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第334話 告白

俺たちの跡をつけていた野生動物。しとめた鷲には、なにも普通と違うところはなかったが、ただひとつ、魔王を封じていた極北の地の館でカーミラが嗅いだのと似た匂いがした。

 カーミラが言うには、それは堅牢な石造りの“静寂の館”自体に染みついた臭いでは無いらしい。


 最後の日、魔王を封じるのに失敗し、天変地異が起きて、大勢の村人たちも避難者として館に逃げ込んで難民キャンプみたいになっていたあの晩、その匂いを嗅いだ記憶があるのだと・・・。


 だとしたら、避難してきた村人かレムルス軍の兵士の中に、その匂いの主がいたって可能性が高いか。

 とは言え、一時的に何百人もの人でごった返していた中の微かな匂いだけに、カーミラにも確信はないようだし、それ以上詳しいことはわからなかった。


 ただ、それを聞いた直後、ルシエンが一行を結界で包みこんだ。

 何者かに話を聞かれるのを恐れるように、厳重に。


「ルシエンがずっと気にしてたのは、俺たちが既に監視されてる可能性があるってことだったのか・・・だから、誰にも何も言わなかった。“新婚旅行”のフリして俺たちだけで行動できるようにしたってことか?」


 ほっそりした美しいエルフは、なんだか初めて出会った時を思わせる、張り詰めた、隙の無い、命を賭けて何か謀りごとをしているような表情をしていた。


「フリじゃないわよ。それはそれで、したかったのはホントだし・・・」

 でも、俺のセリフの後半に、ルシエンはちょっと心外そうな顔をした。


「・・・でもそうね、半分はそう。監視されてる可能性は考えてたわ。センテ・ノイアンやニコラス、ロズウェル夫妻とか、あの人たちは多分大丈夫だと思う。封印の地の巫女たちにかけられてた洗脳か催眠みたいなものの話を聞いてから、ここ数日注意深く見てきたから、普段から館で接している人たちはおそらく現時点では大丈夫。けど、今後はわからないし、村人の中に自分でも気づいてないうちに“目”や“耳”にされている者がいるかもしれない」


「けど、メトレテスは倒したつもりだけど?」

「ええ、その魔人ではないでしょうね。カーミラの嗅いだ匂いも別のようだし」


 だとすると、どういうことだ?

 話がちょっと見えなくなってきたのは俺だけじゃなかったようだ。


 エヴァが問いかけた。

「ルシエンが言ってるのは、その魔人以外にも同じようなわざを使う者がいるってこと?そして、その何者かが封印の地からシローさんを追いかけている?」


 さすがにそんな風に追い続けてたヤツがいたら、俺も気づくと思うんだけどな。

オオツノジカのそりでツングスカを目指してた時とかさ。


「はっきりしたことはまだわからない。ただ、魔王の眷属に、そうした、まわりのものを操るわざに長けた者がいて、その者が魔王の耳目たる役割を担って、勇者一行も苦労させられたようだから。メトレテスも単にその眷属の配下か片腕か、その者に使われていただけかもしれない、と疑ってるの」


「え・・・ルシエンさん」

 ノルテが驚いた声をあげたのは、俺は同じことを思ったからだろう。


「ルシエン、どうしてそんなことまで知ってるんだ?勇者のこともよく知ってるみたいだけど・・・」


 ルシエンは、しばらくうつむいてなにか考え込んでいた。

 やがて顔を上げると、決心したように話し始めた。


「私の母が、勇者のパーティーの一員だったからよ」




***********************


 ルシエンの母、リンダベルは“エルフの歌姫”と呼ばれる伝説的なハイエルフらしい。


 そういえば、キャナリラに行ったとき、セイレーンがそんな名前を挙げてた気がする。

 ルシエンの歌ったのがエルフの歌姫リンダベルのオリジナル曲で、ルシエンの若さでよく知ってるわね、とかなんとか・・・あれって、母親の歌ってことか?だから知ってたと。


 いや、大事なのはそこじゃない。


 その母親、リンダベルさんは、かつて勇者と共に魔王と戦ったらしい。


 ただ、そのことはたまたま幼い頃に両親の会話を立ち聞きして知っただけで、母も父もルシエンに面と向かってはひと言もそんな話をしなかったし、むしろ秘密にしているらしく、かなり正面切って母親の過去を聞いても頑として答えてくれなかったと言う。


