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第321話 巫女の正体

調査隊は、魔王を封じた結界の綻びを見つけ、それが何か月も前から二段階で生じていたことを突き止めた。それを追求された北の巫女スヴェトラナの腹心メトレテスの様子が変わった。

 突如魔力の暴風が放たれた。


 各国代表が円卓を囲んでいた応接室の中に吹き荒れたそれが、スヴェトラナ公女の後ろに立つメトレテスの体から放たれている、と気づくのにはそう時間はいらなかった。


「その巫女を拘禁せよ!」

 

 ヨーナスの命令と同時に、控えの間に詰めていたレムルス兵がなだれ込んできた。

 一糸乱れぬ鍛えぬかれた動きだった。


 けれど、証言を得るため生かしたまま捕らえるよう命じたことが、結果的に被害を増やしたのかもしれない。結果論だが。


 相手は武装もしていない痩せた女一人だ。


 だから、兵らは剣を抜かず、腕力でメトレテスを組み伏せようとした。


「うおぉっ!?」


 同時につかみかかった3人の兵が、壁にはね返されるように弾き飛ばされた。

 文字どおり。


 そして、ぐしゃっと人体が潰れる音。2人は後続の兵を押しつぶし、もうひとりは背後の壁に真っ赤な跡を残し、床に落ちた。

 物言わぬ死体となって。


 続いて四方から包み込むように飛びかかった男たちも、無造作に払われた腕でなぎ倒された。


「何者だ、こいつ・・・」

 突入した兵らの隊長らしい男が絶句する。


 一瞬の空白が生まれたその時、メトレテスの背後から灰色の毛並みの狼が食らいついた。


「ぐぁッ」

 メトレテスが左腕を食いちぎられ苦悶の声をあげたが、同時にその右拳が狼の脇腹に叩き込まれ、骨がまとめて折れる鈍い音が響いた。


「カーミラっ!! その人狼は味方だ!攻撃するな!」

 俺はレムルス兵に向かって叫ぶ。


 壁に激突した人狼娘は、それでも身を翻し見事に着地した。

 “HP回復(大)”のスキルで骨折はみるみる回復していく。


 そしてボトリと、琥珀色の腕輪をしたままの腕が床に落ちるとともに、予想していたものが見えた。

 ステータスだ。


 鑑定スキルで、メトテレスの腕輪がステータス秘匿の魔道具だってことはわかってたから、カーミラにことが起きたらそれを狙ってくれと伝えてたんだ。


 ここには“判別”スキルを持つ者が何人もいる。


「なにっ!?」「ま、魔人だとっ」


 そして、初めて魔人と戦う者がおそらくほとんどだろう。


 だが、そのステータスは俺の予想をさらに超えるものだった。


<メトレテス 魔人 LV30

  呪文  火 水 地 風 盾 遠話

      魔物召喚(上級)  魔物帰還

       ・・・・・・

  スキル 身体能力強化(中) 呪い

      魅了 催眠

       ・・・・・・         >


 なんだこいつは!?

 まるで召喚士みたいな能力じゃないか。ひょっとしてこれであの黒晶蟲を操ってたのか?


 ステータスを詳しく読み取るヒマはなかった。


 カーミラを援護しようと間合いを詰めながら、かろうじて目に飛び込んできた何行かを読み取っている間に、メトレテスの瞳が赤く光り出し、その体がメリメリと音を立てて大きくなっていったんだ。


 ちぎれた左腕も既に体液の噴出は止まり、なにかが生えかけていた。


 控えの間に詰めていたレムルス兵以外、この部屋にいた者たちは武装してない。そして、この館の多くの区画には魔法防止結界が張られているから呪文も使えない。 だから、高位の魔法職がそろったこの場で誰も動けなかったのかもしれない。


