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第327話 天変地異

覚醒はしていたものの未だ目を封じられ身動きを封じられた魔王に対し、数十人の術者による結界魔法が行使された。だがそれが威力を発揮する直前、激しい雷と共に異変が始まった。

《“業火”ガ発動シマシタ》

 そのシステムメッセージのような音声は、モーリア坑道を囲んでいた全ての者の脳内に響き渡った。


《へるもーどニ移行》っていう続くメッセージをこっちの世界の人たちが理解出来たかどうかわからないが、ゲーマー的には、“これはそう言う意味だよな?”と思わざるを得なかった。


 これまでも十分ハードモードな世界だとは思ってたよ。

 でも、それが今度はヘルモードかよ?って・・・


 だが、そんなことが脳裏をよぎったのは本当に一瞬だった。


 魔王を再び覆い直す結界が、もうちょっとで完成するか、って時に突如連続して天から落ちた大雷をきっかけに、それは始まった。


 天変地異――――そう表現するしかなかった。




 最初は遠くから、あるいは地底深くからわき上がって来るような地鳴り、地響き。


 次いでそれはガタガタと大地を揺さぶり、すぐに突き上げるような大地震へと姿を変えた。


 岩だらけの荒野に地割れが走り、視界の悪い瘴気の霧の中に、幾筋も高温の蒸気が噴き上がった。



 そして、ゴゴゴゴゴッとひときわ大きな地鳴りが遠く響いた次の瞬間、衝撃が走った。


 ドドドオオオォォンン!!!


 大峡谷の中央にそびえる“魔の山”。

 その頂が崩れるように噴煙に包まれ、真っ赤な光が飛び散った。


 噴火だ!!



