第348話 如月姉妹
ついに目覚めた200年前の勇者と聖女――ところが、それは元の世界で俺の幼なじみだった双子の姉妹だった!!
むにゅーっ。
「いた、いたたたたたっっ」
「だいたいねー、人のファーストキス奪っといて、“誰だか気付いてもいませんでした~”とか、ありえなくないっ?」
「いや、だから、ゴメンって言ってるじゃん、サヤ姉・・・」
ほっぺたを餅みたいにつねられ引き延ばされて、俺はひたすら謝らされてた・・・
ナゼ?俺、悪くないよね?
目覚めさせるのに必要だって言われたからキスしただけで、そりゃ“役得だぜ”って思わなかったと言えば嘘になるけど。
第一、サヤ姉だって俺だと気付いてなかったんだしさ・・・けど、サヤ姉には逆らえないのだ、昔っから。
横を見ると、原因を作ったリンダベルさんは素知らぬ顔だ、ってか、青白い顔がほんのり赤みを帯びて、興味津々で俺たちのやりとりを聞いてる。
「なつかしいねー、しろくんの“サヤネエ”って。こっちじゃずっと、“勇者サーカキス様”だったもんねぇ」
「ふんっ、リンダベルもリンダベルよっ。200年間あたしらを守ってくれてたことは、ホント感謝してるけどさ。あんたが、ちゃんとあたしらのことをまわりに説明しといてくれたら、こんな面倒クサイことにならなかったでしょーに」
「す、すみません、サヤカさんとモモカさんのお知り合いだなんて想像もしてなくて・・・だって、200年もたってるんですよ?そこで幼なじみの殿方が現れるなんて甘酸っぱすぎる展開、エルフならともかく人間族の寿命で考えられないじゃないですかぁ」
「まあまあ、リンちゃんだしねぇ~、オトナになってもあまりに変わってなすぎて、逆にほっとしたよ~」
「うぅ・・・娘の前でそんなこと言わなくても」
なんだか、リンダベルさんって実は天然というか、ちょっとドジっ子キャラだったらしい・・・めっちゃイメージ狂うわ。
ルシエンもさっきから無言でジト目だし・・・。
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この世界で、勇者サーカキスと呼ばれていたのは如月清香。
そして、聖女モカは如月桃香。
元の世界で、母親の育児放棄とかいじめで不登校とか、思い出したくも無い灰色の半生をおくっていた俺に、たった二人だけ味方でいてくれた双子の姉妹。一卵性双生児で桃香の方が姉だ。
こっちの世界に転生し、当初は清香は「サヤカキサラギ」ってフルネームで名乗ってたものの、欧米人に日本人の名前が発音しにくいように、なかなかちゃんと呼んでもらえず、いつの間にか「サーカキス」って呼び名が定着しちまい、本人も「まーいーか」ってそれをこの世界でのキャラネームみたいにしちゃったらしい。
桃香の方は、単純に1音抜けてモカにされちゃったと・・・安直すぎる。
俺たちが元の世界で姉弟同然の幼なじみだったことがわかると、リンダベルさんとルシエンを交えて、猛烈な勢いで情報交換(いや、大半はただのおしゃべり?のような気もしたけど・・・)が進んだ。
リンダベルさんの体調は相変わらず良いはずが無いんだけど、桃香と清香の“生命維持装置”みたいなのに魔力を吸われ続ける状況が終わったことと、“聖女”桃香がなんらかの治癒魔法を使ったことで、とりあえず容態は安定していた。
俺は子供の頃、二人は夏休みに交通事故で亡くなった、と聞かされていた。
けど、俺が地下鉄に轢かれそうになった母子を助けて死んだのと同様、桃香と清香も単なる事故死ではなく、やはり“複数の他人を助けようとして代わりに死んだ”というケースだったことを初めて知った。
二人は高1の7月の休みに高速バスで旅行中バスジャックに遭い、犯人を取り押さえようとして刺されたらしい・・・当時13歳だった俺には誰も詳しいことを教えてくれず、如月家の両親は家を売り払い引っ越してしまったんだ。
「で、モモ姉とサヤ姉も、神サマにボーナススキルみたいなのをもらったの?」
「うん、あたしは“もう二度と理不尽な暴力に屈しなくて済む力が欲しい”って。ほら、シローとモモカがやってたゲームにさ、勇者って出てきたじゃん?だから、あれぐらい無敵にしてって」
「そ、それで、そのまんま勇者かよ・・・」
わかりやすすぎる・・・二人は顔立ちはそっくりだし、どっちも才色兼備なんだけど、キャラは対照的なのだ。
