第354話 メウローヌ王国①
ベネディクス大僧正らが神々の加護を祈ってくれ、俺たちは一泊したカテラ万神殿を後にした。
今後の基本方針は、まず復活した勇者と聖女が主要国の首脳を訪問して協力体制を確固たるものにしつつ、俺たちパーティーのレベリングや上位ジョブへの転職を並行して進めること、になった。
モモカとサヤカの話では、魔王と使徒たちが復活した以上、遠からず魔王軍が結集し人類世界への侵攻を始めるだろうという。
その際に、夥しい数の魔物の軍勢と戦うためには各国の連合軍が必須だ。
一方で、普通の軍隊では魔王や使徒に対して足止め以上のことは困難なので、結局少人数の勇者パーティーを徹底的に強化しなくてはならないのだと。
「で、まずはルシエンね。ちょうどレベル30になったでしょ」
「・・・わ、私がハイエルフに?」
ルシエンの両親ルネミオンとリンダベル、そして長老たちはエルフ族の上位の存在であるハイエルフだけど、その転職?条件が<エルフLV30>に達することらしい。
「これまで条件を誰も教えてくれなかったから、年齢や修行歴が関係しているのかと思ってたわ・・・」
「そんなことないよ?リンちゃんなんて、たしか17歳でハイエルフになったし」
「えぇっ!」
リンダベルさんは200年前、エルフとしては未成年の19歳で魔王と戦ったとは聞いていたけど、ハイエルフになったのも17歳、エルフ族としてはまだほんの子供と言っていい年齢だったそうだ。
「リンダベルは歌姫として特殊な才能があったから例外かもしれないけど、ルシエンはもう34歳なんでしょ、全然問題ないよ?」
「・・・もう34って言われると微妙だけど、わかったわ。今後のことを考えたら、なれるならなっておくべきよね」
ルシエンが俺の方をちらっと見ながらそう答えた。
俺たち転生者は眠ってる間にジョブチェンジすることも出来るけど、エルフ族がハイエルフになるには、決まった儀式があるらしい。
だから、ルシエンだけいったん別行動、ということになった。
まず全員で転移魔法を使って、カテラからウェリノールに戻る。
そこにルシエンだけを残し、残るメンバーは隣接するメウローヌの王都ペレールに向かった。
ペレールの郊外には前回の旅でリナの転移登録をしていて、魔力地震や天変地異を経ても、なんとか座標が生きていた。
そこで、粘土スキルの収納からトリマレンジャーを出す。
新たにモモカとサヤカ用の粘土トリウマも作った。
モモカ用には“聖素”を込めて、紫色っぽい外見のトリマパープル。アンデッドに対する浄化能力も持っている。
サヤカ用は“金素”で、銀色のトリマシルバーだ。こっちは特殊能力は無いけど、他のトリウマ以上に装甲が強化され、突撃要員とも言える。
「ふーん、シローが作ったにしては美的センスも意外にいいのね?あ、ノルテたちが手伝ってくれたんだ。なるほどー、どおりでね」
「でも、これ便利ね。ついでに魔除け効果も付けとくね」
サヤカのにくまれ口は相変わらずだけど、モモカは軽く流して、“滅魔”という呪文を全員のトリマレンジャーにかけていく。
これは、僧侶ジョブが結界や魔属性の魔物を破る呪文“破魔”や、修道士などが低レベルの魔物を寄せ付けないために唱える“退魔”の上位互換の魔法らしい。
その効果があったのかどうかはわからなかったが、俺たちは魔物と出くわすこともなく、王都ペレールの城門をくぐることが出来た。
前回の旅では、ペレールは時間の都合でほぼ通過するだけだったけど、さすが“文化の国”メウローヌの王都だけあって、街並みは建物も風物も美しく、賑やかな通りを行き交う人々はオシャレで、様々な店の品揃えやそのレベルも、文句なしだった。
「ルシエンさんがうらやましがりますね」
「ほんとに・・・」
出来ればじっくり観光したいってのは、ノルテやエヴァだけでなく、200年ぶりに人類文明の華とも言うべき街に来たモモカとサヤカも共通の思いだったようだ。
けど、まずはお仕事、というわけで、俺たちはあらかじめマリエール王女と連絡を取っていた王宮を訪問した。
「よくぞ参られた、勇者サーカキス殿、そして聖女モカ殿」
王宮で迎えてくれたのは、病身の国王に代わり実質的に既に国を率いているシャルル王太子だった。
マリエール王女の同腹の兄だ。その王女も、陪席した貴族らの列の上座の方にいる。
俺の“判別(中級)”スキルではステータスは見えず、この人も秘匿の魔道具とかをつけているらしい、と思ったけど、遠話でモモカが、“24歳でロード(LV19)よ”って教えてくれた。
モモカの“真実の鏡”というスキルは、ほぼあらゆる秘匿・擬装スキルを無効化するらしい。さすがチート聖女だ。
「拝謁を賜り光栄です、シャルル摂政閣下。亡きルメロス王国から侯爵位と名誉元帥杖を賜ったサーカキスであります」
軍人貴族の正装のような格好の、つまりは男装だ、サヤカが騎士の礼を取った。
女子だってのは一目でわかるんだけど、こういう格好が似合うのもサヤカらしい。あらためて凜々しくて美形だと思う。
続いて貴婦人の礼を取ったモモカは、マリエール王女に似た聖職者の高位の女性の正装だ。
「同じく亡きルメロス王国から侯爵位と名誉祭祀長の称号を賜ったモカにございます」
サヤカと顔立ちはそっくりだけど、モモカの印象はとにかく美しく、そしているだけでまわりが癒やされるような、やわらかな空気感がある。
2人とも“カリスマ”ってスキルを高レベルで持ってるからってのもあるんだろうけど、子供の頃の2人にはまだ無かったものだ。
