第35話 転生者
ゲンツ卿と呼ばれる大商人は、どう見ても日本人のオタクだった。
引きこもりのゲーマーだった俺にとって、こいつはかなり近い人種だ。
直感的にそう悟る。
ゲンツ卿と呼ばれる大商人は、どこからどう見ても日本人、それも典型的なオタクキャラだった。
「オルバニア伯爵家にて騎士長を拝命しておる、
ザグー・レカと申しまする。
まずは、突然のご訪問にも関わらず面会いただき、
御礼申し上げる」
ザグー騎士長が丁重に挨拶する。
俺も従者らしく、深々と頭を下げる。ニッポンジン、オジギだ。
「あー、そういうのいいから。虚礼廃止でよろ」
ひらひら手を振るゲンツ。
まあ、俺だったらその方が気楽でいいが、ザグーはそうはいかんだろうな。
「はっ、これまでも当家にはお志を・・・」
「だーら、要件に入れっての。いくら?」
ぐっ、と詰まるザグー。
「また金貸してってんだろ?
で、いくら、何に必要で、いつまでに?」
話が早いじゃん。
「むむぅ、当家は現在、王国貴族の責務として
迷宮討伐を着々と進めております。
されど、思いがけず、聖なる武具を必要とする
敵の集団に出くわしましてな・・・」
ザグーがさらに話を続けようとするのを、ゲンツは手を振って遮る。
「話なげーよ、おっさん」
それはまあ、同感しなくもないが。
「なになに、よーするに、
“迷宮でアンデッドの階層に突き当たった。
けど、普通の武器しか持ってない。
だから、銀なりミスリルなりの武器を調達したい、
費用を出してくれ。今すぐ!”
ってことでOK? 」
おー、こいつ回転速いな。今の話でそこまでわかるんだ。
俺が目を丸くしているのを見てゲンツは、不本意顔で、“端的に申せばその通りに相違ござらん”とか言ってるザグーにはもう興味を無くしたかのように、こっちに目を向けた。
「それで、こいつはナニモノ?」
「っと、俺?」
俺が答えようとすると、ザグーが引き取って
「当家に仕える冒険者にて、従者として連れ参ったまで」
と答えた。
「ふーん、奴隷が従者ね」
えっ? わかるのか。こいつも判別スキルを持ってるのか。
「まだ現在の借り入れが残ったままのところに、
さらなる支援を求めるは心苦しい限りなれども・・・」
ザグーが続けようとすると、また手で制された。
「もう一つ聞くが、担保は?」
「は、担保と?」
話が急に進んでザグーは、これは貸してくれそうだということか、はかりかねているようだ。
「あたりまえだろ?今貸してる金が返済されるかも怪しいのに、
さらに金出せ、っていうなら担保は取るでしょ?」
「いや、その確かに、されどそれがしの一存では・・・」
ゲンツはあきれたように首を振ると、一転してにやっと笑った。
「じゃあ、こっちからな。カレーナちゃんが担保だな」
おいおい!?
「あの巨乳ちゃんは、俺のストライクゾーンじゃねーが、
まあ、磨けば光るっての?
それで大金貨100枚ぐらい即金で貸してやってもいーぜ。
返済までカレーナちゃんは、うちで大事ーに預っとく」
「絶対ダメだ!」「ふざけるな!!」
俺とザグーの叫び声がかぶった。
冗談じゃない。だいたいこいつ、色白で肌は妙につやつやしてるが、よく見るともう中年だぞ。とっちゃんぼーや的なやつ?
こんなキモオタに、俺があんなことやこんなことをすると誓ってるカレーナを、おもちゃにさせてたまるか!
「ふざけるなとは、ご挨拶だな」
ゲンツは気分を害したポーズをするが、ニヤニヤ笑ってやがる。
「せっかく利子も無しで、大金貨100枚ってのに。
じゃあ、大サービスだ。姫付きのツンケンした女戦士な、
あれを担保で、大金貨10枚ぐらいなら貸してやろうか?」
セシリーまで知ってるのか? あれれ、ザグー、そこで迷うなよ。
「それもダメだ!」「・・・う、うむ、ダメだ」
今度はタイミングがずれたぞ。ザグーのおっさん、あとでセシリーにチクってやるからな。金貨10枚ってどれぐらいの価値か知らんが、同僚に売られそうになったって。
あいつも俺のお仕置き対象だからな、ぜったい譲らんぞ。
「おやぁ、じゃあどうすんの?
担保も無し、返す当てもないのに即金で貸せと?」
「そ、そこをなんとか・・・」
これは旗色が悪いな。 全く腹案無しだったのか?
領内の産物の専売の権利だとか、必要物資の買い付けをこいつからって約束するとか、普通なんか交渉材料持ってくるんじゃないの?
(それ、こっそり伝えてあげようか?)
腰につけた革袋の中からリナが念話で聞いてきた。珍しく建設的だな。
(ダメ元で頼むわ)
(わかった)
リナは室内にいる人間の死角をたどって、椅子の背もたれの間からザグーの背に上る。こんなことなら、パーティー編成でザグーとツーカーになっとけばよかったか。
「なに、ふむふむ・・・で、では、例えば今年のわが領内の農産物の専売権、あるいは当家で買い付ける塩を貴殿の商会を通す、というのはいかがか?」
おー、そのまんまだ。
「ほぉ、あんたにしては、なかなかまともな提案だな」
ゲンツが面白そうに言う。
「なら、大金貨10枚で、年末までに15枚返済、だ」
えーっと、利子5割かよ。暴利じゃね? 過払い金返還とかないの?
(この世界には、利息制限法も出資法もないからね)
リナがつっこんできた。な、なぜ、あっちの世界の法律まで知ってる?
「スクタリの農産物も塩の買い付けも、知れた額にしかならん。
利幅を考えると、大した価値はないからな」
いかん。ザグーが頭にきてる。
「あ、足もとを見おって! もうよいわ!」
席を立っちまった・・・危うく落とされそうになったリナは、なんとか背もたれの間に滑り込んで、こっちに戻ってくる。
「帰るぞ、シロー!」
おいおい、それでいいのか?
「ふむ、シローってのか。お前は残れよ・・・客人その1のお帰りだぞ」
え? 間髪入れず、メイドの一人がザグーをエスコートしに来る。
どうする?
「好きにせい!」
あらら、ザグーったら怒って先に行っちまったよ・・・
俺はとりあえず、がらでもなくフォローしてみる。こういうところ、俺も苦労人の素質ありだな。
「あ、あのおっさんさ、悪気はないし、つーか、いい人なんだよ。剣の教え方とか上手だし?・・・ただ、根っからの軍人さんでさ、こういう交渉ごととか、向いてないんだな」
コミュ障の俺にかばわれてもな、と。
ゲンツが面白そうに俺を見据える。
「あぁ?別にちょっと遊んでみただけだ。カレーナちゃんをいじめようとか思ってないから安心しろ。むしろ可愛がってやろうってとこ?」
いや、だから悪いんだって。だが、何か言い返そうと思った俺は、次の言葉に黙らされた。
「お前も転生者だな?」




