第357話 使徒ヴァシュティ戦②
メウローヌの外務大臣リベラ伯爵の館で歓待を受けた俺たちは、伯爵の兵や使用人たちに寝込みを襲われた。魔王の使徒に操られた人々を殺さぬように脱出した俺たちは、街の外に逃れようとした瞬間、新たな攻撃を受けた。
モモカの“重力制御”魔法で、街壁を飛び越えてビシーの街から離脱しようとした時、宙に浮いた状態の俺たちを、突如巨大な火の球が襲った。
モモカはパーティーを飛ばすのに魔力を集中しているし、飛ばされている俺たちは自由に体を動かすことが出来なかった。
サヤカ1人をのぞいて。
“飛翔”のスキルを持つサヤカは、瞬間的にパーティーをかばう位置に飛んで、“対魔法”の呪文をまとわせた剣で紅蓮の炎を切り払った。
とてつも無い火力。
あの上級悪魔ゲルフィムの火球に匹敵する巨大な炎の塊が飛び散り、打ち上げ花火がはじけたみたいに四散した。
その衝撃で、みんながバラバラに落ちそうになるのをモモカがなんとか制御して軟着陸させる。
だが、そこに多数の魔物が殺到してきた。
森からあふれ出してきた魔狼、魔熊、そして人型のヤツらもいる。アンデッドの群れだ。
「モモカ、ここはまかせた!あたしはヤツをっ」
サヤカはそう叫ぶと再び飛翔し、森の奥をめざす。
飛べない俺たちは援護も出来ない。
そんな余裕も無かった。
数百匹の魔物が殺到してくるのだ。
しかも、ほとんどがレベル10以上だ。四方八方から包み込むように襲ってくる連中を食い止めるのに忙殺される。
俺はサークル状の粘土壁でパーティーを囲む。
一瞬、街壁際まで後退して壁を背にすることも考えたけど、衛兵が味方とは限らないからだ。いや、むしろ伯爵が操られていたことから考えて、領軍は敵になっているとみるべきだろう。
だからこそ、街から脱出することを選んだんだ。
俺が防御に徹している間に、リナが流星雨の詠唱を始めた。
カーミラ、エヴァ、ノルテが壁に取り付いてくるヤツらを排除している間に、モモカが粘土壁に“滅魔”をかける。
襲いかかってくる魔物の動きが止まった。魔物よけの効果は絶大なようだ。
さらにモモカは、アンデッドの群れに“領域浄化”を放ち、まとめて十匹以上を塵に変えた。
そこでリナの詠唱が完了し、俺たちの前面の魔物をなぎ倒す。とは言え、周囲360度を囲まれているから、倒せたのはほんの一部だ。
依然、囲まれて身動き取れない状況に変わりは無い。
そこに、再び強力な魔法発動の気配が襲ってきた。
「上ですっ」
ノルテの声に見上げると、流星雨が発動するときみたいに、上空に光がまたたいた。
でも、もっと邪悪な、空が赤黒く染まるような禍々しい光だった。
降り注いで来る、先ほどを上回る炎の塊。
ファイアドラゴンのブレスに匹敵するそれを、モモカが紫色を帯びた光りの壁を構築してかろうじて防ぎきる。“聖なる盾”だ。
「くっ」
だが、聖女の魔力を持ってしても容易ではない威力のようだ。
俺たちを取り巻いていた魔物は、まとめて消し炭と化した。
自分の使い魔でもお構いなし、っていうか、足止めするための囮だったのだろう。
そして、一撃で終わりじゃ無かった。
再び上空に赤黒い閃光がはじける。
今度はリナが、魔法戦士LV25で覚えた“対魔法”を唱えた。
かろうじて間に合い、轟音と共に落下してきた爆炎は、途中で砕けて飛散した。
その直後に、森の中でもう一つの爆発音が轟いた。
サヤカがついに敵を捕捉したようだ。
スキル地図に、あのヌゴーズ並みに大きな赤い点がくっきりと映し出された。
激しい戦闘の気配をみんなが感じた。
「行こうっ!」
俺たちは地図スキル上のサヤカの位置を頼りに、その上空へと有視界で転移する。
あれか!
