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第331話 王国会議

二の月・望月の日 エルザーク王国王都デーバにて

 その年の王国会議は前例の無いものになった。


 例年ならこの日、王都デーバではエルザーク王国に春の訪れを告げる紀元祭が盛大に行われ、色とりどりの花や夜通し輝く花火に鮮やかに彩られる。

 吟遊詩人の歌や、数え切れない屋台の呼び込み、そして市街を埋める人々の声で賑わうデーバ。


 だが、王都はこの日、亜人戦争中以上の緊迫感に包まれた厳戒態勢だった。


 兵が溢れている、というわけではない。

 むしろ、いつもの年のこの日なら、国軍の将兵が典礼服に身を包み隊列を組んで行進する姿が名物だというのに、今年はそれも無い。

 数で言えば兵は普段よりずっと少ない。


 なぜなら、国軍部隊の大半が、迷宮からあふれ出し、あるいは国境外から押し寄せる高レベルの魔物を食い止めるため、各地に派遣されているからだ。


 5日前の上弦十日に始まった天変地異は、今も続いている。


 全土を襲った大地震は今も余震を繰り返し、辺境部に多い火山は噴火して、噴煙や火砕流で多くの人家を飲み込み命を奪った。

 追い打ちをかけるように、迷宮から、火山から、割れた地底から、得体の知れない魔物が次々湧きだし、見さかいなしに人を襲っている。

 

 東の玄関口ドゥルボルの港街は大津波に飲まれ、市街は今も水に浸かり、そこに海からの魔物が襲い、治安は完全に失われた。


 復興の目処などまるで立たない、それどころか今なお被害が拡大しているありさまだ。


 だが、それはエルザーク王国だけではない。

 むしろエルザークの被害はまだしも小さい方だった。


 先の戦争で、自ら撒いた種とは言え甚大な被害を出したマジェラ王国やトスタン王国などは、災害と魔物の大発生で、今や国全体が統治能力を失った無法地帯と化し、あるいは魔物の巣窟とも言える状況に陥っていた・・・。


***********************


 俺は、去年の王国会議には、騎士でも貴族でもなかったから参加していない。

 だから、セシリーやイグリに後から聞いた話でしか知らなかった。


 夜明けと共に招集された貴族らに向かい、国王の挨拶というか宣旨というか、一種の施政方針演説みたいなのがあってから、まず叙任式が行われる。

 そして昼からは、伯爵身分以上のものだけが出席する王国会議が開かれ、国の政策が公式に決まり、それに沿って各貴族への命令などが出される、とかそんな話だった。


 で、叙任式は基本的に身分が高い順だから、俺は後の方で呼ばれるはずだったんだけど、今回はとにかく異例ずくめだった。


 そもそも参列者も、各貴族が普段の大名行列みたいな随行者を連れず、魔法転移でわずかなお供だけで飛んできて集合だったから、数が少ない。


 そして、冒頭の儀式的なことはほとんどすっ飛ばし、国王テレリグ2世が真っ先に先日の魔力地震に始まる災厄について取り上げ、そして“魔王が復活した可能性が大である”なんて爆弾発言があったから、王宮の大広間は騒然となった。


 前日に俺とニルドナさんが王族や限られた高官たちには報告済みだったから、高位の貴族や軍関係者には既に知られていたとは言え、大半の列席者は初耳だったのだ。


 その上、王様から、“詳しくは王国会議の冒頭でそちらに控えるシロー・ツヅキ『子爵』から報告するので、危急存亡の時を乗り切るべく諸卿の叡智を出してもらいたい”なんて話が出たもんだから、俺はずっとエラい人たちの注目を浴び続けて、ずっともう、緊張なんてもんじゃなかった。


 そう、俺はこれまで言われてた、“王国会議の日に正式に男爵に任ずる”って話から急遽さらに一階級上がって、子爵に昇爵されることになった。


 ルセフ伯爵を守り切れなかったことへのお咎めは無く、“王国の、そして人類の危機に対する情報を危険を冒して最初に持ち帰った”ことへの論功行賞、というのが公式な理由だ。


