第39話 消耗戦
ベスの活躍と銀の武器の効果でゾンビたちを圧倒することはできたが、迷宮内の横穴に身を潜め待ち構える方法に変えたアンデッドの群れに、俺たちはリスクを負って仕掛けることになった。
目の前の薄暗い洞窟の奥には、左右にいくつもの横穴があいている。
そのひとつひとつに、アンデッドモンスターの群れが潜んで、俺たちを待ち受けているようだ。
作戦を確認し、意を決して前進を始める。
俺は、粘土壁を片付けて回収したMPを使い、一人で持てるギリギリの大きさの硬化セラミック盾を作り出した。その後ろに、全員が弓を構えて身をかがめ、2列になって進む。
なるべく、ベスも俺もMPを残しておくためだ。何しろ相手の数が多いからな。
最初の、左右に二つの横穴がある所まで、50歩ぐらいに迫ったとき、右側の穴から敵が出てくる気配がした。
ラルークの合図を待つことなく、俺はそっちの入口を塞ぐ粘土壁を間髪おかず出現させた。
ゾンビに声はないかも知れないが、不意に眼前を塞がれて衝突し、怒号のようなものをあげながら粘土壁を叩いているのを感じる。まず、飛び道具に対する先手は取れた。
それと同時に俺も盾を吸収し、パーティーは塞いでいない左側の横穴めざして走り出す。
一拍遅れて、そっちからゾンビがぞろぞろ出てきた。
「約30匹!こっちは多分ゾンビの残りだけ」
ラルークが叫ぶ。
よし、こっち側の奴らはラルークの索敵の通り、遠隔武器は持ってないようだ。距離は30歩ほどか? リナを含め7人が一斉射する。半分ぐらい当たったか。
ゾンビが迫ってくる。続けてもう一斉射。
前衛4人が弓を捨て抜剣する。そしてこちらから突進。グレオンがたちまち2匹を斬り倒した。セシリーと俺、リナも正面の相手を斬り伏せる。
俺たちの間をすり抜けてくる者には、ラルークが銀の短刀で、ベスは銀のステッキで防ぎ、カレーナは俺たちの隙間から“浄化”を唱え、一匹ずつ消していく。
接敵から2分あまりで30匹のゾンビを片付けた。
呼吸を整えるとすぐに、封じてある右側の横穴に向かう。
ラルークがあらためて中の敵を探る。
「こっちは弓を持ってた奴らだ。ゾンビじゃないね、もっと動きが人間っぽいか?レベルも高めだよ」
ここはベスに温存した魔法を使ってもらうことになる。
詠唱を始めたベスの用意が調うのを見て、壁に小さな穴をあける。矢で射貫くにはよほどの腕が必要なサイズだ。
そこに絞り込んだ炎の魔法を打ち込み、穴を通して掃射する。二度、三度。
「いいよ、半分以上やった。奥の方に残り10匹ちょい」
ラルークの合図に、俺たちは再び盾を持ち身をかがめる。
そして粘土の壁を一気に吸収した。突入する。
この横穴は暗い。メインの迷宮の壁と違って発光していないようだ。
そう思った時、矢が飛んできた。幸い当たらなかったが、まずい。
向こうからは俺たちの背後の迷宮が明るいため、俺たちの姿がシルエットになって見えるはずだが、こっちからは真っ暗で見えない。
ベスが狙いをつけずに奥に火球を放つ。これは攻撃と言うより照明弾だ。
浮かび上がったのは、骸骨? 骸骨の戦士、スケルトンだ。弓を持ってるのはあいつらだ。
<スケルトンLV5><スケルトンLV4>・・・
俺は再びセラミックの大盾を出して、皆をその陰に入らせた。かなりMPを消耗しているが、リスクを避けるのが優先だ。
相手の数も少ないし、ベスの魔法で応戦しつつ接近しよう。スケルトンが相手だと、矢は当たる部分が少なくて、ほとんど無駄打ちになってしまう。
グレオンと二人で大盾を持って前進し、ベスが火球で相手の数を減らし、最後は銀の剣を構え突撃する。5分ほどで掃討を終えた。
だが、まだこれで終わりではない。上の階層の長さからすると、まだ半ばを超えたあたりだろう。
「ベス、シロー、MPは大丈夫?」
「わたしは、まだ行けます」
カレーナの問いに、ベスが答えた。
ベスのMPは結構あるんだな。それとも、銀レオタードの特殊効果とかもあるのか?
