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第344話 エルフの歌姫

ウェリノールの禁域を治めるハイエルフらは、俺たちの言葉を信じ同調するかどうか結論を出せずにいた。そこに、ルシエンの母リンダベルが病身を押して現れた。

 昼でもなお薄暗いウェリノールの幻想的な樹海の中で、既に夕暮れが近かった。


 その淡い光の中から、病み衰えてもなお美しいリンダベルが、もうひとりの、髪を後ろで束ねた中性的な容貌のハイエルフの女に肩を支えられて、歩いてきた。


 長老たちの思念のざわめきが、水面に小石が落ちたように波紋となって広がった。


《・・・星読みイダリエルよ、歌姫リンダベルは休ませておこうと合意したはずだが?そなた自身、新たな動きは観相されていないと申していたではないか》


 筆頭格のアラボレンがそう問うと、2人の女は車座の中央、俺たちのすぐそばに来て、長老たちに向かいひざまずいた。


《長老会の末席に加えられたばかりの若輩者の独断をどうぞお許し下さい・・・》


《私がどうしても連れてきて欲しいと、イダリエルに頼み込んだのです。どうか彼女を責めないで下さい・・・》


 イダリエルという女性は<198歳 ハイエルフ LV17>と表示されたから、これまで見たハイエルフの中では最年少で、レベルも一番低い。

 リンダベルの方がいくらか年上らしく、妹をかばうような態度だった。


 けど、“星読み”ってアラボレンが言うからには、なにか重要な役目を担っているんだろう。

 そして、それは“歌姫”と呼ばれたリンダベルも同様、というかそれ以上の存在らしい。


《リンダベルよ、魔王の瘴気が強さを増す中、貴女の務めがその身をますます蝕んでいるのは皆が理解している。余人を持って代えがたいその身を大事にされよ・・・》


 アラボレンはおそらく自分よりかなり年若いリンダベルを、心からいたわるように丁寧に言った。

 そして、熱っぽく議論を戦わせていた長老たち誰もが、同様に彼女を尊重しているようだった。


 それが歌姫という称号によるものなのか、かつて勇者のパーティーとして魔王と戦った実績によるものかはわからなかったが。


《長老がた、お願いがあって参りました》


 リンダベルはひざまずいたまま面を上げて、車座のハイエルフたちを見回した。


《・・・なにを望むのだ、吾等の歌姫よ》


 アラボレンの問いに、リンダベルは少しためらいを見せた後、こう答えた。



《どうか、わが娘ルシエンに真実を打ち明けることをお許し下さい。そして・・・もう一度、“天樹のためし”をそして“目覚めの儀式”を行わせて下さい》


《《《!!》》》


《なんと・・・》


《やめないか、リンダベル!》


 驚いて絶句した長老たちの中で、リンダベルの言葉を遮ったのは夫であるルネミオンだった。


《今度また、ためしを乗り越えられなければ、貴女の命が》

《それでも構いません。もしそうなるなら、それも天命かと》


 リンダベルは夫の言葉に被せるように、青ざめた顔で“声”を強め、居並ぶ長老たちにこう話した。


《今がその時です。きっと前回、失敗したのは、まだその時ではなかったのです。それなのに、その理由を娘に説明することも出来ず、だからルシエンは己を責め、皆に己の才の無さを責められていると誤解して、それでこの地から出て行ってしまったのです。その娘がこうして戻ってきてくれた、魔王が目覚めたこの時に。これこそ天意ではないでしょうか・・・》


 その言葉を聞いて、ハイエルフたちの間に、動揺するような思念のさざ波が走った。


 俺にはよくわからないけど、ルシエンが18の時に里を飛び出したって話や、自ら歌を歌うことを封じたって話が、ここにつながってるんだろうか。


 当のルシエンは、まるで石像に変わったかのように、母の横顔をじっと見つめていた。


《イダリエルよ、そなたはどう見るか?そなたの観相にはどう映っているのです?》


 ルシエンや俺たちに否定的な態度をとってきた、グローミアという女ハイエルフが“星読み”に問いただした。


《敬愛するグローミアよ、正直に申して、私の観相は以前と変わってはいません。“死せぬ骸は正しき時に深き絆で結ばれた者の迎えによって目覚める”――――そう読み解いた星辰に変わりはありません。ただ・・・》


