第343話 父と母と長老たち
エルフの秘境ウェリノールにたどり着いた俺たちは、ルシエンの父ルネミオンと母リンダベルに出会った。
蔓草で出来た部屋の中で、俺たちはルシエンの両親と対面していた。
ルシエンが俺のことを“エルザーク王国の子爵で、自分の婚約者で既に事実上の夫”と紹介すると、母親は青ざめた顔にほんのり血の気が戻った様子で、目を大きく見開いて微笑み、希望的観測かも知れないが祝福するような視線を向けてくれた。
だが、父親の方は内心の憤りを平静さの仮面に押し込めたような無表情になり、部屋の温度が一気に零下に下がった気がした。
これってアレ?
“お嬢さんをボクに下さい”とか言って父親に“許さんっ、こんなどこの馬の骨ともしれんヤツに”ってののしられるパターンか?俺にはハードル高すぎだ・・・
けどルシエンはそれは平然とスルーして、続けてノルテ、カーミラ、エヴァを紹介した。
彼女たちは同じく俺の婚約者で、互いに命を預け合って旅をしてきた姉妹同然の友だと話すと、父親は値踏みするような視線で、母親は純粋な好奇心なのか、じっとみんなを見つめた。
そして、口を開いたのはやっぱり父親の方だった。
「ルシエンよ、ウェリノールの存在自体、長老会の許しなく口外してはならぬ。それは子供でも知っている掟だ。里を飛び出した頃ならいざ知らず、それをわきまえぬ年でもあるまいに、掟を破ったばかりか、いくら自分の婚約者や仲間だと主張する者たちとは言え、異種族をいきなり連れ込むとは。清き身を失ったばかりか、情に流され分別も物の道理さえも失ったのか?」
たしなめるような口調。
親だからって、ずいぶんな言い草だ。
「父ルネミオンよ、大いなる魔の目からこの地を厳に秘さねばならない、というのはよく理解しています。しかし、今や魔王は目覚め、おそらくは既に復活し、魔軍が地を覆うまでに時間は残されていないのです。そして、人間たちが200年前のような種族を越えた大連合を作らねばならぬと動き出しました。そこにはエルフの叡智が必要でしょう」
ルシエンは普段と違う畏まった口調で父ルネミオンに訴えた。エルフは父娘でもこうした口の話し方をするものなんでろうか。
「そなたに言われるまでもなく、魔王が目覚めたことは既に星読みたちも観相している。そして、ルシエン。そなたは異種族を連れ込んだだけではない。魔王の眷属にも跡をつけられているな?むろん、ウェリノールの中までは入られてはおらぬが、深淵の森までは辿られたであろう。気付かなかったのか?」
やっぱりあの眷属の使い魔みたいなのは、ずっとつけて来てるんだ。
「気付いてはおりました。ここに来るまでに排除できなかったことについては、私たちの力が足りなかったと言うほかありません。ただそれでも、このウェリノールに来なければならない理由があったのです。このシローは、魔王の状態を確かめるため、危険を冒してあの封印の地に赴き、魔の勢力があれを復活させるのを目の当たりにして生きて戻りました。そして、かの地でメウローヌの巫女が、“勇者を探し目覚めさせよ”とシローに神託を下したのです」
「なんだと! 今なんと言った・・・その若者に、“勇者を探し目覚めさせよ”と神託が下った、だと?」
ルネミオンの声に驚きが混じった。
いや、父親だけじゃない。母リンダベルはさらに驚愕し、蒼白になっている。
「勇者様を・・・ルシエン、まことですか?」
「ええ、母リンダベルよ。私は幼きに日に、あなたが勇者のパーティーの一員だったと知りました。あなたたちはそれを認めなかったし、私には何も話してくれなかったけれど、あなたたちは勇者の居場所を知っているのでしょう?だから、危険を冒してシローを連れてきたのです」
両親は互いに視線をかわしあった。
「・・・だからと言って、そなたの振る舞いを正当化はできぬ。そもそも、メウローヌの巫女とやらの言葉が真実とも限らぬ。昨今の人間たちの間には、力ある導き手など既に失われているであろうから」
「・・・シローさん、あなたは勇者様と聖女様のことをどれだけご存じですか?」
ルネミオンがルシエンに答えたのに続いて、リンダベルが俺の方を向いて尋ねた。
「え?いや、その・・・具体的なことはなにも。神託?が下された時、なんで俺にってびっくりして・・・」
「そう・・・ですか」
リンダベルは期待外れの答えだったのか、肩を落とすと、突然咳き込み始めた。
「リンダベル、もう休まないと」
「・・・いえ、もう少しルシエンの話も・・・ゴホッ」
「いや、これ以上はあなたの体に障る」
ルネミオンは娘には冷淡なのに、奥さんは大事にしているらしい。
出来ればリンダベルさんの方にもっと色々聞きたいこともあったのに、話はそこで打ち切られてしまった。
そして、病身の妻を支えて部屋を去る間際、ルネミオンは捨て台詞のようにこう言い残した。
「長老会の査問が行われることになろう。使いが来るまでここで待っているのだ」
