第340話 闇夜の襲撃
魔物の領域の中に残されたマコンの街。エルフの隠れ里をめざす道中で、俺たちはメウローヌ王国の辺境にあるこの街に宿をとった。
ガンガンと打ち鳴らされる鐘の音で目が覚めた。
半ば予期していたことだ。
夜襲――――おそらく俺たちが日中遭遇したオーク系の魔物の群れだろう。
既に目覚めていたみんなと手早く武装を身につけ、パーティー転移で領主の館の前に飛んだ。
館の前庭では、粗末な槍程度しか持っていない住民の義勇兵らしい連中に、身なりのいい聖職者風の女性たちが、攻撃力を増す“祝福”などのバフをかけている。
昨日館で見た正規兵っぽい連中の姿が見当たらないのは、既に出動しているのかもしれない。
俺たちに気付いたのか、1人の若い男が駆け寄って来た。
女性と一緒に“守護”のバフをかけていた少年だ。
<ベレン・ズリック 人間 男 17歳 僧侶 LV8>
17歳でLV8ってのは、一般的に言えばかなり高レベルだろう。
そして、ズリックってことは昨日は会わなかったけど領主の息子か?
「ツヅキ子爵さまですね。ズリック准男爵の三男、ベレンです。ご加勢いただけるようであればご案内せよと、父から言いつかっております・・・」
俺より3つ下だけど、なかなか礼儀正しい。
兄たちは父親に似てちょっと脳筋っぽかったのに、この三男は優男風でジョブも違う。
ベレン少年に先導され、小走りに防衛線に向かいながら、状況を聞いた。
ベレンが徒歩だし、持ち場に向かう男たちや避難する女子供でごった返しているから粘土トリウマはまだ使わない。
あの鐘はやはり夜襲を知らせるもので、既に父と2人の兄は領兵の一団を率いて前線に向かったそうだ。
ベレンと修道院長である母親は、第一陣にバフをかけて送り出した後、後続の義勇兵たちにバフをかけていた。あの身なりのいい女性が母親で、修道士ジョブを持つらしい。つまり准男爵の奥方で、ベレンは母親似なんだな。
「領地を囲む防柵には、母が定期的に“退魔”の呪文をかけているので、これまで低レベルの魔物は寄りつかなかったのですが、最近は魔物のレベルが上がって効かないものが増えているのです・・・」
うちのヨネスクも“退魔”呪文を使えたけど、こんな辺境でこれまで持ちこたえてきたのは、その奥方の力も大きかったわけだな。
「あそこです!・・・まずいっ」
ベレンが指し示した方角には、数百メートル先に防柵があるようだけど、かがり火が揺れる所で、激しい戦闘が起きている。
既に柵内に入ってる魔物がいるんだ。
コモリンを夜空に放ち索敵させる。
「オークロードが率いる一団ね。10匹以上いるわ。今のところ人間が優勢だけど、次々侵入されている・・・何カ所か破られてるわ」
ルシエンが声をあげたのに続いて、カーミラも鼻をならした。
「シロー、あっちに強そうなの、いっぱい」
カーミラが指した右手方向に向くと、スキル地図に一団となった赤い点が入ってくるのが映った。
「北西は森に接している方です、そっちに本隊ってことかっ、どうしたら・・・あ、いたっ」
ベレンが、父親を見つけたらしい。
俺たちがマコンに入った街門のところの番小屋。
その見張り台の上で指揮を執っている。
「リナ、遠話をつなげるか」
(りょーかい)
まだ100メートル以上、そして地上と見張り台の上だから肉声では届かない。
昨日ズリックと会ったときに一応リナも紹介してあったから、突然脳内に遠話が響いても、准男爵はちょっと驚いただけで反応があった。
《・・・子爵殿か?ご助力感謝するっ。小屋に重傷者が何人かいるからベレンに治療するように伝えていだだきたい。子爵殿はワランの防衛隊に助勢を願えるか?北西側の破れ目に向かっておるっ》
