プロローグ
水が流れる感覚。
そう、ゆるやかに流れる水の中に私はいるようだ。
深い水底に押し込められ、感覚のほとんどが閉ざされて、何も見えず聞こえない。
けれど、それでもなぜか、遠くはるかに光差す水面を底から見上げるように、キラキラと、ゆらゆらと輝く何かが、あたたかな何かが、存在はしているのを感じる。
だから、不快ではない。
深い痛みと、恐れと、悲しみとを、ここは永劫の時の中で癒やしてくれているのか――――――あまりに多くのものを失い、おそらくは私自身の命と引き替えにした安らぎ――――――私は死んだのだろうか?
だとすれば私は天に召されるのか?
召されたのか?
わからない。
大いなる災厄をこの世界から除くため、あの時私は残る全てを絞り出し、最後の力を放った。
手応えはあった。
魔の首魁をそれ自体の魔力で内向きに崩壊させ、その反動を残っていた眷属たちにぶつける・・・あれしかなかっただろう。
私にはその結果を見定める余力はなかった。
けれど、それ自体はうまくいったはずだ。
ただ、それは最終的な勝利は意味しない。かりそめのものだ。
あの時点ではそれ以上の最適解は、見当たらなかったのだ。眷属の半分を倒し、難攻不落の城を穿っても、なお次元の違う存在。死すべき定めの人の子に、どうすればそれが可能なのか?答えは見つからなかった。あの時点では。
だから、滅ぼすのではなく、封じることしかできなかった。
だとすれば、やがて未来のいつか、あれはよみがえるかも知れない。
その時私は、もうこの地上にはいないかもしれない。
私にはもはや、ひとしずくの力さえ残されていない。ただの一滴さえ。仮に死んでいなかったとしても、骸と同じ存在だ。
二度目の生も、こうして終焉を迎えるのか?あるいはもう迎えたのか?
だが、ならばなぜ、幾たびかこうして、永劫の眠りの中で私の意識が浮上するのだろう?
これは初めてではない。
こうして、水の流れる中に閉ざされているような感覚――――何度かこうしたことがあった気がする。
なぜだろう?
なんのためだろう?
何かが起きているのか、起ころうとしているのか、だから私もこうして意識を――――そうだ、これは、“意識”だ。私の。
私は生きているのか?こうして時に、意識を取り戻すのだとすれば。
わからない。
今の私は、目を開くことも、手を動かすこともできない。そんなものが存在しているのかさえわからない。
そしてまた、意識が薄れていく。
それにあらがうことも出来ず。
落ちていく、無の世界へ。
堕ちていく、闇の中へ。
今はその時では無いのか?
その時とは何か?
わからない。
どこか遠くで、懐かしい声が、あたたかな肌が、それでいて心の柔らかな部分にキリキリと痛みを差し込むなにかが、私を呼んでいる気がする。
けれど、それは誰か。ここはどこか。その時はいつか。
何ひとつわからない。
私は誰だ?それさえも、虚無の中に呑み込まれていく。
そして私は、再び“無”に還る。
ああ、そうだ。
きっと――――――誰かが私を迎えに来る、その時まで。
 