リンダベルの顔色が病のせいだけでなく、さらに蒼白になった。
ルシエンは目を閉じ、ただ俯いていた。
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再びエルフの射手らに連れて行かれた先は、これまでの集落とは様子が全くことなっていた。
ルシエンの話では、ウェリノールと呼ばれる結界内に暮らすエルフ族は全部で数千人に上るそうだ。
その大半は、最初に見てきたように魔法で農作物や家畜を育てたり、昔ながらのわざで衣類を作ったりして日々の糧を得ながら暮らしている、つまり人間とは異なる文明ではあるけれど、ある意味で農村のように見える生活をおくっている。
ただ、その中にわずか数十人、数百年の齢を重ねてハイエルフと呼ばれる上位種に至った者たちがいる。
ハイエルフになると、基本的には瞑想と祈りの生活、星を読み地を観相し、ウェリノールの結界を維持してそこに生きる者たちの心を安んじる活動に日々を費やすようになる。
ウェリノールの価値観では、普通のエルフの日々の糧を得る労働も、ハイエルフへと至る魂の修練の一環であり、勤行にあたるのだと言う。
なんて言うか、もとの世界で言うお寺の修行みたいなものか?
そうした禁欲的な生活ゆえにか、結界が情動や欲望を抑えるためか、ウェリノールでは婚姻を結ぶ男女はあまり多くなく、子が生まれることはさらに少なく、ルシエンが里を出るまで、自分より年下の子供を見たことが無かったと言う。
だから、エルフ族はほとんど不老不死の寿命を持つにもかかわらず、ウェリノールの人口はこの100年ほどの間、ほとんど増えていなかったと。
キャナリラも極端だったけど、ここもずいぶん極端だよな・・・
連れて行かれた先で、最初目に入ったのは、車座のようになって木々の根元に座り込み、瞑想しているように見えるハイエルフたちの姿だった。
目についた範囲では、200歳~500歳ぐらいでLV20台というのが大半だったが、他に何人か、ステータスが見えない男女がいた。
どうやら、ハイエルフはLV30とかで“ステータス秘匿”みたいなスキルを得るらしい。
ルシエンの母リンダベルさんのステータスが見えなかったのは、彼女もLV30以上ってことなんだろう。
彼女は病身だからか、それとも他の理由で参加資格が無いのか、この場には姿が見えなかったが、夫のルネミオンは車座の比較的下座らしい方に座っている。200歳台でLV20台だから、か。
つまり、俺の知り合いで言えばエレウラスやマゴルデノアも、ハイエルフの中では若手ってことになるんだな。
でも、いるのは彼らだけじゃなかった。
座っているエルフがいないただの巨木、と思ったところに、よく見ると樹木と半ば一体化しているように、ほっそりとしたエルフ族の姿があった。
体が木の幹に半ば溶け込んで、蔦のようなものが体と樹の間に張り巡らされ、髪は緑色になって半ば蔓草か葉っぱのように見える。
実際こうした姿になると、体は動かせず、普通の食事も摂らないらしい。光合成で生きてるんだろうか。
ハイエルフの中には、このように修行を積んでやがて樹木と一体化する、それこそが究極の自然と調和した生き方であり天に至る道だ、という思想があるそうだ。
そして、この長老たちの寄り合いみたいな場の、一番の上座にあたるところは、まったくエルフの姿は見えない、ただとてつもない巨木がそびえているだけだった。
<天樹>
判別スキルには、ただそう表示された。
でかい。とてつもなく。
最初はそれが一本の樹だと気付かず、建物の壁面かと思ってたぐらい。
直径百メートルじゃきかないだろう。
それは、樹齢数万年ともそれ以上とも言われる太古からある木で、これまでに何人ものハイエルフが同化し、その一部となって成長してきた、言わばエルフ族の祖であり、この地の守り神であり、意志ある樹なのだそうだ。
そして、俺たちは車座になったハイエルフたちの中央の空き地に据えられた。
天樹のそばには年齢不詳の美しい男が座っていた。
その一瞬前までは姿はなかった。
なんとなく巨木から出てきたみたいに見えたのは、この人は樹と一体化したり分離したりも出来るんだろうか?なんとも不思議だ。
<アラボレン>
と、と表示されたが、それだけだ。年齢もレベルも無い。
ただ、限りない叡智と限りない静けさを漂わせた、非人間的な存在感があった。
《・・・来訪者らよ》
そして、強力な遠話?が脳裏に響いた。
びくっとしてみんなを見ると、俺だけでなく同じように聞こえているらしい。
《ここでは口を開かずともよい。強く思ったことが互いに伝わるゆえ、そなたらがこの地を訪れようと望んだ経緯を、そして外の世界で知り得たことをまずは聞かせてもらおう・・・》
このアラボレンというのが、ハイエルフたちの、つまりはウェリノールの長なんだろうか?