「俺も、あと2、3回は大丈夫だけど、帰りの封印もあるから、それ以上はキツいかも」
セラミック盾を吸収しながら、正直にそう答える。
ただ、盾役をベスにさせると攻撃の手が足りなくなるからな、これは仕方がない。
「無理に危険を冒すべきじゃないわね、この方法で進めることがわかったわけだし、もう少しだけにしておきましょう」
「迷宮の長さが上の階層と同じだとしたら、先はそう長くないしね、明日には階層クリアできるんじゃないかね」
カレーナがそう判断し、ラルークも同調する。
そこからしばらく進むと、再び魔物の気配と共に、二つ横穴があるのがわかった。
再び、一方を封印しておいて、ひとつずつ攻略する。
カレーナの“守護”でみんなの防御力が上がっているのと、銀の武器の効果、そしてなによりベスの魔法の威力が増したことで、こちらはかすり傷程度しか負わずに攻略できた。
掃討した横穴の中で、傷と体力の消耗をみな順番に、“癒やし”で回復してもらう。
カレーナは“瞑想”という僧侶のスキルを使い、少し休憩するだけでMPを急速に回復させられるらしい。おかげで、“癒やし”で治らないような重傷を負わない限り、パーティー全体の肉体的な消耗は、かなり解消できる。
こういう便利スキルが、俺たちにもあればいいんだが。
俺もベスもMPの枯渇が近い。魔法使いにはこうしたスキルはないらしい。
だが、「今日はここまでにしましょう」とカレーナが告げ、迷宮のメイン通路に戻ろうとしたとき、俺の“地図”に先ほどはなかった赤い光点が映し出された。
ラルークも気づいたようだ。
「横穴を攻めてた間に、退路を押さえられた・・・ゾンビが20,30匹。いや高レベルのが混じってる!気をつけて」
光点はゆっくり、横穴の入口に近づき、そして肉眼でもシルエットが見えてきた。
ゾンビだ、最初にいた大群の残りか。飛び道具は持ってなさそうだが。
だが、その群れの中に異質な気配がした。
ベスが火球の詠唱を始めた。だがその時、背筋がぞわっとするような、風が吹いた気がした。
「えっ?」
ベスがうめいた。詠唱が途切れたが、それだけではないらしい。
「発動の手応えがない・・・魔力が抑えられてる?」
カレーナも何かに気づいたようだ。
「これは・・・“静謐”では」
どういうことだ?
「微風、だめです!」
ベスが悲鳴のように訴える。ごく簡単な魔法も発動しないようだ。
「僧侶系の呪文で、わたしはまだ使えないけど、魔法を封じるものがあるの。ただし、この場全体がそうだから、相手もこれ以上魔法を使えないはず」
つまり、敵味方共に魔法抜きの戦いってことか。
「来るよ!」
ラルークの声に、俺たち前衛は武器と盾を構える。
ダメ元で粘土壁を試す。
出た!
俺たちの前に、高さ1メートル半ほどの胸壁が出現した。弓を使いやすいよう、形を凹凸に加工する。
「なぜ、シローさんは出来るの!?」
「わからんけど、俺のは魔法じゃなくスキルだからか?」
ベスが疑問の声を挙げるが、俺にもなぞだ。
「とにかく助かる、ここで防衛戦だ」
グレオンとセシリーも弓に持ち変えたようだ。
相手が弓持ちのスケルトンではないのは助かった。
俺たちは胸壁に身を隠しながら、一方的に銀の矢で相手を打ち減らしていく。
ただ、ゾンビに混じって、もっとレベルの高いのも近づいてきた。
<グールLV6><グールLV6>・・・
「気をつけてください、グールは人を喰うって!」
ベスが注意を飛ばす。
相手の数が多くて、胸壁に取り付かれた。グレオン、セシリー、俺とリナは銀の剣に持ち替えて、乗り越えようとする奴をたたき斬って防衛線を維持する。
もう一匹、後ろの方に強い気配があるが?
<アンデッドロードLV10>!
「あれが魔法を封じてるんだわ!」
「弓も持ってるぞ!」
骸骨ではない。姿はグールに似ているが、一回り大柄だ。
壁に強烈に矢が突き立った。2射、3射、正確だ。魔法に加えて弓も使うのか。俺たちも壁にぴったり身を隠しながらになり、グールが何匹か壁を乗り越え始める。まずい。
その時、アンデッドロードの体に矢が打ち込まれた。
ラルークだ。隠身で気配を消しながら、正確な一矢を放ったんだ。
だが、相手はもがいてはいるものの、致命傷とまではいかないようだ。なんと矢を自分の手で引き抜いちまった。
アンデッドにも生命力なんてのがあるかわからんが、高レベルだけあってしぶとい。
だが、貴重な時間を稼いでくれたおかげで、俺たちは壁を乗り越えようとしていた奴らを片付け、防衛線を持ち直した。
相手の数も減ってきた。
そして、
「ベス、今なら呪文が使えるはず!」
「はい!」
アンデッドロードが傷ついたことで、“静謐”の効果が途切れたようだ。
ベスの炎の帯が残るグールとゾンビをなぎ払う!
アンデッドロードはさすがにそれでも持ちこたえているようだが、もう弓に矢をつがえる余力はない。
グレオンと俺は、胸壁を乗り越えて走った。これまでシルエットだった姿が浮かび上がる。真っ黒な鎧兜に血の色のマント。先に斬りかかったグレオンの刃をそれでも錆びた長剣で受け止める。
一歩遅れて俺は、ガードがあいた脇腹に横なぎの一閃を叩き込む。
その途端、シュワシュワと蒸気のような、瘴気のような、なんとも言えない嫌な臭いが立ち上り、鎧兜の中から実体感が抜け出していくような感触があった。
ガランッと音を立てて兜が地に落ち、アンデッドロードの中身が消えた。
グールたちを始末し終えたパーティーメンバーも駆け寄ってきた。
見回すと、アンデッドたちの死骸はほとんど形を留めず、ボロ布や粗末な鎧、手にしていた錆びた短刀など、言わば装備だけになっているようだ。
浄化するまでもなく消える、というか、既に命を失った存在だから、銀の剣や炎の魔法で倒すこと自体が、骸を浄化する行為なのかもしれない。
魔石も残らないようだし、アンデッドは魔物の中でも特殊らしい。
MP切れでフラフラになって座り込みながら、俺はそんなことを思った。




