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第359話 斃された先代勇者

使徒ヴァシュティとの戦いの後、俺たちはルシエンが待つエルフの里ウェリノールへと戻った。

「そうでしたか、ヴァシュティはそこまでの力を・・・でも皆さんがご無事で何よりでした」


 ウェリノールの里に戻った俺たちが、リンダベルさんとルシエンに、メウローヌでの出来事と、何より魔王の使徒と痛み分けになった戦いのことを話すと、二人は真剣に聞き入っていた。


 ハイエルフになる儀式を無事に終えたルシエンは、母親同様に植物繊維をエルフの技で紡いで織ったローブのような衣装に着替え、長い髪を下ろしていることもあって、なんだか別人のような、というか精霊のような雰囲気になっていた。


 そして、リンダベルさんは200年前のパーティーの一員として、サヤカたちと同様、ヴァシュティのことを知っていた。


「そうするとやはり、ロマノフさんが話していた通り、先代の勇者パーティーが崩壊したのは、ヴァシュティの仕業だったようですね・・・」


 だが、そこで何気なく口にされた台詞は、俺たちには聞き捨てならないものだった。


「えっ?先代の勇者??」

「どういうことなの?」

 俺だけじゃなく、エヴァとノルテ、カーミラの頭にも「?」が浮かんでたし、ルシエンも初耳らしく、母親を問いただした。


「あ・・・」

「リンちゃん、私から説明するわ」


 ちょっと慌てた様子のリンダベルさんに代わり、説明役を買って出たのはやっぱりモモカだった。




《現在の魔王が、極北の地に現れたのは、今から210年ないし220年前のことだと言われる。


 はっきりしないのは、当初は有力な魔族の一体に過ぎず、魔王の座をめぐる魔族間の抗争が長く続いた末に、210年前頃までに魔王として台頭してきたからだ。

 魔族同士の争いは、当時、人間世界にはほとんど情報が伝わってこなかった。


 いずれにしても、まだモモカとサヤカが転生してくる前の話だ。


 そして、2人が現れる前も、人類は完全に無力だったわけではなかった。


 その頃、世界には男性の勇者が存在した。


 彼は、まさにRPGの典型的な勇者像そのものの勇敢な武人で、当時大陸の覇権を争っていた大国のひとつ、ユークレナ帝国から“皇女の婿に迎える”という報償を示され、仲間を率いて魔軍に挑んだ。