彼が車座の男女を見回し、重々しくうなずくと、“査問”が始まった。
けど俺は、口べたなやつは思念での説明もやっぱりヘタなんだ、ってことを痛感させられた。
しどろもどろ?な思考で、各地で魔王の眷属が動き出しているらしいことや、封印の地での魔人との戦いとか、大陸中で魔物が大発生して各国が必死に勇者を探し始めていることとかを伝えて、協力してもらおうとしたんだけど、まるで手応えが無い。
壁に向かってしゃべってるような感じだった・・・。
続いてルシエンが懸命に、俺たちが信頼に足ること、そして今やエルフも人間族や他の種族と共闘しないと手遅れになりかねないと力説した。
それから居並ぶハイエルフたち、樹霊と化した長老たちの思念が飛び交った。
グローミアという500歳近い女を筆頭に、俺たちを信用しておらず、その主張を懐疑的に見る者も多いようだった。
《人間たちは封印の地まで行った挙げ句に魔王の復活を許しただけではないか?なぜ先にエルフ族に助力を請わなかったのか?》
《新参のメウローヌ王国の巫女とやらの“神託”は信ずるに足るのでしょうか》
《そもそも病身のリンダベルを助け後継者たるべく修行すべきを投げ出し、俗界に逃げ出した未熟者の主張を信じられようか・・・》
どうやらルシエンは、ウェリノールでは家出した“不良少女”扱いされているらしい・・・
一方で俺たちを叱責するより、魔王の復活にどう立ち向かうか?建設的な議論をすべきだとの主張も少なくなかった。
こちらはノルディルという男が中心だった。
《星読みの結果でも魔王の復活はもはや間違いない。とすれば、人間やドワーフら他種族らと共闘すべきなのは否定できまい》
《既に魔王の眷属と見られる星がいくつも地上に現れつつあります。自由の民の中で仲違いしているような余裕はありませぬ、それでは200年前の二の舞でしょう》
《魔王軍の侵攻が始まれば、いずれにせよ勇者と聖女の力は必要だ・・・》
思念でのやりとりは、ほとんどタイムラグ無く多数の声が飛び交うから、SNSが炎上したみたいで、やりとりについてくのがやっとだった。
俺たちを擁護し同調するような“声”に対し、最初の否定的な連中も反論する。
《勇者と聖女を目覚めさせる必要があるのはわかっている。だが、それはあくまで吾等ハイエルフが正しき方法で行わねばなるまい》
《その通りだ。第一、魔王の眷属につけられているような未熟な者たちに、このような枢機に関わらせるわけにはいかぬ・・・》
《ですが、それにばかりこだわっていては・・・》
長老たちの議論は容易に結論が出そうになかった。
でも、ひとつわかったことがあった。
間違いなく、この連中は、勇者と聖女の所在を知っている。
それも具体的にだ。
ルシエンも、仲間たちもそれを確信したようで、視線でうなずき合った。
その時、限られたハイエルフしか入ることを許されていないこの禁域に、近づいて来る気配があった。これは・・・
途端に、それまでヒートアップしていた思念の奔流が静まりかえった。
リンダベルが別の女に支えられ、よろよろと入ってきたのだ。




