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第352話 カテラ万神殿

俺たちは・・・いや、サヤカとモモカは、魔王の使徒である巨獣ヌゴーズを倒すことに成功した。

 一千年近い歴史を持つカテラ万神殿。


 その厳かな謁見の間で、居並ぶ高位の聖職者たちが賛嘆の声をあげ、まだ年若い女たちの前で拝跪していた。

「此度のこと、どれほど感謝してもしきれませぬ。勇者殿、聖女殿、あなたがたはまさに神々の救いの御手、この苦難の時に天から使わされたのでありましょう・・・」


「大僧正様、顔をお上げ下さい。私たちはなすべき事をなしたまでですから」

「前世ではエワリストゥス大僧正に多くの教えを受けました。きっと師は今もカテラの人々を見守っておられるでしょう」

「おぉ、第五五代大僧正エワリストゥス師でございますな。カテラ中興の祖と呼ばれる名高きお方と御昵懇であったとは・・・」


 サヤカとモモカが、全てのアマナヴァル教徒の頂点に立つベネディクス大僧正の手を取り、柔らかな声をかけると、列席する僧正、僧官らは感涙にむせぶ。

 神都は祝賀ムードに包まれていた。




 カテラ万神領の北西部を蹂躙していた使徒ヌゴーズを退治した後、俺たちは傷ついた兵や廃墟と化したフレンツの街の人々を魔法で治療して回った。


 中でも聖女モモカの広域治癒魔法は圧巻だった。

 彼女が手をあげて歩くだけで、目に映る範囲の人々の傷がみるみる癒やされていくのだ。

 その視覚的効果の強烈さもあって、街の人々も聖騎士たちも口々に、女神の降臨だ、神はやはり実在するのだ、と噂し合い、うちひしがれていた人々は希望を取り戻した。


 そして、軍を率いていた聖騎士団長セルギスが神都カテラに報告したことで、俺たちは「ぜひにも大僧正猊下自らお礼を申し上げたい」と言われ、転移魔法で万神殿にやってきたのだ。



 カテラの幹部らは、俺たち、と言うか勇者サーカキスと聖女モカを盛大にもてなして、“神都に留まり今後も信者らを導いて欲しい”と訴えたが、2人は丁寧な口調ながらそれを断った。


 使徒の出現により崩壊の危機に直面しているのはカテラだけではないこと、そして200年前の魔王大戦でも勇者パーティーは特定の国に属することなく大陸を転戦したこと・・・などを理由に挙げて。


「幸い使徒ヌゴーズを倒すことは出来ましたが、我らとて常に使徒を打ち負かせるほどの力を持つわけでは無いのです。此度は我らの復活を知らなかった相手に奇襲が決まりましたが、今後は警戒されるでしょう」

「そして、ひとたび魔王の元に多くの使徒が集結してしまえば、それを打ち破ることは極めて困難です。各地で目覚めた使徒を一刻も早く各個撃破する、そこに人類の勝機があります」


 サヤカとモモカの主張は、幹部たちも否定できないものだった。

 とりわけ、極北の地で魔王の力に直接触れてきたアッピウス僧正や、今回前線でヌゴーズを迎え撃ったセルギス聖騎士団長らは、盛んに頷いていた。


“魔王の蹄”ヌゴーズが出現し、魔物の群れを率いて進軍を始めてから討伐されるまでのわずか数日で、十万を超える命が失われ、進路にあったいくつもの城市が廃墟と化した。

 ただの魔物ならば普通の軍兵でも迎え撃てる。だが、魔王の眷属、使徒と呼ばれる者たちは次元が違う。それは、実際にそれと対峙したことがある者には、もはや明らかだった。


 

