甲斐甲斐しく働いていた姿が記憶にあるから、それをモデルにリナを修道士にすることは出来たんだ。
高レベルの魔王の使徒の死骸をLV1で浄化するなんて荷が重すぎるから、普通なら絶対に無理だっただろう。
けれど、モモカに事情を説明してサポートしてもらうことで、時間をかけて最後はリナ修道士がなんとか浄化しきった。これで経験値がリナに入るといいんだけどな。
とても俺1人じゃ持ち上げられないぐらいのデカい魔石を、アイテムボックスに収納しておく。
問題は、そこからの移動だった。
距離的にはここからキヌーク村までは直線で300kmも無いはずだし、一応リナの転移登録も生きていた。
だけど、転移魔法のように強力な魔力を浴びる魔法は、妊婦には使わない方がいいと言われているらしい。
一方で、つわりが始まったノルテに、トリウマに乗ってキヌークまで行かせるのもさらに無理がある。
「私なら大丈夫ですから・・・」って青い顔で言うものだから、なおさら無理はさせられない。
サヤカとモモカも経験の無い分野だから、困っている。
「うーん、馬車を用意して寝かせて連れて行くってのはどうかな?」
「いや、北方旧街道は結構凸凹道だし、ここんところのスタンピードでさらに悪化してるから、騎乗する以上に振動が来ると思うななぁ」
少し見晴らしのいいところに出たルシエンが、ハイエルフになって得た遠話のようなスキル“精霊の声”で、ウェリノールのリンダベルさんに相談しているようだ。
「・・・そう、ありがとう。ちょっとお二人と話してみるわ」
やりとりを終えたルシエンが、サヤカとモモカのところに歩み寄った。
「エルフ族は“転移”を使わないから母も詳しいことはわからないようだけど、ある種の結界で包みこめば、その外側からの魔法の影響は緩和できるのでは?と言ってたわ」
「なるほどね・・・うん、そうか、いけるかも。リンちゃん、ナイスアドバイスだわ」
モモカが閃いたらしい。
「たとえば私の“聖女結界”でノルテを包んで、その結界ごと転移させることが出来れば、ノルテに直接かかる魔法力は小さくできる、ってことね」
「でも、“転移”の呪文って、“人”単位で飛ばしてるんじゃなかったっけ?」
「そうね。だから、“転移”じゃなく“領域転移”を使う必要がある・・・そうか!」
結局、こうなった。
俺が粘土スキルで簡易ベッドを用意。
そこにノルテを寝かせて、ルシエンが“精霊結界”で包み込む。
これをモモカが描いた魔方陣の上で用意して、“領域転移”でキヌークへ飛ぶのだ。
その座標は、あらかじめモモカがリナの転移登録している情報を、“座標共有”でコピーする。
使用する魔力をなるべく抑えるため、この方法で転移するのは、モモカ、ルシエン、ノルテの3人だけにする。
他のメンバーは、リナの転移魔法で飛べばいい。
「とは言え、負担が全くかからないわけじゃないから、今後は安定期に入るまでは転移はしない方がいいわね。いや、そもそも荒事に巻き込んじゃダメだしね・・・」
こうして、俺たちは二組に分かれ、今や第二の故郷となったキヌーク村へ、およそ1か月ぶりに帰還した。
各国が血眼になって探し求めていた、勇者サーカキスと聖女モカを連れて。
「・・・ご主人さま、奥様方、本当にご無事でようございました」
初老の執事ロズウェルが、心底ほっとした様子で迎えてくれた。
その間にも妻でメイド長のメラニーが、メイド兼連絡係のオリハナと共に、みんなにお茶を用意してくれている。
「まったくですよ。遠話もつながらなくなっていたので、途方に暮れていたんですから・・・」
内政を一手に引き受けているニコラスが、愚痴るように言う。
たしかに、メウローヌからは遠すぎたし、ウェリノールや白嶺山脈からは結界に妨げられて、結局、日程の半分以上は音信不通状態だったのだ。
ずいぶん心配をかけちゃってたようだ。なにせ、1か月ぶりだもんな。
俺たちが不在の間のキヌーク村は、結界のおかげで村内への魔物の侵入は少なかったものの、迷い込んできた魔狼や吸血コウモリなど、何度かは領兵や自警団が出動して駆除にあたってきたそうだ。
また、北側のテモール族の居留地の方にはかなりの魔物が出ているらしく、一度、応援要請を受けて、センテ・ノイアンたちが協力してオーガの群れを撃退したという。
「北側と西のマイン集落の方も見回った方がよさそうだな・・・」
王都デーバに遠話で勇者と聖女に同行していることを報告したら、“すぐにお連れしろ”と命じられたから、明日は俺たちはデーバに行かなきゃならない。
「・・・エヴァとカーミラにリナをつけるから、センテたちと一緒に領境の調査に行ってもらえるかな?」
「わかりました。まかせて下さい」
王宮の謁見では、勇者発見の経緯は根掘り葉掘り聞かれるだろうから、ウェリノールのことを無難に説明するために、ルシエンは連れて行ったほうがいいだろう。
不在の間、内政はニコラス、対外的なことや治安維持はセンテがほとんど処理してくれていたけど、それでも一応、判断や決裁が必要なことを処理するのに忙殺された。
そして夜は、館の一階の広間で宴会になった。
村の主立った面々が集まって、帰還を祝ってくれたんだ。
アポスト村長や礼拝堂をまかせたヨネスク、自警団の面々に加えて、マイン集落からも馬車に乗ってビョルケンら10人以上がやって来た。広間はもう一杯だ。
村のみんなは俺たちの帰還を喜んでくれたのと同時に、伝説の勇者と聖女を目にして興奮?緊張?ともかく、最初はすごくカッチカチだった・・・
「みなさん、どうか気楽にして下さい。あたしたち、200年ぶりに目覚めたので、まだこの時代のことをよく知りませんし、色々聞かせて下さい・・・」
勇者サーカキスが、カリスマスキルを全開にして最初にそう発言すると、それだけで、「勇者様のお声を聞いちまったよぉ」と感極まって気を失うおばちゃんまでいた。
どこのアイドルのコンサートだ?