 オスカー・ルセフ伯爵は死後、一代限りの名誉侯爵とかってのに昇爵された。

 嫡男は伯爵家の継承を認められると共に、マジェラ戦争での功績と併せて旧トクテス公爵領の一部を加増された。


 ニルドナさんも、故侯爵の側室という地位が確認されたのに加え、彼女自身に名誉男爵位とそれに応じた年金が支給されることになった。

 これは主に、これから王都で侯爵が残した資料を分析し、国の方針を検討する高官たちに協力させるための俸給という意味合いが強いようだ。


 他に俺の知り合いでは、イリアーヌさんが内示通り男爵位と外務省の官僚に任じられた。


 そして、カレーナもベスの転移魔法で王都に来ていた。


 事前に聞いていた通り、カレーナ・フォロ・オルバニアは対マジェラ戦争で最大の功労者と評され、伯爵への昇爵と共にシキペール地方の大半を領有することになった。

 名実ともに、祖父の時代のオルバニア伯爵の立場を取り戻したと言える。


 叙任式では各貴族の陪臣の話までは出ないけど、侍女の服装で随行していたベスにこっそり聞いたら、新オルバニア領ではすごく色々な“人事異動”があったらしい。


 クーデターに与して取り潰された旧トパロール子爵領にはザグー、旧ガウロフ男爵領にはイグリが、それぞれ准男爵として代官を務めることになり、ベスやグレオン、ヴァロン、ベリシャやバタら、見知った隊長格の連中は騎士身分になるそうだ。

(エルザークでは伯爵以上の貴族は、配下の陪臣に準男爵までの叙爵権が認められている。男爵と子爵は、騎士身分のみの叙爵権だ。)


 オルバニア領の領都はスクタリからドウラスに戻った。カレーナにとっては、ドウラスの城は幼少期を過ごした家らしい。

 セバスチャン老が城代としてカレーナの留守を預かり、ベリシャやグレオンが兵を束ねる立場になる。

 スクタリには、騎士身分になるバタが代官として駐留することになった。


 オルバニア領はエルザークの南端だからか、地震の被害はそこまでひどくはなかったらしいけど、魔王復活の影響でこの数日、また魔物の大発生が起きていて、それで主立った幹部もほとんど王都に来られなかったとか。


 今のところ旧知の仲間に死者は出ていないって言われたのが、かろうじて救いだった。




 それはそれでよかったんだけど、本題は午後の王国会議だった。


 王様に予告されたとおり、俺はエラい人たちの居並ぶ前でしどろもどろになりながら、封印の地での出来事を報告させられた。

 ニルドナさんが補佐役としてあれこれフォローしてくれなかったら、完全に脳死してたと思う。


 そして、会議場はまず戦慄に包まれ、続いて騒然となった。

恐慌状態と言ってもいい。


 魔王が復活した。

 地上に出てくるまでにどれだけの猶予があるかわからない。


 ニルドナさんの他にも何人か呼ばれた学者たちの古文書研究によれば、魔王が完全に復活し地上に現れれば、無数の魔物や悪魔による魔軍が組織され、人類国家を蹂躙し始める、とされている。


 普通の武器や一般的な魔法攻撃では、高位の悪魔に対しては無力だとも。


 こんな中で、どうしたら絶望せずにいられるって言うのか?


