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第324話 (幕間)業火のスキル①

極北の地で魔人が葬られ結界の修復が始まろうとしていた頃、はるか南のイシュタールでは――――

 自分たちが戦っていたのは、異教徒どもではなかったのか?


 神に命を捧げた騎士たちは、大波のように打ち寄せる魔物の群れに槍を振るいながら、口に出せぬ疑問を抱いていた。


 パルテア帝国とジプティア王国、南北の大国の挟撃をなんとか食い止められたと思ったのもつかの間、各地の迷宮からあふれ出した魔物によりイシュタールの幾つもの街が飲み込まれ、犠牲者の総数はいかほどになるか想像することさえできぬ状況だ。


 無論、魔物の大発生はイシュタールだけではなく、他国も同じだ。だからこそ人間同士の戦争はうやむやの内に休戦状態になっている。


 だが、そもそも唯一至高のイシュテラン神を信仰するイシュタールの正しき民は、魔の勢力から守られている、と聞かされていた。


 実際、現在もイシュタールの中心部、聖教区と呼ばれるあたりには魔物はまるで見られない。それこそ奇蹟のように。

 だが、それ以外の地方都市などは教会を含め、蹂躙されている。


 地方の信者、神官らの信仰心はそれほど足りなかったと言うのだろうか?

 そんなことは無いはずだ。うちの村だって、子供から年寄りまで毎朝毎晩の礼拝を欠かさなかったし、祭礼には生け贄だって欠かさず捧げてきた。

 なのになぜ・・・


 神聖騎士団でも屈指の槍の名手として、小さな村の職人のせがれから若くして30人の騎士を預かる身にまでなったハビーヴは、そんな疑念が頭の隅から離れなかった。


「ハビーヴ、聞こえてるのかっ、卿の隊を左翼へ回してくれっ!」

「!」

 

 彼より幾つか年上でやはり別の隊を率いるヨアフの声に、はっと我に返った。


「オーガの群れが障壁を突破したぞっ」

「ああ、わかった・・・ハビーヴ隊!左翼へ転進する、続けーっ!」


 重装鎧を着けた馬首を返し、目の前の戦況から離れていた思考を引き戻す。


 だが、そんな疑問をいだいているのは決して彼だけはなかった。 


 預言者が現れ、この地に神の国が打ち立てられてこのかた、イシュタールでは魔物による大規模な被害はほとんど起きなくなっていた。

 それこそ神の祝福の証、正しき信仰の証と、彼らも民草も信じ、それがこの宗教国家の一枚岩の結束を生む力ともなってきたのだ。


 それが今や、異教徒らと雌雄を決する前に、尽きることの無い魔物の群れとの戦いで精鋭たる神聖騎士団の兵力が消耗し、これがあと十日も続けば国軍が瓦解しかねない状況に陥っている。

 

