第341話 バイオロギング作戦
ルシエンの故郷に近い辺境のマコンの街で、俺たちはハイレベルのオークの大群と戦い、激戦の末に群れを率いるオークキングを討ち取った。
オークキングと幹部の魔法職らをまとめて失ったオークの大群は、それでも数で言えばなお優に1千匹以上いたと思う。
だが、指揮系統を失って、ただの魔物の群れに成り下がった連中は、結界の中のマコンの街を見つけられないまま、しばらくうろつき回った挙げ句、夜明け前に引き上げていった。
偵察につけていった領兵の報告では、オークたちは引き上げる途中で仲間割れを起こしたり、魔狼の群れと遭遇しバラバラで戦い始めたり、全く統制が取れなくなっていたと言う。
全部で2千匹かそれ以上もいると見られていたオーク軍が、人間の軍隊みたいに組織的に動いていたことが異質だったのであって、それは、圧倒的な強さのオークキングが君臨していたからこそまとまっていたんだろう。
もともと魔物は、同族だから仲間というわけでもない。ま、人間だってそうだけどさ。
「旗色が悪かった魔獣系の群れも、オークキングがいなくなったとわかれば盛り返してくるでしょうし、魔物同士でまた勢力争いが起きるでしょうな」
「うむ、この地の危険はしばらくは減ることだろう・・・ツヅキ子爵殿、まことに此度はかたじけない」
大群の撤収が確認されたのは明け方のことだった。
それからズリック准男爵らが柵の補修に回ってる間に、俺たちもオークキングの魔石を回収したり、負傷者の治療を手伝ったりして完徹になっちゃったから、もう一日、この街に滞在することになった。
そして、俺は新たに結界装置を作り足して、今度は防柵内の所領全体を守れるように設置してやった。
効果があるのは確認出来たし、お代は分割払いでいつでもいいよ、って話したら、えらく感謝された。
まあ、これから魔軍との本格的な戦になりそうだから、少しでも人類側の拠点が守れた方がいいし、とりわけここは、ルシエンの故郷に近いからな。
それにズリックたち領主一家は、本当に領民に慕われているようだ。
当主自ら残敵の掃討や柵の補修作業の指揮をとったりしているだけじゃない。
モニカという奥さんも、三男のベレンと共に負傷者を治療した後は、補修された柵に片っ端から“退魔”って魔法をかけて回っていた。これで低レベルの魔物は寄りつかなくなると言う。
そうした領主一家が陣頭に立つ姿勢が街の結束力を生んでいて、けっして裕福ではないものの雰囲気のいい街だった。
エヴァが懐かしそうにしていたのは、父親が健在だった頃のベルワイク領を思い出していたのかもしれない。
そして、旅籠で寝直して目が覚めると、昨日一日で経験値がかなり入っていたようだ。昼間から夜間まで激戦続きだったからな。
ノルテは錬金術師LV19まで一気に上昇。
カーミラは人狼LV24だ。
さらに、ルシエンはエルフLV25、エヴァは騎士LV20と、それぞれ節目のレベルに上がった。
これでルシエンは、“領域静謐”っていう、新たな呪文を覚えた。これは、距離はそう遠くまで届かないけど意図した場所だけを魔法が使えない“静謐”の状態にする、つまり敵の魔法だけ封じたりできる重要な呪文だ。
エヴァは、“守護者”ってスキルを得た。こっちは僧侶系の“守護”の呪文に似てるけど、呪文ではなく自動発動のスキルとして、自分のまわりの仲間の防御力を少し上昇させる効果があるらしい。これもなにげに強力そうだな。
リナは多数のオークを浄化したおかげか、僧侶がLV20の大台に乗り、“領域浄化”っていう、要するに“浄化”の範囲効果版を覚えた。アンデッドの群れとかを相手にするなら強力そうだ。
そして、魔法戦士もLV25になった。LV20で“流星雨”って超強力な魔法を覚えたから、今度はなんだろう?って楽しみにしてたんだけど、新たに覚えたのは“対魔法”だった。