 今回の活躍に対し、ベネディクス大僧正からサヤカとモモカに、カテラの貴族の身分や勲章、さらに金銀財宝を与えたいとの申し出があったが、2人はそれを辞退した。

 そのかわり活動費程度の金貨のみを受け取ると共に、3つの依頼をした。


①勇者サーカキスと聖女モカが復活したことをカテラ万神殿として宣言する。


②各国に対し、勇者と聖女の一行に最大限の便宜を図ることを万神殿として要請し、勇者と聖女が特定の国に属さず独立して行動することを支持する、と表明する。


③勇者と聖女の要請により魔軍との戦いに臨む人類・亜人連合軍に、カテラは可能な限りの貢献をする。


 どれも筋の通った要求ではあったから、大僧正はじめカテラの意志決定機関である僧正会は、その場で受諾した。




「あれでよかったの?」

「ええ、それも説明するわ。・・・じゃ、始めようか」


 MP回復のため万神殿に一泊だけすることにした俺たちは、晩餐会の後、賓客用の続きの間に入った。


 そして始まったのは、『反省会』兼『作戦会議』だ。


 こういう所は、緻密なモモカだけでなくサヤカも計画的というか、元々アスリートだからか日々のパフォーマンスの点検と修正は欠かさない、らしい・・・



 きょうのヌゴーズとの戦いは、結果としては予想以上に上手くいったものの、モモカとサヤカにとっても実はギリギリだったらしい。


 まあ2人を除く俺たちには、あのムニカの廃坑で存在感に圧倒された魔王の眷属を、人間の力で倒せたってこと自体が驚愕だったわけだが。


 ヌゴーズの鱗は勇者の攻撃力でも外から破壊するのは困難で、強力な個人結界をまとった勇者が体内に突入し、内部から弱い部分を狙った範囲攻撃をぶっぱなして倒すしかない、というのはわかっていた。


 だが、ヌゴーズの口が閉じるまでの時間が足りず、俺がとっさに粘土柱を口の中に立ててつっかい棒にしたんだけど、瞬時にかみ砕かれた。

 あそこで突入が間に合わなければ打つ手が無かったし、ヘタをすればサヤカが殺されて終わってた可能性もあったと言う。


「ちょっと作戦が雑だったかも。それでも、今回はヌゴーズが単独行動だったから可能だったんだけどね。200年前は他の眷属とか頭の回る魔人もいて隙が無かったから・・・1体でも片付けられたのはホント大きいわ」


 2人の見立てでは今後、使徒たちは配下の魔物を率いて極北の魔王の所に集結しようとするらしい。


 その合流によって、複数の使徒を従えた魔王軍が完成してしまうと、勝ち目は限りなく低くなる。

 だから、それまでに少しでも各個撃破しておく必要がある。機を見て2人の判断で倒しやすい相手に向かえるよう、フリーハンドを確保しておく必要があると。


 けれど、あの3条件で意図していたのはそれだけではないらしい。モモカが続けた。


「それとね。これからおそらく、各国の間で“勇者の争奪戦”が始まるわ。どの国も自国の利益のために自軍に勇者を組み込みたがるから。200年前はその主導権争いで、ベストな戦略をとれずに随分犠牲が増えたの。それを出来れば避けたいから・・・」


 200年前の大陸では、2人が転生したルメロス王国や北方のノルド王国などいくつかの大国が、対魔王戦でなかなか足並みが揃わず、勇者と聖女を自軍の戦力として囲い込もうとする動きがあった。

 どこだって自国民の命が第一だろうから想像に難くないが、それで魔王軍の侵攻を食い止めるのが遅れ、救えたかも知れない国がいくつも滅んだらしい。


 だから、勇者と聖女の復活を多神教の総本山である万神殿として認めて権威漬けしてもらった上で、「特定の国に属さず独立して行動することを支持」してもらうことにしたわけだ。


 これをエルザーク王国とかレムルス帝国が最初に言い出しても、「そうは言っても、お宅の国が後ろ盾になって主導権をとりたいんだろう」と、他国は疑心暗鬼になるが、一応、全ての多神教国の精神的支柱であるカテラが主張すれば、各国の同調を得やすいということらしい。