やはりズリックも、北西から侵入した連中が一番マズイとわかってるようだ。
俺はベレンに父親の指示を伝えて別れると、パーティー用のトリマレンジャーを出現させた。
「行くぞ、魔物はそのまま蹴散らせっ」
コモリンの視野に入っているらしく、スキル地図には詳しく赤白の光点が映る。
魔物を表す赤い点が100以上!白い点は20ぐらいしか無い。
かろうじて囲まれてはいないが、後退する一方だ。
数が多いから流星雨を使いたいが、これだと巻き添えにしかねない。
魔法を使えるメンバーで、炎と雷の魔法をわざと派手にぶち込んでから、魔物の群れの横っ腹をつく形で突撃する。
粘土トリウマは、MP消費を厭わなければ本物のトリウマより速度が出る。短時間だけ、全力で突っ走らせ、100匹以上の群れの前後を分断するように突き破った。
「グオォーッ!」
オークの絶叫が響き、救われた兵たちが驚きの声をあげた。
「味方だぞっ、騎兵か?いったい誰だっ」
オークの追撃がいったん鈍り、ワランたち領兵との間に距離ができた。
ここだ。
「リナ、やってくれ」
「おけー・・・」
俺のタンデムで魔法戦士姿になったリナが、長い詠唱を始める。
その間に、合流したワランに事情を説明し、さらにオークたちと距離をとりつつ隊列を組む。
オークロード率いる群れが立て直してこっちに向かって来る所に、流星雨の水平射撃がぶち込まれた。
ゴゴゴゴォォォーッ・・・ズズンッ!
一部背後の防柵も吹き飛ばしちゃったみたいだけど、大目に見て欲しい。
「す、すごい・・・」
ワランと配下の兵たちが言葉を失ってる。
ここの領兵には僧侶系はいても高位の魔法使い系はいないようだ。
だとすると苦戦は免れないな。
いったん撃退には成功したものの、きょうのオークの群れはいつもとは桁違いの数らしい。コモリンが柵に沿って飛んで回った結果、スキル地図に映る赤い光点は、数百ではとてもおさまらない数だ。
ズリックの判断で、いったん防柵のラインを放棄し、街の第二防衛ライン、つまり結界装置の範囲内に引き上げることになった。
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「子爵様、見事なご活躍でしたな・・・おかげで隊列を立て直す時間ができ、兵を失わずに済み申した」
街の防衛の指揮所がわりになっている、大きな倉庫の二階でワランにあらためて礼を言われた。
ズリックも大きく頷いている。
「さすがは封印の地の強行調査に行かれたエルザークきっての勇将ですな、お見それ致した」
・・・なんかいつの間にか話がでかくなってる気がする。
いや、“勇将”とか、そういうキャラじゃないからね。
この倉庫は、干し草とか穀物の備蓄用のものらしいけど、街の建物の中では一番外側に面していて、つくりが堅牢だし、サイロみたいに上から干し草を投入する構造で、その上部にだけ窓が開いている形だ。
つまり、守りやすく遠くを見通しやすいってことで、こういう時の指揮所になってるらしい。
そして、俺たちの視線の先ではオークの大群が、畑地を踏み荒らしながらうろうろ歩き回っている。
昨夜設置した、俺の“選択式結界装置”はちゃんと機能しているようだ。
オークの群れはマコンの街の外周部の柵を破って中に入ってきたにもかかわらず、この街の建物群は見つけられずにいるんだ。
結界内の物が目に映らないだけでなく、無意識のうちにそこを避けるようにうろつき回っている。
効果のある範囲は、見るところ修道院を中心にして直径1kmぐらいかな。
手作りだけに、同じように作った装置でも出来不出来があって、効果範囲とか強度とかはばらつきがある気がする。
「信じられない威力ですね、父上・・・」