 そのパーティーは人間族だけの6人組だった。


 勇者、魔法戦士、上忍、賢者、そして聖者。5人が男だった。

 紅一点のロードは、まさにその勇者を婿候補とする皇女その人だった。


 勇者と賢者は転生者だったと伝えられる。


 彼らは各地で魔軍を破り、一時はユークレナ帝国軍と共に極北の魔王城に迫るほどの勢いを見せた。


 魔王は当時、他の有力な魔族をようやく力でねじ伏せ“魔王”として君臨し始めてはいたが、未だ魔軍全体を統制するほどの絶対的な権威とは言えなかったらしい。


 後に使徒と呼ばれる力ある悪魔や魔物は、それぞれの意志でバラバラの行動をとっていた。


 だから、チャンスだと思われた。


 勇者たちは一気に魔王を滅ぼすべく軍を進めた。


 だが、敗れた。



 魔王はそもそも、他の上級悪魔などともまるで違う、魔王だけの特殊な結界とも言える絶対的な防御力を持つ。


 勇者はそれを突破して攻撃する力を持つが、それは自分一人だけのものだ。

 もう一人、聖者ないし聖女のジョブを持つ者がいれば、その聖なるスキルで魔王の防御力を無効化し、パーティー全員が魔王にダメージを与えられるようになる。


 だからこそ、“魔王を斃すには、勇者に加え聖者か聖女も必要”とされるのだ。


 先代勇者のパーティーでは、それは男性の聖者だった。

 カテラ万神殿で次期大僧正の座が間違いないとされていた、気鋭の男だった。


 だが、重要なその戦いで、肝心の聖者のスキルが発動せず、パーティーは魔王の圧倒的な力の前に為す術なく崩壊した。



 原因は今もはっきりしないが、戦いの前に聖者が聖者たる資格を喪失していたからだ、と伝えられる。


 聖者は聖女と同様、清い体であることが必須条件だ。


 しかし、パーティーの誰も知らぬうちに、彼は女色に溺れ、魔王の防御を打ち破る聖者固有の能力を失っていたのだ、と。

 魔軍が淫魔を送り込んで聖者を籠絡したのではないか、と噂されたが、誰がどうやって実行したのかはわかっていない。



 いずれにしても、この決戦後、他の有力な魔族は一斉に魔王に服し、魔族・魔物の版図は全て、魔王の元に統一されたのだ・・・  》




「・・・それが、ヴァシュティの仕業じゃないかってことか」


 戦慄する話を聞いた後で、俺の問いというより確認に応じたのはサヤカだった。


「うん、勇者パーティーに忍び込んで聖者を手玉に取るなんて、ただのサキュバス程度に出来るはずないけど、あいつの力なら可能かもしれないわ」



「・・・その、勇者のパーティーは全滅したんですね?」


 エヴァが確認するように声をあげた。


 サヤカとモモカは顔を見合わせ、今度はモモカが口を開いた。


「実はね、ひとりだけ生き残った人がいたの・・・勇者も聖者も皇女もその戦いで斃れたけれど、1人だけ逃げ延びたその人は、魔軍の追っ手を恐れて、はるか南のルメロス王国まで逃げた。そこで素性を隠し、酒に溺れて、その後何年も抜け殻のようになって生きたそうよ」


 モモカは哀れむように、けれどどこか懐かしむように言葉をつないだ。


「数少ない彼の素性を知る者からは、当時“愚者ロマノフ”と呼ばれて、仲間も皇女も見捨てて自分だけ無様に逃げた卑怯者、無能者、とさげすまれていたわ」


 そうだったのか。


 俺は、先日リンダベルさんに聞いた話を思い出した。勇者のパーティーの話を。

 この話は、そこにつながってたのか。


「その人が、今の話を私たちに教えてくれたの。でも彼は、のちには再び立ち上がって、魔王に立ち向かった。まだこの世界に転生して日の浅かった、未熟な私たちにとって先生のような存在になった。そして、2度目の魔王との戦いで、私たちを守って死んだわ。・・・それが、賢者ロマノフと言う人よ」



 パーティーの人間の中で、ただ一人40代。サヤカたちより一世代年上だったという賢者ロマノフは、文字通り一世代前の勇者パーティーの生き残りだったんだ。


 そして、「勇者が魔軍に敗北し殺された」「勇者は無敵ではない」という事実は、自由の民の希望を失わせるものとして、口にしてはならない秘事とされたらしい。


 だから、俺たちもこれまで聞かされていなかったんだ。


 実際問題、各国とも200年以上前の記録はほとんど残されていないから、本当にほぼ知られていない話なんだろう。




「そのきっかけを作ったのがヴァシュティの仕業だったなら、本当にみんな、よく無事だったわね・・・シローもエヴァも運が良かったわね」

 今回同行していなかったルシエンが、冷静にそう言った。


「まあそうね。ただ、だからこそ、もっとレベリングとか強化を急がないと。もうあまり時間は残されてないと思う」

 サヤカが深刻そうに首を振ったのを見て、リンダベルさんが沈んだ空気を切り替えるように口を開いた。


「でも、オデロンさんの子孫だけでなく、リリスさんの娘さんまでいたなんて、頼もしいと言うか、本当に不思議なご縁ですね」


 そう、サヤカもそんな口ぶりだったけど、彼女たちは吸血鬼リリスのこともよく知っていたんだ。


「夜の一族は魔物や魔族と同一視されがちだけど、違うからね。200年前も、“妾は覇権争いなどに興味は無い”とか言って、魔王とは距離を置いて静観していたわ」

「本当は味方につけられたら頼もしかったんだけど、あの時はリリスも竜の一族も中立でいてもらうのがやっとだったからね・・・」


「しっかし・・・リリスのやつ、“妾にとって人間などエサに過ぎぬ。滅ぼされては食事に困るゆえ魔軍に手は貸さぬが、それだけで感謝せい”とかエラソーに言ってたくせに、まさか人間の男とケッコンして子供まで産んでるとか、なんなのよ、あの裏切り者ぉ・・・」

「「「・・・」」」


 やっと雰囲気が明るくなってきた。ちょっと違う方向に行っちゃったけど・・・


 なんでも、サヤカとリリスは腐れ縁というか、なんどもケンカしたことがあるらしい。

 あの吸血鬼とまともにケンカが出来るって、やっぱ勇者ってのは人間離れしてるな。




 気を取り直したモモカとサヤカが、話を今後のことに切り替えた。


「あせっても仕方ないけど、やっぱりまずはパーティーの強化かな」

「そうね、ルシエンが無事ハイエルフになれたけど、LV1に戻っちゃったからレベリングしないといけないし、他のメンバーもそろそろ上位のジョブを目指したいところだし・・・」


 ルシエンが疑問を提起した。

「今後もヴァシュティの手が伸びることを考えると、メウローヌのように協力体制を築くために各国を回るのは危険じゃないかしら?それとも、この辺りの辺境地帯で魔物狩りをするの?」


「そうね、ひとつ考えている場所があるの」

 モモカはそう言うと、いつの間にかエヴァの隣でお昼寝中の幼児に視線を向けながら言った。


「ルーくん、って言ったっけ。その子がカギになりそう・・・向かおうと思っているのは、白嶺山脈。“竜の巣”よ」

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