第335話 傀儡の村人
半ば廃墟に見えた自由開拓集落カリヨンで、俺たちをもてなしてくれていたはずの村人たちが、突然敵対する存在に変わった。
直前まで、なんの殺気も無かった。
俺の察知スキルだけじゃない。ルシエンやカーミラさえ、気づいていなかった。
ヤギの乳を搾って俺たちに運んで来てくれた年配の女性は、怯えた顔で立ちすくんでいた。この人は変わらないのか?
だが、その後ろから刃物を持った男たちがなだれ込んできたんだ。
それは、刺客とか暗殺者の動きじゃなく、戦い慣れているとはあまり言えない開拓民の動きだったから、今の俺たちにとって対応すること自体は難しくなかった。
ただ、アイテムボックスから出した刀を鞘に入ったままかざして、先頭のおっさんの鉈みたいなのを防ぐだけだったのは、どうしたらいいのか迷ったからだ。
魔物みたいに殺してしまうことに抵抗があったんだ。
ほんのちょっと前まで、無口でちょっと薄気味悪い感じはしたものの友好的で、俺たちをもてなそうとしてくれてた。それも、数か月前には力を合わせてドラゴンと戦った村の人たちだ。
その気持ちはパーティーのみんなも同じだったようで、なんとか攻撃を防いだり躱したりしていた。
けど、狭い小屋の中に何人もの男たちがなだれ込んできて、外にもまだひしめいてる。
カーミラとエヴァが素手で一人ずつ殴り倒し、こっちを向いた。
「シローっ」
「一度脱出しましょうっ」
粘土ゴーレムのタロを無理矢理出現させ、扉から外に突進させる。何人もの男たちが吹っ飛ばされる。
俺たちはそれに続いて外に飛び出した。
急に出現した人外の巨体に、外にいた男たちが一瞬ひるむ。包囲の輪が後ずさって広がった。
見回したところ十数人の男たち。
ステータスはざっと見た限り、ほぼ農民だけだ。竜退治の時に見覚えのあるやつも何人か・・・!
<魔人 LV8>!?
「あいつっ」「魔人っ!?」
俺とルシエンが気づいたのはほぼ同時だった。
包囲の輪の少し後ろに、特に目立たない村人らしい初老の男がいたが、そいつだけ農民や職人じゃなく、ジョブ表示が魔人だったんだ。
だが、ルシエンが弓を構えた途端、そいつは他の男の影に隠れ、そしてその時、廃屋の影から斧を持って飛びかかってきたヤツがいた。
「あうあ?」
狙われたのは、一番後ろでこの状況にきょとんとしていた幼児――――ルーヒトだった。
「!」
瞬間的に割って入ったのは、エヴァだった。
ルーヒトを抱きかかえるようにかばったエヴァの背中から肩にかけて、グシャッと鈍い音をたてて男の錆びた斧が食い込んだ。
血しぶきが飛んだ。
俺は頭が真っ白になって反射的に、刀を突き込んでいた。
村の男は鎧なんか着ていないから、肉を貫く嫌な感触がそのまま伝わる。
「うがッ・・・」
「「「うおおぉーっ」」」
血を見たことで、包囲していた村人たちが興奮状態になった。
ちらっと、視線の端に、向かいの小屋の中から怯えた目でこっちを見てる、子供と女の顔が見えた。
村人全員が敵対する存在に変わったわけじゃないのか。どうすりゃいいんだよ!?
「シロー、脱出しましょうっ」
そうだ。ともかくここから逃げ出すしか無い。
「リナ、行けるか!?」
(わかった、やるよっ・・・転移っ!)
再び狂乱状態になった男たちが襲いかかってくる中、等身大魔法戦士で出現させたリナが、間髪入れず魔法を行使した。
一瞬の後、俺たちがよろめきながら着地したのは、集落に入る前に歩いた荒れた畑地の隅だった。
「エヴァっ、ルシエン、治療を頼むっ」
「ええ・・・“大いなる癒やし”を!」
血まみれになりながらルーヒトをかたく抱きしめ、地に倒れ込んでるエヴァに、ルシエンが魔法をかける。
右腕は肩の所から半ばちぎれかけてる重傷だったけど、フィルムを逆回転するみたいに傷が無くなって元の位置に戻っていく。俺とノルテも錬金術の“生素”を重ねがけする。
じわじわと血の跡が消えていく。
「・・・あ、ありがとう。もう、大丈夫。あとは、多分しばらくすればスキルで治るから」
「ふー、ちぎれてなくてよかったわ」
「えば、あーさん?」
「・・・ええ。ルー、かあさんもう大丈夫だから、うん」
生後数か月なのに、“母”のケガを心配している様子のルーに、エヴァが血の気を失ったまま笑顔を見せる。
よかった。
これなら後はHP回復スキルで治癒するってことだろう。
「シロー、まだ終わりじゃないみたいだよ」
肉声でアピールしたリナが、カーミラと共に脱出したばかりのカリヨン集落の方を視線で示す。
何人かの者たちが、俺たちの存在に気づいて指さしている。
大声をあげて仲間を呼び、追ってこようとしている。
「どうします?シローさん・・・私たちを殺そうとしてるのは間違いないですけど、でもなにかおかしいって言うか・・・」
「そうだな、出来れば戦いたくない。リナ、追っ手をまけるぐらい遠くへ頼む」
「わかった・・・」
視線の彼方にあるスーミ集落方向の山へ、リナが再び有視界転移を唱えた。
数キロ離れた所まで転移したことで、いまだに俺のスキル地図に赤いままの光点は映っているけど、標的を見失いうろつき回っている感じになった。
なんとか一難は逃れたってところか・・・。
もう夕暮れ近い。
カムルと再び遠話を結んで、スーミの集落に粘土トリウマに騎乗して向かった。
「いったい、何だったんでしょう?あれは・・・」
気が重い話だが、やはり話題はそれになる。
明らかに最初は普通の村人たちだった。
「あの魔人が操ってたんでしょうね」
ルシエンが言うとおり、おそらく封印の地の巫女たちがメトレテスに催眠術みたいなのをかけられてたのと似た状況だろう。
ただ、封印の地では他の巫女たちは記憶を失ったり、メトレテスを信じ込んだりはしてたものの、俺たちに危害を加えるようなことは無かったから、似てるようで違うんだが。
「シロー・・・あの魔人?後ろにいたの、あっちの方に、微かに匂った気がしたよ」
「なんだって?匂いって、この間の鷲の・・・ってか、封印の地で嗅いだっていう?」
「そう、あの匂い、遠かったから自信ないけど・・・」
なんだって。これってどういうことだろう。
俺たちが当初村人を警戒していなかったのは、あの瞬間まで“白い光点”だったことはもちろんだが、カーミラの鼻にもあやしい匂いがひっかからなかったってこともあった。
けど、最後に姿を見せた魔人が、俺たちをつけていた動物や封印の地の誰かと同じような匂いを付けていたんだとしたら、やっぱりその大元には同じ者の存在があるってことだろうか?
いずれにしても、俺たちを襲った村人たちは、自分の意思というより何者かの傀儡にされて操られていたように思えた。




