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第318話 黒い襲撃者

魔王を封じたモーリア坑道を囲む結界調査。強い魔力の嵐と立ちこめる瘴気によって、各国調査隊の一行は消耗していた。そしてその夜、襲撃が起きた。

 立ちこめる瘴気と魔力の大波にさらされる地獄のような環境とは言え、それぞれの天幕には結界が張られ、精強なレムルス軍が夜通し交替で警戒を続けていた。


 だから消耗しきった中での野営とは言え、その夜襲も完全な不意打ちでは無かった。

 特にうちの場合、魔法系ジョブではないぶん影響が少ないカーミラがいたし、リナもいる。

 だから眠り込んでいた俺をすぐに起こしてくれた。


「シロー、魔物の襲撃。レムルス軍、戦ってる」

 カーミラの声に、俺はワンとコモリンを放った。けど、コモリンがフラフラと落っこちそうになるのを見てすぐに回収し、代わりにキャンを追加した。


 やっぱり魔力で飛行する者にはこの魔力嵐のような環境は厳しいらしい。


 ワンとキャンを索敵に出したことで地図スキルに映る光点が増え、各国VIPの天幕とヨーナスの司令部を守るようにレムルス軍が整然と陣形を組んで、外側からの魔物の襲撃を食い止めている様子がざっとわかる。


 少なくともただちに大ピンチという状況ではなさそうだ。

 俺は慌てず革鎧を身につけ、刀を腰にさして天幕を出る。


 カテラの神職たちは、レムルス軍の防衛ラインの近くに向かっているようだ。

 僧侶系のバフをかけてやろうと言うことかもしれない。


 パルテアの天幕はちょっと離れていてすぐには状況がわからない。

 俺はどうしようか少し迷った。


 規律の整った軍の戦いに、支援魔法があればともかく、単独で戦力として加わっても対して役に立たないだろうし、連携とかでかえって足を引っ張りかねないし。


 今のところ、きっちり襲撃を受け止めていて、わずかな時間で反撃に転じたようだ。

 整然と並ぶ白い点が赤い多数の点を押し出すように、輪が広がっていく。


 思ったより白い点が少ないような気もするけど、これなら大丈夫そうかな・・・。


「シローっ」

 その時、カーミラが俺をかばうように前に出た。


 そこに突然、魔物の群れが押し寄せてきた。

「!?」

 本当に、何の気配も無かったのに、突然だ。


 向かって来る黒い影に反射的に“雷素”を放った。


 波に飲み込まれる前に、ぶつけることが出来た。

「!?」

 全く手応えが無く、魔法が弾かれた。


 粘土壁を出現させるのが間に合ったのは幸運としか言えない。


 ガガガガガッ・・・ドドドドドド・・・


 鈍い金属音を立てて魔物の群れがぶち当たる。

 粘土壁はなんとか持ちこたえてるが、その左右にすごい勢いで分かれ濁流のようにぶつかり、流れすぎていく。


 全く効かなかった雷素は、それでも照明弾の役目は果たして暗闇の中にその黒々とした姿が浮かび上がった。


<黒晶蟲LV10><黒晶蟲LV10><黒晶蟲LV10>・・・


 これは・・・うげっ

 一番イメージに近いのは巨大なゴキブリの大群だ。


 巨大な黒光りする半球形の殻状のものが、大波になって俺たちを包み粘土壁の左右を高速で突き進んでいく。


 初めて見る魔物だ。

 そんなに特別レベルが高いわけじゃ無いけど数が多い。


 そこに“火素”を、それから思いついて“聖素”も放つが全く効かない。

 とりあえずアンデッドじゃ無いのか・・・!


 その時気付いた。

「魔法が効かないのか!?」


 ステータスをよく見ると、こいつ、“魔法無効”なんてスキルを持ってる。

 魔法が効かないとか、チートだろ。


 おまけに、“腐食”なんてスキルもある。腐食液を吐き出すのか、どうするのかわからないが、厄介そうな相手だ。


 カーミラが跳躍し、前方を突進してくるヤツの殻に短刀を突き立てた。

 鈍い音がする。


 さらに殻の継ぎ目にもう一撃。

 刺さったか!?


 臭い体液が噴出し、その黒晶蟲はのたうち回りながら粘土壁に激突し、べしゃっと潰れる音と共に、臭い体液が飛び散った。

 うへっ!


 カーミラがその飛沫から逃げるように、また跳躍して粘土壁の中に戻ってきた。


「シロー・・・くさいよ」

 嗅覚がするどいカーミラにはなおさら耐えられないだろう。


 泣きそうな顔のカーミラと俺自身を、空気中の“水素”を集めてとりあえずざっと洗い流してから、“生素”と“聖素”もかける。

 毒とかならこれで治療は出来たと思うけど、たまらんわ。


 魔法が効かない巨大Gの群れに襲われるとか、どんなホラー?

 やっぱこれが地獄ってやつか・・・


 つーかこいつら、どこから湧いたんだよ?


 いや、今最優先はそこじゃない。考えるべきは『どこへ』だ!


 この奔流は俺たちが標的ではないらしいが・・・あっちは、メウローヌの天幕だ!