 こういうシナリオを考えたのは、もちろんモモカだ。


 現在の世界情勢を俺とルシエンとリンダベルさんに細かく聞き込んだ上で、サヤカと相談しながらそんな策を立てた。


 その方針では、まず使徒1体を倒して圧倒的な実力を示す。

 そして、万神殿の権威でそれを発表してもらい、現在の世界でサヤカとモモカの地位を確立する。200年前の二人を直接知る者がいない以上、若い女が突然“自称”勇者とかって言い出したって頭のおかしいヤツと思われて終わりだから。


 だから俺も、(一応自分たちが所属している)エルザーク王国への報告も事前にしていなかった。

 あとで追求されたら、「遠いし魔力嵐がきつくて遠話が通じなかった」って言い訳することになっている。


「さすがにシローの“先生”だっただけあるわね・・・」


 すごいスピードで方針を決めていくモモカとサヤカに、最初はルシエンとエヴァはちょっと不満もあったようだけど、2人の実力を見せつけられるにつれて“格が違う”と納得せざるを得なかったようだ。


“実力”と言えば、2人から「一緒に行動するなら、みんなの力を知っておく必要があるわね?」と、きのう模擬戦みたいなこともした。


 ぜんぜん「戦」にならなかったけれど。


 ルシエンとエヴァ、カーミラの3人がかりで、サヤカと3対1で木剣とかを使った練習試合をしたんだけど・・・秒殺だった。


 サヤカはエヴァを圧倒するパワーとカーミラ以上のスピードに加え、カーミラが隠身をかけても察知してしまう能力も持っていたから、勝負にならなかった。



「じゃあ、しろくんとノルテちゃんは私と試してみましょうか。しばらく寝込んじゃうことになるかもしれないけど、全力を見せくれるかな?」


 ニッコリ微笑むモモカに、俺とノルテはガタブル状態で固辞したんだけど、俺たちの意志は最初から関係なかったらしく、粘土スキルと錬金術でモモカに魔法戦を挑まされ、気がついたらノルテと2人仲良く眠らされてた・・・。


 いや、俺、魔法とかスキルとか抜きのフツーのケンカでも、モモ姉にもサヤ姉にも昔から勝てたこと無いし。


「でも、みんな合格よ」

「そうね、これなら一緒に連れて行けるかな」


「「「「「えっ?」」」」」


 実力主義でパーティーの新たな序列が決まった?あとで2人にそう言われ、俺たちは戸惑った。


「あ、今の時点で私たちと互角にやれるなんて、元々思ってないからね?今後の鍛え方とジョブチェンジ次第で、200年前のパーティーに負けない、いえ、それ以上のパーティーが出来るかも、ってこと」


「そうそう。リンちゃんたちに聞いた話だと、いま大陸で最強クラスでも人間の魔法職でLV35ぐらい、ハイエルフでLV40ぐらいらしいから、どっちにしろレベリングが必須だからね~。ならまだ若くて伸びしろがある方が鍛え甲斐があるし、シローと連携が取れてて信頼できるメンバーならなお良し、だよ?」


 サヤカとモモカは、俺たちを楽しい団体旅行に案内するバスガイドさんみたいな笑顔を浮かべた。

 でも、その行き先は、きっと『虎の穴』とか『界王星』とかに違いない・・・




 そして、初陣として俺たちはきょう2人に率いられ、カテラを蹂躙していた“魔王の蹄”ヌゴーズに挑むことになったのだ。


 これまで冒険者パーティーとして、そして国同士の戦争でも、随分場数を踏んできたと思ってた俺たちだったけど、この戦いは次元が違いすぎた・・・



 長い一日の終わりに、サヤカとモモカは俺たちにこう言った。


「明日の朝、また今後の方針を相談しましょう」

「そうね、きっと一晩でびっくりするぐらいレベルアップしてるから。楽しみだね」

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