 その瞬間、《パンッッ!》と破裂音が響いた。

 幾重にもこだまして。


 結界が、砕け散ったのだろう。


 モーリア坑道を包む“坑道結界”のみならず、その外側の封印の地全てを覆う“多重結界”まで、まとめて、一瞬にして。



 強烈な瘴気と魔力が渦巻く。

 そして、冷気が吹き込む。すぐに猛吹雪になった。


 これまで多重結界に包まれ極北の地の気候と切り離されていたこの地に、極寒の気象がなだれ込んでいるのか。

 それとも、これ自体が魔王の力か。


 なにが起きたのかは、まだはっきりわからなかった。


 それは俺だけじゃなく、おそらくその場にいた各国代表たちもそうだったろうと思う。


 ただ、ひとつわかったこと。


 それは、作戦は失敗した、ということ。

 人類は、魔王の封じ込めに失敗した、ということだ。


 おそらくは・・・魔王が復活するのだ。



《総員、緊急退避せよ!!》


 ヨーナス将軍からの遠話が飛んだ。


《噴火噴石、地割れ等天変地異に巻き込まれぬよう緊急退避!その後、生存を最優先に館及び駐屯地へ、速やかに帰投せよ!!》


 大小の噴石が火口から上空に打ち上げられ、バラバラと降り注いでくる。


 それを岩陰に身を隠して避けようとするが、相変わらず続く地震に足下も定まらない。

 さらに、坑道の峡谷に近いあたりでは地割れと共に崖が崩れ落ち、何人もの兵が奈落へ堕ちていった。


 世界最強のレムルス軍でさえ、もはや隊列だの軍紀だのなんてかけらもなくなった。

 俺たちは言うまでもない。

 カーミラと身を寄せ合い、等身大リナに魔法盾で噴石を防がせ、ただ、静寂の館をめざす。


 地獄だった。


 誰もがその一瞬一瞬に、死神の手から逃れること。それだけしか、考えられなかった。



***********************


 館にいつの間にたどり着いたのか、記憶になかった。


 ただ、避難所か難民キャンプのようなありさまになった静寂の館の一室で、カーミラを片腕に抱いたまま、へたり込んでいた。

 腰の革袋にはMPを使い果たし、人形サイズに戻ったリナがスリープ状態になっていた。



 魔王との戦いの最前線の砦として堅牢極まりない造りになっている静寂の館は、さすがにこの天変地異の中でも残っていた。


 ひっきりなしの地震とたたきつける噴石で、不安をそそる音が響き続けているが、今のところ物見棟にかなりの被害が出ている他は、崩壊した建物は無い。


 噴火と吹き込む猛吹雪で、部民の集落も飲み込まれてしまったから、館の広間と塀の中の前庭、レムルス軍駐屯地の天幕などに、数百人の村人が逃げ込んでいる。

 そのざわめき、悲鳴、家族を失った者の泣き声が、地鳴りの中で切れ切れに聞こえてくる。


 モーリア坑道、つまりは魔の山を囲む外周状に配置されていた魔法職のうち、最も遠い側にいたのはレムルス軍の魔法使いたちだった。彼らが少なからぬ犠牲者を出しながら撤収を終えたのは、夜中近くになっていた。

 

 そして深夜、各国代表団が最上階の、今は主を失った北の巫女の応接室に呼び集められた。


「このような遅くに申しわけない」

「いえ、誰も眠ってもおられぬでしょう、ケッヘル侯爵」

 すまなそうな様子のケッヘルとヨーナスに対し、ルセフ伯がそう応じる。


「ようやくひとまず兵の撤収と避難民の保護が完了しました。無論、全員とは行きませんでしたが・・・今後のため、可能な限り周辺各所に観測用魔道具の設置も行いました」


「ご苦労様でした、ヨーナス将軍の統率力が無ければ、私たちは絶望し、あの場で瓦解していたかもしれませんわ」

「同感です・・・そして、今後のことですな?」

「はい、それを」


 ヨーナスは、メウローヌのマリエール王女とパルテアのベハナーム教授、二人のねぎらいと質問に、思い詰めた表情で切り出した。


「魔王はおそらく復活した。・・・その前提で申し上げます」

 全員が息をのむが、また誰もが覚悟はしている様子だった。


「既に先月のあの魔力地震の段階で覚醒はしていたと思われますが、身動きも五感も制約されていた、きょうまでは。だが、あの時聴こえた幻聴のようなもの――――ほぼ全員が聴いているわけですが――――がまことか否かは別として、あの瞬間、結界が破綻し、魔王はより大きな力をよみがえらせたのは間違いない。だとすれば、もはやこれだけの戦力、人的資源では、魔王を封じることも、ましてや滅ぼすことも出来ぬでしょう・・・残念ながら」


「幻聴ではない、と思われます」

 ヨーナスの言葉が途切れたときに、言葉を挟んだのはベハナームだった。

「それはいかなることでしょう?」

 撤収の中で噴石の直撃で同行者を失い、ついに一人だけになったカテラのアッピウスが、やつれた顔でそう問いただした。


「パルテポリスから連絡が入りました・・・わが帝国の諜報活動によれば、かの魔力地震の原因は、ヨーナス将軍の推察通り、魔王の覚醒でした。その覚醒は、イシュタールの“預言者”と呼ばれるイスネフ教教主が持つ特殊なスキルによって引き起こされたと見られております」

「な、なんですって!?そんな・・・はるかイシュタールの地から、どうやって・・・」


 ベハナームはマリエール王女の問いに答えず、話を続けた。


「イスネフ教教主は“転生者”でもある、と判明しています。そして、その特殊な固有スキル<預言>は、時に奇蹟としか思えぬ現象を引き起こす。その力によって、無名だった一人の男が、わずか20年でカテラに匹敵する宗教国家を造り上げたのです」


 俺はこれまでイシュタールの預言者の話を断片的にしか聞いたことが無かった。

 けど、ルセフ伯爵も、マリエール王女やアッピウス僧正も、そして当然のようにレムルスの幹部2人も、驚きよりも“やはりそうか”って顔をしていた。


 大国の上層部には、ある程度推測されていた話だったらしい。ただ、それでもなお、地理的にも近いパルテアが最も情報を持っていたってことだな。


 しかし、同じ“転生者”ってくくられるのが情けなくなるぐらい、出来ることのスケールが俺とは違いすぎる。


 だが、その後の話に驚いたのは俺だけじゃなかった。


 ベハナームは後ろに従うカエーデを振り向き合図をした。


 これまでの偽りの女研究者の様子は一変し、元将軍のベハナームに劣らぬ、いやそれ以上に隙の無い身ごなしで前に出たカエーデが、頭を垂れて衝撃の発言をした。


「本日、預言者がさらに最終的な破局をもたらすスキルの行使を試みたため、皇帝陛下直属の一隊が無力化を試み・・・失敗しました。そして、預言者はついに禁断のスキルを発動したものと見られております。そのスキルは、<預言LV10“業火”>と・・・」