 ダマスコを制圧した遠征軍も、既に占領地を放棄し本国防衛に戻さざるを得なくなっているが、その戦力さえいつまで持つか。

 もともとイシュタールは人口はさほど多くない。絶対的な兵力が不足しているのだ。

 倒しても倒しても尽きることもひるむことも無い魔物の波に、「神の国」が飲まれようとしていた。


***********************


「ラハブか、メトレテスのことか?」

「はい、お気づきでしたか・・・私には妹の気配が感じ取れなくなっております」


 聖教会の奥、他国の客人たる貴族に与えられた一室はさほど広くもなく、イシュタールの神官も騎士らもさほど気にもとめぬものだった。

 そここそが今、この東方の戦争のみならず世界の行く末さえ大きく左右する場であることに、気づいている者はほとんどいなかっただろう。


 しかも、その一室は今や高度な結界に覆われ、その部屋が存在すること自体もわからぬようになっていた。


「反応が消えた。死んだと見るべきだろうな・・・メトレテスめ、勝手に動かずこちらの指示を仰げと言っておいたものを、浅はか者めが」

「・・・」


 ガリス公国のフート侯爵と呼ばれていた男と、イシュタール一の美女と呼ばれる預言者の側近ラハブ。

 その二人の服装も挙措も、日頃と変わりはない。

 ただ、今や二人の目は共に爛々と赤く輝き、全身から抑えがたい瘴気を漂わせていた。


「預言者の様子はどうか?」

「“預言の塔”にこもって祈り続けておりますが、やはり<業火>は発動できないと・・・」

「そうか、そうだろうな、供物が足りぬのだ」

「フート侯爵様・・・いえ、ゲルフィム様、このままでは」

「わかっておる」



 魔王の側近たる彼が、二十数年前ミカミという転生者と出会い、そのスキルを知った時、計画は初めて具体化した。


 上級悪魔の力を持ってしても打ち破れぬ、かつての勇者と聖女による魔王の封印。

 だが、あくなき権力への欲望と不条理なまでに強力なスキルを持つ“預言者”を利用することで、破らせることが出来るのではないか?


 そのために大陸各地に迷宮の種を撒き、魔物を繁殖をさせてきた。


 封印自体は直接破れなくても、その外側の結界に傷を入れられれば、<預言スキルLV9“覚醒”>の効果を極北の地下深く眠る魔王にまで及ぼし、目覚めさせることが出来るのではないか?


 いったん魔王が目覚めれば、その超越的な魔の波動が大陸中の魔物を活性化させ、人間たちを襲い始める。


 それによって流される夥しい血が供物となって魔王は力を取り戻し、ついには聖なる封印も打ち破れるのではないか?


 よしんば封印されたままの魔王の力だけではそれが困難であったとしても、やはり人の世の未曾有の災厄が引き金となるらしい<預言スキルLV10“業火”>が発動可能になれば、その効果と魔王の力が合わさることで、復活は可能だろう。



 メトレテスの手引きで封印の地に侵入し、結界に穴をあけた。

 そして想定通り、ミカミのスキル“覚醒”によって魔王を目覚めさせることも出来た。


 スタンピードの発生に成功した段階で、ゲルフィムはこれで失地の回復もなったとほくそ笑んだ。


 だが、その後の流血は、思っていたよりもはるかに小規模なものに留まっている。


数多の町や村、城市が魔物の群れによって消滅し、奪われた人の命は幾千万か数えきれぬ。

 いくつかの国は、国そのものが蹂躙され事実上崩壊したとも言えるだろう。


 だが、それはこれまでイシュタールと手を結んでいた一神教側の国ばかりだった。


 むろん、最終的には全ての人間の国を崩壊させ、魔王の支配の下、暗黒の帝国を地上に現出することが狙いなのだから、どちらの側から血が流れようと、大差は無い。


 だが、当面手駒として使える操りやすい勢力が先に崩壊しては、具合が悪い。


 しかも、200年前の戦いで魔王軍を阻む力となった西方の主要国は、奇妙なほどに被害が少ない。


 ここ数十年人間の皮を被って築いてきた情報網によれば、つい最近、西方の主要国には高性能の結界装置が急速に普及し、それが人口の多い都市のほとんどをスタンピードから守っているのだという。


 なにかはわからないが、あり得ないような偶然が、人間どもに味方しているかのようだった。


 いずれにしても、流された血の量はこれまでの魔王復活の際の数分の一にも満たぬ。

 このままでは、魔王の封印を解くより前に、ゲルフィムが人界に築いた拠点全てを失ってしまうことになろう。


「わが力で、聖教区だけには魔物を入れぬようにしておるが、それもやめてさらに血を流させるか。だが、それでは使える手駒も無くし、むしろイシュタールの崩壊を加速してしまうことになろうな・・・」


 ラハブは、彼女を使役する上級悪魔の面に、これまでに見たことも無い焦燥が浮かぶのを見て取った。


「!」

 だが、その時、ゲルフィムの様子が変わった。


「これは・・・鬱陶しい虫けらが忍び込んだようだな。いや、むしろ・・・これは好機かもしれぬ」


 いつしか人の姿から本来の魔族の姿へと変じたゲルフィムの、落ちくぼんだ黒い二つの眼窩の奥で、赤い炎がゆらゆらと燃えるように暗い光を放っていた。

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