そして2人の衣装は、200年間リンダベルさんたちが天樹の力で保存してくれていたものだけど、やはり布製品などは時と共に風化して失われたものもあって、そうしたものはエルフの里であらためて用意してくれていた。
「うむ、信じがたいことだが、お二人が双子の麗しい女性だというのは、ちょうど博士らに調べさせていた古文書の記載通りなのだな。そして、ルメロス王国の侯爵であるなら、当家とは本来同格でもある。どうか、今後とも昵懇に願いたい・・・」
現在のメウローヌの王家は、200年前の魔王大戦の結果滅んだ旧ルメロス王国の貴族メルロワ侯爵が建国したそうだ。
「私たちが魔軍と戦っていた時代のメルロワ侯爵は、たしかユーグ様とおっしゃったかと。文人肌の方で、絵画のコレクションを見せていただいたことがありますし、ご自身でもお描きになっていたと記憶しています」
「そうそう、たしかユーグ・メルロワ侯のご子息のシモンさんが、ドロテア姫と婚約されたというのが宮廷で話題になっていたような・・・まだお二人ともお小さくて、5,6歳だったかと思いますが」
サヤカとモモカが当時の記憶をたどって答えると、シャルル王太子や重臣たちの幾人かは感心していた。
「なんと!あの時代のことをそこまで詳しくご存じとは、やはりあなたがたこそ、かの勇者と聖女であること、疑いない!・・・さよう、“王父”ユーグ・メルロワの嫡子シモンがルメロス王家のドロテア姫を娶り、ルメロス王国が不幸にも滅んだ後に、その文化伝統を継承するメウローヌを建国したのだ」
サヤカたちの記憶では、メルロワ侯爵は内政畑の名門貴族で、ルメロス国王の末娘を嫡男の正室に迎える、という話が当時あったそうだ。
もっとも、王の子供は10人以上いたし、後にメルロワ侯がルメロス王国の継承者のような立場になるとは、予想もしていなかったようだが。
メウローヌ王宮での謁見はきわめて友好的な雰囲気で進んだけれど、ひとつだけ、事前にモモカが予想していた通り、「メウローヌが勇者と聖女の後ろ盾となるから、ここを拠点に活動しないか」と強く勧誘され、それを二人があくまで礼儀正しく、しかしはっきりと突っぱねた、というのが胃の痛くなるやりとりだった。
そういう意味でもやっぱり、カテラ万神殿から各国に発信してもらった
「勇者と聖女はどこの特定の国にも所属せぬことを支持し、人類共通の希望であると認識する」
という声明は重要な意味があったようだ。
かなり残念そうな様子の王太子の前を辞して、俺たち一行はマリエール王女と腹心の魔法戦士ルイフェの案内で、王宮に隣接するペレールの大神殿を訪れた。
モモカが懐かしそうにしてたのは、この大神殿の作りが、かつてモモカが名誉祭祀長を務めていたルメロス王国の神殿によく似ていたかららしい。
そういう文化様式とかは、たしかによく継承されているようだ。
けれど、最大の目的だった、俺とカーミラにつけられているのではないか?という“魔の刻印”みたいなものについては、大神殿の僧正らに見てもらっても解決しなかった・・・。
「むむむ、なにか邪悪な、ツヅキ卿の魔力とは異なる魔の波動が感じられるのはたしかなのですが、それが具体的にどこにどう刻まれているのか、そしてどうすればいいのか・・・拙僧の力不足にございます」
「そんな、どうか顔をお上げ下さい。私こそ、聖女の称号をいただきながら取り除くことが出来なかったのですから、己の未熟さを恥じるばかりにございます」
現在の祭祀長代理として、実質的にマリエール王女に代わってメウローヌの神殿を束ねるマルセル僧正に対し、モモカがしおらしく頭を下げた。
俺たちがメウローヌに来たのは、マリエール王女が「大神殿なら魔の刻印を取り除けるかも・・・」と招待してくれたのがきっかけのひとつではあったけれど、“伝説の聖女”がなんとか出来ないものを現在の祭祀長が解決できなくても、それは仕方ないと思う。
ただ、これも想定の範囲内だった。
「やっぱりね。僧正クラスの聖職者でも正確な発見も除去もできないとすると、これは間違いなく、魔王の使徒による刻印よ。それが確かめられたのは大きいわ」
「これって、あいつよね?」
「ええ、間違いない」
モモカとサヤカは、ルシエンたちエルフ族が“魔王の耳目”と呼んでいた眷属のことをよく知っているらしい。
それは紛れもなく、かつての魔王の使徒の1人だと言う。
実のところ、モモカが本気になれば“領域浄化”と“滅魔”を組み合わせたりして、この刻印を消し去ることは可能かもしれない、と言う。
ただ、そうすると相手に確実に気付かれるし、一種の“副作用”が俺たちに及ぶおそれもある。
そしてなにより、この刻印は、俺たちを傀儡と化した村人たちのように操れるものではなく、単に居場所を知らせる役割しかないらしいので、これを逆手にとって、使徒を倒すためにあえて消さずにいたのだ。
残念そうなマリエール王女に、招いてくれたことへの感謝をあらためて伝え、俺たちは大神殿を出た。
王都ペレールの賑わいの中では、俺たちを見張る目があるのかどうかはわからなかった。
「私とサヤカの復活はもう気付かれていると思う。ただ、あいつの刻印が打たれていることにこっちが気付いていることは、おそらくまだ気付かれていない。だからこそ、チャンスなの。あれは本当に厄介な相手だから・・・」
魔王の使徒を各個撃破する、その2つめのターゲットが決まった。