《ただ?》


 うつむいた星読みイダリエルに、今度はノルディルが尋ねる。


《私には、先代の星読みハリグノール師ほど精緻な御技はまだございません。“その時がいつか?”は、もう間もなくその時である、としか・・・かつてのためしの時は、まさに今がその正しき時かと思ったのです。ただ、わが心の姉たる歌姫が言うように、こたびこそ、そうかもしれませぬ・・・》


《確証は無いと・・・》


《ただ、同じ星辰は今、さらに強まっております!そして、観相自体には自信を持っております》


 イダリエルの言葉にリンダベルがさらに重ねて主張した。


《試みずして、他に手立てがありましょうか?魔王が復活した今、娘たちが言うように魔軍が世界を蹂躙し始めるのは時間の問題です。勇者と聖女を目覚めさせることが出来ねば、いずれにしても滅びを逃れるのは困難であること、先の大戦を知る皆様ならよくご存じでしょう?》


 突きつけられた問いにハイエルフたちはお互いに視線を交わし、場はしばし思念の静寂、とでもいう状況に包まれた。


 やがて、長老たちの筆頭格アラボレンが、重々しく口を開いた。


《よかろう、リンダベルよ。吾等は唯一の歌姫たる貴女を失う危険をこれまで極力避けてきた。この地の結界を持ってしても遮れぬ魔王の瘴気から二人を守り、そして二人と最も深い絆で結ばれた貴女を失えば、おそらく二度と死せぬ骸が目覚めることは無いであろうから・・・だが、貴女が今この時に賭けるというのであれば、吾等の命運を貴女に託そう》


《アラボレン、吾等が導き手よ・・・》

 ハイエルフたちの間に、思念のざわめきが再び広がる。


《しかして、誰を伴うのだ?吾等の歌姫よ・・・》

 アラボレンの問いに、リンダベルは俺たちの方を振り向いた。


《我が娘ルシエンと、その婚約者たる若者を伴いたいと》


 なんだって!ルシエンと俺の二人だけ!?


 もちろん、ここに来たのは勇者と聖女を探すためだ。

 とは言え、この話の展開で、ろくに信用されてない俺たちだけを伴って、その何とか言う儀式をするとか、どういうつもりなんだろう・・・けど隣りを見ると、ルシエンはなにか覚悟を決めた表情で、ゆっくり首を縦に振っていた。


 その娘の様子を見て、リンダベルが言葉を加えた。


《私はかつて、勇者様、聖女様と二人が転生したルメロス王国で暮らしておりました。そのルメロスの末裔たるメウローヌの巫女の神託、私は賭けてみたいと思うのです》


***********************


 ルシエンと俺は、ハイエルフの水魔法と聖句で清められ、白装束に着替えさせられた。

 巫女風の姿になり夫に支えられたリンダベルに伴われて、会合が行われていた奥にそびえる巨大すぎる樹=天樹の下に立っていた。



 リンダベルのリードで、ハイエルフの長老たち、そしてルシエンも、天樹を見上げてなにやら長い詠唱をしている。

 これは多分、真正語ってやつだ。


 俺には内容が全くわからないけど、何を唱え何を為そうとしているのか尋ねても、“説明はこの試練を乗り越えてからでなくては出来ない、真実を知る資格があるかどうかも試されているのだから・・・”と、取り付く島がなかった。


“失敗したら命を落とすかも”、とか、さっきなにげに言ってたよな?