「な、なんだとっ・・・」「業火、ですって!?あのメッセージにあった・・・」

 声を荒げたのは、レムルス皇帝の代理人たるケッヘル侯爵と、メウローヌのマリエール王女だった。


「パルテポリスからの情報では、天変地異はこの地だけでありません。大陸各地で大地震、火山の噴火が発生、魔物の暴走がさらに激化し、未曾有の混乱に陥っていると・・・」


 カエーデがそこで言葉に詰まると、ベハナームが再び引き取った。

 常に自信と余裕に満ちていたこの元将軍の大学教授が、うなだれた姿を初めて見た。


「残念ながら、力が及びませんでした・・・。預言者は超常的なスキルを持つ転生者であるとは言え、生身の人間だった。それがなぜ、我らの切り札を持ってしても仕留められなかったのか、わかりませぬ。ただ、言えるのは、これによって間違いなく魔王は力を取り戻す。今はまだ、聖女の封印が完全に消滅したとは思えませんし、モーリア坑道の物理的な隔たりがあるので、今日明日に完全な魔王が地上に姿を現すとは思えません。しかし、時間の問題かと・・・」


 沈黙が場を覆った。


 魔王が完全復活するのは時間の問題――――そう、言われたのだ。


「ど、どうすれば?ここで少しでも食い止めるべきでしょうか」

 メウローヌ王女の狼狽した問いに、ベハナームはヨーナスと視線を交わした。


 今度口を開いたのはレムルス帝国の将軍だった。


「いえ、王女殿下。今や作戦は破綻しました。このわずかな人数では時間稼ぎにもならぬでしょう。尊い御身には、まだなしていただくべきこと余りに多く、メウローヌに無事お帰りいただき、来たるべき日に希望をつなぐことこそ、人間世界のためと愚考します」

「で、では?」


 ヨーナスは小さく息を吸って、こう言った。


「あす夜明けと共に、撤収を開始します。十分の護衛をお付けできぬことをお許し願いたいが、最も足の速い小隊を皆様に同行させますので、それで一刻も早く帰国し、同盟各国にこの地で起きている真実をぜひお伝え願いたい。今や人類、いや亜人たちの勢力も含め、200年前を超える大連合を結集せねばならぬ時です」


 各国要人は動きの速い部隊と共に先頭を切ってツングスカまでオオツノジカのそりで逃げろ、ということか。

 この天変地異で魔力嵐は強烈になる一方で、転移魔法はとても使えないから。


「・・・将軍はどうされるおつもりか?」

 アッピウスの問いに、ヨーナスは毅然と答えた。


「プラトの治安維持の責任者として、少数と言えどもこの地の民を捨てては行けません。我らは封印の地の巫女と村人らを護衛し、ツングスカまで撤収します」


 それがどれほど困難な任務か、わからぬ者はいなかった。


 往路、精強な一個大隊と腕に覚えのある各国代表団だけでも、猛吹雪と高レベルの魔物の襲撃を受け、3日がかりでたどり着いたのだ。


 戦ったことも無い老人や子供を大勢引き連れた一団が、さらにこの天変地異も加わる中で無事に戻れるとは思えない。


 だが、それを口に出来る者はいなかった。


 わずかな生の可能性に向けて、それぞれが最善を尽くすのみ。


 誰もがこの時、そんな覚悟を決めていた。



 その時だった。


 断続的だった地震の揺れがひときわ大きくなり、みながハッと天井を見上げたとき、絹を裂くような悲鳴が上がった。


「王女様っ!姫さま!!」

 叫んだのは、メウローヌの女魔法戦士ルイフェだ。

 

 その腕の中で、マリエール王女が両手でおのが喉をかきむしり白目を剥き、別人のような形相になって、がくがくと震え出した。

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