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第326話 魔王の声

本来百人以上の訓練を積んだ聖職者が必要とされる、魔王を包む結界の修復。その応急処置を各国調査隊と巫女団らが試みようとしていた。

《180、179、178・・・》


 リナを通して中継されてくる、静寂の館からのカウントダウン。


 それとともに、結界を察知する能力を持つ大勢の者たちの感覚が同調し、それぞれが立つ場所からモーリア坑道を覆うドーム状の結界をなぞるように伸びていく。


 周辺部から中央に向け、ドームの縁から頂点に向けて。


 俺には結界を感じ取る直接的な力は無いけれど、リナとカーミラには感じ取れるから、それが共有され、まるでクリスタルガラスみたいな冷たく硬質な感触が伝わってきた。


 直径数十km、これほど巨大で精緻な結界を200年にわたって維持してきたなんて信じがたいけれど、そこにいま穴が開き、魔王の復活が近づいているのだと言う。


《111、110、109・・・》


 結界はゆるやかな傾斜を上り、やがて平らに近い所へ、中央に近づいているのがわかる。

 それとともに、不快な感触が流れ出す。


 これは、瘴気か?


 結界の破れが近づき、漏れ出した瘴気が濃くなっているのだろうか。


 遠話で結ばれた魔法職の者たちのざわつく不快感が共有される。

 それでも慎重に手探りするように中央へ向かう感触・・・それが、変わった。


《《《《《ッ!!》》》》》


 ビリッと電流のような痛みが全員の精神に走る。

 魔法資質を持つものにはおそらくより強く。


 それはざらつき、尖り、やがて茨のトゲの上を無理矢理手をこすりつけるような痛みに変わっていく。


《結界の破れか?》《だがしかし、それだけではこのような・・・》


 誰かの思念が流れ込み共有された、その時だった。


『・・・誰ダ』


《!?》


 足下から突き上げるような低い声が響き渡った。


『・・・余ノ許シナク不快ナ雑音ヲ響カス者ドモ、何者カ』


 聞く者の魂をわしづかみして、恐怖で包み込むような重く威圧感に満ちた声。

 その声と共に魔力の嵐が渦巻き、瘴気が噴出する。


《こ、これは》《まさか・・・》《そんなっ!》


 動揺する念が乱れ飛ぶ。

 遠話以前の、乱れる心の内そのものが波動となって共有され、言の葉が魔力の嵐の中を途切れ途切れに舞う。


《静まれっ、みな静まれ!》


 動揺を抑えようとする声は、カテラ万神殿のアッピウス僧正か?


 彼の声もまた恐れと不安に満ちていたが、それでも混乱する遠話を一度は沈静化させる効果はあったようだ。


 だが・・・


『何者カ・・・余ヲ深淵ニ封ジタアノモノドモ、勇者ト聖女ドモカ?イヤ違ウ、彼奴ラハ既ニ滅ンダ、コレハ比ベモノニナラヌ小物ニスギヌ』


《ま、まさかっ!》

《魔王っ!?》


 封印されたはずの魔王、それ自体の声が、モーリア坑道を囲む人々全ての精神を揺さぶり、恐慌に陥れた。


《これは・・・魔王自身なのか》

《既に覚醒していたなんて・・・》


 おそらくヨーナスと、そしてマリエール王女の思念だ。

 隠しきれない絶望的な響きがそこにあった。


 だが、それでも各国から集まった人々の心の支柱となる力を持っているのも、今やこの二人だった。


《カウントを続けろ、精神を集中せよっ!》

《そうです!私たちは私たちのつとめを果たすのみ、信じるのです!》


 ざらつくトゲだらけの瘴気が、一気に濃さを増して結界中央からあふれ出してくる。


 それは俺たちの精神を傷だらけにしながら、手探りしているかのように生き物めいた動きで広がっていく。


 だが同時にそれは、なにか目が見えておらぬような、魔王が覚醒はしていても手探りでしかまわりの様子を探れぬような、奇妙な不自由さを感じさせた。


『誰ダ!・・・余ノ目ヲ覆イ不快ナ力ヲ注ギコム不逞ナヤカラ!』


 そうだ、やはり。


《あきらめてはならぬ!魔王はまだ覚醒はしても自由は得ておらぬ、五感すら回復しておらぬ。今なら結界で封じなおせるはずだっ》

《!!》


 再びアッピウスも自らと周囲の者たちを鼓舞するように叫んだ。


『許サヌ!・・・余ヲ妨ゲルモノドモ、許サヌ!!』


《30、29、28、27・・・》

《各自逆算し、詠唱を始めよっ》

 カウントが進む。


《・・・この世のことわりのうちに真の相を隔てし帳よ・・・》

《◆?%&*!@・・・》

 それぞれの術者が精神を統一し、0での発動に向かって各自の最も慣れた詠唱を始める。

 必要な詠唱は人によって長さも違うから、始めるタイミングは異なる。


《3、2、1、発動!!!》

《《《《《結界を!》》》》》


 !!!


 呪文を唱えていない俺の精神にも、リナをはじめとする数十人の魔力が一気に投入され、広大なモーリア坑道の峡谷を包み込むように放たれたのがわかった。

 

 ぐっと心身を揺さぶる圧迫感、ざらつく抵抗感、あらがうような瘴気のうねり・・・


『誰ダ!?・・・コノ不快ナ波動・・・ヤメヨ、ヤメヌカッッ!!』


 びりびりと大気が震え、重たい岩を挟んで押し合うような、長く息詰まる攻防が続く。


 じわじわと、少しずつ、結界がおぞましい力の上に被さっていくような感触。


 これはちょっとずつ、結界が張り直されているのか?

 未だ封じられたままの魔王であれば、数十名の魔法職の力でも結界を修復できるんだろうか?


 魔力を注ぎ込み続けている巫女、修道士、魔法使いたちのMPがいつまで持つか?

 それまでに結界を完成できるのか?


 俺はリナと手をつなぎながら、MP回復の“思索”スキルを行使し続ける。

 いつでも飲み込めるよう、MP回復薬も用意済みだ。


《!?》


 最初に気づいたのは誰だったろう?


 結界の上、極北の地の高空を覆っていた白い雪雲が、いつしか灰色の、黒に近い暗雲に変わりつつあることに。


 そして、ほぼ真昼というのに雪明りさえ薄れ、あたりが夕闇のように暗くなってきたことに・・・。




 ゴロゴロゴロ・・・遠雷が響いた。


 それが始まりだった。



 ピカッと遠く南の空にかすかな稲光が見えた。


 それはみるみるうちに近づき、やがて巨大な雷雲が頭上を覆った。


 ピカッ!ドドドーンッ!


 轟音とともに雷が天空から降り注ぎ、結界の中央へ、峡谷の中央にそびえる魔の山の頂へと落ちた。


 偶然であるはずも無かった。


 2度・・・3度・・・ますます強く激しくなる光と衝撃、稲妻は、次々と正確に同じ魔の山へと落ちる。



 その時、突然脳内に警報のような大音量のビープ音、続けてあのシステムの自動音声のような無機質の音声が響いた。


《!!警告!! “業火”ガ発動シマシタ。タダイマヨリ、本わーるどハへるもーどニ移行シマス!》


 ハッとした顔をしたのは、カーミラやリナだけじゃない。


 まわりのレムルスの兵たちも、そしておそらく、すべての人の脳内に響いたのだ。

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