そして、聖女モカは自警団のじいさまたちに治癒呪文を惜しげもなくかけ、「おぉ、持病の神経痛がまったくなくなったぞい」とか「老眼がよくなった気がする」だの、あやしげな教祖も真っ青な・・・いや、本物の聖女なんだからこれでいいのか・・・ともかく、女神様のようにあがめられていた。
今月に入って冬に栽培していた野菜の収穫が進んでいるし、スタンピードの時に大量に狩った魔物の肉は修道院のヨネスクが魔素抜きをして、それを村人たちが燻製にしてくれていた。意外にイケる。
とりあえず村の食糧事情は問題なさそうだ。
これから本格的に魔王軍の侵攻ってことになりそうだが、冬を乗り切って春の収穫が始まったことで、結界を破られさえしなければ自給自足に問題は無い。
俺たちも、ウェリノールでエルフの秘術で作られた日持ちする焼き菓子とかをもらって、アイテムボックスに入れて持ち帰ってきたから、ほんのちょっとずつだけど、みんなに振る舞って大層喜ばれた。
久しぶりの村人たちとの交流で、楽しく心安らぐ夕食を終えた後、センテとニコラス、執事のロズウェルの3人だけを残して、今後のことを話し合った。
「ただの“シンコンリョコウ”でなく、勇者様、聖女様を探せとの王命であったのですから、今回のご不在はやむを得なかったとは思います。しかし、今後さらに魔軍との戦いで、領主が長期不在というのは困ります」
「僕も同意見です。我々が具体的な仕事はするにせよ、領主の決定、というのが必要な場面は今後も増えるでしょうし・・・」
センテとニコラスが言うのはもっともなことだった。
そして、パーティーのみんなと事前に話し合っていたこともあった。
「ノルテ、いいか?」
お酒抜きで、宴席からも早めに切り上げて休ませていたノルテも、寝室から再び参加していた。
「はい。私だけシローさんについて行けないのは寂しいし、申し訳ないですけど・・・こういう体ですし」
「いや、申しわけない、なんて思わないでよ。俺の方が、ノルテにこんなことを押しつけて置いていくのが悪いと思うし、でもやっぱり無理してほしくもないし・・・」
身重のノルテを、これ以上荒事に連れ回したりは当然出来ない。
「そうよ、いまが大事な時期なんだから、2人分体を大事にしないと」
「ノルテ、カーミラいつも一緒にいるつもり」
ルシエンとカーミラも、口添えしてくれた。
もちろん、ノルテにキヌーク村を魔物から守る戦いの指揮を執らせたりするつもりは無い。
実際の領軍の指揮はセンテにまかせているし、内政はニコラスがワグネル夫妻も使って運営できるだろう。
ノルテは俺の代理として、館で最小限の報告を聞き、必要不可欠な判断だけしてくれればいい。
そして、なるべくゆったり過ごしてもらいたい・・・。
「なるほど、ノルテ様に領主代行を。それはよいお考えと思います」
センテとニコラスも異存ないようだ。
ノルテは領民にも慕われているし、レムルス帝国の伯爵であるオーリンの娘、として公式な身分も高い。
執事のロズウェルがにこやかに一礼した。
「ノルテ様にくつろいでお過ごしいただけるよう、元気なお子様をさずかるよう、私と妻も微力を尽くします。あらためて、おめでとうざいます・・・」
「ほんとにいい村ね、シローの領地」
「うん、こんな大変な時代なのに、村の人たちの空気も明るくて、とっても心の落ち着く村だわ」
長い一日の終わり。
館の大寝室には大きめのベッド4つをくっつけて並べ、俺と女子たちのパジャマパーティーみたいになった。
サヤカとモモカにキヌーク村を褒められると、自分自身が褒められてるみたいで、なんだかこそばゆい。
健康優良児のカーミラはもう寝落ちしている。
そこに妊婦のノルテが毛布をかけてやってる。
ノルテの妊娠がわかり、そこから作戦を立てて因縁の使徒バシュティを倒し、長旅を終えてキヌーク村に戻ってきた。
誰一人欠けることなく、いや、ルーヒトは竜王様に預けてきたけど、それは悪い話じゃないし、出発した時より2人も増えて、そう、かけがえのない2人を加えて、ようやく帰ってきた。
まだまだこの先、大変になる一方なのは覚悟しているけど、それはともかく、よかった・・・




