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第319話 東西帝国の密約

襲撃を受けた翌日の夕暮れ、調査隊は静寂の館に帰投した。

 二の月・上弦の8日、つまり襲撃を受けた翌日の日没近くになって、俺たちは疲れ切った足を引きずるように館にたどり着いた。


 この日も、何度か魔物の襲撃を撃退しながら調査を続け、モーリア坑道のまわりを完全に一周して静寂の館に戻ってきたが、やはり具体的な結界の破れた場所を見つけることは出来なかった。


 マリエール王女をはじめメウローヌ組は特に消耗が激しくて、そのまま部屋に入って既に休息をとっている。

 

「シロー殿、私たちを救ってくれたこと、決して忘れません。生きてメウローヌに帰ることができたあかつきには、必ず厚く報いるとお約束します。あなたに神々の祝福を・・・」

 あの襲撃の後、俺の手を握ってそう感謝していた王女は、帰り道も瘴気の霧や魔力の波動に体力・精神力を徐々に削られたらしく、かなりつらそうだった。


 生きて帰れたら、なんてフラグみたいなことは言わないでほしかった。

 どんなお礼をくれるのか、妄想が膨らんじゃうしさ。


 メウローヌ組だけじゃなく各国のメンバーも憔悴していた。

 俺とカーミラもHP回復スキルがなかったらかなりキツかった。


 出迎えたスヴェトラナ公女に対しては、代表してカテラ万神殿のアッピウスがメトレテスと共に調査の結果を報告した。


「やはり、どこにも結界の破れはなかったのですね」

「我らが調査した範囲で特定出来た綻びは見つかりませんでした」

「だから、そう申し上げていたではありませんか」

「・・・」

 アッピウスは不本意そうに、黙って頭を下げた。


 勝ち誇った様子のスヴェトラナと冷笑を浮かべたメトレテスに対し、軍を率いていたヨーナス将軍がこう申し出た。

「各国代表の皆様は非常にお疲れです。今宵はお休みいただき、明朝、今後の方針についてとりまとめたいと思いますがいかがか?」


 これで調査を終了し帰国するということか、と見て取った北の巫女らは、ようやくほっとした表情を見せた。

「それがよろしいでしょうね。皆様、よくお休み下さい。この館は安全ですから」



 携行食とは比べものにならない館のごちそうを、しかし味わう気持ちの余裕もなく腹に入れた後、俺はヨーナス将軍に呼ばれた。


 館の中ではなく、わざわざその外にあるレムルス軍の駐屯地へと。


 驚いたことに、そこにいたのはレムルス勢だけじゃなかった。ここ数日で得られたパズルのピースを持ち寄った者たちが集まっていた。


***********************


「もう具合はよろしいのですか、王女殿下」


 初日にこの地の結界について説明を受けた応接室に、再びこの朝、各国の代表たちが顔を揃えていた。


 まだ顔色の悪いマリエール王女は、巫女たちと共に貴賓に軽食を饗して回っていたメトレテスの言葉に、薄らと笑みを返しただけだった。


「皆様、短いご滞在の間、十分なおもてなしも出来ず心苦しい限りでした。しかしながら、この封印の地に長きに渡り虜囚のような暮らしをしている私たちにとって、異国の高貴な客人を迎えられたこの度のことは、本当に光栄でまた心を慰められる、そして刺激に満ちた経験でした」