 悲鳴が聞こえた気がした。

 カーミラの耳がぴくっと動いた。

「あの王女様の声」


 VIP天幕の並びは、前方から司令部・巫女団・俺たち・メウローヌ・カテラ・パルテア、だったはずだ。


「助けに行こう」

 巨大Gの群れなんて出来れば離れていたいけど、見殺しにもできないだろう。

 メウローヌの護衛たちも十分強そうだったけど、おそらく相性が悪い。


 走り出したら俺よりずっと速いカーミラの後ろを必死に追いかける。


 しかし、Gの群れはそのカーミラ並みの俊足?だった。

 既に、豪華な天幕は潰されて、暗くてよく見えないが3人は、殺到する黒晶蟲の群れにもみくちゃにされかけながら後退しているようだ。


「タロ!」

 かなりまだ遠いからMP消費がデカいが、俺はその近くに粘土ゴーレムを出現させる。


 ズシャッ!と音をたててタロが着地すると共に、踏み潰されたGの体液が飛び散った。うぅ・・・

 けど、黒い奔流を何とか食い止めてるっぽい。


 そのおかげで、黒晶蟲の群れに飲まれかけてた3人が見えた。

 あそこか!


 そのまわりを囲む粘土壁を落とす。

 ベシャ、グシャ!

 さらに気色悪い音と飛沫、悪臭が広がった。


 そのダメージとMP枯渇でよろけるが、後は粘土壁の中のヤツらだけだからタロもいることだし、なんとかなるだろう。


 粘土壁をよじ登ろうとするGを、背後から忍び寄ったカーミラの短刀が、正確に殻の間を突き刺して行く。

 俺は足をもつれさせながらカーミラに駆け寄る。


 地図スキルでは壁の中の赤い点は減っているし、白い点は減らず・・・いや、まずい!白い点が薄れてる!?


「カーミラっ、中の連中がまずいっ」

 俺が叫ぶと、振り向いたカーミラが俺に抱きついて、そのまま一体のGを踏み台にして跳躍した!


 眼下には大剣を振り回し一体のGを叩き潰すタロ。

 けれどそのそばで、数体のGが人間たちにのしかかってる。


 体液とは違う何かの液を吐いてる?“腐食”か!?


 足りないMPをひねり出した“力場”の魔法でなんとかGの殻の上に着地し、そのまま殻の継ぎ目に刀を突き刺す。

 その間にカーミラはとなりのもう一匹を仕留めた。


 まだヒクヒクしてるGをタロが引き剥がすと王女を身をもってかばうような格好で3人が折り重なっていた。


 かろうじて息はあるが、魔法戦士の女は片脚がもげているし王女たちも重傷だ。


 俺はリナを“おうちに帰る”で回収し、即座に僧侶に変えた。


「頼むっ、王女をまず」

「わかった」


 肉声で答えたリナが、腐食液で白い肌が一部えぐられ、血まみれの肉がむき出しになったまま昏倒していた王女に“大いなる癒やし”をかける。


「う、うぅ・・・あっ・・・あなたたち?」

「王女さま大丈夫かっ?部下の治療はできるか?」

 ハッとしたマリエール王女が、まわりを見回す。


「ルイフェっ、アンドレっ!」

 マリエール王女が慌てて強力な治療呪文を続けざまにかける。


 修道士の方はすぐに全快したようだが、女魔法戦士の方は腐食液で焼かれた所は治ったものの、ちぎれた脚が戻らない。ちぎれた飛んだ脚じゃないかと思われたものは、腐食液で溶かされた上に巨体で踏み潰されたらしく原型を留めていない。


 こうなると高位の巫女でも治せないのか。


「ルイフェッ!!」

 王女が絶望的な嘆き声をあげ、血の気を失った魔法戦士の体に抱きつく。


(シロー、あの薬なら治せると思うけど、どうする?)


 リナの念話で今度は俺がハッとした。<万能治療薬>だ。ドワーフ戦争の時に作ったじゃ無いか!


 あの時はたまたまこれを使うような負傷者は出なかったから、アイテムボックスに入れたままだ。たしか“部位欠損も再生”って表示があったはずだ!


 3本作ったセラミックボトルの1本を取り出す。


 リナが原型を留めない脚の残骸を太腿のところに押し当て、俺は焦りながらフタを開けると、そこに液体を注ぐ。


「あ、あなたたち、なにを!?」

 シュワシュワと音を立てながら太腿と、脚の残骸の両方があたたかく光りを放つ。


 見る見るうちに、その光の中で太腿から膝、膝からすねと、脚が生えていく・・・ボトルの薬の半分も使わないうちに、見た目は元通りになった。


「まさか、これは・・・万能治療薬っ!?」

 信じられないものを見る目つきで、王女の青い瞳が俺を見つめる。


「シローっ」

 その時、カーミラが何かの気配を察して叫び声をあげた。


 まわりにあったはずの黒晶蟲の死骸が、いつの間にか消えていた。


「えっ!?」

 どういうことだ。


 俺は立ち上がって、粘土壁の上から首を伸ばし、外を見る。

「無いっ!」

 あれだけの群れ、少なくとも数十匹はいたはずの魔物の死骸が1つも無かったのだ。


「いったいなにが・・・」

 マリエール王女が、呆然とつぶやきを漏らした。

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