「もう終わりだ!」「なぜこんなことになった」みたいな不毛な言葉がしばらくの間飛び交い続け、悪いタイミングでまた、地震が起きた。


 大きく、長い揺れ。


 その地震は、ちっぽけな人間たちを翻弄し、あざ笑う、魔王の恫喝と嘲笑のようだった。


 列席した高位高官たちは慌てふためき、女だけでなく男たちも悲鳴を上げ、大きな円卓の下に潜り込んで、ガタガタ震える者も多かった。


 揺れがようやく収まると、場は静まりかえった。


 そこで、最初に声を挙げたのは、前軍務大臣でもあるミハイ侯爵だった。


「では、メウローヌの巫女は、“勇者を探せ”と、そして何らかの光はある、とも神託を下したのだな?」


 取り乱す貴族たちを押さえ込むように冷静な声で、俺にそう問いただした。


 まるで地震などなかったかのように。


「そ、そうであった。今何が出来るか、なにをなすべきかを論じておった、そうであるな」

 それに続いたのは、俺が年末に領地の下賜を受けた、コルネリス王太子だった。


 それからようやく、建設的な話が始まった。


 第二王子で冒険者ギルド長を務めるヤレス殿下や、南部戦線の勇将で今またマジェラ領からあふれ出してきた魔物の群れを食い止める矢面に立つマレーバ伯爵らが、当面真っ先に手を付けるべきことについて意見し、具体的に考えるべきことを得た人々は平静を取り戻し、議場は先ほどまでとは異なる熱気に包まれた。


 長い議論の末、まず国軍と各貴族の役割が再確認された。


 領主貴族はまず自領内で発生する魔物の討伐に全力を挙げる。


 国軍は再編成して大きく2つの任を負う。今後国外から押し寄せるであろう魔軍に対する国境防衛を担う兵団と、レムルス帝国他各国との大連合に参加し魔王討伐に向かうことを視野に入れた兵団を組織することが決まった。


 さらに、外務省・軍務省から人を出し、勇者の探索など情報収集組織を作ることも。


 俺にもこの情報収集組織に加わることが命じられた。

 これまで通りの領主の立場に加え、軍務省統合幕僚部に置かれるこの新たな情報収集組織の参謀待遇を兼務、ということになった。


 俺が子爵に昇爵されたのは、これを含みにしたものだった。

 子爵に昇爵されても領地を増やしてくれるわけじゃなく、税収は増えない。代わりに軍務省の俸給も与えるから、その分も働けってわけだ。


 ブラックすぎるよな、これ・・・どんだけハードなプレイだ?


 けれど、この新たな組織のトップに就任したエンドリト・ミハイ将軍は、俺を「勇者捜し要員そのイチ」として、またこき使うことを既定路線にしてたらしい。


「わかっているな?マリエール王女の神託の意味は定かではないとは言え、おぬしは直接彼女から、“勇者を探せ”と言われた立場だ。そして、大陸各地を冒険者として回った土地勘もある。適任だろう?」


 いや、適任とか全然思わないすけどね?


 地縁も血縁も無いコミュ障に、手がかりも無くどうやって人捜しをしろと?

 はっきり無理ゲーだ。


 それに正直、俺の所領は北の最前線だから、そこを離れて各地にあても無く調査に回るなんて御免被りたい。


 なのにまた、“これは王命であり決定事項である”って理不尽に宣告された。


 基本的人権なんて無いのだ、この世界は。


 まあ、マリエール王女から“メウローヌにもぜひ来てもらいたい”って言われてるし、どんなお礼をくれるのかも楽しみだから、前回のクエストでほとんど素通りしちゃったメウローヌにはもう一度行ってみたいとは思うけど・・・そんな楽しそうなことでも考えられないと、やってられない。




 ともあれ、こうして相変わらず、人に流され運命に流されるまま、俺はまた厄介きわまりない役目を押しつけられて、新たな旅路を行くことになったんだ。


 それが本当にとてつもない物語への扉だったなんて、神ならぬ身にわかろうはずも無かった。

これにて第四部、完結です。

ご愛読ご声援ありがとうございました。



お気楽領主生活は、やっぱり長くは続きませんでした。

シローの運命はとことん理不尽なようです・・・そして、物語はいよいよ最終・第五部へと向かいます。

推敲のため、第五部はこれまでのペースで更新し続けられるか自信がありませんが、どうぞお楽しみに。

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