 スヴェトラナ公女がそう切り出した。


 それに一同を代表して言葉を返したのは、調査隊の案内役とも言えるレムルス帝国のケッヘル侯爵だ。

「いえいえ、公女殿下。この厳しくも美しい北の地で、麗しく清らかな巫女の皆様の心を尽くしたおもてなしをいただき、我ら一同、感謝に堪えませぬ」


「まあ、そうおっしゃっていただけたこと、巫女一同望外の慶びですわ、ケッヘル侯爵」

 スヴェトラナの言葉は本心からのもののように見えた。

そして、メイドのように部屋の隅に控えている数名の巫女たちが、嬉しそうに笑みを交わしあう様もそうだった。


 だから、俺にはまだ彼女たちがどこまで事実を知り、積極的に関与しているのか、自信を持てずにいた。


“それは本質的なことではない”“なにが起きたか、現状はどうなのか、事実こそが重要だ”と昨夜聞かされた考えも、もちろんわかるんだけど。


 スヴェトラナがこう言葉をつないだとき、俺は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


「皆様はいつ、この地をお発ちになるのでしょうか?お名残り惜しいことですが」


 その言葉に、幾人かの首脳たちが目配せを交わす。


 そして、口を開いたのは、やはりヨーナスだった。

「これから皆様のお力を借りて、坑道結界の修復を試みたいと存じます。それが首尾よくいったあかつきには、この地を失礼するつもりです」


「・・・今、なんと?」


 スヴェトラナの声には一瞬、なにを言われたのかわからないという戸惑いと、次いで抑えがたい怒りが滲み出していた。


 メトレテスはなにも言わず、ただ、スヴェトラナの斜め後ろに控え、各国代表の表情を冷徹に観察していた。


「結界に破れは見つからなかった。昨日たしかにそう報告を受けたと記憶しておりますが?ヨーナス将軍」


 その公女の問いに、平民からその知略で将軍にまで成り上がったヨーナスは、穏やかな、まるで舞踏会で淑女に話しかけられた紳士のような口調で答えた。


「ええ、貴女のおっしゃるとおりです、公女殿下。各国調査隊の皆様が直接調べた坑道結界の外周部には、具体的な破れ目はありませんでした」


「・・・どういうことですか?」


 この時点でも、スヴェトラナは本当にヨーナスがなにを言っているのか、わかっていない様子だ・・・だが、メトレテスの表情の変化を俺は見逃さなかった。

 そういうことか。やっぱりな。


「結界の破れは外周部ではない場所にあった、ということです」

 ヨーナスはそう口にした。


「外周部ではない場所、ですって?」

「ええ、ここから先は、分析結果をまとめた方にご説明いただく方がよいでしょう」

 ヨーナスは場の人々を見回すと、一人の男の上で視線を止めた。


「ベハナーム教授、よろしいか」

 それまでひと言も発しなかったパルテアの元将軍が、ゆっくりと席を立った。


 それと共に、控えの間から資料を抱えた男女が入ってきた。

 パルテア代表団の残る二人、デロス教授の弟子だという男と女忍びのカエーデだ。



 大きな円卓の上にまず広げられたのは、この地の詳細な地図だった。

 だが、ただの地図ではなく、そこに様々な数値がびっしりと書き込まれている。


「これは、この3日間、封印の地の各所で計測した魔素の濃度分布です・・・」

「なんですって?魔素ののうど、ぶんぷ?」

 スヴェトラナも、そしてメトレテスも初めて、思わぬ展開に驚いたような表情を浮かべた。


「左様です。魔法使いであれ、巫女・僧侶であれ、魔法というものが我らの体内、そして空間を満たす魔力の元となる元素たる“魔素”によって伝えられるものであることは、皆様ならご理解のことと思います。そして、その濃淡、多寡は魔法資質を持つものなら程度の差こそあれ感じ取れるもの。我らが此度持ち込んだのは、それをより詳細に計測し客観的な数値化が可能な魔道具でした・・・」




 そう、昨夜ヨーナスに呼ばれ、聞かされたのはこのことだった。


 なぜ、今回の調査隊にカテラの仲介があったとは言え、レムルス帝国が友好関係に無い、むしろはっきりライバル関係にあるとも言えるパルテア帝国からの参加を受け入れたのか?


 パルテアでは、デロス教授の下で来たるべき日に備え、魔王や魔族の動きをとらえるための様々な魔道具の開発を進めていたのだという。


 そうだよな。

 錬金術師LV25になった俺は、“魔道具生成”スキルを得てよろこんでたけど、デロスは錬金術師LV27だったじゃないか。俺に、錬金術の入門書もくれたっけ。

 そのベテラン錬金術師である彼が、研究を進める上で魔道具を役立てようと思わないわけがない。考えてみれば当然だ。


 そして、パルテアとレムルスの幹部の間で極秘の任務が合意された。


 パルテアから持ち込んだ多数の魔道具を使い、封印の地全域の魔力分布やその流れを詳しく調べること。

 その作業を迅速に進めるため一個大隊規模ものレムルス軍が動員され、高位の魔法職が多数加えられた。


 俺たち各国調査隊は、言わばそのカモフラージュに使われていたんだ。


 モーリア坑道のまわりを総点検することを言い出したのはメウローヌのマリエール王女だったけど、彼女が言い出さなくてもヨーナスが提案する予定だったらしい。


 そして、俺たちがお鉢巡りをしている間、それより外側にも多数の小隊単位で展開したレムルス軍が、パルテアの魔道具を使い精密測定を行っていたらしい。


 あの夜の魔物の襲撃は、ほぼ間違いなく巫女団側がメウローヌやカテラの連中の調査を妨害しようとして何らかの方法で誘導したものだと思うが、見事に囮に引っかかったわけだ。


 あの晩、護衛のレムルス兵が妙に少ない気がしたのも、各地に小隊単位で調査に散っていたからだ。




「・・・その結果をまとめたのがこちらです」

 静まりかえった部屋の中で、ベハナームが重々しく響いた。


 もう一枚広げられた地図には、モーリア坑道を中心とした封印の地の魔力の濃度が色で塗り分けられ、多数の矢印が描き込まれていた。


「ご覧のように、魔力濃度は坑道中央の“魔の山”を中心にほぼ完全な同心円状に分布し、これは、外周分のいずれの場所にも結界の破れが無いこと、しかしながら全方向に時間あたり等量の魔素が流出していることを意味します」


「・・・どういうことですか」

 質問したのは、きのう早くから休んでいて秘密会合には参加していないメウローヌのマリエール王女だ。


 スヴェトラナもメトレテスも、凍り付いたように沈黙していた。

 だが、その様子は同じようで違っていた。


 スヴェトラナは驚きに固まっているのに対して、メトレテスは・・・不覚をとった後悔か、それとも怒りだろうか?


「ここからどんな結論を導き出すかは、研究をデザインした当事者である私よりも、客観性の観点から第三者の専門家にまず見解を伺うのがよいでしょう。ルセフ伯爵、いかがでしょうか?」


 俺のとなりで、ふむふむいちいち感心しながら地図をのぞき込んでいた小柄な老人が顔を上げた。


「いや、美しい。これは実に美しい観測データですな。理論と実測の見事な一致。学者冥利に尽きる調査だったでしょうな、ベハナーム教授、そしてヨーナス将軍。まずその完璧な仕事ぶりに敬意を表しますぞ」


 そして、ルセフ伯爵は息をのんで聞き入るみんなを見回すと、あっさりと付け加えた。


「結論もいたって明確ですな。これはすなわち、結界の破れは中央の“魔の山”直上、つまりドーム状の結界の中央上部に開いている。それ以外考えられませんな」

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