「そのことは、ハイエルフと呼ばれる幾人かの古老たちの間だけで厳重に秘されているようで、父からは二度とそのことを口にするなって、理由も教えてくれずに命じられたのよ。それも私があの故郷を飛び出した理由のひとつかしらね」


「それだけ厳重に秘密にしている、ってことはさ?」

 俺はおそるおそる切り出した。

「ええ、私は両親が、勇者がどこにいるのかを知っているんじゃないかと思ってるの。だから、みんなを連れて行くつもり。今でもあそこに帰りたくはないし、あそこはキャナリラ以上によそ者を受け付けないところだから、私の夫と家族、ぐらいが連れて入れるギリギリだと思うの」


「そういうことだったんですね・・・」

 ノルテたちもようやく納得顔になった。


 新婚旅行にかこつけて、俺たちパーティーだけでルシエンの故郷に行き、勇者の所在を両親に尋ねる。

 この旅の向かう先が決まった。


「ルシエンのふるさと、どこ?遠い?」

 けど、まずはカーミラが尋ねたように目的地はどこか、だよな。このまま西に向かっていいのか、だし。


「私の故郷ウェリノールは、位置的には西の方とは言えるわ。カテラとメウローヌの中間あたり、白嶺山脈を挟んで大森林地帯の反対側、とイメージしてもらうのが近いかしら・・・」


「だとしたら、ザーオの集落から大森林地帯に入って南側から回るか、それともこのまま北方旧街道をレムルスまで行って南下するか、って感じ?」

 俺は頭の中に、ここ数か月でそれなりに詳しくなった大陸地図をイメージしながら尋ねた。


「そうね、ただ・・・大森林地帯には転移魔法では入れないから、徒歩でザーオから入ることになるでしょ?そうすると、付けてきているやつに大森林への“門”を知られてしまいかねないわね」

「それは・・・マズイよな。だとしたらレムルスまわり、か」


 大森林地帯は精霊王の秘術で守られているとは言え、魔王の手下に侵入の手がかりを与えるようなことはすべきじゃ無いだろう。


 なら、北方旧街道を西に向かい、言わば反時計回りにルシエンの故郷に向かうってのが良さそうだ。

 そのルートなら、途中でメウローヌもちょうど通るし好都合だ。


「リナ、あっち方向で転移できるところってどこになる?」

 もちろん、馬鹿正直にずっとトリマレンジャーに乗って陸路で行く気は無い。少しでも急ぐべきなんだし。


(ちょっと待って、確かめてみる・・・うーん)


 ここの所の天変地異で各地の地形自体も変わってしまったためか、強まる魔力嵐のせいか、これまでにリナが転移ポイントに登録してきた場所のいくつかが、“ずれて”飛べなくなってるらしい。


(スーミの登録が消えてる感じ、カムルとの遠話の感触はあるから無事だとは思うんだけど、近くの山が被害を受けてるのかも。カリヨンは大丈夫そうかな。その先に行くのは、MP的に一度ではちょっと大変かも・・・)