宙に浮いた状態で、そう認識すると、敵から狙われる前にリナが再び地上へと転移。
落下の慣性は、モモカが見事な重力制御で相殺してくれた。
黒いフード付きローブに身を包んだいかにも魔女っぽい姿。だが、体格はサヤカより2回りは大きい。人型だが、ただの人間であるはずもない。
そいつが、勇者サヤカの振るう剣をねじくれた杖みたいなものではじき返した。
木製の杖で真剣を受け止めるなんてこと自体、魔力とか非物理的な力が無ければ不可能だろう。
かぎ爪の生えた片手がかざされると、手のひらから発した火球が、受け止めた剣ごとサヤカを10メートル以上吹っ飛ばした。
そして、モモカが詠唱するより早く、そいつがこっちをにらみつけた。
《・・・オトコカ、モラッタッ》
「ダメよっ、しろくんッ、見ちゃダメ!」
モモカが詠唱を中断してそう叫んだ時には、俺はソイツと目を合わせてしまっていた。
<ヴァシュティ 上級悪魔 LV41・・・>
そこまで読み取った瞬間、心臓をつかまれたように、“魅了”の大波が俺を襲った。
《ワタシヲ見ヨ・・・私を見て、私が欲しいでしょ?》
脳髄に直接響く声が、急に艶っぽい女の声に変化していく。
《私が欲しい?なら、その女たちを殺しなさい。そいつらは敵、私の、私たちの敵よ、私が欲しいならその女たちを屍に・・・》
そして、その顔立ちも、はっきり見えなかったはずなのに、なぜか脳に直接すり込まれてくる。
吸い込まれそうな瞳。ぼってりとした蠱惑的な唇からヌメヌメと吸い付きたくなるようなピンクの舌が蠢く。
肉感的な曲線・・・この女が欲しい・・・たまらなく・・・我慢できないほど・・・あれ?そうでもない?
「・・・」
《術ニカカッタ! コノオトコハ既ニワガクグツ、ヤレ!ソノオンナドモヲ》
「・・・えーっと」
ついキョロキョロまわりのみんなを見ちゃった。
やられた!と思ったのに、なんか普通に動けるし・・・どういうことだ?
みんなが心配そうに俺を見つめてる。
「しろくん?・・・大丈夫なの?」
モモカも半信半疑だ。
《ヤレッッ! ・・・ヌッ?効カヌ? ナゼダッ!?》
使徒ヴァシュティが初めて動揺を見せた。
「隙ありーッ!」
その刹那、サヤカが使徒に飛びかかり、長剣が振り抜かれた。
ザシュッ!
血か体液かわからないものが散り、かぎ爪のついた腕が一本、飛んだ。
片腕を犠牲にかろうじて身を躱した使徒に、返す剣が叩き込まれる寸前、爆発的な炎がその体から噴き出し、サヤカの体を包んだ。
「うわぁっ」
「「サヤカっ!!」」
爆炎が晴れた時、そこにはボロボロになったサヤカが、一人膝をついて肩で息をしているだけだった。
「サヤカ、大丈夫?・・・逃げられた?」
「あたしは、なんとか。逃げられたって言うか、立ち去った、かな・・・あのまま続けても、勝てたかわからない」
いつも強気なサヤカらしくない返事だった。
よく見るとサヤカの方も火傷だけで無く、その前の戦いでつけられたらしい幾つもの傷から血が流れ出していた。動けるのが不思議なぐらいの重傷だ、これ。
モモカの呪文でたちどころに“全快”はしたけれど、魔法での治療は、本当の意味でダメージを無かったことにできるわけじゃない。それは聖女の呪文でさえ変わらないのだろう。
「あいつ、搦め手を使わなくても十分強いわ」
「そのようね・・・今のままじゃ、危ないわね」
使徒ヴァシュティは、転移魔法を使って消えたのだろう。
サヤカがたしかに切り落としたはずの腕も、いつの間にか地面から消えていた。