サヤ姉は昔から<単純明快><猪突猛進><直情径行><一刀両断>の武闘派だ。
小学校の時は草野球チームのエースだったけど、剣道も習ってて中学の時に全国大会で優勝していたはずだ。
近所のガキ大将も学校の上級生も、サヤ姉と一緒にいるときは手出ししてこなかった。
「けど、最初から“勇者”ってジョブに転生したわけじゃないよ?“勇者の魂”とかってボーナススキルをもらって、それがスキルレベル10になったら勇者にジョブチェンジ出来るようになったの」
清香は転生した時は、特に希望したわけでも無いのにスカウトのジョブだったらしい。
てっきり戦士とかだと思ったんだけど、たしかに昔から腕力以上に素早さが際立ってた。背後に忍び寄って“カンチョー”とかするイタズラ好きだったしな・・・
で、一度転職してから“勇者の魂”のスキルレベルがカンストして、二度目のジョブチェンジで勇者になったと。
「転生者は、希望をかなえるようなボーナススキルと、場合によっては他にもオマケみたいなスキルとかをもらえるみたい。でも、初期ジョブは必ずしも希望通りとはいかないみたいね。なんらかの形で本人の資質とか生前の能力が反映されるみたいだけど、そこははっきりしないわ」
桃香が冷静にそう語る。
そう、モモ姉は日頃はホンワカした癒やし系キャラに見えるし、それも半分は正しいんだけど、実はクールで論理の塊みたいな知将タイプだ。
てか、掛け値無しの天才だ。
高1で学生向けの“科学オリンピック”とかの代表に選ばれてたはずだ。
<外柔内剛>な<大和撫子>ってだけでなく<頭脳明晰>でかつ<巨乳美人>という、男子の妄想が具現化したような存在だ。
むにゅうーーーっ!
「いてててっ」
清香につねられたほっぺたが、ちぎられそうになる。
「あほシローっ」
アレ?言葉に出してないはず・・・
リンダベルさん、まさか儀式の時から念話をつなぎっぱなし?と思ったらあきれたような視線が・・・
「ごほんごほん・・・しろくん、二十歳になったんだって?見違えちゃったけど、考えてることが顔に丸々出ちゃうのは変わらないのねぇ。しかも品性は成長どころか劣化してる?・・・お姉ちゃん、ちょっと残念だよ」
も、モモネエ容赦ねぇ・・・orz
けれど気を取り直して、俺たちは最近の世界情勢やら、魔王をめぐって起きていること、俺たちパーティーが世界を回って経験してきたことを中心に、矢継ぎばやに説明させられた。
主に質問するのは桃香で、話すのは俺とルシエンだった。
俺の方が二人に聞きたいことが山のようにあるんだけど、最初に桃香にこう言われたのだ。
「時間は限られているでしょ?しろくんの知りたいことは後で必ず教えてあげるから、まず私たちに必要な情報をちょうだい。なぜって、この天樹の中だけは、魔王の耳目が届かない、絶対に安全な場所だから。そうでしょ?リンちゃん・・・」
つまり、この天樹の胎内から一歩出れば、遠からず勇者と聖女の復活という最重要機密が、エルフや人間など自由の民の側だけでなく魔族側にも知られてしまうだろう・・・だから、ここにいる間に、最善手を打つべく必要な知識を得て、外に出た後どう行動するか?の方針を決めておかなくてはならないのだと。
そう言われちゃうと、俺としても真剣にならざるを得ない。
(いや、最初から真剣にやんなさいよ)
突っ込まれた。サヤ姉じゃない、久々にリナだ。
ウェリノールに入ってからずっとおとなしくしてたんだけど、腰の革袋の中でもぞもぞしてる・・・
「そう、まずそれを教えてよ。しろくんのスキルに関係してるんだよね?」
そう指さす桃香には、俺のステータスやスキルが当たり前のように見えているらしい。
俺には二人のステータスが見えていないのに。
そして、俺はボーナススキル“お人形遊び”と“粘土遊び”のことを詳しく説明した。
桃香と清香は俺の説明に最初は“残念なコ”を見るような表情だったけど、途中から“お人形遊び”については俺に替わってリナが直接二人とやりとりしはじめ、すると様子が変わった。
初対面だってのに3人はなんかすごく話が合う感じで、次第に桃香も清香もしきりに感心しているようだったし、特に桃香は真剣に頬に手を当てて考え込みながら聞いていた。
モモ姉の頭脳がフル回転してるときの様子だ、これは。
「面白いわ・・・しろくんが思ってる以上に使えると思うわよ?これからの作戦がかなり変わりそうね」