 パーティー編成でリナの声をみんなに共有する。


 レムルス国境の東方にある自由開拓村で一番こっちに近い、と言っても2~300kmはあるけど、カリヨンの集落に登録してあるポイントは使えそうらしい。

 レムルスの国境の街、オステラまで一気に飛ぶのはMP的にややキツイらしい。


 無理に一度に飛ぶ必要はないから、カリヨンに飛ぶことにした。

 休憩してからオステラに飛ぶか、それが大変そうならカーミラの弟カムルが住むスーミ集落までは近いから、そこで泊めてもらう手もありそうだし。


 予定を決めてからルシエンが結界を解き、リナの転移魔法で西へと飛んだ。




「・・・ここも魔物か野獣にかなり荒らされたみたいですね」


 カリヨンは北方旧街道沿いの農村であり簡単な旅籠や店もある、街道を行く商隊や旅人にとっては補給拠点ともなっていた、小さいながらも重要な集落だった。


 だが、ノルテが言うように、集落の手前に広がる耕作地は踏み荒らされ、さらに地割れも走って見る影も無い。

 時期的に秋冬の収穫は済んでいたはずなのが、まだしも救いだったろうけど。


「人の匂い。隠れてる」

「そうね、数は少なそうだけど」


 遠く見える集落の家々も半ば破壊された様子で、廃墟になってしまったかと思ったんだけど、ルシエンとカーミラが人の気配を察知した。


「敵ってわけじゃなさそうだな」

 俺の地図スキルにも白い光点が映る。

 魔物に村が襲われたはずだけど、村人が食い殺され、魔物の巣になってるってわけではなさそうだ。


「そうね、一応警戒は怠らずにね」


 俺たちは再びトリマレンジャーに騎乗し、慎重に村に入った。


 間違いなく、カリヨンのこの荒れようは魔物の襲撃によるものだろう。

 オーガとか魔熊とかクラスの大型の魔物にたたき壊された様子の家屋がかなりある。


 それでも一角には十軒ほど原型を保った小さな家や小屋が残り、その中からこっちを伺ってる気配がある。


「誰か生き残ってる人はいますか?私たち、前にここにも来たことがあるツヅキ卿の一行です。村の皆さんと一緒にドラゴン退治をした・・・」

 エヴァが柔らかく、でも大きな声で呼びかけた。


 魅了スキルの効果もあるのか、やがて数軒の小屋の中から、ぞろぞろと人が出てきた。

 まだ警戒しているのか、男だけだったが。


「・・・ああ、あんたたちか」


 その1人、がっしりした中年男には見覚えがあった。

 判別スキルには、<ビッテン 男 33歳 農民 LV8>と表示された。たしか、カリヨンの自警団長をしていた男だ。

 農民だけど一応“槍技(LV1)”って武器スキルも持っている。


 口数の少ない男で、って言うか、ぞろぞろ集まってきた数名の男はみんな口数が少なくて最小限のことしかわからなかったけど、やっぱり魔物に襲われて村は崩壊に近い状態で、残った十数人がここで細々と暮らしているらしい。

 たしか、以前は百人ぐらい住んでたはずだけど・・・って言うか、これだけ数が減って防柵とかも無い開けた集落で、よく暮らしてるよな?


 ビッテンからは、そろそろ夕方だし壊れかけた小屋ならいくつも空いてるから、泊まってってくれって勧められた。

 正直、日暮れまでにはカムルが住むスーミ集落まで行けそうだったから、この惨状の所に泊まる気にはならない。

 けれど、年配の女性が出てきて、“遠い所お疲れでしょう。ヤギの乳を搾ってきますから、ちょっと休憩でもなさって下さい”って丁重に言い出されたものだから、すぐに立ち去ることも出来ない。


 いったん勧められた小屋に腰を下ろして、リナの遠話でカムルに連絡を取ることにした。

 まだカムルに泊めてほしいってことを伝えてなかったし、いきなり押しかけるのもなんだからな。


 ルシエンとカーミラは何やら気になることがあるみたいで、さかんにまわりの気配を探っている。


 エヴァとノルテが如才なく村人の相手をして、ここの被害の状況などを聞いたり、無難な範囲でエルザークの状況などを教えているようだ。


(カムルとつながったよ)


 リナがまず、カーミラとカムルが遠話で話せるよう中継する。

 カーミラはなにか早口でやりとりしてるけど、ちょっと様子がおかしい。姉弟ゲンカじゃないと思うけど、険しい顔をしている。


「シロー、カムルがヘンなこと言ってる」

 そう言われて、リナに中継を結んでもらった。


 久しぶりに話すカムルはちょっと慌ててる様子だ。なんだろう?


「シローさん、カリヨンにいるって本当なの?おかしいよ。だって、村長も村の人間もドワーフの兄弟も、みんなもうスーミとクラウコフに逃げてきてるから。カリヨンは魔物の襲撃で廃墟になったはずだよ」

「え?なに言ってるんだ、カムル・・・」

 たしかに被害は大きいけど、ここにちゃんと住んでる人もいるのに。


「・・・ええ、あの時、皆さんを率いてドラゴンと戦ったシローさんですよ。シロー・ツヅキ卿は、今ではエルザーク王国の子爵様なんです・・・」

 ノルテが村人になにか説明している。


 飲み物を持って来てくれた年配の女性の後ろに、いつの間にか数が増えた男たちの姿が見えた。

「シロー・ツヅキ・・・シロー?・・・ツヅキ・・・っ!!」


 突然、気配が変わった。


 カーミラが遠話中のカムルを放り出し、村人たちの方に向き直った。

 ルシエンがハッとしたように、俺が今回みんなに持たせた魔法収納リュックを開き、弓を取り出そうとする。


 その時、特に意識せずたまたま使っていたスキル地図で、映っていた多数の白い点が、一斉に赤い光点に変わった。

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