これは「魔法無効化の魔法」というヤツで、敵の魔導師に使われて苦労した覚えがあるから使えるようになるのはありがたい。けど、たしか魔導師だともっと低いレベルで覚えてたと思う。
魔法戦士って、魔導師ほど多彩な魔法は覚えないし、なんかソンしてないか?・・・そう思ったんだけど、リナに試させてみると微妙に違いがあった。
うちのセンテ・ノイアンとかが使う“対魔法”はあくまで魔法の呪文で詠唱が必要だったけど、魔法戦士の対魔法は、その気になれば詠唱で無く得意の武器を振るって発動させることも出来るらしい。
つまり、敵の魔法攻撃を剣で切り払いながら突撃する、なんてワザも可能っぽい。
熟練は必要だが、いかにも魔法「戦士」っぽいし、ちょっとカッコいいな・・・だから覚えるのにより高いレベルが必要だったんだろうか。
と言うわけで、みんなレベルアップしたんだけどさ。
「・・・シロー、上がらなかった?」
「くっ・・・」
そう、今回は俺だけレベルアップしなかったんだ・・・もちろん、今や俺は錬金術師LV27って、パーティーで一番高レベルだから上がりにくいってのもわかるよ。
けど、1人だけ上がらなかったのは、なんか悲しい。
カーミラがペロペロなめて慰めてくれたけど、そしたらルーヒトまで真似してなめてきた。微妙だわ。
マコンの街は、また日常を取り戻そうと忙しく立ち働く住民たちによって、活気に満ちている。
観光するような所も無いから、俺は回収した魔石を使って宿の部屋でまた魔法薬とかを作りためておく。
そんな中で、いやな知らせがあった。
村のまわりを“自主パトロール”に出ていた、カーミラ、ルシエンとリナからの報告だった。
(カーミラが、“あの匂い”のする獣がいるって。狼か、魔狼かもしれないんだけど、何匹かいるって・・・)
また、追跡者に見つかったらしい。それも、1匹じゃないらしいから、全部始末するってわけにはいかないだろうし・・・
「リナ、一匹、殺さずに捕まえることって出来るかな?できれば気絶させた状態で」
(え?なにする気・・・そう、ルシエンに相談してみるよ)
それからしばらくして、俺はマコンの柵の外の森の中で、リナたちと合流した。
ルシエンに結界を張ってもらった中で、作業に入る。
「これでいいかな」
「うまく行くといいわね」
「うん、シロー、これならカーミラも気付かないよ」
俺が考えたのは、こいつらが魔王の眷属だかに操られてるなら、いずれ主と接触するだろう。だったら、逆に居場所をつかむ手がかりにできないか?ってことだ。
気絶させた魔狼に、リナが久々に魔法使いの“麻痺”呪文をかけている間に、首に粘土スキルで作った輪をはめた。
ただの首輪じゃなく、こいつは実はタロやワンと同様にホムンクルスだ。
動かないししゃべれもしない。
けど、魔道具化して“察知”と“地図”、“遠話”を込め、言わば「発信器」として所在地や察知した情報を俺たちに伝える機能を持っている。
以前テレビ番組で、ウミガメやクジラに小型カメラとかGPSを付けて映像や動いた場所を記録する「バイオロギング」って技術を見たことがあったから、それをスキルで実現しようと思ったんだ。
しかも、実はこれは二段構えの作戦なのだ。
目立つ首輪は、狼自身には外せなくても「主」が外すか壊すかしてしまうだろう。だから、こっそり、もう一つ同様の機能を持ったヤツを取り付けてある。
「頼むぜ、ダニー」
「なんとかならないのかしらね、そのネーミング・・・」
ルシエンがあきれてるけど、いいのだ。
もう一体のホムンクルスはわずか1ミリぐらいのダニかノミみたいな粘土の粒で、魔狼の尻尾の付け根の毛の中に食い込ませてあるんだ・・・