 けど、錬金術師でアイテムボックス持ちの俺にはあまり制約が無い。


“火素”を飛ばして牽制している間に、刀を取り出しメトレテスに斬りかかった。


 だが、それをメトレテスは右手で、つまり素手でつかみ取ったんだ。

 手首まで切り下げた所でめり込んだ刀が止まった。


 うそだろっ。


 それでも俺は、刀から手を離し、粘土スキルの収納から予備のセラミック剣を取り出す。


 メトレテスだったもの、の虹彩を失った眼窩が大きく開かれた。


「やめてっ!」

 その時、魔人の前に飛び込んできたのは、床にへたり込んでいたスヴェトラナ公女だった。


「お願いっ、これは何かの間違いよ!」

「どいてくれ、公女さま!こいつは魔人だっ、あんた騙されてたんだろっ」

「それでもいいのっ」


 白髪の方が多くなった、やせて面やつれした公女は、必死に命乞いをした。

 その姿は、高位の巫女のものではなく、本来の年齢相応の、いや、それよりもさらに若い、少女がなにか大事なものを奪われそうになって怯える姿のように見えた。


「人間でなくたって、地位も名誉なんかなくたって。私には他にもうなにも無い、誰もいないのっ、だからお願い。メティを奪わないでっ」


 金縛りにあったみたいに動けなくなった俺の隣りでカーミラがうなり声をあげ、そして、背後から立て直したレムルス兵らが殺到した。


 だが、一瞬遅かった。 


 既に女の姿から半ば以上魔族に変わっていたメトレテスが、背後からスヴェトラナを抱え、信じられない跳躍力で円卓の上を飛んだ。


「わあぁあぁっ!」

 悲鳴をあげたのは、カテラの代表団だった。

 それは単に、場所が悪かったんだろう。


 初老の男の首が宙に舞い鮮血がまき散らされた時には、メトレテスだったものたちは、開いた扉から消えていた。


「追えっ!絶対に逃がすな!殺していい、全ての武器、可能なら魔法の使用を許可するっ!」

 ヨーナスが常にない切迫した声で命じた。


 レムルス軍の命令を伝える呼び子が各所で吹き鳴らされ、館の内外は大騒動になった。


「シローっ」

「カーミラ、頼むっ」


 どんなスキルを持ってるか全ては見られなかったけど、転移魔法が使えなければカーミラの嗅覚をまくことは出来ないはずだ。


 迷わず駆けだした先は、半ば予想した通り、あの物見台の方向だった。


 激しい戦いの音、剣と剣がぶつかる音。

 どこかで兵の武器を奪ったのか。


 俺たちが物見台の上に飛び出した時、魔人メトレテスは未だ回復しきらない左腕に気を失ったスヴェトラナを抱え、既にほとんど元通りに見える右手にレムルス軍の長剣を握って、群がる兵たちを切り払いながら“外”へと向かっていた。


 その圧倒的な膂力に、屈強なレムルス兵が合わせた剣ごと吹っ飛ばされ、なぎ倒される。

 魔法はここでもやっぱり使えないのか。


「待て!」

 俺の剣で止められるのか?って一瞬躊躇したところを、後から駆け上がってきたヨーナス将軍と直営部隊の兵らが追い越してメトレテスに呼びかける。


「公女を放せ!人質にするつもりなら無意味だぞ。容赦はせんっ」

 物見台の端、石造りの手すりの所まで追い詰められたメトレテスは、そこで振り向いた。

「ヒトジチ・・・ソノヨウナツモリハナイ」


 そして、ヨーナスの問いかけに思いがけず返事をした。

「コレハクモツダ、アノオカタヘノコノウエナキクモツ・・・サスレバ、ワタシヲコウイノソンザイヘトトリタテテクダサル、ゲルフィムナドヨリモモットコウイノ・・・」

 抑揚の無い、けれどドロドロとあらゆる負の感情を溶かし込んだようなぞっとする声で。


 それを聞いた兵たちも俺も、まるで催眠術のように、戦意が萎えていくのを感じた。


「っ!」

 カーミラが俺の太腿に噛みついていた。

 目を覚ませっていう、念が流れ込んできた。


「ありがとう、もう大丈夫だ」


 まわりを取り囲んだ兵らの動きが止まった時、魔人メトレテスの体から、爆発的な魔力が放出された。


 パリン!と何かが砕け散り、メトレテスが短く詠唱する。

 大量の魔力放出で静謐状態を一時的に無効化したのか。


「!!」


 漆黒の骨と皮だけの巨体が出現していた。


<ドラゴンゾンビ LV27>


 これを召喚するためだったのか。


 そして、魔法が使えるようになったと気づいたレムルス兵の中の魔法使いが、攻撃魔法を詠唱し始めた瞬間、猛烈なブレスが放たれた。

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