その様子を見て、清香が真剣な顔で口を開いた。
「モモカ・・・あたし今だから言うけどさ・・・正直もう疲れた、やめたいって何度も思って、いや、今だって迷ってる・・・」
清香が言うのは、魔王との絶望的な戦いのことだろう。
勇者として世界の期待を背負わされて戦ってきたこと、その重荷から解放されたいと思ってたってこと・・・そりゃそうだよな。
俺だって、急に「オマエは勇者だ、だから世界を救うために魔王と戦え」とかって言われたら、勘弁しろよって思うだろう。
サヤ姉は正義感は強い方だけど、元々世の中のためとか自分を犠牲にしてもとかって考えるタイプじゃなくて、どっちかって言うと自由人気質だしな。
リンダベルさんは目を伏せ、ルシエンは真剣に二人の横顔を見つめていた。
清香の言葉は、でもそれで終わりじゃなかった。
「けど・・・でもね、モモカ。やるなら、今度こそ何とかしたい・・・勝ちたいの。いつもいつも、あたしはモモカに頼ってばっかで、モモカにあたしの分まで考えてもらって悪いんだけど」
桃香は双子の妹に柔らかく微笑みを返した。
「私もいっしょだよ、さやか。正直、あの時死んじゃってれば、もう苦しまなくてよかったのに、って思うぐらい・・・でもやっぱり、勝ちたい。・・・でね、もうちょっと考えよう?今の世界の状況とか、頼れる戦力とか、まだ結論が出ないけど、・・・今度はしろくんもいるし。ね?」
「あ・・・う、うん、モモ姉。サヤ姉も。その、さ・・・俺、こういう時なんて言っていいかわかんないけど・・・二人にまた会えて、会えるなんて思ってもいなくて・・・ホントに会えて嬉しいよ。死んで良かった。これだけは」
「あはは・・ばかっ、死んで良かったとか言わないでしょ、ふつー」
清香が清香らしい顔になって笑った。
こういう表情は、15歳の頃の清香と同じだ。そこにほっとする。
清香は突然、俺をぎゅっとハグしてきた。
「でも、うん、あたしも嬉しいよ、シロー。シローに会えて嬉しい・・・そうだね、1回死んだんだもんね、あたしたち。もう怖いもん無しだよね?それにモモカの言うとおり、今度は3人だもんね」
「そうだよ。3人で、1回なくした命をやり直すの、最高の形でね」
そっくりな美貌の双子が、顔を見合わせてけらけら笑った。
「そうそう、しろくん。ひとつ言っとくけど・・・」
モモ姉が、俺の方を向き直って言った。
「あのね・・・これからは“モモ姉”と“サヤ姉”はやめない?」
なんだかちょっと照れてるみたいだ。
二人の誕生日は12月25日だった。
15歳7か月の時に事故死してこっちの世界に転生し、それから5年弱この世界で生き、20歳3か月の時に、魔王との決戦を経て眠りについたらしい。
「だから、数字上は220歳のおばあさん、あ、リンちゃんゴメンね、だけど、実際に生きて経験した時間は20年3か月だからね、しろくん2月生まれだから今20歳1か月でしょ?今は実質的に同い年なんだよ」
「・・・そういやそうね、いつの間にか背も抜かれちゃったしね」
二人が、なんとも微妙な表情で俺を見つめる。
「えーっと、じゃあ、なんて呼べば・・・」
「普通に、ももかとさやかでいいんじゃない?私たち互いにそう呼んでるし、ほら、呼んでみてよ」
「え・・・じゃあ、も、も・・・モモカ?」
「きゃっ・・・あはは、ちょっと照れるかも・・・うん、でもそれでお願い」
「まったくモモカったら。うーん、シローにサヤカって呼び捨てされんのかぁ・・・ま、それもいいかな」
サヤカはにやっと笑った。
「でも、あたしはデレないからね」
リンダベルさんは頬を赤くして、ルシエンはなんだかちょっと冷ややかな目で、俺たちを見守っている。
けれどそこで、モモカもサヤカも急に真顔になった。
「じゃあ、そろそろ出ましょうか」
「そうね・・・ヤバいことになってるみたいだし」
いきなりどうしたんだろう?と俺は事情がわからずにいると、リンダベルさんは二人の言葉にハッとした表情になり、慌ててなにか天樹の外の様子を探っているようだ。
ルシエンも、ここにもいるのかわからないけど、精霊の声に耳を傾けている。
そして、リンダベルさんが真剣な面持ちで俺たちに告げた。
「そうですね。目覚めたばかりのお二人には申しわけないのですが、どうやら、事態は差し迫っているようです・・・長老たちが、お二人を待っています」
 