 なのにハイエルフたちも、そればかりかルシエンも、俺がこの試しとやらを受けるのはあたりまえ、みたいな態度なんだけど・・・


 一度だけ、詠唱を始める前にリンダベルが俺に近づいて、小声でささやいた。

「ごめんなさい。そして、ありがとうございます、シローさん。娘が選んだ方を私も信じていますよ・・・」


 ルシエンとよく似た、でももっと甘い音色の、それ自体が美しい音楽のような声だった。

 俺がぼーっとその後ろ姿を見つめていると、複雑そうな表情のルシエンに耳を引っ張られた。


 そしてルシエンも小さな声で、「ありがとう。大丈夫よ、きっと」と硬い声で、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。



 やがて、詠唱が高まると共に、巨木が薄らと光をまとい始めたように見えた。


 それは俺の気のせいじゃない。


 詠唱するハイエルフたち、見守るノルテ、カーミラ、エヴァの表情にも緊張の色が浮かんだから。


 なにかが起ころうとしている。


 おそらく、これが“天樹のためし”なのだろう。


 リンダベルがリードする旋律は、いつしか詠唱と言うより美しいメロディーラインの歌声となり、ハイエルフたちのコーラスと共に一気に高まっていく。


すごい。


 音楽とか歌声に“すごい”って形容もどうかと思うけど、俺のボキャブラリーの乏しさじゃそれ以外表現できない。


 かつてセイレーンの前で歌ったルシエンの歌声は、俺がこれまで聞いたことも無い見事なものだったけれど、それをも上回る完璧な音楽ってものがあるとしたら、これのことだろうっていう・・・


 これが、美声揃いのエルフの長老たちからも、“ただ一人の歌姫”と呼ばれる存在なんだ。


 俺には真正語の歌詞がわからないから、音楽としての歌声しか感じ取れないけど、とろけるように甘いのに凍てつくように冷たい、睦言のように繊細なのにどんな嵐の中でも通るように凜と強く響き渡る――――ついさっきまで立っているのもつらそうな病身だったことが信じられないぐらい、一音もぶれること無く生きとし生けるもの全ての心に溶け込むように。


 そして、ルシエンもその母親の歌声と見事なハーモニーをなして、十数年ぶりに里に帰ってきたなんて思えない、ずっと一緒に練習していたような見事なユニゾンを披露していた。


 やがて・・・


《《《!!!》》》


 天樹が光り輝いた。


 多くの者が目を閉じたのは、その梢から地上へと稲妻のような輝きが降り注いだから。

 きっとその雷光が俺たちを焼き尽くしてしまう、そんな一瞬後を幻視したからに違いない。


 音は無かった。


 静寂の中、輝きに包まれた。ただ真っ白な闇。


 そして・・・声ならぬ声が、直接脳に響いた。


《―― 進メ ―――― タメシヲ受クル者ヨ 》


 誰かが俺の手をとった。


 これは、ルシエンの手だ・・・まばゆい光の中で、俺はなにも見えず、声に導かれる方へ、ルシエンに手を引かれて、よろめくように歩いた。


 それがどれぐらいの長い時間だったのか、それとも一瞬だったのか、わからない。




 光がおさまると、俺の前には手を引くルシエンが、さらに前にはルシエンを導いたリンダベルの背中が見えた。


 そして、暗い、真っ暗な中に壁が淡く光る、迷宮のような場所にいた。

 迷宮と違うのは光がオレンジ色ではなく、なにか緑色っぽい光だってことか。


 それに、邪悪な感じはしない。

 むしろ聖なる、神聖なるなにか、清浄で静謐な空間だと感じる。



 リンダベルが、がっくりと膝を着いた。


 ルシエンが慌ててその体を抱き、俺も反対側から体を支える。

 呼吸は弱く、精根尽き果てた様子だ。


 けれど、小さな声を絞り出すように、彼女は俺たちに告げた。


「・・・できたわ、ようやくできた。そう、あなたたちとなら、きっとためしを乗り越えられると、なぜだか最初から確信していたの・・・ここは天樹の胎内。時を止めた空間よ」


「母よ・・・あなたが秘していたのは、これなのですか?」

畏怖に満ちたルシエンの声に、リンダベルは覚悟を決めたように答えた。


「ええ、ルシエン、ごめんなさい。そして、待たせたわね。これから全てを話すわ。私に代わって、この先の修羅の道を歩んでもらうために・・・」

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