最初俺たちをうさんくさげに見ていた、ズリックの長男リットも、不思議としか言いようのない結界装置の効果を目の当たりにして、認識をあらためたようだ。
「うむ、おかげで防柵を守っていた兵らを撤収させる時間が稼げた。ローデ、第二防衛線への配備は?」
「民兵も全員配置済みです、父上」
伝令役として状況を確認してきた次男ローデが、そう報告した。
「死んだ者が2人いるけど、あとは母上とベレンたちが治療してるから、戦列に復帰できそうです」
「そうか、これだけの攻勢を受けて犠牲者2人なら少ない方だが、問題はあの大群がこのまま引き上げてくれるかだな・・・」
「左様ですな。千か2千か、これだけの数であれば、“あの者”が自ら出てきたのでしょうから・・・」
ズリック准男爵とワランは、窓から結界の外の様子を見やりながら、そんな会話を交わす。
「あの者って?」
「うむ・・・最近、オークの群れが勢力を増したのは、厄介なヤツが現れたせいでござってな・・・」
ズリックの話では、近隣の2つの迷宮から出てきた魔物たちは当初は勢力が拮抗していたのだが、最近オーク側に強力なボスが現れて配下を組織的に動かすようになったことで、魔獣系の群れを圧倒し始めたのだという。
「それって、オーガとかゴーレムとか、もっと大物ってこと?」
「いや、オーク種と言えばオーク種でござるが・・・」
「! お館様っ、来たようですぞっ!」
ズリックが口ごもった時、ワランが大声をあげた。
その視線の先、結界の向こうに、オークの大群を割るように新たな一団が現れた。
距離はここからまだ数百メートルありそうだが、まわりよりはっきり一回り大柄なヤツがいて、あとは取り巻きみたいだ。
恐れるように割れたオークの群れの中に1匹が残り、新たに現れた大柄な魔物の前に跪いてなにか身振り手振りで説明しているらしい・・・!
血しぶきがあがり、首が飛んだ。
なにか言い訳めいたことを説明していたオークの首を、大柄な魔物が一刀で切り飛ばしたんだ。
「オークキングだわ、オークの最上位種とも言われる。私も実物を見るのは初めてよ」
ルシエンの言葉に、まだ遠いその魔物の姿に判別スキルをあわせてみた。
<オークキング LV20>
LV20か、オークでもここまでハイレベルになるんだな。
そして体格はオーガ並みにでかい。タロと同じぐらいがっちりしてそうだ。
まわりの取り巻きは、<オーク魔法戦士 LV11>とか<オークメイジ LV10>とか、魔法職っぽいヤツらだ。
どうやら各部隊を任せていたオークロードとかオークリーダーたちがふがいないってんで、ボスが側近を引き連れて自ら乗り込んできたらしい。
その側近の魔法職の集団は、うろうろしていたオークの群れを一喝すると、列を組んで慎重に歩き出した。
なにか盛んに奇声を上げて意思疎通しているようなのは、なにかあると勘ぐって調べている、ってことだろうか。
「シローさん、まずいんじゃないでしょうか」
エヴァが背中におぶって眠らせているルーヒトを起こさないようにか、低い声でそう口にした。
エヴァも判別スキル持ちだから、魔法職が何人もいることに気付いたんだろう。
結界魔法を使える魔物なら、いずれこっちが張っている結界の存在に気付くだろう。
そしたら“破魔”とか“結界”とかで破られるかもしれない。
「シロー、奇襲かける?」
カーミラの提案は、せっかく親分たちが見える所まで近づいてくれたんだから、先手を打って片付けようか、ってことだな。たしかにそれがいいかもしれないが・・・
「リナの転移を使って飛び込むと、流星雨は使えないわね」
ルシエンの言うとおり、大群の中に飛び込むわけだから、ボスと側近たちを一気に始末したい。