俺たちは、魔狼が目覚める前に他の魔物に食われちゃわないよう、結界の中に残してその場を去った。
その晩はマコンの旅籠で、もう一仕事、魔道具作りをした。
なんとか追跡者をまけないかってのと同時に、魔物の領域を進むのにいちいち戦ってたらキリが無いってのもあって、見つからずに進む手段を考えていた。
そして、いったん気が付けば単純なことだったけど、“隠身”を込めたフード付きのローブを人数分作ったんだ。
スカウトや忍びのような隠身スキル持ちのジョブと、錬金術師LV25以上の両方を経験した人間はほとんどいなかったから、これまで知られてなかったんだろう。
俺の場合、リナを着せ替えれば済むからな。
そして、トリマレンジャーたちにも、同様に魔道具化して“隠身”を込めた。
錬金術師には魔法使いとかの経験者は多いから、普通は“結界”を使うことをまず考えるんだが、結界を張りながら移動するのは、MP消費が多すぎる。
ガラテア峡谷の遺跡でのベハナームや、ムニカの廃坑でルシエンたちもやったことだけど、実行できる時間には限りがある。
と言うのも、結界呪文は基本的に、張るときの位置情報に依存するので、結界を張ったまま移動するには、連続的に魔法を行使することになるからだ。
ウマの速さだとなおさら大変になる。
魔道具化した場合も、MP消費が多くすぐガス欠になって効果が切れるから同じだった。
そういうわけで、“隠身ローブ”になったのだ。
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そして翌朝、三の月・上弦の2日。
准男爵一家に見送られて、マコンの街を後にした。
ここからは南東方向へ一本だけ、街道とはとても呼べないような、獣道よりはマシって程度の荒れた道が延びている。
その道はやがて、ルソワーヌ河の源流付近を南に渡り、辺境の中でも辺境とされる「深淵の森」と呼ばれる原生林をかすめるようにして、遠くカテラの辺境、あのムニカの港街などの方面へ続いているらしい。
だが、行商人や巡礼も滅多に通らないような細い道だ。
“隠身ローブ”の効果は、例によってカーミラやルシエンの隠身スキルにはとても及ばず、接近すればバレてしまう程度のものだったけど、ある程度離れた魔物の群れをやり過ごしたりすり抜けるには十分だった。
おかげでこの日、俺たちはたった2回、少数の魔物と戦うだけで順調に進むことが出来た。
そして、まだ日が高い間のことだった。
先導していたルシエンが、白い粘土トリウマの歩みを止めた。
「帰ってきた。帰ってくるとは思っていなかった・・・」
低い、まるで呪いをかけられたかのように低い声で、なにかを恐れ、なにかを悲しむようにつぶやいた。
「え?」
「ルシエンさん?」
俺たちの目には、何も変化は無い。
辺境の森が徐々に深くなってはきたけれど、森と丘と、その間を縫うように伸びる細い荒れた道。その景色になにか違いがあるとは思えなかった。
けれど、それは突然だった。
気付くと木々の上から、いくつもの弓矢が俺たちを囲み、狙っていた。
「動くな」
美しいが険しい声が、無機質に響いた。
その時になってようやく、俺たちはあたりの景色が変わっていることに気付いた。
ここはこれまで進んでいた道じゃない。これまでいたメウローヌの辺境じゃない。
いや、物理的には近いのかもしれないが、まったく別の空間だ。
大森林地帯に似た、だがあれよりもっと深く暗く、まるで深い水の底にいるような巨木の森のただ中に、俺たちはいた。
そしてルシエンは矢を向ける同族には一瞥もくれず、一際高くどこまで伸びているのかもわからない巨木を見上げて口を開いた。
「帰ってきたわ・・・呪縛と悲しみの里、死せぬ骸の森、ウェリノールに」
 