だが、転移魔法が使えるのもリナだけだから、時間のかかる流星雨を叩き込むまでに袋だたきにされちまう。
ちょっと距離があるが、ここから狙うしかないだろう。
「・・・じゃあ、段取り通り頼むよ」
「あいすまぬ、子爵殿。必ず手はず通りやるので、どうぞご武運を」
ズリックたちは階下に降り、持ち場に向かった。
数分後、結界の外側で騒ぎが起きた。
ズリック率いる領兵の騎兵たちが現れたのだ。
気付かれないようにオークたちの囲みの薄かった別方向から結界を出て、大回りでオークキングの本陣に迫るように。
それまで結界を調べるため、少し散開していたオーク軍の幹部たちが、キングを守るように集まって陣形を作る。
よく統率されてる。
けど、それこそが狙いだ。
「・・・天かける星々のかけらよ、この地に降り注げっ、“流星雨”っ!」
ズリックたちには本陣に近づきすぎないように伝えてある。
そうでなくてもオークの陣形が分厚くて近寄れなかったけど、巻き添えになって犠牲を出さないよう、近づくフリだけで駆け抜けたその時、月の無い漆黒の夜空にまばゆい星がきらめき、数十に及ぶ光の筋が降り注いだ。
今回は水平射撃では無く、上空からだ。
上空から流星雨を降らせると、魔法の発動自体は気付かれやすい。けれどかわりに、術者がどこにいるかはわかりにくいから。結界に隠されたこの街の存在に気付かれないことが今回は優先なのだ。
この選択的結界は、敵対する者の認識を阻害するだけの結界だから、こっちから魔法を放つのは普通に出来るってのがミソだ。
衝撃波と共に束になった光球が地に落ち、轟音と共にオークの群れが吹っ飛ぶ。
“対魔法”みたいな高レベルの対抗手段を持つヤツはさすがにいなかったらしい。
“魔法盾”が使える敵はいたかも知れないが、間に合わなかったのか、それとも火力が上回ったのか。
だが・・・
「多分、生きてるわね」
ルシエンがつぶやいた。
もうもうと土砂煙が舞い上がり肉眼ではよく見えないけど、地図の大きな赤い点はまだ消えてない。
爆心近くには大きなクレーターが出来て、他に生きてる者はいないようなのに、すごい生命力だ。
「じゃあ、続けて第2案で」
リナに俺のMPを吸わせると、着弾地点の手前に短距離転移した。
その反対側からは、事前の打ち合わせ通りズリックたち約20騎の騎馬隊が向かって来る。
「ギャオオーンッ!!」
雄叫びが上がった。
体液まみれのボロボロになったオークキングが、それでも闘志をあらわに、クレーターの底で立ち上がった。
デカい。
そして、その雄叫びと共に、いったん逃げ散りかけた周辺のオークの群れが、俺たちとズリックたちを包み込むように殺到してくる。
敵ながらあっぱれな統率力?だ。
だが、ここで仕留める。
クレーターの縁に立った俺は、上から粘土を降らせてオークキングを押しつぶす。それを払いのけ、斜面をこっちに駆け上がってくる所に、タロを出現させぶつける。
体格は互角、闘志や戦闘スキルは向こうが上かも知れない。
だが、ズブズブの斜面を重い体で駆け上ろうとする者より、上から駆け下りる方が有利だ。
ぶつかった2つの巨体はもつれるように倒れ、すり鉢の底に落ちていく。
そこでタロを回収。
1匹だけになって起き上がろうとしたオークキングの顔面に、ルシエンが放った矢が突き立った。
動きが止まった所に、再度粘土の塊をたたきつける。
ようやく、赤い大きな光点が消えた。
俺たちに襲いかかろうとするオークの群れを、エヴァ、カーミラ、ノルテが防ぎ、ズリックの騎馬隊がかすめるようにオークたちをなぎ倒して駆け抜けた。
「おーけー、飛ぶよ」
リナが再び短距離転移を唱え、俺たちは呆然とするオークの群れの前から消えた。




